第7話 ニズの苛立ち

「なんだ、ユゥンちゃんじゃないのか」

「……すいませんね」

「あ、いや、冗談だよ……だから、そんな目で見ないでくれ」

 私を見るなりそう言われたのは、これが初めてじゃない。

 だからといって私を見て残念そうにするのは、私がただ見てるだけでそう言うのは、なんとも腹立たしい。


「まあまあ。そうイラつかないで、ニズ」

「うるさいグンデ」

 局に戻る最中に私の肩に乗るグンデを睨むと、彼女は小太りの体をわざとらしく震わせた。

「おお、怖い怖い。私の相棒さんはおっかなくけいけないわ」

「悪かったわね、どこかのおっかなくない竜人じゃなくて」

 そう言うと、グンデは私をなだめるように頬を尻尾で撫でてきた。

「そんな事は言ってないでしょ。私はあなたのテキパキした仕事ぶり、嫌いじゃないわよ」

「……うるさい」

 仕事、そう仕事だ。

 私たちの仕事は郵便を配達し、代読や代筆をして、そして郵便を受け取る事だ。

 特に速達担当はその飛行や筆記のスピードと正確性から厳選された竜人郵便局員の花形と言ってもいい。

 それなのにあの子ときたら、この前は落盤事故に巻き込まれた鉱夫を助けるという明らかに郵便局員の範疇外の事をしている。

 更に言えば、支払いの硬貨が小銭ばかりで、配達先は決まって誰も住んでいない古城という不潔で変人な犬人の郵便の受け取りを局員で唯一進んで受けている。

 何してるのよ、本当に。

 それなのに、速達の依頼が私よりも多い。

 誰よりも多くの速達をこなす、この私よりもだ。

 それが、非常に腹立たしい。

「怒らない怒らない。自慢のツリ目が余計吊り上がっちゃってせっかくの美人が台無しよ?」

 グンデは目の横を引っ張りながら私を笑わそうとしてるけど、笑えないわね。

「私はこの目を、一度でも自慢に思ったことはないわ」

「そう? 竜人らしく凛々しくていいじゃない」

 竜人らしいというのがどういうものか知らないが、私は自分の目が嫌いだ。

 ただ見てるだけで睨むなと言われたり、初めて会う相手は大体私の顔を見て一瞬怯えるか身構える。

 思えば私がよく人と会う郵便局員になったのも、そんな周囲の反応に対する反発に近いものもあった。

 もちろん、飛行速度や字の上手さに自信があったのもあるが。

「でも、あの子に負けてるのよね……」

 それもまた、あの子にムカつく理由の一つだ。

 私より速いのはいい(字は流石に負けてないと思うけど)、そこは素直にすごいと思う。

 でも、それで私より仕事が出来ていないというのが、なんだかとっても、非常に、かなりムカつく!

「まあまあ、どんどん吊り上がっていく一方だけど、どうしたの?」

「なんでもない!」

 ああ、腹立たしい! 今度会ったら……!

「おーい、ニズさん!」

「って、ユゥンっ!」

 見ると横から相棒のドゴンを肩に乗せたユゥンが飛んでくるのが見えた。

 なにこのムカつくほどいいタイミング、本当にムカつく。

「ニズさんとグンデさんも配達帰りですか?」

 ああもう、そんな馴れ馴れしく横並びに飛ばないでよ。

 仲良しだと思われるじゃないの。

「……ええ、そうよ」

「あらあら、奇遇ねえ」

「私たちもですよ! 折角だし一緒に帰りましょうよ!」

 全力で断りたいけど、あなたが嫌いだから断るというのも大人げないわね。

 これでもこの子より一つ年上だし。

「……別にいいわよ」

「やったー!」

 何をそんなに無邪気に喜んでるのよ。

 私と一緒に居て、何を喜ぶことがあるの。

「おいユゥン」

 彼女の肩から、ドゴンがいつもの呆れた顔を出した。

 思えば彼も大変だろう、この優秀な問題児の面倒をいつも見てるのなのだから。

「なに、ドゴン?」

「ニズに会ってはしゃぐのは分かるが、少し自重しろ」

「はーい」

 ……待って。

 私に会ってはしゃぐの?

 なんで?

「すまんな、こいつどうも速達成績一位のお前に憧れてるみたいなんだ。本気出せばお前もなれるって言ってるのによ」

「いやー、私あんまりたくさん配達できないんですけどねえ」

 そりゃ配達以外の余計な事をばかりしてたらそうでしょうね。

「ねえねえ、ユゥンちゃん」

「はい、なんですかグンデさん?」

 私の肩からグンデがユゥンに話しかけた。

「あなた、今日はいくつ配達したの?」

 ……別に気にするようなことでもないけど、言われてみると気になるわね。

「えっと……」

「十通だ、ちゃんと覚えておけ」

 勝った!

 私は十七通配達したわ!

「ふん、だらしないわね。あなたならもっと配れるでしょうに」

「いやー、そうしたいんですけど、うまく行かなかくて」

「そりゃお前、配達業務以外の事ばっかしてるからだろ」

 そうよ! よく言ってくれたドゴン!

「えー、私ちゃんと配達してるよ?」

 どこがよ。

「どこがだ。今日も配達先の飼い猫が見当たらないから探すの手伝いやがって」

「だって、ミーニャちゃんがマイクがいないって泣いてたから……」

「ならいつぞやみたいに俺に言え。手早く探してやるのに、断りやがって」

「ダンさんを探したときは急がなきゃだったし」

「配達中に猫探しするなら急げ! ドアホ!」

 ……賑やかね、この二人。

 というか猫探しに妖精会話フェアリートーク使っていいのドゴン?

「あ」

 不意に何かに気付いたみたいに、ユゥンが私の顔を覗き込んできた。

「な、なによ」

「よく見たらニズさんの目、猫みたいだね」

「……はあ!?」

 猫!?

 私の、この釣り目が!?

「なな、なんで私があんな可愛いに見えるのよ!?」

 誰も、そんな事を今まで言わなかったのに。

「だって、キリっとしてるけど、とっても可愛いから」

「…………!!」

「あ~ら~?」

 私は肩にグンデが掴まっていることも忘れて思わずスピードを上げてユゥンを置いていこうとした。

「ニズさーん! どうかしたのー?」

 けど、あっさりと追い付かれた。

「う、うるさい! 来るな! というか見るな!」

「ええ!? なんでですか!? 何か私に悪いところがあるなら言ってください! 頑張って直しますから!」

 ああ、もう!

 だから、この子は嫌いなのよ!

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