第2話

第3話


 

 戦いを振り返る事にする。

 狂戦士ローはパルストイ砦にて、リステスの軍勢と死闘を繰り広げたワケだが、これ自体はローの思い通りであった。

 ローとしては、敵と決戦をしたかったのである。

 ゲリラを展開されたり、要塞に籠(こ)もられたりするのは、ローにとり好ましい事では無かった。

 これは補給や他の王立騎士団との連携などからの関係である。

 ともかく、ローは敵に出てきて欲しかったのだ。

 そして、あえて守備を薄くして、敵の攻撃を誘った。

 食虫花を従える植物族の女王リステスが、まんまと彼の罠にいざなわれてしまったのだ。


 ただし、ローとしても敵の軍勢が強大であった場合は困るわけである。もっとも、サイク達が駆けつけてくれれば問題は無いのだが、戦場とは未知なるもので、必ずしもそう上手くいくとは限らない。(現にサイクの軍は遅れた)

 その為、ローは一計を案じていた。

 すなわち、サイクの軍が遅れようが遅れまいが、大軍が現れるようにしたのである。

 

 ローは部下100名を砦の外に少しずつ潜ませていた。

 彼らは万一の時に際し、次のような指示を受けていた。

 それは一人の兵士が数十の松明を持つことである。

 もちろん、人の手は二つしか無いので、数十の松明となるような横幅の広い燭台(木製)を作らせていたのだ。

 最前列の10名を除いた90名は、この燭台に火を点(とも)し、あたかも大軍が押し寄せるように見せた。

 さらに、それとは別に固定した松明も後方に用意しておくのであった。

(後方ならば、動かずとも敵には分かりづらい)


 こうしてローは敵を欺(あざむ)き、見事、勝利したのである。

 

 だが、今回の作戦は犠牲も多かった。

 砦の守備隊700名の内、約60名が亡くなったという。

 彼らは精鋭中の精鋭であり、この損失は少なくなかった。

 なにしろ、ククリ島の戦乱はまだ始まったばかりなのだから。

 少なくともローにとっては、ククリ島-制圧までの道のりは果てなく長く思えていたのである。



 一方、サイク将軍達はどうしていたか。

 彼らは直線距離にしてはそう遠くない場で立ち往生していた。

 これには理由があるのだが、その前に当時の状況を説明しておく。


 まず、サイク将軍は砦が強襲を受けているとの知らせを聞き、

すぐさま軍を動かした。

 数時間も進むと、ゴブリン数百名が奇襲を仕掛けてきた。

 そして、戦闘が発生し、ここではミリト達も活躍を示したと言う。

 すると、ゴブリン達はすぐさま森の中へと逃げ出した。

ミリト「追うぞッ!」

 そう聖騎士ミリトは配下の白百合騎士団に命じた。

 しかし、それをミリトの乳母であり副隊長でもあるエリーが止めた。

エリー「ミリト様、お待ち下さい。深追いは危険です。敵には植物族がおります。無闇に茂(しげ)みに入るのは危のう御座(ござ)います」

 追撃を止められ、ミリトは不機嫌に顔をしかめたが、とはい

え、エリーの言う事も-もっともと思い、頷(うなず)いた。

ミリト「追撃は中止!これよりは周囲を警戒せよ!」

 こうして、この場での戦闘は終了し、負傷者は荷台に積んでの進軍が開始された。


 しかし、さらに一時間後、再びゴブリン達は襲撃をしてくるのであった。

 再び戦闘が繰り広げられ、ここではガッゾ将軍の副官が討たれたという。

(この副官とガッゾ将軍は出来ていたという噂があった。すなわち、単なる股肱(ここう)の臣を越えた関係である)

 最愛の部下を失い、怒れるガッゾ将軍は、鬼神の如(ごと)くに戦ったという。

 さしものゴブリン達も恐れをなし、撤退の笛を吹き鳴らした。

 だが、憤怒したガッゾは部下達と共に、ゴブリン達を追撃していったのである。

 これを植物族が迎え撃ったが、怒れるガッゾは炎の術式を辺りにまき散らし、周囲は火の海の如(ごと)くになったという。

(その結果、少なくない部下が火傷を負(お)った)

