第22話 女王

「支度、できました」


 与えられた侍女服に袖を通したエイシスはおそるおそるという感じで、隣の部屋でま待っているマリアとルリオナの前に進み出た。


 ベージュの地味の色合いのドレスだったが、袖や襟、またスカートなどにほどこされた金糸で紡がれている風の流れを意匠化した刺繍がなかなかお洒落だった。


 ルリオナは深緑と同じタイプのものだ。


「……どう、でしょうか」


 マリアの活き活きとした光をもっている瞳に、頭の天辺から爪先までを見つめられれば、否応なく緊張感が高まってしまう。


 ドレスの着こなしについては問題はないだろうが、彼女の意見によっては即刻、城をたたき出されないとも限らない。


「いいですわ、すごく」


 マリアは近づくと、上機嫌に言えば、エイシスの蜂蜜色の髪をそっと撫でる。


「あなたのこの蜂蜜色いは控えめな色のほうが、かえって映えると思いましたが、その通りでしたわねえ。

とても農民には見えないですわね。

さすがは田舎からわたくしに仕えるため、危険な山道を踏破とうはしてきただけのことはありますわね! 見た目の資質も申し分なしですわっ」


「あ、ありがとうございます……」


 マリアは、ルリオナの口から出任せをすっかり信じ込んでいるらしい。


 それが騙しているようで、ループレヒトの命を実行するためとはいえ、心苦しく目を伏せる。


「あら、恥ずかしがることなんてありませんことよ。もっと胸を張って。よろしいですか? わたくしの侍女となるからには決してうつむくことを禁じます。常に堂々としているように。そうでなければ、すぐにでも城を出ていきなさいっ」


「分かりました」


「よろしい」


 マリアは満足そうに頷いた。


「では、わたくしが直々に、城の中を案内してさしあげましょう」


「陛下、その任は私めが……」


 ルリオナが言うが、マリアは断固として首を横に振った。


「いいえ、わたくしを慕う者ですから、わたくしがいきます。心配であればあなたもついていらっしゃいっ!」


「は、はあ」


 ――ど、どうしたら……

 ――とにかく、テキトーに話を合わせて

 ――分かりました


 エイシスはルリオナとアイサインを交わす。


「陛下直々に案内していただくとは光栄の至りでございます」

 エイシスは深々と頭こうべを垂れた。


「ええ、そうでしょうとも」


 オーッホッホッッホ!とマリアは甲高い笑い声をあげた。


「あの、他の侍女の方々は?」


「きっとまたぞろ、摂政の元へ注進しているところでしょう。まったく、憐れなほどの飼い犬根性ですわ。そんなことはどうでもいいですから、さあ」


 摂政は、マリアの叔父・ギデオンがつとめているはずだ。


「ここが、衣装部屋よ。毎朝、侍女がわたくしの服を決めて、もってくるのよ」


「す、すごい……」


 思わず本音が漏れる。

 なにせ、本当にそこには衣装――ドレスや帽子、アクセサリーの各種が収められている。


 もちろん実家にもこういう部屋はあるが、部屋の広さはもっと狭い。


 ここは部屋の広さだけいえば、ちょっとしたパーティーが開けそうなほど。


 さすがは王族と言いたくなる。


「こんなもの、たいしたものではありませんわ。衣装部屋はあと三つあるのよ。わたくしが好きな色は、赤よ。情熱の色……。

見ているだけで力が湧いてくるの!」


 マリアはいちいち所作が大げさで、まるでこのまま歌劇でも披露せんばかりの勢いと気迫が、言動からは感じられた。


 しかしルリオナはいたって冷静にうけとめている。


 どうやらこれが通常営業、らしい。


「……ここが薔薇の園よ」


 それはマリアにはじめて出会った場所だ。


 薔薇垣がまるで迷路のようにうねうねと庭園を巡り、庭園の中央には大理石でつくられた噴水が、晴天の空にめがけ水しぶきをあげている。

 日の光を浴びて、まるで光そのものが吹き出しているようにも見えた。


「とても良い香りです……」


「さまざまな品種の薔薇があるので、一年を通してこのかぐわしさを味わえるのよ」


「それはすごいですね」


「ええ、とーってもすごいの!」


 マリアの説明にも無駄に力が入っていることから、彼女もこの薔薇の庭がかなりのお気に入りらしい。


 それから炊事場や遊戯室、諸外国からの来賓を迎える客間などを順々に見せられた。


 かなりちゃんと案内をしてくれている。


 ――あなたの驚く演技が、陛下はお気に召したようですね

 ――演技じゃなくて、ほ、本気なんです……

 ――まあ、そうだったんですか。どっちにしろ、良いスタートですよ。


「すぐにすべて覚えろとは言わないけれど、最低限、衣装部屋までの道は把握すること。よろしいですわね?」


「はい、が、がんばります……っ」


「何かわからないことがあれば、ルリオナに。彼女をあなたの教育係にするので。いいですわね」


「はい」


「良い返事ですわ。では、部屋に戻りますわよ。少し歩き疲れてしまいましたわ。

ルリオナ、厨房にいって何か甘いものをつくるように言いなさい」


「畏まりました」


「私も参ります」


「新参としてはりきる気持ちは分かるけれど、あなたはわたくしとよ。侍女たるもの、決して主を一人にしてはなりませんの。これは基本ですわ」


「はいっ」


 なかなか侍女というのも大変そうだとエイシスは思った。


                 ■■

「マリアが侍女を……?」

 ギデオンは頬杖をつきながら目の前の女性たちの言葉に耳を傾ける。


「不審者同然の人間を、陛下のお考えが理解できません」

「何という汚らわしいことを……っ」

「まったくです」


 報告をしているのは、マリアについている、ルリオナとエイシスを除いた侍女たちだ。


「まあ、いい」


「摂政様、放っておくのですか!?」

「そんな」

「エール王家の品性にかかわります……!」


「あまり追い詰めすぎるのも面倒なことになりかねないからな。たかが侍女一人、つけたくらいでどうということはない」


「ですが……!」


 ギデオンはそれだけで命を奪えそうな一睨みで、ピーチクパーチクやかましくさえずる侍女たちを黙らせた。


「引き続き、目を光らせておけ。もっと有意義な情報を待っている」


「は、はい……っ」


 侍女たちは小刻みに震えながら回れ右をし、逃げるように部屋を出て行った。


(まったく、マリアめ、無駄なことを)


 城内にマリアに味方するものなどいないことは知っているだろうに――。

 今の状況をたかが侍女一人でどうにかできるとでも思っていないだろう。


 その足掻く姿は、まるで水に落ちた小虫がじたばたしているようだ。


(そんなことよりも問題は国境だ)


 予想以上にブレネジアが粘りをみせ、作戦は遅々としてすすんでいない。進むことも引くこともできない。


 先のブレネジアの調停の使者の拉致もそうだが、そちらのほうを優先しなければならない。


 たかが、マリアの奇行ごとき捨ておけばいい。


(そうやって、自分から周囲の信頼を失っていけばいい)


 もし、国境の収集がつかない場合は、国内の世論を背景に、マリアを人身御供ひとみごくうにする。


(まあ、それまで自由を謳歌するんだ、マリア)

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