第十一章  歴史の真相

 病室で剣志郎は眠っていた。個室のため、中は静まり返っていた。

「剣志郎?」

 そこへ藍が入って来た。剣志郎はハッとして目を開き、藍を見た。藍は傷だらけで、どっちが入院した方がいいかわからないほどだったが、満面の笑みがそんな剣志郎の心配を払拭した。

「勝ったんだな?」

 剣志郎は尋ねてみた。藍は大きく頷いて剣志郎に近づいた。

「術後の経過はどうなの?」

「どうもこうも、まだ一日しか経っていないよ」

「それもそうね」

 藍はベッドの脇の椅子に腰掛けた。剣志郎は半身を起こした。

「お前の方こそ、外来で治療してもらえよ」

「うん」

 やけに嬉しそうに答える藍に、剣志郎は何故かドキドキした。妙に彼女のことが可愛く見えたのだ。

( 俺、こんな時に何考えてるんだろう )

 そんな剣志郎の思いなどまるで気づいていないのか、藍は、

「何日くらい入院するの?」

 剣志郎は藍の様子にがっかりしたが、

「五日間くらいかな? 経過次第では、もっと早く退院できるらしいよ」

 すると藍はボソッと、

「そんなに長く?」

 剣志郎はますますドキドキした。

( えっ? )

 剣志郎は話題を変えようとして、

「そうだ、武光先生が持って来てくれたシュークリームがあるんだ。食べるか?」

 起き上がって脇にあるワゴンの上の箱を取ろうとした。

「痛っ!」

 身体をひねったため、激痛が走った。剣志郎は危うくベッドからずり落ちそうになった。

「危ないっ!」

 藍が咄嗟に支えてくれたので、彼は助かった。

「何やってるのよ。私が取ってあげるわよ」

 剣志郎をベッドに戻した時、今度は藍がよろけて倒れかけた。

「危ない!」

 剣志郎は思わず手を差し伸べたが、藍は自力で倒れるのを防いだ。

「あっ!」

 しかし、防ぎはしたが、彼女の顔は剣志郎の顔の間近にあった。お互い、火が出るほど顔が赤くなった。

「藍」

 剣志郎は藍の両肩を掴んだ。藍はビクッとしたが、逃げたりはしなかった。彼女は目を瞑った。剣志郎は生唾を呑み込みそうになったが、何とか堪えて、彼女にキスしようと顔を近づけた。その時、

「おっ早うございまーす!」

 由加達が入って来た。藍と剣志郎は慌てて離れた。

「あーっ、藍先生! 帰ってたんですか?」

 由加が言った。藍はドギマギしながらも、

「え、ええ。たった今ね」

 どやどやと生徒達が入って来た後、麻弥が申し訳なさそうに入って来た。

「小野先生」

 麻弥は由加達が場所を空けてくれたので、前に進み出て、藍に近づいた。そして涙をこぼしながら、

「よく、よくご無事で……」

「また、大袈裟ですよ、武光先生。そんな、泣かないで下さい」

 藍は困り顔で、麻弥の頬を伝う涙を拭った。麻弥は藍を見つめて、

「ありがとうございます、小野先生」

と言った。


「古代日本の歴史は、殺戮と侵略の連続なのよ。天孫降臨も、神武東征も、出雲の国譲りも、全て戦争のこと。そうやって古代日本は少しずつ統一国家になっていったの」

 帰りの新幹線の中で、藍は真剣な顔で語っていた。入院のため残る剣志郎と、彼の世話をするために残った麻弥が気になったが、自分まで残るわけにもいかず、後ろ髪を引かれる思いの帰路だったが。

「あの源斎という男は、建内宿禰という怪人に利用されていたのだけれど、人間は自分の欲に溺れるといつしかその欲に支配されるようになってしまうわ。源斎の境遇には同情する部分もあるけれど、あの男の信念はあまりに歪んでいたわ。だから建内宿禰に利用されてしまったのよ」

 藍は窓の外に目をやった。雲間から光が射し、海がキラキラと輝いているのが見えた。

「あのジイさん、何をしようとしていたんですか?」

 田辺が尋ねた。藍は田辺を見て、

「源斎は、邪馬台国に滅ぼされた奴国王家の怨霊と、大和朝廷に滅ぼされた出雲王家の怨霊の力を借りて、邪馬台族やまとぞくが築いたこの国を滅ぼそうとしていたのよ」

田辺はびっくりした顔で奥野と顔を見合わせた。佐藤はしきりに眼鏡を上げている。

「でもさ、それがなくなったんだから、よかったじゃないの」

 波子が陽気に言った。すると由加が、

「私も聞きたいことがあるんですけど」

「何、古田さん?」

 藍が由加を見て尋ねると、由加はニマーッとして、

「藍先生、竜神先生とキスしてたでしょ?」

「ええっ!?」

 祐子や波子、そして田辺達も仰天した。藍はパニックになりかけて、

「な、な、何言ってるのよ、ふ、古田さん! そんなことするわけないじゃないの?」

「じゃあ、私が病室に入って行った時、二人して妙に顔を近くに寄せていたのは何故ですかァ?」

 由加は意地悪そうに尋ねた。藍は、

( 見られてたのか)

 観念しかけたが、

「誤解よ。キスするわけないでしょ、竜神先生なんかと」

 反論した。由加はそれでも、

「そうですかァ? 怪しいなァ」

 疑いの眼差しを向けた。藍はさらに反論しようと思ったが、ふと考え込んだ。

( 本当に終わったのだろうか? 源斎は今度の事件までの長い間、どこで何をしていたのだろう? 小野宗家や分家の人間を殺して吸収していただけだろうか? 私が源斎ならもう一つすることがある。仲間、あるいは手下を作る。その可能性は大いにある )

 藍は聞いていないが、建内宿禰は言ったはずだ。

「我は滅さぬっ! ここは一度消えるが、またいつの日か、必ず戻って来る! 覚悟していろ!」

 つまり、全てが終わったわけではないのである。


 京都。千年以上日本の都があったところである。

「源斎様が敗れるなんて……」

 暗い部屋の中で、女は呟いた。

「宗家の小娘、私が仕留める。仁斎への復讐も兼ねてね」

 女は言い、甲高い声で笑った。

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