 ともあれ、結果的に植物族も逃げていき、これをガッゾは追っていくのだった。

 この時、あまりにもガッゾが素早く進んで行くので、ついてこれた部下は数名であった。

 

 しかし気づけば、ガッゾ達は敵を見失っており・・・・・・というより道を見失っていた。


 暴れ回ったガッゾであるが、未だに怒りが冷めやらぬモノであり、敵の拠点を探そうとした。

 とはいえ、部下も不安になったのか、ガッゾをいさめようとした。

部下「将軍、本隊に戻りましょう。たった数名で何が出来ましょうか?」

ガッゾ「うるさい!私が進むと言ったら進むのだ。それに、敵が逃げていったならば、合流地点があるはずだ。その巣を叩かない限り、我らは延々と攻撃を受け続けるのだぞ!ともかく、そこを見付けるまでは帰らん!」

 との言葉に、部下達も少しは納得して、大人しく付き従うこ

とにしたのでる。


 しばらく敵を探すガッゾ達であったが、誰も何も見つからなかった。

 道中で小型の魔物(スライム種)と遭遇し戦闘になったが、

他には何とも出くわさなかった。


 そして、ガッゾ達は山頂近くへと登っていた。

 これは部下の意見でもあり、山道に迷った時は上を目指せば良いとの考えである。

 とはいえ、ガッゾ達の居る山には、山頂が二つあり、ガッゾ達が進んだ先は低い方の頂(いただき)である。

 しかし実の所、こちらの山頂付近はゴブリン達にとり《霊山》として恐れられていたのだ。


 いつしか霧(きり)が立ちこめてきて、周囲は薄暗くなった。

 これには段々とガッゾも心細くなってきた。

 とはいえ、こういう場所にこそゴブリンは潜(ひそ)むと考え直したガッゾは、勇(いさ)ましく進もうとした。

 だが、部下達は一刻も早く引き返したい衝動に駆られていた。

 なので、何とかガッゾを説得しようと試みた。

部下A「ガッゾ将軍、やはり引き返した方が宜(よろ)しいのでは?」

ガッゾ「何故だッ!お前達は悔しくないのか!あの忌まわしきゴブリン共のせいで、麗(うるわ)しきヘイゼ(副官)がその気高(けだか)く美しい命の花を散らせたのだぞッ!これをなんとするのだ!」

部下B「しかし、将軍、万一に将軍の身に何かあれば、奥方(おくがた)様(さま)は嘆(なげ)き悲しまれますよ」

ガッゾ「うるさいッ!あいつが悲しむようなタマか!むしろ、

    財産が自分の物に出来て喜ぶ事だろうさ!」

 と言われては、返す言葉も無い。

 なので、部下Aは別の方向から攻めてみることにした。

部下A「ですが、将軍。ヘイゼ副官の埋葬はいかがなさるのですか?」

ガッゾ「なに?」

部下A「ククリ島は蒸し暑い地帯です。故に、放っておけば

    その麗しき遺体も腐り果ててしまいます。となれば、

    火葬をせねばなりますまい。ですが、このまま長く探索(たんさく)を続ければ、将軍はヘイゼ副官と別れを告げる間も無く、副官の亡骸(なきがら)は火にかけられる事となりましょう。

    それは将軍も副官も望まぬ事ではありませぬか?」

 これにはガッゾも唸(うな)る事(こと)しか出来なかった。

ガッゾ「確かに、サイク将軍は愚かなローを助ける為に、進軍を急いでい    

    る・・・・・・。となれば、下手をすれば死体は置いて行かれる危険すらあ      る・・・・・・。クゥ、戻るぞッ!

