第6話 騎士の物語(後編)

「どーも! 竜人郵便です!」

 ユゥンの元気な声が、朽ち果てたエントランスにこだまする。

 反響する声に反応するものはシャンデリアに張られた大量の蜘蛛の巣が少し揺れる程度かと思われたが、

『…………』

 ユゥン達の正面にある何か所が板が抜けた大きな階段の踊り場に、いつの間にかユゥンと同じ年頃の半透明な少女が立っていた。

 その装いは豪華なドレスに装飾の多いネックレスで、高貴な立場であることが見て取れる。

『……!』

 一人と一匹に向けて控えめに、それでいて嬉しそうに手を振る少女にユゥンも手を大きく振って応えた。

「こんにちはー!」

『…………』

 ユゥンの挨拶に対して少女は口を動かしたが、何を言ったのかはユゥンもドゴンも聞こえなかった。

「……ちっ」

 その様子を見て、ドゴンは思わず目を背けてしまう。

 妖精会話フェアリートークは姿も声もなき妖精と会話するものであるのに、姿が見えてこちらの言葉も分かると話すことはできない。

 そんな当たり前の事を思い出し、ドゴンは自分でも不思議だが僅かばかり苛立った。

「さて。それでは」

 しかし、そんなドゴンの小さな憤りをよそに、ユゥンは郵便カバンから分厚い封筒を取り出し、その中から更に紙束を取り出した。

「えー、ごほん」

 そして一つ咳払いをすると、

「……それでは。今回のお話を読ませて頂きます」

 それに綴られた、一人の男の話を語りだした。

 それは、ある犬人の騎士の話。

 勇敢で、心優しく、自身が仕えるお姫様に永劫の忠誠を誓った、一人の騎士の物語だった。

『……!』

 そして、その物語の要所要所で少女――メアリは百面相をしていた。

 騎士がドラゴンに襲われた村に来れば心配そうな顔をし、泣いている少女を笑わそうとふざければ小さく吹き出し、ドラゴン退治に向かいだせば小さく拳を握って応援し、ドラゴンとの戦いでは口元に手を当てハラハラし、勝利すれば嬉しそうに拍手をした。

