第5話 騎士の物語(前編)

「またお前か」

「……へへぇっ」

 ドゴンにそう言われ、男は小汚い笑みを浮かべた。

 ボサボサの白髪混じりの茶髪にはフケが付き、ボロボロの服はあまり洗ってないのか少し匂い、そのヘラヘラしただらしない顔はドゴンでなくともどこか見る者を不快にさせる。

「またのご利用ありがとうございます、ブォッサさん!」

 ――ユゥンという、誰であろうと好意的に接する例外を除いた場合ではあるが。

「まったく、何度もその野良犬よりも汚い面を見せるな。文字通り犬人の面汚しみたいな顔してんだからよ」

「ドーゴーンー!」

「へへっ、ドゴンの旦那は相変わらず手厳しいやぁ」

 フケを散らしながら犬のような耳がある頭を搔くブォッサという男は、犬人だった。

 この世界に済む獣人でも比較的数の多い犬人は礼儀を重んじ、忠義に厚い者がほとんどだと言われている獣人である。

「それでブォッサさん、念のためお尋ねしますが代金は……」

「……へへっ」

 ブォッサがぐしゃっと潰れるような笑みを浮かべると、ドゴンは呆れた視線をユゥンの肩から降り注がせた。

「またか、この駄犬」

「へへぇっ、いや、その、すいませんねぇ」

 ブォッサはそう言うと、懐から彼の片手からこぼれそうな袋を取り出した。

「別にいいですよ。金額は同じですし」

 ユゥンはそう言うとその袋を受け取り、中身を確認し始めた。

「いやーすいませんねえ……あだっ!」

 ボリボリと自分で掻いていたボォッサの頭を、ドゴンは尻尾で強めに叩いた。

「申し訳なく思うならちゃんと金貨一枚にしろダメ犬、せめて大銀貨二枚でもいいからよ。小銭ばっかで数えるのが面倒なんだよ」

 ドゴンの言葉に、ブォッサは頭を押さえながらまただらしない笑みを浮かべる。

「へへ、手厳しいどころか、手痛いお説教で」

「うるせえよバカ。お前のは面倒臭いって局でも有名なんだぞ、このドアホが引き受けてなきゃ誰も来たがらん」

「いやー、あはは……」

 ブォッサが申し訳なさそうに笑みを浮かべていると、

「……はい! 銀貨四枚に大銅貨四十二枚、そして銅貨百八十枚で合計金貨一枚ちょうどです! いつもながらピッタリですね……ん? ドアホ?」

 数え終えたユゥンが自分を指さしていたが、ドゴンは無視した。

「大体、書くならまとめて書け。いつも同じ相手にちょっとづつしか送らねえだろ」

「それは、まあ、そうです、けどねぇ……」

 歯切れが悪そうに視線を泳がせるボォッサをジロリとドゴンが睨んでいると、

「でも、次が楽しみって、メアリさんいつも言ってますよ!」

 ユゥンが能天気にそう言った。

「ほ、本当か!?」

 ボォッサが嬉しそうに尋ねると、ユゥンは大きくうなずいた。

「はい! 次はどんな話が来るかって、楽しみしています!」

「そ、そうか……そうか」

 顔を押さえてうつむくボォッサをユゥンはニコニコと、ドゴンは蔑むように見下ろした。

 しばらくそのままでいると、ボォッサが顔を上げた。

「……すいません、もう大丈夫です。今回の分を持ってきます!」

 そう言うとブォッサは家の中へズボンから出している尻尾を振りつつ、右足を引きずりながら杖を突いて入っていった。

 その後ろ姿を見届けると、ドゴンはユゥンを横目で見た。

「ユゥン」

「なぁにドゴン?」

「お前、残酷って言葉を知っているか?」

 ドゴンの言葉にユゥンは頷いた。

「うん。知ってるよ。それがなに?」

「俺はメアリがあの犬っころのアレを楽しみにしているとか言っているのを、聞いたことがないんだが?」

「それは、確かに言ってはいないけど……」

 ユゥンが口ごもっていると、

「お待たせしました!」

 家の中から、少し厚めで大きめの封筒を持ったボォッサが足を引きずりながら出てきた。

「これ、お願いします!」

 差し出されるその封筒をドゴンが複雑そうな顔で見ている中、ユゥンは笑顔でそれを受け取った。

「はい! ちゃんとメアリさんにお届けします!」

 


「……なあ、お前よ」

 ブォッサから郵便を受け取ったユゥンが飛び立ってからしばらくして、ドゴンがふと呟いた。

「ん? なに?」

「あいつの郵便代、どう思う」

「少しづつでも、コツコツ溜めたのは凄いよね」

 金貨一枚分は、決して安いものではない。

 一般的な労働者がひと月に平均で金貨の十倍の大金貨五枚を稼げる事を考えると、その金額は決して小さくはない。

 まだまだ希少な紙、インクやペンも三件に一つあれば良い方、また生活圏から少し外れれば凶暴な生物や様々な地形故に竜人しか配達できない特殊性も加味して、郵便はこの値段なのである。

「まあ、普通に稼げるならまだしも、あいつはな……」

 ブォッサは足を悪くしているため、いわゆる一般的な仕事が出来ないので稼げてひと月に大金貨四枚が良いところだ。

 普通に一人暮らしするには申し分はないが、あの枚数の紙やそれに書くインクやペンだけでなく金貨一枚分を捻出するとなると、余計に安い金額ではない。

「でも、それでも書いてるんだよね……ブォッサさん」

 郵便カバンに手を当てるユゥンを見て、ドゴンはフッと小さく笑みを浮かべていた。

「そうだな。あいつは……」

「あ、見えてきた」

「っておい!」

 ユゥンの視界に見えてきたのは、古びたお城であった。

 その周りは文字通りの断崖絶壁で陸の孤島となっており、唯一の通路であったであろう吊り橋も朽ち果ててかなりの年月が経っているようだった。

「メアリさん、まだいるかな?」

「……いるんじゃないか、あいつは」

 そんなことを話しつつ、一人と一匹は城に向かって行った。

 


【続く】


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