    急いで、愛(いと)おしきヘイゼのもとへ戻るのだッ!」

 と命じるのであった。

 こうなっては居ても立っても居られないガッゾである。

 しかし、ここに来て、霧(きり)で視界が遮(さえぎ)られた。

 帰るべき方角が分からなくなってしまっていた。

ガッゾ「ええい、邪魔な霧だッ!消え失せろッ!」

 と叫び、ガッゾは浄化の術式を発動した。

(ガッゾは意外な事に、騎士ではあるが器用にも魔術を扱った)

 刹那(せつな)、ガッゾを中心に霧が晴れていく。

 だが、それは晴れない方が良かったのやも知れない。

 そこに現れたのは重装備に身を包んだゴブリン達なのであった。

 全く気配を感じなかったガッゾ達は、驚愕を禁じ得ず、口をポカンと開けざるを得なかった。

 しかも、そのゴブリン達の数は千を超える程に見えた。

 さらに付け加えるならば、それぞれのゴブリン達は並々ならぬ覇気を纏(まと)っており、明らかに数名で敵う相手では無い。

 そして、ガッゾは怒りも忘れて、真っ先に逃げ出した。

 すぐさま我に返った部下達も悲鳴をあげながら続く。

 しかし、ゴブリン達はどういうワケか追ってこず、ガッゾ達は上手く逃げおおせたのであった。

 それから、命からがら本隊へと戻ったガッゾ達は、待っていたサイク達に事の詳細を説明した。

(この時、サイク達は単に待っていたワケでは無く、植物族による奇襲を反対側から受け、それを追い払った後であった)

 数千のゴブリン達が向こうの山頂に居ると聞いたサイク将軍は眉をひそめた。

 もしそれが本当ならば、ただ事では無い。

 下手に兵を前に進めれば、背後を突かれる事となる。

 仕方なしに、サイクは山頂を覆う形で包囲を敷かせた。

 ただし、ローへと援軍を送らねばならないので、高位能力者20名を急ぎ、ローのもとへと遣(つか)わせた。

(彼らはローの伏兵と合流し、松明(たいまつ)を掲げる事になる)

 それから数時間後、サイク将軍の偵察が戻って来た。

(山頂付近を偵察させた)

 しかし、偵察の言う事には、霧が濃すぎる上に探知魔法が使えず、見通せないとの事であった。

 この為、サイク将軍は再び偵察を送る事となった。

 だが、結果は同じであった。

 今度の偵察はガッゾ将軍がおこなったように、浄化の術式を使って霧を晴らすも、晴れた範囲内には何も無かった。

 

 そして、夜の帳(とばり)が降り始めた。

 ここに来て、サイクは段々とガッゾ将軍の言葉を怪(あや)しみ出した。ガッゾ将軍は元々ローを好ましく思って無いし、彼の性格から言えば幻覚を見てもおかしくないと判断したのである。

(ただし、サイクはあまり人を疑いたくない性格ではある)

 なので、自ら山頂への偵察を買って出た。

 この時、サイクは霧のまやかしに惑(まど)わされる事は無かった。

 彼の魔力は自然と霧を浄化し、そこには数多くの墓標が並んでいた。

 ここはゴブリン達の墓地でもあったのだ。

 決して、ガッゾが見たモノは単なる夢・幻と言えはしなかった。

 そこから漂(ただよ)う古(いにしえ)の勇士達の残滓(ざんし)を感じ取ったサイクは思わず、女神アトラへ祈りを捧げた。

 

 

 急ぎ本隊に戻ったサイクは、全軍をローの砦へと進軍させた。

 ほぼ休みは無く、道が木々で塞(ふさ)がれていた時は、自らも-それをどけ、進軍を続けた。

(この時、従軍していたポポンも大いに役だったという)