「…………」

 その様子をユゥンの肩から見ながら、ドゴンは本当に残酷だと思う。

 二十年前の人獣戦争よりも更に十数年前。

 王族の別荘だったこの城に突如盗賊の一団が押し入り、その時にたまたま滞在していた王女が殺された。

 城には十数人の王女の側近たちが居たが、全員同じく盗賊に殺されてしまった。

 ――当時まだ若かった、たった一人の犬人の騎士を除いて。

「……バカだよなぁ、ホント」

 その犬人の騎士はその時に負った足のケガで騎士を辞め、足が悪くても出来ることとして文字を勉強して文字書きになった。

 郵便以外で文字を書く必要がある時にそれを請け負う仕事だが、ひとまず普通に暮らせる程度の稼ぎで彼は質素に過ごしていた。

 しかし、ある時彼は知った。

 かつて自分だけが生き延びた城の跡に、一人の美しい少女の霊が出ると。

 それを聞いた彼は足を引きずりながらも城へ向かったが、唯一の道である吊り橋は既に落ちて通れなかった。

 彼は誰もいない城に一人だけでいる主人に、もう数十年経っているにも関わらず何かせねばと思い立った。

 そして、彼は書いた。

 城の中で一人であろうと楽しめる、物語を。

 たった一人の為に、コツコツお金を貯めて、唯一あの城へ飛んで行ける竜人郵便にそれを託して。

「まったく、面倒なものを押し付けやがる……」

 ドゴンが呟くと同時に、

「――こうして、私は次の困っている人々のもとへ向かったのあります……以上です」

 ユゥンが読み終えた。

『…………!』

 メアリは楽しそうな笑顔でせわしなく拍手をした。

「お楽しみ頂けたならよかったです。メアリ王女!」

「…………」

 笑顔のユゥンと仏頂面のドゴンが並んでメアリを見ていると、彼女は拍手をしながら、一人と一匹の目の前まで音もなく階段を降りてきた。

『……! ……! …………! 』

 そして何やら興奮気味に話しているが、彼女の言葉はユゥンにもドゴンにも聞こえない。

 しかし、それでもその様子から話がとても気に入ったというのが見て取れた。

「……はい、お気に召したならよかったです!」

『! …………』

 話し終えたタイミングでユゥンがそう言うと、メアリは自分が興奮してしまっていたことに気付いたのか恥ずかしそうに頬に手を当ててうつむいた。

「……それで、これもいつもの場所でいいんですか、王女?」

 ドゴンがそう言うとメアリはハッと顔を上げて、階段の横に向かいだした。

「あはは、うっかり屋さんだねえ、メアリさん」

「……どちらかというとのんびりしすぎな気もするんだが」

 その後ろに付いて行きながら二人が話していると、メアリはある古びたドアの前で止まった。

 そしてユゥン達に入るように手招きしながらドアノブを掴もうとして、手が通り抜けて掴み損ねた。

『……! ……!』

 そして自分がドアを開けられないことに気付いてアタフタし始めたので、ドゴンは呆れた顔でその様子を見ていた。

「……確かにうっかりしてるな」

「あはは、でしょー。メアリ王女、自分で開けますから大丈夫ですよ」

 ユゥンがメアリに代わってドアを開けると、そこは書庫だった。

 既に本棚やそこに入っている本はボロボロで、とても読めたものではなかった。

 ただ、その書庫の一角に比較的新しい紙束が山のように置かれている。

 既に変色し始めているものもあり、それなりに前からこの束達が置いてあったことが見て取れた。

「では、ここに置いておきますね」

 ユゥンはその紙束の端に、持っていた新たな紙束を置いた。

『…………』

 それを見届けると、メアリがユゥンに向かって何かを言いながら小さくお辞儀をした。

「いえいえ、いいんですよー」

「……たまに思うんだがお前、王女が何言ってるか分かってるのか?」

 ドゴンが小声で尋ねると、

「んー、なんとなく」

 ユゥンのあっけらかんとした返しに、それでもこいつなら合ってそうだなとドゴンは思ったが、言わないでおいた。



「いやー、あんなに喜んでもらうと、郵便のし甲斐があるねー」

「喜んでなくても、郵便はしなきゃいかんだろうが」

 古城を後にしたユゥンとドゴンはいつも通りのんびりと飛んでいた。

「でも、あんなに喜んでもらえると嬉しいよね!」

「……否定はせんがな」

 ドゴンはユゥンの肩から振り返って遠ざかる古城を見た。

「……本当に、犬人の面汚しだよお前は。自分が主人にずっと付き従う事が出来ないからって、別のもので代用しようなんてよ」

 たった一人であの城に留まる少女は忠実な騎士が残した物語を抱きながら、いつまでもいつまでも、あの紙の山が朽ちてもあそこに居続けるかもしれないのだから。

「そんなことはないよ」

 ドゴンの小さな呟きが聞こえたのか、ユゥンが答えた。

「ブォッサさんはあのお話に出てくる騎士さんみたいに、お姫様想いの良い人だよ」

「……良い人は風呂にちゃんと入って服も綺麗にしてると思うが?」

 ドゴンがニヤリと笑いながら尋ねると、ユゥンは「うーん」を首を傾げた。

「そこはほら、書いてて身なりを綺麗にする時間がなかっただけだよ。きっと」

「フンッ、どうだかな」

 鼻で笑いつつ、ドゴンは飛んでいく先を見た。

「あいつ、次はいつに書くだろうな」

「あれー? 続きが気になるの? 色々と文句言ってたブォッサさんが書いたんだよ?」

 ユゥンが茶化すように尋ねると、ドゴンは更に鼻を鳴らす。

「フンッ。書いた奴がどうであれ、話そのものが面白いことには変わりないからな」

「確かに! ああ、私も続きが気になるなあ!」

「それもいいが、次の配達も気にしろよ」

「あ、そうだった!」

 そうして一人と一匹は、澄んだ空をまた駆けていくのだった。

 


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