七月 八日―学校・通学路
学校は嫌いではない。
クライスメイトに仲が良い奴がいない訳でもない。学校にいるのは楽しいと思うし、何より友達とバカやって笑い合うのはとても素晴らしいことだと思う。そうやって生きていけたら一番いいと考える。
「はぁ……」
学校は嫌いではない。
ただ如何せん、学校に行くまでが面倒臭い。
電車もバスもない『霧雨丘』において住民の一番の足は、かの崇高で高尚なる超高性能二輪駆動小型車両『自転車』の一点に尽きる。これがなければどんな遠方にも徒歩でいかねばならんというモーセも驚きの戒律を背負わなければならなくなる。
まあ、車がある人は車を使えばいい。だが言わずもがな俺は学生。取ろうと思えば免許は取れるがそもそも車を持っていないし、買う金もあるはずがなく。
他の学生も然り。
中国ほど……というのは少し誇張し過ぎのような気もするが、朝は学生の自転車をよく見かける。かくいう俺もその一員である。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛……」
しんどい。すこぶるしんどいのだ。
そもそもなんで学校がある地域と住宅地がこんなにも離れているのか。頑張ってこいでも小一時間弱はかかる。
「ああ、もう。嫌だ」
まあおかげで、少し痩せた気はするが。
それはともかく、そんな道中の心身の疲労を癒してくれるオアシスが、一つだけ存在する。
そう、それは――
無垢な瞳真っ黒な髪季節相応の露出の多い服装から垣間見える健康的に焼けた肢体特に脚そして垢抜けない故の命の儚さ――それこそが俺の心を惹き付けてやまない
その名は小学生女児であるッッッ!!
まあ全員が全員そうという訳ではない。可愛い可愛くないは無論存在するしそれで言えばある一定の定義における『ロリ』と呼べる小学生女児はそれこそぱっと見た限りでは一人か二人。ああ、俺ほどのレベルになると集団を見ただけで一目で分かるとハンバート・ハンバート先生が言っていた。
「よし……」
自転車から降り、自転車を押しながら小学生の集団の後ろに怪しくないように着いていきながら歩く。運のいいことに小学校がある方向と高校がある方角は同じなのだ。これだけは学校を作った人に感謝したい。
後ろに着いていきながら、俺は小学生が呼吸し通過した空気を肺に取り込む。そしてその姿を目に焼き付けるのだ。
ああ、自分でもなんて吐き気がするような趣味だろうと思う。だがそれでもこの感情を自ら抑えることがどうしてできようか。
勿論、昼子を助けたのは背が小さくて可愛かったからではない。いや、それもあるにはあるのだが、昼子のはもっとこう、女性として美しいと感じたというか。俺の中で言う『ロリ可愛い』とは小動物を愛でる的なものであり、それとは別に女性に対する人並みの好意もちゃんと持っている。そう、例えば俺のクラスの担任なんかも女性的に好きな部類に入るだろう。ここ数か月休んでいるようだが、大丈夫だろうか。
「そーうーすーけっ!!」
「それにしても小学生はかわい――ぶッ!? 痛い……いってぇじゃねえか誰だこの野郎!!」
なんて、出会い頭に人の頭を鞄で叩くなんてことを人に平気でするのは俺の少ない知り合いの中では一人しかいない。一番会いたくて、できれば一番会いたくなかった人物だ。
「げっ、佐久奈」
「酷いなぁ。こんなに可愛い女の子がせっかくこうして話しかけてあげているというのにその言いぐさはないぜ兄貴ィ」
「えぇ……」
この変なノリの女子高生は
身も蓋もなく言うとお金持ち、身も蓋もあるけどシャレはない感じで言うと怪しい宗教団体の教祖の一人娘。はっきり言って何を考えているのか分からないし、何をされるかも分からないのでとても怖い。正直あまりお付き合いしたくないタイプの人種なのだが、腐れ縁か今日になってもこうして面白おかしくしている訳だ。
「あーはいはい、分かったから首元に抱き着くのはやめろ……いやほんとに、やめてっ、死ぬ、カハッ――!?」
「あ、ごめん。やっちゃった」
「『ちゃった』で済む問題じゃないからね!? 人間は首を絞めると死ぬって教わらなかったんですかねぇ!!」
「いやー生憎うちにはそんな教えないし」
そんな本当に申し訳なさそうに言われても困るんですけど……ああもう! ツッコむの面倒臭いなぁ!!
