第8話 母娘の手紙

 今日は日暮れまでに帰れるかなー。

 森の中で倒木に座るユゥンはボンヤリとそう思いながら、同じ倒木に腰掛けるもう一人の方を向いた。

「……ねえユノちゃん、書けた?」

「まだ!」

「あー、やっぱりかー」

 こちらを見ずに首をブンブン振る五歳の女の子――ユノを見て、ユゥンは苦笑する。

 ユノの家へ配達に行ったら彼女にちょっと来てと手を引っ張られて近くの森に来た時は何事かと思ったが、

「おかあさんにてがみをかきたい!」

 と言われて、それは全面的に協力せねばとユゥンは思った。

「ユノがかく!」

 ただ、ユノがこう言って譲らなかった。

「代筆するのになー」

 郵便局員はこの時代では珍しく字の読み書きが出来るので、字が書けないお客の場合は代筆するサービスがあるのだ。

「いやー! ユノがかく!」

 そう言ってユゥンが貸した携帯用のインクと羽ペンで便箋に向かうユノの意気込みはユゥンとしては素晴らしいとは思うのだが、

「あ、そこはRじゃなくてLだよ」

 ユノはまだちゃんと字を習っていないので、誤字脱字ばかりでユゥンの横からの添削をしながらの手紙はまだもう少しかかりそうであった。

「……もうほっといて帰るぞ」

 肩からドゴンの呆れた声を聞いて、ユゥンは更に苦笑する。

「それはちょっとなー」

 夜が近い森には、いろんな動物が出てくる。

 コウモリやキツネ程度ならまだマシだが、狼の群れや夜行性のドラゴンが出てはユゥンでもユノを守りながら逃げるのは難しい。

「大体、どう考えてもこんなとこで書く必要ないだろ」

「でもほら、家に居るミーナさんに出すわけだし。こっそり書かないと」

 ユノの母親――ミーナは当然ユノと同じ家に住んでいるが、そこがまたドゴンには解せない。

「なんで同じ家に住んでる家族に手紙出すんだよ」

「え、ドゴン分からないの?」

 本気で驚いているユゥンから、ドゴンは不機嫌そうに顔をそらした。

「フンッ。フェアリードラゴンは卵から孵化して数か月で巣立ったらあとは自力でどうにかするからな。家族と住むなんてしないんだよ」

「……ドゴン、寮のフェアリードラゴン達と仲良くしてる?」

「お前は俺の母親か」

 ちなみに竜人郵便局に勤めるフェアリードラゴンは、そこまで場所を取る大きさでもなく、何より外敵に襲われる心配がまずないので局内の寮に住んでいる。

「……話がそれた。まあともかくだ、同じ家に住む奴に手紙を出す事もあるという事だな」

「うんうん。一緒に住んでるからこそ手紙じゃないと伝えられない事があるんだよ」

 何度も頷くユゥンを見ながらフーンと言って、ドゴンは一応納得したようだった。

「それはまあ分かった。だが無理矢理にでも連れて帰れ。普通にここは危険だ」

「んー、でも無理に連れて帰るのはなあ」

 力づくで連れて帰るというやり方は、ユゥンとしては気が引ける。

 竜人の力は、人間を容易く傷つけてしまう。

 だから力づくという手段は極力とるなと、父親から教えられているのだ。

「フンッ、ならとっとと書かせろ。字を早く綺麗に書けるのはお前の数少ない取り柄の一つだろ」

 ドゴンにそう言われ、ユゥンは腕組みをしながら困り顔で首を傾げた。

「んー、でもねえ、私誰かに教えたことないし」

「学校で教わったんだろ? その通りにやってみろ」

 更に反対側にも首を傾げる。

「んー、でも学校には友達と遊ぶために行ってたようなものだしなー」

「お前……よく字が書けるな」

 ドゴンが信じられないという目で見ていると、ユゥンは不意に遠い目になった。

「お母さんがね、家でみっちり教えてくれたんだ。だけど、あれだと夜が明けちゃうかも」

「……なるほど」

 ドゴンにしては珍しく、ユゥンに対して同情的な視線を向けた。

「まあ、他人にも自分にも厳しい奴だからな、娘のお前が躾けられているのは当然か」

「おかげで字も飛行もちゃんと出来るようになったけどねー」

「……どうせなら性格ももうちょっとしっかり躾けてくれればよかったのになあ」

 などと一人と一匹が雑談していると、

「もー! しずかにして! おてがみかけないでしょ!」

 ユノが二人を怒ってきた。

「……ごめんなさい」

「……すまん」

「わかればいい!」

 本当に何をしてるんだろうなとユゥンが思っていると、

「……ユゥンのおかあさんって、どんなひと?」

 ユノにそう尋ねられた。

「え?」

「さっきからおはなししてるから。どんなひと?」

「……んー」

 そう言われ、ユゥンは空を見上げながら思案した。

「……仕事が大好きというか、なんでもきっちりしたがるというか……」

 いざ母親の事を話すとなると、何を言えばいいのかと迷ってしまう。

 良いところだけ伝えるのも不誠実な気がするし、悪いところだけ伝えるのも印象を悪くしてしまう気がしたのだ。

「こわいおかあさんだったの?」

「いやー、ちょっと怖いところもあったけど、教えられた事が出来たら絶対に褒めてくれて優しかったよ」

 それが嬉しかったから、ユゥンは字や飛行の勉強をしっかりとしていた。

「あ! なんというか、大好きなお母さんだよ!」

「ユノもおかあさんだいすき!」

「おー、仲間だー!」

「だー!」

 互いの両手を合わせて喜びを分かち合うユゥンとユノに、ドゴンは呆れた顔をしながら尻尾を払うように動かした。

「分かった分かった。じゃあさっさと書いちまえ」

「わかった!」

 ユノは元気に返事をすると手紙を書くのに戻った。

「……私もお母さんに手紙書こうかな」

 その様子を見ながらユゥンがポツリとつぶやくと、

「いいんじゃねえか。たまには親に顔を見せてやるのも」

「んーでも、流石に自分で書いた手紙を自分で読むのは、恥ずかしいかも」

 ユゥンが恥ずかしそうに頬を掻くと、ドゴンは呆れた顔になった。

「いや、ティアは自分で読めるだろ。なにせあいつは……」

「もー! だからしずかにして!」

 また雑談をしようとした二人をユノが再度怒った。

「……ごめんなさい」

「……すまん」

 ちなみに、ほどなくして手紙は書きあがり、暗くなる前に無事にユノは母親のミーナに手紙を送れたのであった。

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