 サイク達がパルストイ砦に着いたのは深夜頃、既に勝敗が決した後であった。

 辺りにはゴブリンと植物族の遺体があちこちに倒れており、そこからマナの光が漂っており、妖(あや)しげな神秘性を感じさせた。

 さらに、離れた所に騎士達の亡骸(なきがら)が集められており、水場の近くでは重傷者が手当てを受けていた。

 一方、ちょうど追撃を追えたローが戻って来たのである。

 サイク将軍とローは互いに騎馬に乗ったまま無言で見つめ合った。

 先に馬を下りたのはサイクである。

サイク「ロー将軍・・・・・・申(もう)し訳(わけ)なかった。進軍が遅れたのは、ひとえに私の責任だ。いかなりとも処罰を下してくれ」

 と言い、サイクは自らの剣を引き抜き、その先を掴(つか)んで、柄

をローの方に向けた。

 剣を掴んだ手からは血が零れ、その血は地面に吸い込まれていった。

 一方、ローは首を振ると、口を開いた。

ロー「サイク将軍。どうか剣を収(おさ)めて下(くだ)さい。むしろ、私なのです。私の見通しの甘さが、此度(こたび)の結果を招いたのです。

   貴重な戦力を、掛(か)け替(が)えのない戦士達を失ってしまいました。ダンファン将軍閣下から託された指揮官の地位ですが、私こそ至(いた)りませんでした」

 サイクは剣を鞘(さや)に収(おさ)め、これに首を振った。

サイク「君以上に、適した者が果たして騎士団の中に居るだろうか?少なくとも私は知らない。この魔族の屍の数を見れば分かる。どれ程まで多くの魔族が、この砦を取り囲み、苛烈な攻撃を加えたかが。そして、それをこれ程の数の兵力で戦い、見事に勝利するなど奇跡に等しい所行だよ、ロー。この戦は君の誉(ほま)れとして後世にも語り継がれる事だろう。私の失態の対極として」

ロー「・・・・・・サイク将軍。そう自身を責めないで下(くだ)さい。戦い

   は始まったばかりです。将軍のような素晴らしい人材を

   今、失うワケにはいきません。互いに足りぬ身。共に、

   足りぬ面を補って参りましょう。それこそが騎士の団結

   なのですから」

サイク「ああ。その通りだ。その通りだよ、ありがとう、ロー」

 との言葉に、ローは左手を差し出した。

 これに対し、サイクは剣を握った左手は血が付いている為、

躊躇(ちゅうちょ)した。

 しかし、ローの目を見て、マントでこれを拭い、ローの手をあえて力強く握った。

 既に傷は塞(ふさ)がっていたが、軽い痛みが左手に走った。

 だが、それも忘れてはいけぬ痛みと受け取り、サイクは今回の戦では-ひたすらにローに仕(つか)えようと堅く心に誓うのだった。

 その時、サイクはローの左手に力がほとんど入ってない事に気づいた。さらに、見れば握手を交(かわ)した左手に、自分のものでない血が付いている事に気づいた。

 さらに、ローの左手を見れば、彼の手は敵の攻撃を受けたのか負傷しているように見えた。

サイク「ロー将軍、その手は・・・・・・」

ロー「少々、敵の大砲を受けまして、その破片が少し刺さっただけです」

サイク「・・・・・・すまない、ロー。すまないッ」

 今、サイクは両膝(りょうひざ)をつき、頭(こうべ)を垂(た)れた。

ロー「サイク将軍。痛みは同じなのです。誰しもが痛みを負っている。それでも戦わねばならないのです。どうか、力を貸して下さい」

サイク「分かって居る、分かって居るよ、ロー。この命に代えても・・・・・・」

 そう声を震わせる事しかサイクには出来なかった。

 

 誰しもが、いつしか誰とも別れる事になる。

 しかし、それが戦友ともなれば、いかに覚悟していても、悲しみから逃れる事は出来ないであろう。


 騎士達は埋葬の際に泣きじゃくる真似こそしなかったものの、

耐えきれぬ者はすすり泣き、それを止めれる者など誰も居なかった。

 

