第13話 その破局の力は(下)

エイシスは近づいてくる足音に気づいて、そばにある部屋に身を潜ませた。

 扉に耳を押し当て足音が過ぎていくのをじっと待つ。

 これの繰り返しで、なかなか先に進むことができないでいた。


(ジークっ)

 彼のことがずっと頭の中にある。

 そのたびに、ジークの思いを無駄にしてはいけないと自分に言い聞かせ、戻りたくなる気持ちを必死でおさえていた。

 今、戻ったところで何もできないのはわかりきっている。

 エイシスはそっと扉を開け、廊下を伺う。

 誰もおらず、何も音はしない。いや、逆に怖いほどの静寂だ。

 エイシスは不安に苛まれながら進む。

 その手が触れるのが硬い、何の体温も宿さない、漆喰の壁であることを残念に思いながら。


                       ■■

「はぁっ……はぁっ……」

 ジクムントは大きく息をつき、床に突き立てた軍刀を支えにようやく立っていた。

 足下には、オイゲンの私兵たちが転がっている。

 壁や床、天井には、おびただしい返り血でいどろられ、廊下に飾られていた陶器の壺や像は粉々に砕ける。

 むせかえるほどに粘りついた血の臭気しゅうきが、廊下にたちこめる。


 一人一人の実力はジクムントの足下にも及ばないとはいえ十人を超える相手だ。ジクムントも全身に傷をつくっている。血を吸った衣服が身体に絡みついて重たかった。


(エイシスっ)

 壁に手をつきながら、ジクムントは歩き出すしたその時。


「――たいしたもんだ。そんな傷でまだ動けるとはな」


 ジクムントの前に、男が立ちはだかった。

 白髪のある、中年の男――。

 ディアナが言っていた、エイシスを誘拐した男。

 これまで相手にしてきた連中のなかで、その面相の男は目の前にいるやつしかいない。


「……お前に用はない」

 男は剣を抜くが、ジクムントは吐き捨てるように言った。

「私こちらにはある。……黒狼こくろう。噂は聞いているよ。敵味方、誰もかもを恐れさせる……ブレネジアの最強の将。その首、実に欲しい。お前の首をあげたとなれば、箔はくがつく」

「……傭兵にはもったいねえよ」

 ぺっ、と血のまじったつばを吐き出し、剣を構える。

「手負いだというのが惜しいが……」

「知らないのか、手負いの獣ほどたちが悪いって」

「いくぞっ!」

 素早く、男が床を蹴って肉薄する。

「死ねえっ!」


 ジクムントは自ら腕を押し出し、つきだされる剣を受け止める。いや、相手の気迫のこもった突き出しはとめきれず、剣先が腕を貫く。

 だが、それで終わりだ。

 相手は剣を抜こうとするが、腕に力をいれ、剣を締め上げた上で、相手の懐めがけ体当たりをすると同時に、心の臓を貫いた。


 がっ……と、男は呻きを漏らす。


「どうだ、タチが悪ぃ、だろうがっ」

 根元まで剣を押し入れると、吹き出した血が泡をつくりながらこぼれる。

「っ……っ……」

 男は口をパクパクさせたまま、もたれかかってくる。

 ジクムントはそれを億劫そうに突き飛ばした。

 その反動で背中が壁に当たってしまう。

 白目を剥き、口から泡をふいた男の亡骸なきがらを一瞥いちべつし、右足を引きずりながら歩き始める。


「やれる。俺は、やる。……エイシスに会う、一緒に帰るんだ」

 ジクムントは自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 視界がぼやけ、全身に痛みを感じ、手足に重しでもつけられているような感覚に半ば酔いながら、ジクムントの頭の中にあるのは二人だけの生活を営んでいた、森の中の屋敷。

 屋根の修理は応急措置のまま。

 ちゃんと修理をしなければ、雨の時……いや、もう今ごろ、雨漏りをしてしまっているはずだ……。


 足を一歩踏み込んだ途端、ジクムントは足下からくずおれた。

「はぁっ……ぁっ……はっ……」

 自分の息づかいが頭に響く。

 立ち上がろうとするが、手足に力が入らない。

「…………」

 ジクムントは突っ伏したまま、そのまま意識を失った。


 ジクムントが目を覚ました時、自分がまだ生きていることが半ば信じられなかった。

 しかしかすんだ視界の中、自分を見下ろすオイゲンの姿に、まだこの世と別れるわけにはいかないという衝動にかられたが、すでに手足に力をいれられなかった。

「気分はどうだ、黒狼」

 甲高い声で、やりとほくそ笑んだその顔面を拳でたたきつぶしたい!

