第11話 ヴィクトリアの手紙(中編)




「花屋に機密文章ねえ」

 自分の肩でドゴンが呟くと、ユゥンも首を傾げた。

「うん、どういう事かな?」

 一国の王女が花屋に秘密の手紙、奇妙といえば奇妙な話である。

 仮に何か花が入用だとしても、王族ご用達の品揃えのいい大きな花屋が首都・セダにはある。

 それなのにこんな近場で、それも極秘で花が必要だというのはサプライズにしてもなんだか妙である。

「やっぱりあれかな、花屋さんは仮の姿で、実は国直属の秘密機関とか!」

「そういうのは嫌いじゃないが、流石にそんな変な噂話みたいな事はないだろう」

「そうかなあ……まあ、でも」

 ユゥンは目の前の春先にふさわしい色とりどりの花たちが並ぶ、花屋『ペタロフラワー』の店先を今一度見てみる。

 やはりどこからどう見ても普通の花屋であるが、どちらにしろここ宛の手紙を預かっているのは変わらない。

 ならばユゥンのすることは一つであった。

「とにかく、届けようか」

「そうだな。厄介事は早く済ませるに限る」

 一人と一匹はそう言いながら、店先同様に花が並ぶ店内に入った。

「どーも! 竜人郵便です!」

「はい、ただいま!」

 ユウンの声に応えながら、店の奥から顔やエプロンが土で汚れた、どこか冴えない雰囲気の青年が出てきた。

「……あなたが店主のペタロさんですか?」

「はい、そうですが?」

 どう見ても普通の青年にしか見えないペタロに更に疑問は浮かんだユゥンだったが、とにかく預かった封書を差し出した。

「どうぞ、お手紙です」

「手紙?」

 手紙を差し出すとペタロも不思議そうな顔をしていた。

「珍しいな、僕に手紙なんて」

 珍しいどころか国の極秘文書なのだけどとユゥンが思っていると、

「あの……すいませんが、読んでくれますか?」

 ペタロにそう頼まれた。

「……え?」

「お恥ずかしながら花や商売などに関する単語などは分かるのですが、どうもそれ以外は分からなくて」

 恥ずかしそうに頬を掻くペタロを前に、ユゥンは思わずドゴンを見る。

「そうか、その可能性もあったか……」

 ポツリと呟くドゴンにこの状況では頼れなさそうだと、ペタロに向き直った。

「えっと、それは……」

 とはいえ、機密文書を読んでしまっていいのかとユゥンも流石に悩む。

 好奇心旺盛な彼女であるが、危険そうな匂いがするものに無闇に突っ込むほど無謀でもなかった。

「……あの、郵便局には手紙を読んでくれるサービスもあったと思うんですが?」

 何やら戸惑うユゥン達をペタロは不思議そうに見ていた。

「あ、はい。えっと……」

 ユゥンが横目でチラリと見ると、ドゴンが神妙に頷いていた。

 どうやら読むしかないと判断したようだった。

 ならば郵便配達の相棒として、その判断を無視するわけにはいかない。

「……それでは、読みます」 

 ユゥンは意を決して封筒から便箋を出し、一通り目を通した。

「あ……」

「どうかしました?」

「いえ! それでは読みます!」

 目を通した事でに納得したユゥンは、先ほどまでとはうって変わって嬉しそうに手紙を読み始める。

「親愛なるペタロ様。突然のお手紙でご無礼とは思いましたが、お礼を言わねばと筆を取らせて頂きました」

 そこで一旦息をつき、ユゥンは続きを読み始めた。

「私は先日の突然の雨で困っているところをあなたに助けてもらった者です。あの時は本当にありがとうございます」

「……ああ」

 何かが合点がいった様子のペタロに、ユゥンは読み上げるのを思わず止めて彼を見る。

「心当たりがありましたか?」

「ええ、先月くらいだったかな、突然の雨で店に飛び込んできた質素な服に不釣合いなほど綺麗な女性が居たんですよ。あまりにずぶ濡れだったのでタオルを貸したりスープを振舞ったり、雨が止むまで話をしたんですが、恐らく彼女だと思います」

「なるほど!」

 ユゥンは大きく頷いて納得し、手紙に視線を戻した。

「失礼しました。続きを読みますね!」

 ユゥンは嬉々とした表情で続きを読み始めた。

 その後の内容はあの時のお礼がしたいのでまた会いたい、よければ好きなものを教えてもらいたい、良ければ返事でそれらを教えてほしい、またお邪魔したいなどと続き、果ては付き合っている相手はいないかなどの随分と踏み込んだ内容が便箋いっぱいに書かれていた。

 細く綺麗な字で一見分かりにくいが、あまりにも筆者のが詰め込まれたその手紙は、ユゥンが楽し気に読んでいなければある種の脅迫状に思えたのではないかと横で聞くドゴンは内心、怖気おぞけがしていた。

 ついでに、これを書いたのがあの穏やかそうなヴィクトリアであるというのが、より一層恐ろしさを増した。

「――最後に、これで九回目になりますが、またお会いしたいです。あなたに助けられた者より」

 普段以上に時間がかかりつつも読み終えたユゥンが一息つくと、ペタロは呆然と立ち尽くしていた。

「……えっと、つまり」

「これは、ラブレターですね!」

 ユゥンが断言すると、ペタロは頭を落ち着きなく自分の髪を撫で始めた。

「……そ、そうですよね、すいません。なんだか……読みづらいものを読ませちゃいまして」

「いえいえ、素敵なお手紙じゃないですか!」

 ユゥンは恋文だった事に嬉しそうであったが、ドゴンは別の意味で気まずかった。

 なにせこの言いたい事は詰め込まれながらも、微妙にぼかしているこの手紙の差出人を、彼は知っているのだ。

 ちゃんと喜んでるユゥンも知っているはずだが。

「そう、ですね。まさか、一度助けただけでこんなに、親しく思っていただけるとは……」

 ペタロの動揺は、ドゴンには明らかに見て取れた。

 当然だろう、なにせたった一度しか会ってない相手にこんなに好かれるなど、ある種の恐怖である。

「……すいません。少々お待ちくださいますか?」

 少しして、ペタロはそう言って店の奥に入っていった。

「どうしたのかな?」

「さあ、逃げた……ってわけでもないと思うが」

「逃げた? 何から?」

 不思議そうな顔をしているユゥンに、ドゴンは信じられないという表情を向けた。

「お前、あれを読んでて何も感じなかったのか?」

「とっても真剣で、それでいてとっても可愛い手紙だった!」

「……お前なあ」

 恐らく“ラブレター”というだけで素晴らしいものだと思い込んでいるユゥンにいくつか言いたいことがあったドゴンであったが、

「お待たせしました」

 それを言う前に、ペタロが戻ってきた。

「これを、あの人に届けてくれませんか?」

 そう言いながら彼が差し出したのは、花であった。

 短い枝にたくさん咲いている小さな薄紫色の花に、ユゥンは目を輝かせた。

「なるほど! 花でお返事なんて、素敵ですね!」

「え、ええ……まあ」

 何やら歯切れの悪いペタロの反応にドゴンは違和感を感じたが、ユゥンは気づいていないようだった。

「それであの、この花はなんていうお花なんですか?」

 ユゥンが尋ねると、ペタロはおずおずと答えた。

「……ライラック、という花です」



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