 一方、ガッゾ将軍は愛(いと)しいヘイゼの亡骸(なきがら)を弔(とむら)っていた。

 普段、二人の関係を陰(かげ)ながら酒の肴(さかな)にしていた者達も、この時ばかりは黙ってそれを見守っていた。

部下A「将軍。そろそろ荼毘(だび)に伏(ふ)しませんと」

ガッゾ「分かっておる・・・・・・。少し、下がっていてくれ」

 との言葉に、部下達は将軍から離れた。

 そして、ガッゾは別れの言葉をヘイゼに優しく掛けるのだった。

ガッゾ「馬鹿者が・・・・・・。私より先に死ぬなど。私の最期は、お前に看取(みと)って貰(もら)うはずだったのだぞ」

 しかし、それに答える者は居ない。

 ただ、もしヘイゼがこれを聞いていたなら、恐らくは苦笑して謝った事に違いない。ヘイゼが紅茶と緑茶を入れ間違えた時に見せる-その表情をガッゾはフト思い出した。

ガッゾ「仇(かたき)は必ず取る・・・・・・必ずだ。しかし、生き残らんとな。

    お前の骨を本国に持って帰らねば。こんな所に置いてはいけん。約束しよ    う、必ず、お前を連れ帰ると。

    では、さらばだ、ヘイゼ。女神アトラの御許(みもと)で先に待っておるのだ    ぞ」

 と別れの言葉を告げ、ガッゾは炎の術式を唱えた。

 そして、ヘイゼの体が聖なる炎に包まれていく。

 炎は彼の体を焼き、灰と骨に変えていく。

 これをガッゾは放心しながら眺め続けるのだった。



 後にサイクは述懐(じゅっかい)する事となる。

サイク「あの時の握手は、心が痛かった。下手に責められるより余程、効いたよ」

 その時、丁度その場に居たローは苦笑して答えるのだった。

ロー「いや、そんなつもりは全く無くて。痛くしてすみません」

 とのローの謝罪に、サイクも微笑みを見せるのだ。

 それはエストネア王朝の南北が統一された最中(さなか)の事である。


 ・・・・・・・・・・


 こうして、パルストイ砦を巡る攻防は終結した。

 パルストイ周域と、霊山周域での戦いは、共に幻影が戦況に大きく影響した故、これらの戦いは後世には《幻影会戦》と称されて居る。


 そして、物語は東部へ、ヴィル達へと移っていく。


 ・・・・・・・・・・


 夢・・・・・・・夢を見ていた。

 幼い頃の夢。

 それは戦争だ。

 何もかもが燃え逝(ゆ)く。

 必死に止める母の手をすり抜け、幼い俺は父の所へと駆けだした。

 そこでは異様な仮面をかぶった男と、父が対峙(たいじ)していた。

 

 二人は無言で剣を抜いた。

 次の瞬間、二人の姿は消え、燃えさかる奥屋(おくや)の上にて、剣を打付(うちつ)け合っていた。

 だが、二人の剣により生み出された衝撃波に家屋は耐えきれず、崩壊していく。

 二人はあたかも炎に呑(の)み込(こ)まれていくようだった。

 しかし、それは間違いであり、炎如(ごと)きがこの戦いを阻(はば)めるはずも無かった。次の瞬間、その瓦礫(がれき)と炎を魔力が吹き飛ばした。

 

 頭が痛い・・・・・・思い出そうとすると、心が裂けそうになる。

 あぁ、でも一つ憶えている。

 父さん、父さん。どうして・・・・・・。

 誰よりも強かった、父さん。

 それなのに、どうして剣が突き立てられているの?

 

 忌まわしき魔刃が父さんの胸から引き抜かれ、仮面の男は俺の方へと歩いて来る。

 俺は狂ったように叫びながら、木刀を仮面の男へと振り上げた。

 それは軽く、仮面の男の魔刃で止められた。 

 でも、俺は腰の木の棒を抜き、半空中で仮面の男へと横ナギに振った。

 今度の攻撃は自分でも意外な事に、男の仮面に命中した。

 すると、仮面は割れ、中からは精悍(せいかん)な相が現れた。

 だが、その瞳の焦点は左右でぶれており、一種の魔眼なのだろう、何も見えてないように見えるが全てを見通されている気になるのだ。

 その時、左右の瞳が動き、俺をハッキリと捉(とら)えた。

 さらに、仮面の男は俺の胸ぐらを掴(つか)んだ。

仮面の男「・・・・・・私を殺したいのだろう。それでいい。その憎しみを高め、父を越える騎士となれ、ヴィルよ」

 と告げ、仮面の男は俺を放した。

 そして、そのまま仮面の男は俺に背を向けた。

「待てッ!お前、お前はッ!」

 涙が滲(にじ)む中、それを尋ねる事しか出来なかった。

 すると、仮面の男は振り返り答えた。

仮面の男「私の名はハルシフォン・コヨータ。・・・・・・いずれ私を殺しに来るがい     い。もっとも、その時まで私が生きていられるかは知らないが。まぁ、そ    れならば、

