第28話 紹介
「ただいま戻りました」
「――エイシス、一体どこへ……」
エイシスが女王の私室へ戻ると、すでにマリアは帰って来ていた。もちろん、3バカも。
「……なんですの、その男は」
マリアの顔がいぶかしいものになる。
「まあ、いい男」
「本当に……」
「凛々しくも、きつめの目がたまらないわぁ」
3バカがうっとりと、ジクムントを見つめる。
「まさかわたくしの留守中に逢い引き、ですの?」
「あ、い、いえ……そんなことは……」
完全に否定することもできず、思わず口ごもってしまう。
「何という破廉恥な!」
「そのような良い男……いえ、不埒者とだなんて!」
「悔しいですわ、どうしてそんな品性のかけらもないような小娘と……」
3バカがすかさずさえずった。
「いえ、俺が呼び出し……」
「――お黙りなさい、誰があなたに直答じきとうを許しましたか。お前たちもうるさい。いい加減だまらないと、その口を縫い付けますわよっ!」
マリアがぴしゃりと言うと、さすがの3バカもさえずるのをやめた。
恭しく頭を垂れるジクムントに近づいたかと思うと、
「あなた、その制服は銀牙隊ね……。先頃、入隊した……」
ジクムントはさっと膝を折り、かしづく。
「覚えて頂き、恐悦の至りにございます。
小臣、聖寿万歳を申し上げるとともに、聖上のお健やかなるを――」
「そのようなおためごかしはいりませんっ」
3バカに椅子を運ばせ、どっかと乱暴に座った。
そこからもただならぬ怒りを感じずにはいられない。
マリアの肩ごし3バカの、見物みものだといういやらしい笑みを見るのは腹立たしかったがしかたがない。
「エイシス、あなたにはがっかりしました」
「……陛下、お聞きください」
「今日よりあなたを侍女より解任します」
「この方は、この首飾りをくれた人なんですっ」
「あなた、図々しいわ」
「陛下に口答えするなんて」
「もう侍女でもない小娘にはこの城に居場所はないわよっ」
3バカは勝ち誇ったようにホホホと笑いあった。
「さあ、陛下、こんな田舎娘は放っておいて薔薇園に参りましょう」
「薔薇茶にスコーンを楽しみましょう」
「あら、あなた、まだいるの? わたくしどもはこれからお茶会でのよ、オホホホ」
「黙りなさいとわたくしは先ほど言ったはずよ」
3バカは驚いた顔のまま俯く。
「エイシス。今のは本当なの……?」
「はい」
エイシスは七宝のネックレスを出す。
さきほど、打ち合わせたことを頭の中で反芻しつつ、
「実は私も驚いたんです……。
彼は兵士になるといって村を出たので、国境に赴いたとばかり……」
マリアの目が、エイシスとジクムントの間を交互にいったりきたりする。
「あなた、エイシスとは親しいの」
「…………」
「直答じきとうを許します」
「はい。……アントースで羊飼いをしておりました。エイシスとは親同士が仲が良く、実の兄妹のように育ったのです」
「そう。あなたのように大きければ、さぞ目立ってでしょう」
「その分、怖がられもしました。なにせ、この顔とぶっきらぼうな物言いで。しかし、このエイシスだけは俺の外見を恐れず、親しく話しかけてくれたんです」
「それで羊は今は」
「すべて売り払いました。その金を王都へ向かうための支度金として使いました」
「ですが、羊の毛は軍人の衣服などにつかわれるでしょう。戦いが起きてあなたは得をしたのでは?」
マリアはまだまだ信用していないようだった。
「一般的にはそう思われるかと思います……。ですが、毛皮は軍人に、国のためだと強制的に徴用されまして。唯一の食いぶちをそのようにされてはもはや生きていけません。ですから手っ取り早く稼げる方法をと……」
「あぁ、なんて悲劇……」
「こんなことってあんまりですわ、こんなにかっこいい人なのに」
「ぶっさいくなやつの失敗談は腹がよじれてしまうというのに、良い男の苦労話ってどうしてこんなに悲しいのかしら……」
3バカは涙ぐみ、鼻をぐぢゅぐぢゅさせる。
(この人たち、ホント、ゆがんでる)
同情するならもっと素直に同情すればいいのに……。
「そんなことはわたくしは命令していませんわ」
「いつだって軍人は同じです、こちらのものを奪うばかりで……申し訳ございません、言葉が過ぎてしまいました」
「いいわ、それが現実……わたくしが無力がゆえにおきてしまうこと、……これもわたくしの罪」
マリアの顔に笑顔はないものの、それでもさきほどの厳しい表情は和らいでいた。
「でもあなたは、あなたの生きる糧を奪った軍人になったのはどうして?」
「金のためです」
「金?」
ジクムントは深い色をした真摯な眼差しをエイシスに向ける。
「こいつと……結婚するためです」
演技だと分かっていても、胸の高鳴りを覚え、エイシスは息苦しさに目を伏せた。
「俺が村を離れる一週間前に、王都へ向かい、兵士になることをつげました。あの七宝の首飾りは、羊を売った金の一部で。それを証に、戻って来たら結婚して欲しいと」
「そう……」
「ですから、今回のことにこいつは関係ないんです。非はすべて俺にあります、陛下、どうか、エイシスのやつは許してください……。俺はどんな罪でも負う覚悟はできています」
「ジーク! そんな……ダメよ……っ」
これは演技にはないはずなのだが、ジクムントの演技力につい釣り込まれ、声が口を突いて出てしまう。
マリアの視線を感じ、ただ「申しわけございません、取り乱しました……」というほかなかった。
「……それで、二人はどこでお互いを知ったの? エイシスとこっそり会うような時間はあまりないと思うけど」
「俺が……、衛士として立っていた時、ほんとうに偶然、回廊を歩いている姿を見たのです……。