「オイゲン……貴様……っ」

 周囲に目をはしらせる。

 そこは屋敷の前庭だった。

「せっかく、ここまでつれて来てやったというのに……。本当は廊下で野垂れ死にさせてもよかったんだが……。私と会いたかったのだろう?」

「ああ、その首をねじきってやるためにな……っ!」

「まだほざく元気はあるか。しかし普通の人間ならばとうに死んでいるだろうに……。さすがは黒狼。死にぞこなう様まで、我が国随一だ」

 ジクムントは歯を悔いしばり、オイゲンをにらんだ。

(一度だ。俺に残された機会は、あと一度……)

 オイゲンをもっと調子に乗らせれば、隙が出来るときがくる。それを見逃さない――。

「貴様、あの女が相当、執着しているだろう。名前は……エイシス」

「何かしたのかっ!?」

 ジクムントの表情の変化に、オイゲンはますます悪辣あくらつな笑みを大きくした。

「……エイシスに、手を出したら、殺してやる……っ!」

「そんな力などないくせに。……お前は私をずっと悩ませてきた。部下をも殺した。

貴様のようにただ戦い、殺すことしか出来ないちんぴらのごとき下士官かしかん風情が私をののしるとは万死に値する。……だが、私も鬼ではない。死出しでの旅路たびじは一人では寂しいだろう」

「や、やめろ……、俺だけで、十分だろう……っ」

「いいや。あれはヴァレンタイン家の女だ。生かしては私としても困ったことになってしまう」

「……ばれないとでも思ってるのか」

「これまでたいがいのことは隠蔽いんぺいしてきた。問題はない。

――さあ、エイシス嬢! 聞こえているかねっ! きみの大切な、彼ジクムントはここにいる。彼を大切に思うならば、来たまえっ!」


「やめろ、エイシス、来るなぁっ!」

 ジクムントは命を削り、声をあげる。

 ひとたびそうすれば、胸の奥が痛むように熱を帯び、咳き込み、血を吐いてしまう。


 一度、大声を出すだけで走る激痛に。呻きをあげるジクムントの目の前で、屋敷の扉がひらかれるのが分かった。

「……エイシスっ……」


 エイシスはゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 ジクムントは来るな、と首を横に振るが、彼女の歩みは止まらなかった。


「ジーク」

 エイシスは膝を折り、ジクムントをそっと抱きしめてくれる。


「やめろ、よご、れる……っ」

 それでもエイシスは抱くことをやめようとはせず、ジクムントもまた、そのやわらかさと温かさに身をゆだねてしまう。

 自分の身体からは多くの血が流れた。

 身体の底が凍り付くような冷たさに蝕むしばまれた中で、エイシスの存在はあまりに大きかった。


「――死ねば、永遠の愛を語らえるだろう。構えろっ」

 オイゲンの指示で、兵士たちが弓矢を構え、引き絞る。


「ジーク」

「エイシス……」

 ジクムントは囁こうとするが、それは声にはならなかった。

 エイシスの笑顔に吸い込まれる。

 その、蜂蜜色の髪に、サファイアブルーの美しいきらめきを包み込んだその眼差しに――。

 ジクムントはエイシスの盾になるように覆い被さる。

 互いの吐息がかかる。

 二人の視線が絡み合う。

 最後の最後、ジクムントは唇ではなく、その額に口づけをした。


「殺せっ!」

 矢が空気を引き裂く音が響くのと、同時だった。


                      ■■


 ドクン、ドクン、ドクン……。

 ジクムントに額へ口づけをされた瞬間、身体の中で激しく何かが脈を刻んだ。


(これは、何……?)