「って、もう時間ないぞ!? 急がないと……あ、もしかして佐久奈さんは徒歩でございますか」
よくよく見てみれば、俺の前で嬉しそうにニヤニヤ笑っている女子高生の傍らには自転車らしきものは存在しない。ちょっと後ろの方に停めてきたのかとも思えばそんなこともなく。
「乗せてって?」
「あー。俺の自転車は見てのとおりマウンテンバイクでな、生憎後輪部分の荷物を乗せるやつは付いてないんだわ」
「やけに家庭的なマウンテンバイクね。でっかいカゴが付いてるし。あ、あそこの主婦も同じのに乗ってるねぇ」
「ああ……マウンテンバイクなんて持ってねぇよ」
「乗せてって?」
「あい……」
あまりお付き合いしたくはない人種でありながらも、嫌いではない。何しろ昔からの縁だ、このまま放っておくのは良心の呵責が絶対に許さない。いつもの如く、俺は佐久菜を自転車の後方に乗せてやる。
慣れた手つきで俺の腹に手を回し、思いっきり絞めた。
「痛い痛い痛い!! そんなにきつく持たなくても落ちないから!!」
「あっ、ごめん。つい……」
「くっ……死ぬなよ俺」
何というか、最近になって二割増しくらい猟奇的になっているのだが、何かあったのだろうか。親と喧嘩でもしたのか? まあ、あまりコイツの家庭事情に関わりたくはないし、そっとしておこう。俺の心は海よりも広い。
と、後ろの存在に気を取られながら自転車をこいでいると、ソレが話しかけてきた。できれば危ないのでやめてほしかったが、こういう時の佐久菜の話は重要だったりするから聞き逃せない。
「ねぇ、うちのクラスの担任、変わるらしいよ」
「な――」
あまりにタイムリーな話題に動揺を隠せない。それだけに精神的ダメージは大きかった。優しくて、いつも笑顔で、女性として好きだった鮭野先生が、つまりは教師を辞めるということなのか。
「鮭野先生か? いや、そりゃそうか、担任だもんな。そうか……病気か? 辞めちまうのか……?」
「うーん、辞めるかどうかまでは分からないけど、聞いた話によるとご病気らしいよ。何でもかなりの重病だとかで。で、臨時の担任が来るってワケ」
今まで何故来ないのか分からなかったが、病気だと分かったのだから見舞いにでも行ってやろう。そうすればきっと喜ぶだろう。ああ、きっと喜ぶはずだ。
「惣介にはちょっと悪いけど、この話の本題はここからなの」
「……ん、ああ。臨時の担任か」
「まあ、厳密に言えば今までの臨時に変わって正式にって感じだけどね。何でも外国人らしいのよこれが」
「ほう、外人さんとな。性別は?」
「とっても綺麗なお姉さん。どっちかって言うとお母さんみたいな見た目だったわね。肌は褐色肌、国籍は恐らく北アメリカね」
「その心は?」
「なんか、服装が民族衣装っぽいって言うか。私の記憶と知識が正しければメキシコっぽいなぁって」
なるほど、メキシコ人の褐色お姉さんか。鮭野先生が心配なのは勿論だが、男としてこれは気にならない訳がない。
「そうと決まれば急がないとな。ちょっと速度を上げるけどいいよな」
「おーけーおーけー、どうぞどうぞ。ちなみに落としたら落とすからね」
「どこにですかね……?」
「ふふ…………」
薄ら笑いがこんなに怖いと感じたのは久方ぶりだ。多分この前に怖いと感じたのも佐久奈に対してだったと思う。
まあ、慣れているから問題はないが。いや、コイツのことだからいざとなれば本当にやってきそうだ……おぉ怖い怖い。
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