    私の息子であるローが、お前の相手をするだろう。

    それが運命(さだめ)ならば・・・・・・」

 そう言い残し、仮面の男ハルシフォンは炎の先へと姿を消す

のだった。


 

《俺は・・・・・・殺し合う運命(さだめ)なのか、ローと?》

 


 ・・・・・・・・・・


ヴィル「父さん・・・・・・」

 現実のヴィルは、そう呻(うめ)き声(ごえ)をあげ、目を覚ました。

 すると、男の声が掛けられた。

男「目覚めたか?」

 そこには槍を手にしたゴブリンの男が焚(た)き火(び)の前に座っていた。辺りは森であり、焚(た)き火(び)の上には煙が遠くから見えないように、植物による覆(おお)いがされていた。

ヴィル「あなたは・・・・・・?」

男「私はガル・ケルと言う」

 そう簡潔にガル・ケルは答えた。

ヴィル「俺は一体・・・・・・?」

ガル・ケル「サーゲニアの軍に囲まれていた所を私が助けた」

ヴィル「それは、ありがとうございました」

ガル・ケル「いや、礼はいい。あれから数日が経った。これを食すと良い」

 そして、ガル・ケルは木の茶碗にスープをよそった。

ヴィル「あ、いや。俺は、その・・・・・・」

 と、ヴィルは口ごもった。

 ゴブリンの食事をヴィルは取る事は出来ないのだ。

ガル・ケル「案ずるな。お前も食べれるモノを用意した。人間でもな」

 その言葉に、ヴィルは絶句した。

ヴィル「ばれて・・・・・・いますか?」

ガル・ケル「私も同じだからな」

 と言われ、ヴィルはガル・ケルをまじまじと見つめた。

ガル・ケル「ただし、私の場合は変化の術では無く、呪いだ。

      ある魔女に呪いを掛けられ、ゴブリンの姿にされた。以来、戻れないままだ」

ヴィル「そ、それは何と言ってよいか」

ガル・ケル「私の事は気にするな。それより、お前がどうするかだ。お前の名  

      は?」

ヴィル「・・・・・・エストネアではヴィルと呼ばれていました」

ガル・ケル「そうか、ではヴィル。今、サーゲニアの軍は侵攻を再開している所       だ。それを止めるスベは無い」

ヴィル「そんな」

ガル・ケル「故に、ゴブリン達は城塞都市グ・フェに集結し、

      籠城(ろうじょう)を図(はか)ろうとしている」

ヴィル「なる程」

ガル・ケル「おっと、それより先に食事を済ませ。食わねば、

      勝てる戦も勝てなくなる」

ヴィル「・・・・・・はい。いただきます」

 そして、ヴィルはありがたく食事を摂(と)るのだった。


 ヴィルの食事が終わった頃に、ガル・ケルは再び話し掛けて

きた。

ガル・ケル「調子はどうだ?」

ヴィル「はい。胃が温まりました」

ガル・ケル「ククリ島も冬の夜は冷えるからな」

ヴィル「はい」

ガル・ケル「さて、戦況を聞く気は?」

ヴィル「あります」

ガル・ケル「サーゲニアの軍は順調に城塞都市グ・フェへと進んで居る。半日ほど      前に、道中の砦にて交戦が始まったそうだ。しかし、そこが落ちるの      も時間の問題だな」