 それは鼓動ではない。

 身体の中を何かが激しく駆け巡っている。


 それでもエイシスが今、感じているものは恐怖や混乱ではない。

(熱い……ううん、温かい……)

 何かが満ちていくのをはっきりと感じた。

 まるでからっぽの器が、澄み切った水で満たされるかのように。


 胸のあたりがぽうっと温かな光を帯びる。

 光は徐々に目がつぶれてしまいそうなくらい強い輝きを放ち、やがて一筋の光の柱となって天に向かって伸びる。

 それと共に光の柱は大きくなり、たちまちエイシスたち、いや、湖畔の館を隅々まで包み、呑のみ込んでいく。

 しかしそうなっても、エイシスの心は穏やかなままだった。


                      ■■

 アルフォンスの率いる王都を発たった軍勢は、あともう少しで目的地というところで停まっていた。

 道ばたで倒れている何人かの男たちを見つけたからだ。


 雨は小降りになりはじめ、かすかにだが頭上に垂れ込める雲の厚みが少なくなった気がした。


 男たちは剣に弓矢をもち賊のようだが、その賊がなぜ、こんなところで倒れているのかが分からなかったが、放っておくわけにはいかない。

 およそ半数がまだ生きていた。

 その中でも比較的、傷の浅い、額から血をだらだらと流している男を、アルフォンスはその場に張った幕舎ばくしゃの中に呼びつけ、事情を聞く。

 ループレヒトと、エリオットが同席している。


「――フードをかぶった男? 確かか」

 アルフォンスは男を睨みながら口を開いた。

「は、はいっ」

「なぜ、そんなに奴に襲われた?」

「それは……」

「こんな雨の中、待ち伏せをして、男一人狙ったのは何故だ。お前らが賊だとしても、説明がつかん」

「素直に、吐いたほうがいいですよ。このお二人は魔法を使うんです。あなたごとき消し炭ずみにするのはたやすい」

 エリオットが満面の笑顔で脅しつければ、

「もちろん、バーベキューのようにほどよく焼くこともできますよ?」

 とループレヒトが悪のりをし、指を鳴らせば、男の眼前で音もく、湿っているはずの地面から小さな火が噴いた。

「か、勘弁してください……っ!」

 顔を青ざめた男はその場にひれ伏し、ほとんど泣いているような声をあげた。

「ならば話せ。なぜ、ここにいた」

「……俺は、オイゲン中将に雇われました。一人で森に近づく男を襲え、と……」

「やはりか。……お前を罪に問わない選択肢があるがどうする」

「それは、もう!」

 男はすがりつくような目をする。

「いいだろう。ならば、オイゲンについて知っていることすべてを証言しろ。そうすれば、仲間ともども助けてやる」

「はい……っ!」

「よし、エリオット、こいつら仲間を一所ひとところに集めて監視させろ」

「はっ」

 と、すべての算段を終えたかと思えば、兵士が入ってくる。

「申し上げます」

「どうした」

「西の方で、……巨大な光が」

「何?」

 アルフォンスたちが怪訝けげんな顔でテントからると、西方――目的地のある方角だ――から、黒雲を引き裂くような光の柱がまばゆい閃光と共に天空めがけ昇っていた。

「か、雷……?」

 エリオットが思わずつぶやけば、

「いえ、これは、魔力ですよ」

 ループレヒトがつぶやけば、「……そのようだ」とアルフォンスも同意する。

「おいっ!」

 アルフォンスは兵士に命じ、馬を三頭、用意するよう言いつけた。

 あちらの方角で魔力の素質をもつもので思い当たるのはただ一人。

 妹のエイシスだ。

(しかし、あの魔力は……)

