第12話 ヴィクトリアの手紙(後編)
「そうですか……彼はこう返答しましたか」
ペタロから預かったライラックを持ち帰ると、玉座に座りながらヴィクトリアはどこか残念そうにそう呟いた。
「えっと」
花での返事が素晴らしいと思ったユゥンは、跪きながらその反応に戸惑っていた。
「あの、ヴィクトリア様? 不躾なのは承知ですが、何故残念そうなのかお聞きしても? やはりお手紙での返事をご希望でしたか?」
「おいユゥン」
ユゥンの肩にいたドゴンが彼女を諫めると、ヴィクトリアは手を軽く挙げてそれを制した。
「いいのです。寧ろあなたに心配させてしまった私には、それを教える義務があるのかもしれません」
そして手に持った薄紫の花に視線を落とし、どこか寂しそうに微笑んだ。
「ライラックの花言葉は、思い出や謙虚、そして……友情なのです」
「友情……」
「つまり、あなたとはお友達でいましょうというお返事なのでしょう。ペタロさんには、私は魅力的に映らなかったのかも」
「そんなことはありません!」
「っ! 動くな!」
ユゥンが立ち上がると周囲に控えていた兵士たちが一斉に槍を構えたが、彼女は構わずにヴィクトリアだけ見ていた。
「ペタロさんは貴女を質素な服が不釣り合いなほど綺麗な人だって言っていました! 魅力的ではない人にそんなこと言わないと思います!」
「いやそれは……」
外見ではないところが問題だったと言いたいドゴンであったが、流石に本人の前もあって言えなかった。
「ありがとう、慰めてく下さるんですね。それから皆さんも下ろして下さい」
ヴィクトリアが兵士たちに槍を下すように手で指示していると、
「それより、すいません!」
ユゥンは不意に頭を下げた。
「あら、何故あなたが謝るの?」
ヴィクトリアが不思議そうに尋ねると、ユゥンは頭を下げたまま答えた。
「だって、ヴィクトリア様に辛い思いをさせるものを届けてしまって!」
「いいのです。お便りというものは常に良いものとは限りません。それはあなたも職業柄分かっているでしょ?」
「そうですけど……でも!」
「……顔を上げてもらっても、よろしいでしょうか」
更に言おうとすると、ヴィクトリアは頭を上げるように促したので、おずおずとユゥンは顔を上げた。
「はい、なんでしょうか?」
「郵便屋さん、所属とお名前を伺っても?」
「?」
「?」
突然そんな事を聞かれて不思議そうにするユゥンとドゴンであったが、
「……竜人郵便局速達一課所属、ユゥンです」
「同じく、ドゴンです」
二人が改めて名乗ると、ヴィクトリアは頷いた。
「そう、ユゥンさんとドゴンさん……もしお仕事でお暇があればで良ければでいいのですけど、私のお手紙を今後もあなた方にお任せしてもよろしいかしら?」
ヴィクトリアの言葉に、周囲の兵士たちはざわめく。
王族の手紙を直に託されるなど、一般人にはありえない大任であるからだ。
「ま、待って下さいヴィクトリア殿下!」
同じくそれを承知のドゴンは慌てながら、尻尾でユゥンの横顔を指す。
「こいつはなんというか、バカですよ!?」
「ひどいねドゴン!」
「ええ、かもしれませんね」
「ヴィクトリア様までー!」
「ふふっ」
ユゥンの反応が面白かったらしく、ヴィクトリアは小さく笑った。
「ふふ……失恋はしてしまったけど、良い出会いに私は恵まれているのかもしれません。あなたという可愛らしくて面白い、それでいて届けた相手の気持ちに寄り添おうとする心優しい人に出会えたのだから」
「えっと、恐縮です」
「そして、私はそんな貴女に私の気持ちや言葉を込めた手紙を託したいと思えました。込めた気持ちを汲み取り、嘘偽りなく伝える貴女に」
「こ、光栄です」
「そんなに緊張しなくても……ああ、そうだわ」
ヴィクトリアは、玉座から立ってユゥンのもとに近づいてきた。
「え、ええ!? ヴィクトリア様!?」
「お、落ち着けユゥン!」
いきなり近寄ってくるヴィクトリアにユゥンとドゴンが驚いていると、彼女は一人と一匹の前で屈んだ。
そして持っていたライラックを、ユゥンに差し出した。
「私とお友達になりませんか、ユゥンさん?」
「……はい?」
「……はあ?」
何を言われたのか少しの間理解出来てないユゥン達を前に、『友情』を意味する花を持ったヴィクトリアだけがニコニコと笑っていた。
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