七月 八日―早朝

「なるほど。以前もこうして、はむはむ……ボクのようなはぐれ魔術師を、あーんっ……こうして、匿っていた訳ですね」

「喋りながら食うな。行儀が悪いぞ」


 朝、六時過ぎ。

 昨日から一夜明けて伐花昼子はすっかり馴染んでいた。今は俺が作った朝飯をやけに美味うまそうにほおばっている。作った俺冥利に尽きるというものだが、この食べっぷりから察するに、白飯一杯と目玉焼きと粗挽きソーセージ二本、レタスだけでは足りないのではないだろうか。

 なので、興味本位でまだ手をつけていない俺の分を差し出してみる。


「……食うか?」

「いいんですか!? しかしそうなると、惣介君は何を食べるんです?」

「俺は別にソイジャイ(大豆でできた甘い棒)で大丈夫だから、腹減ってるんなら食えよ。なんならまだ作れるけど」

「ではお言葉に甘えて……まずこれは貰うとして。じゃあご飯とソーセージをあと三本ほど追加でお願いします」


 最後の部分は半分冗談のつもりだったが、まさか本当に頼んでくるとは。まあ、昼子が食べたいと言うのなら作る他ない。

 まだ時間は、三十分くらいの余裕がある。遅刻はしないだろう。

 ちなみに、まだ体を動かしにくいと言った昼子に、学校を休んで付きっ切りで看病しようかと思っていたのだが、『貴方の私生活を脅かす私への厚意は受け取れません』ときっぱり断られたので仕方なく学校へ行くことになった。決して行くのが億劫だったとかそういう訳ではない。


 ――時刻は午前六時三十分。もうそろそろ家を出ないと間に合わない。

 俺の通う冬ノ原高校はここから約一時間ほど。周りを山に囲まれた窪地に位置する『冬ノ原』に電車がある訳がなく、最悪なことにこの近くをバスが通っていない。悲しいかな、言ってしまえば辺境の地である。ローカルバスを運営するバス会社は一社しかなく、しかもすこぶる小さいしお金もない。バス停の時刻表を見てみると一日に一本しか通っていない始末。なのでこの街ではもっぱら移動手段は『自転車』に限る。


「じゃあ、さっき言った通り何かあればテレビの横の壁を思いっきり叩けばそれを合図に物理結界が発動する。神具霊装でも持ち出されない限りはまず破壊されないはずだ。もし破れらたら……外に逃げた方がいい。一応地下室は存在するが、それ以上の逃げ場はないからな。背水の陣が好きなら別に構わないが」

「残念なお知らせが一つ……」

「お? どうした」

「ボクを吹っ飛ばした張本人はどうやら神具霊装ソレを所持しているようです」


 これは困った。

 ――神々が生きた時代から現存する聖遺物。それらを人間が手を加え『兵器』として運用される文字通り最強の決戦兵器、それが『神具霊装』だ。その戦闘能力を近代兵器に換算するならイージス艦一隻分くらいだろうか。

 そんなモノを持ち出してまで、こんな辺境の地に来て一体何をしようと言うのか。予測も理解もできないが、まずは目先の問題から。


「最悪外へ逃げることができなければ、二階へ上がる階段の側面に扉がある。その奥に進めば地下への階段があるからそれで地下に、そこにある『モノ』でなんとかしてくれ。その間に駆けつけるから」

「分かりました。ていうか、貴方に駆けつけられてもどうにかなる相手では……」

「大丈夫だ、強力な味方がいるから」

「まあ、こんな日中に相手も動くとは考えられませんけどね」

「そうだな。一応ってことで覚えておいてくれ。じゃあ、俺は行くから……っとそうだ、昼飯はカップ焼きそばな!」

「はーい。行ってらっしゃーい」


 話し込んでいると意外と時間が過ぎていた。俺は少しだけ速足で学校へと向かう。

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