 肌が粟立つほど強力な魔力を、この距離からでもはっきりと感じた。

 エイシスはまだ魔法はつかえないはずだが……。


 しかし疑問はのこったままアルフォンスたちは馬に飛び乗る。

「お前たちはあとから、こいっ!」

 アルフォンスたちは馬に鞭を入れ、駆け出す。


 数刻、休むことなく駆け通した末、霧がでてきた森を突っ切ると、視界が開ける。

 アルフォンスは反射的に手綱を絞って馬を留めた。

 それに続くエリオット、ループレヒトは申し合わせたわけでもないのに、同じ行動をとった。


「ここですか?」

「……の、はずです」

 ループレヒトの質問に、エリオットは戸惑いながら言った。


 それもそのはず、アルフォンスたちの眼前にあるのは、瓦礫の山だったからだ。

 誰ともなく馬を降り、ゆっくりと残骸へと近づいていく。

 よく晴れた日中は鏡のように空を映している湖面すら、今は闇の中に沈んでいる。


 瓦礫がれきの山をのぼっていく。

「……一体、何が」

 アルフォンスは呆然とした声を漏らしながら周囲を見回し、ある一角に人間の手が突き出していることに気づいて、駆け寄る。

「エリオット、手伝え! 人が埋まっているっ!」

 他の山を連鎖的に崩さぬよう慎重に一つずつ瓦礫をとりのぞいていけば、

「ジクムント!?」

 見慣れた、褐色の横顔がのぞいた。

 そして、ジクムントがかばうように抱いているのは、エイシス……。

 エリオットが急いで二人の脈を測る。

「二人とも、生きていますっ!」

 エリオットはアルフォンスとループレヒトに告げた。

                        ■■

 ――エイシス……。

(お母さん……)

 いつもよく見る夢、そう思ったが――しかし、これまでとは違っていた。

 母の笑顔はなく、いつもそうするようにそっと唇を寄せ、額に口づけをすることもない。

 闇の中をふわふわとただ浮遊しているエイシスの許もとには、声だけが届く。

(どこ? お母さん、どこにいるの……?)

 ――エイシス……ごめんなさい

(お母さん?)

 ――あなたを、巻き込んでしまう……

(何を言っているの? お母さん? お母さん?)

 呼びかけても声はもうなく、エイシスの意識はゆっくりと闇の中へ溶けていった。


「…………っ」

 エイシスが目覚めると、ベッドに寝かされていた。

(こ、ここは……?)

 エイシスは、白いワンピースのような形状の、紙のようにごわごわした質感をした衣服をまとっていた。

 最後にある記憶は、ジクムントと一緒にいて、それから自分たちはオイゲンに殺されそうになっていて……。


(ジーク……っ!)