ヴィル「そうですか・・・・・・」

ガル・ケル「とはいえ、砦が落ちるのにも数日は掛かるだろう。

      それから、グ・フェにサーゲニア軍が到達するのに

      数日は掛かると思われる」

ヴィル「はい」

ガル・ケル「ゴブリンの呪(まじな)い士(し)は今、必死に重圧(プレッシャー)をサー      ゲニア軍に掛けている。すなわち、相手の動きを鈍(にぶ)らせる術式       だ。これは非常に広範囲に亘(わた)って発動し、

      特に位(くらい)の低い能力者に作用する。故にサーゲニア軍の進軍速度      はグ・フェに近づけば近づくほどに

      遅まるハズだ。それを考慮しての数日だ」

ヴィル「分かって居ます」

ガル・ケル「さて、ヴィル。お前の仲間達は既に城塞都市グ・フェへと逃げ込んだ      そうだ」

ヴィル「本当ですか?」

ガル・ケル「ああ」

 しかし、ヴィルは-ふと気づくのだった。

ヴィル「・・・・・・ガル・ケルさん。失礼ですが、その情報をどう

やって知ったのです?」

ガル・ケル「ああ。その疑問はもっともだ。私には友達(ともたち)が居てな」

 そして、ガル・ケルは指笛を鳴らすも、ヴィルにはその音をほとんど聞き取れなかった。

 すると、茂みがガサゴソと音をたて、中から一匹のリスが現れた。

ヴィル「リス・・・・・・ですか?」

ガル・ケル「ああ。シマリスの若き補佐官だよ」

ヴィル「補佐官?」

ガル・ケル「シマリスの族長を支えているのだ」

ヴィル「はぁ・・・・・・?」

ガル・ケル「このシマリス達チュチュピ族と私は昔から交友があってな。昔からと言っても、この体になってからの話だが」

ヴィル「そ、そうなんですか」

ガル・ケル「ああ、そうだ。彼らは我々の言語を理解するから、

      下手な事は口にしないように。特に《可愛(かわい)い》との

      言葉は彼には禁句だ。彼は勇敢なる戦士でもあるの

     だから」

 との言葉に、ヴィルは目をパチクリさせた。

 すると、そのシマリスはムッとしたように、ヴィルを睨(にら)んだ。

 とはいえ、若いシマリスには未(いま)だ-あどけなさが残り、どうにも威厳に欠ける所はあった。

 しかし、ヴィルは猫族の王ケット・シーとの出会いを思い出し、礼を失さないように決めた。

ヴィル「これはシマリスの補佐官殿。失礼しました。今後とも宜しくお願い致しま    す」

 とのヴィルの言葉を聞き、シマリスは『ウム』と胸を張るのだった。

ガル・ケル「さて、話を戻そう。ともかくは、城塞都市グ・フェに向かうべきだろ      う。もちろん、危険は多いが」

ヴィル「危険は承知です。仲間が待って居てくれるのなら、俺

    はそこが地獄でも向かいます」

ガル・ケル「それは団長としての責務か?」

ヴィル「それもあります。でも、それ以上にあいつらは俺にと

    って家族も同然なんです」

ガル・ケル「なる程。素晴らしい事だ。ならば、すぐにでも発(た)とう。体調は平気      か?」

ヴィル「ええ。少しダルイくらいですので。これくらいで弱音は吐けません」

 との答えを聞き、ガル・ケルはニヤッとし、指笛を軽く吹いた。

 すると、1匹の大きな狼が姿を現わした。

ガル・ケル「紹介しよう。私の相棒、ヴォル・ゼンだ。普段は

      ヴォンと呼んでいる。しかし、奇妙なものだな、

      ヴィル。お前の名と少し似ている」

ヴィル「はは」

ガル・ケル「さぁ、乗れ。勇敢な戦士よ。ヴォンもお前を勇士と認め、その背にまたがる事を許可しよう」

 そして、ヴィルはガル・ケルの後ろにまたがるのだった。

 すると、狼のヴォンはヴィルをチラリと見た後、一(ひと)吼(ほ)えして

疾走を開始した。








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ランドシン伝記Ⅴ キール・アーカーシャ @keel-a

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