七月 八日-厭佐久奈のデザイア
物質に対し全く別の物質の意味を与え、例えばただの棒切れに剣の意味を与え本当に物を切れるようにする魔術に長けている。それと同時に佐久奈は四大元素の『水』の型落ちである『氷』属性に長けており、佐久奈はそれらを応用し、自身から採取した血液に『槍』の意味を与え自身の『氷』属性を帯びた魔力を通すことで槍として固定化し機能させる霊装、『
ネーミングセンスはいささか中二臭いが、佐久奈の趣味なのだから是非もない。
真紅の槍身、触れたものの生命を『凍り付かせる』特性を持った魔槍である。
「邪魔をしないでもらいたいな」
悠々と、相対する金髪コートは黄金の剣を杖代わりに佐久奈を見下ろす。
対する佐久奈は頭や腕等から血を流し、満身創痍の状態で膝を付いている。戦力差は歴然。それもそのはず、御大層に銘打った凍血の槍も、ただ魔力で固めただけの先の尖った棒に過ぎない。魔力の塊であったとしても、それ以上の力で叩き割られてはどうしようもないのである。
「おや、よく見てみればココのお嬢さんか。一度あっちでお目にかかったことがあったかな……あれは確か君がもっと小さい時だったな。いやぁ大きくなって、お姉さんは君のそんな元気な姿を見れて本当に嬉しく思っているよ」
「グルハウチェ・アレクサンドロフ……アンタはその全く心に思っていない薄っぺらくてどうでもいいことを吐く癖は治ってないみたいね。一度頭をかち割って看てあげましょうか?」
「それには及ばんよ。まあもっとも、私がかち割りたいのはあの少年の頭でね。さっさと立ち去るか死ぬかしてくれないか」
「お断りね――ッッ!!」
制服のブレザーの内側に収納している佐久奈の血液が入った小さめの試験管、薄いガラスでできたそれを割り、中身に魔力を込めて放出する。
水中の軟体動物のように蠢く血液が半ば槍のような先の尖った形を伴ってグルハウチェと呼ばれた女性の元へ飛来する。数は二つ。
グルハウチェは振り払――おうとしたが、それらはまだ固定化されていない液体の状態。個体が液体を捉えられるはずもなく空振りし、しかし鋭利な刃物状でもあるそれは女性の柔らかい脇腹を貫通した。
「貴様――」
「触れられない敵ほど怖いものはないわよねぇ」
「くッ……」
佐久奈を一刻も早く殺したいグルハウチェを邪魔するように、その周りを液体の槍が旋回する。
このまま時間を稼ぎながら残りの『凍血霊槍』で確実に息の根を止める。
そもそも、佐久奈が知るかつてのグルハウチェ・アレクサンドロフは研究者だったはずだ。どんな理由があってかは知らないが、戦場に立って剣を振るうような人間ではなかった。いや、発言がいささか薄っぺらい癖はそのままだが、こんな話し方だったろうか。もっとおしとやかな感じの、お嬢様のような女性だったはずだ。
「考えごとか? 慢心は身体に悪いぞ」
「ッ――――」
致命的な油断。一瞬でも殺すことを躊躇ったが最後、それは自分を殺そうとする敵に対して背中を見せているのと違いはない。
遠隔操作が不安定なった液状の槍の動きは緩慢になり、魔力の塊であるそれは同じく魔力の塊である魔剣に吸収されてしまう。
自身を閉じ込める檻の無くなった飢えた猛獣は、真っ直ぐに佐久菜を両断せんと剣を振るう。
咄嗟に発動させた『凍血霊槍』で受け止めようとするが時既に遅し。それでもなんとか軌道を反らした切っ先は肩口を抉りとった。
左腕が吹き飛ぶ。
鮮血が尾を引いて、肉塊が放物線を描く。
「い――ぎッ、ああああ……!!」
断面から焼けるように痛みが広がり、切断された動脈から大量の血液が吹き出した。全身から血の気が引いていく。早く止めなければ何もしなくても死は訪れる。
――だが。
「思った通り、馬鹿正直に突っ込んできたわね……!!」
やはり、と厭佐久奈は勝利を確信した。所詮グルハウチェは箸より重いものは持てないお嬢様。あの強大な力を持った黄金の剣でごり押ししているだけだ。
佐久奈とグルハウチェの距離はほぼ目と鼻の先。
佐久奈が、手に持つ赤い槍を突き出せばグルハウチェの心臓を刺し貫くだろう。
それで、終わり。
これでまた、惣介を助けられる。
また惣介は厄介なことに手を出したようだった。そう知った時は思わず呆れたが、一年前にアレがあってからずっと廃人のようにただ生きるだけの機械となっていた惣介が、あんなに生き生きと動いていたら、心配していたこっちが馬鹿馬鹿しくなってきて、助けずにはいられない。
ずっと惣介が好きだった。
産まれた時、一緒の幼稚園に通っていた時、同じ小学校に通っていた時、共に同じ中学校に通っていた時……そして今も。だから、惣介が誰かを好きになって、守ろうとするのなら、それを助けないと。
「あ――――――ぇ?」
腹から背中を何かが貫いた。
佐久菜の背中が弾けとんだ。
何故だ……? グルハウチェは何もしていない。佐久奈の腕を吹き飛ばしてから全く動いていない。
佐久奈は自分の体を見下ろした。破れた制服でもよく分かる七つの刺し傷。不可視の剣が少女の肺を、腸を、心臓を、ズタズタに引き裂いていた。
「はは……嘘、でしょ?」
呆けるように半開きになった口からどろどろした赤黒い液体が溢れ出る。
ゴボッ、という音が聞こえ、少女は自分の流した血の海に、命を落とした。
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