 エイシスは何かに突き動かされるようにベッドからすべり降りて部屋から出ようとすれば、そこには兵士が見張りについてい、エイシスが出ようとすると立ちはだかった。

「どいてくださいっ」

「いけません。ここから出すなと言われています」

「お願いします、少しでいいんです。ジークがっ!」

「――エイシス様、お目覚めですか」

 現れたのはエリオットだった。手には花束をもっている。

 兵士が敬礼する。

「エリオット様、ここは!?」

「王立病院です。あなたがたを見つけ、ここに収容させていただきました」

「あなたがた?」

「ジクムントも……」

「ジークは、ぶ、無事なんですか!?」

 すると、エリオットはにっこりほほえんだ。

「ええ、もちろん。どうぞ、彼の部屋までご案内します」

「お願いしますっ」

「……ジクムントは、昨日目覚めたんです。エイシス様と同じように、あなたに会おうとしましたが、まだもろもろの検査がありましたから……」

 こちらです、と扉を開ける。

 エイシスはおそるおそる入る。

「ジーク」

 すると、ベッドに入ったまま鉄の塊をもちあげていたジクムントが顔をあげた。

「エイシス!」

 ジクムントは鉄の塊を捨てると、ベッドから勢いよく飛び降りた。

「無事なのか」

「ええ。ジークこそ……」

 そこで不思議なことに気づいた。

 最後の記憶にあるジクムントの姿は、全身血まみれで瞳の光は今にも消えんばかりだった。

 そうであるにもかかわらず、今のジクムントには生気が満ち、あふれんばかり。

「エリオットさん、私たちがここに運ばれてからどれくらいが経ったんですか」

「一週間ほどですよ」

「たった?」

「……あなた方にしてはたった一週間でも、我々にとっては永遠にもおもえましたよ。もう一生、目覚めないかと」

「ごめんなさい、そういう意味で言ったのでは……」

「いいんです」

 エリオットは首を横に振った。

「……ジーク、あなた、怪我は……もう、大丈夫なの」

「ああ……。信じられない。俺は、確かに全身から血を流し、もう長くはなかった……はずなんだ。それは、間違いない」

 戦場では幾度も死の瞬間を見てきた。だからこそ、自分にも死に招かれていることが確信できたのだ。

 それが、今、その筋肉によろわれた褐色の肌には包帯一枚巻かれていない。

「それに関して、我々としても聞きたいことがあります。ジクムントからも聞きましたが……一体、何があったんですか」

 エイシスは自分のためにも記憶を整理しようとする。

「私たちは、たぶん、あのままでいたらオイゲンに殺されていたと思います……。

そのときに私の中から光が溢れて……そうして目が覚めたら……。ごめんなさい、光のことは夢のことかもしれません」

「いえ、それは本当です。我々もそれを見ましたから。その光を手がかりに向かったところ、あなた方を発見したんです。オイゲンやその手下どもは瓦礫の下敷きでしたよ。

エイシス様の兄上方は、その光に魔力を感じたと仰られていました」

「魔力……? 私は魔法はぜんぜん、駄目なんです……。落ちこぼれですから……」

「少しおおまちください」

 エリオットは部屋を出て行く。

 すると、すぐにジクムントの腕が伸び、痛いほどの力で抱きしめられる。

「……良かった、お前が無事で、本当に……良かった……っ」

 頭の上から声が降ってくる。安堵に満ち、かすかに震えた声。

 エイシスはジクムントの胸に顔を押しつけ、彼の逞しい体躯たいくに腕を回す。

 こうすることのできる幸せを噛みしめた。

「……私も、嬉しい。あなたが、無事でいてくれて本当に……」


 二人の視線が重なる。

「エイシス」

「ジーク」

 呼び合えるという事実で、胸が痛いほどに高鳴る。

 エイシスは背伸びをし、ジクムントはそっとかがむ――。


 咳払いが聞こえた。


「……っ!!」

 はっとして振り返ると、エリオットが気まずそうに立っていた。

「馬に蹴られたくはないのですが、申し訳ない。これは、是非に見てもらわねばならないので……」

「い、いえ!」

 エイシスと耳がみるみる熱をもっていくのを感じ、うつむいてしまう。

 ジクムントは邪魔者が、とでも言いたげな不満たらたらの顔つきで、同僚をにらむ。

 しかしそんな顔もエリオットが、エイシスに差し出したものを見るなり、変わる。


「……これは」


 エリオットが、エイシスに握らせたのは、珠たまだ。 

 ただの石ではない。

 赤や青、碧みどりとさまざまな色がそのなかには存在する。まるでこの小さな珠のなかに森羅万象しんらばんしょうが存在していると思わせるような、ただの色彩ではなく、一色一色が生きている――そんな風に思えるものだった。


「あなたの魔法石だということです。私は魔法は門外漢なので、あとで兄上方に詳しいことはお聞きください」

「これが、私の魔法石……」

 魔法石が珠になったということは、エイシスが魔法をつかったということだ。

(あの、光が……?)

 それが、エイシスの怪我をも癒いやした――というのだろうか……?


「……では、続きをどうぞ」

 エリオットはおどけた物言いをして、部屋を出て行った。 


「エリオット様……!」

 彼の茶化すような言葉に抗議をした瞬間、再び抱きしめられる。

「もう、邪魔をされたくない」

 そう彼がつぶやいた瞬間、唇をふさがれた。

 まぶたが自然と落ちる。

「……っ」

 その苦しいほどの瞬間に、全身から力が抜けていく。胸を満たすのは、優しいほどの熱だった。

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