最初は信じられませんでした。エイシスは故郷で農作業をしているとばかり思っていましたから。でも、こいつの顔を忘れるはずがないんです。それで、今日、それを確かめようと思ったんです」
「エイシス、もしかしてあなた、宮廷へ乗り込んだのは、幼馴染みのあとを追って、ではありませんの……?」
エイシスは頷いた。
「申し訳ございません、陛下に嘘を申してしまい……。でもあの時はそう言うしかなかったんです……。ジークの行方の手がかりを探すために、陛下に近づいたなどという不敬なこと……」
「想い、ですのね」
マリアは溜息混じりに言えば、
「陛下、まさか、エイシスを許すのではありませんか」
「いけませんいけません、こちらの殿方はともかくとして逢い引き女を許すなんて」
「他のものたちへの示しがつきませんっ」
3バカが言った。
「示しも何も、あなたたちが何も言わなければどこにも漏れることではないし、逢い引きなんて言葉が似合わないほどの純情だと思うわ。それに。他の誰が何をどう言おうとも、わたくしが許せば問題などないでしょう。わたくしの侍女なのよ?」
それは、宮廷に広がれば原因がお前たちであるとすぐ分かる、という脅しの意味がこめられているのは明らかで、鈍い3バカもそれには肝を冷やしたらしく、二の句が継げないようだった。
「ちょうどよかったわ。今宵は暇をもてあました貴族どもと夜会ですの。
エイシス、それにジークあなたたちはわたくしの供をするよう」
「へ、陛下……?」
「なんですの」
3バカの一人がおそるおそる話しかけると、マリアは眉をもちあげた。
「すでに侍女はわたくしども、護衛の方もすでに決まっております……が」
「彼は銀牙隊の一員です。護衛としての実力に申し分はないでしょう」
「しかしこの方は顔は良いとしても、昨日今日入隊ばかりのペーペーですから。実力の点からいうと、疑問符をつけざるを得ませんけども」
「おそれながら、俺は今、隊長から命じられ、隊員の訓練教官を務めています。陛下を守る実力はあると存じますが」
3バカは顔を引きつらせながらなおも、諦めない。
「しかしすでに人員の選定は終わっておりまして、これをくつがえすとなると摂政様が……大変、心配されるのではないかと、愚考いたしますが……?」
「ほんとうに愚行も愚行ですわね。
摂政にはわたくしから申しつけます。それに、銀牙隊は王家を守る要かなめ。これに摂政も否やはないでしょう。わたくしの供です。わたくしが決めます」
「……護衛のほうがそれでいいとしても。侍女のほうは、エイシスでは不適格だと……。なにせ、陛下の留守中に逢い引きを……もとい、男と会っていたわけですから。
これはとてもとても許されるものではございません。こんなものをお歴々の集われる夜会に出すなんて、礼を失するかと。どうせ、陛下の目を盗み、乳繰り合うに決まっています。なんとうらやま……恐れおおい……っ」
なおも、執拗に食い下がる。
しかしマリアの答えは明確だった。
「わたくしが欲しいのは摂政への報告係ではなく、わたくしに寄り添う侍女よ」
「あ、いや、そ、それは……しかし……っ」
「――ルリオナ、エイシスに夜会の心得を」
「かしこまりました」
ノックアウト。
3バカはもはや、反論する余地もなく、青息吐息。
「ジクムント。あなたの上司はダードルフね。あなたを借りる旨、わたくしから伝えておきます」
「はっ」
ジクムントは踵を合わせ、敬礼をした。
エイシスはルリオナに手を引かれ部屋を出た。
■■
「うまくやりおおせましたね。内心、はらはらしていました。ジクムントがドジを踏んだらどうしようと」
廊下にでるなり、その鉄面皮が消え、ルリオナが笑う。
「でもジークはすごいです。陛下の前にでても何の物怖じをしないで、すらすらって話せるんだから」
「ああいうのを傲岸不遜というんですよ」
「そうなんですか……?」
「っ」
不意に下唇を指でなぞられ、びくっとなってしまう。
「……詰めはあまいですけど」
ルリオナはエイシスに指先を見せると、そこに本来であればつくべき口紅がなかった。
「まあ、3バカのおかげで良かったですね。本当に逢い引きだと思われてしまったらさすがにここにはいられないでしょう。
――お楽しみはくれぐれも慎重に。口紅くらい常に携帯しておくべきです」
「……っ」
エイシスは顔から耳から首筋から真っ赤にして、俯いた。
(やっぱりこの人、ジークの言う通り、油断ならない人、かも)
不適さは兄ループレヒトに比肩すると思ったのは間違いではなかった。
「……ルリオナさん」
「口紅、おかしいたしましょうか?」
「そ、そうじゃなくて、ですねっ! ……陛下のお供というと何をしたら良いんでしょうか。ルリオナ様に言われたとおり、一応、エールの貴族の方々の名前はだいたい覚えましたが」
「陛下に言われたことをはいはいと聞いて従っていればいいんです。ご安心を。夜会の場には私も参りますから、何かあれば指示をいたします」
「でも陛下は何も仰っていませんでしたが」
「もちろん、侍女のルリオナとしてではありません」
「……変装ですか」
「それが本業ですからね。――って、エイシス様、先ほどから私を見る目が疑念でいっぱいに思えてしまうのですが?」
「気のせいじゃないですかねー?」
思わず平板な声が出た。
「まあ、いいでしょう。とりあえず次の機会にあまりボロを出さず、ジクムントの信用を陛下に植え付けてくださいね」
「分かりました」
エイシスはうなずいた。
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