殿方ごめんあそばせ(四)

「あっ、いたいた――」

 そのときプロムナードの向こうから、複数の靴音がバラバラと近づいてきた。先頭にいたアシが嬉しそうに両手を振る。

「やっほーっ。ルーダーベってば見つけるの簡単でちょーウケる。だって雷落ちた場所へ探しに行けば、たいがい会えちゃうんだもん」

「あんたねえ……」

 ルーダーベは焼け焦げたヘス中尉の死体からレイピアを引き抜くと、レースのハンカチで血をていねいに拭った。

「いったい、だれのせいで苦労してると思っているのよ。今までどこほっつき歩いてたの?」

「ジャジャーン。すごいひとを連れてきました」

 おどけたポーズを取るアシの後ろから、照れくさそうにブルームーンが顔をのぞかせ「よう」と右手を挙げた。

「高慢ちきお嬢さん。長いあいだ留守にして悪かったな」

 ルーダーベが不審げにまゆをひそめる。

「…………だれ?」

「いやいやいや久しぶりで会えたってのにそれはないでしょう。しばしの別れは再会をよりいっそう快いものに変えるってイギリスの有名な詩人も言ってなかったっけ?」

「冗談よ。というか今ごろどのツラ下げて戻ってきたのか知らないけれど、元気そうでなによりだわ。おかえりなさい」

「なにそのツンデレ……」

「戻って早々悪いんだけど今こういう状況だから、あなたにもしっかり働いてもらうわよ、このごくつぶし」

「うへえ、相変わらず辛辣なことで……」

 しゅんとなるブルームーンの肩に手を乗せて、ミキ・ミキが愉快そうに笑った。

「ハハハ、こりゃいいや、ピンクの悪魔もかたなしってわけだ」

「うるさいなあ。世の中には、こういうかたちの友情も存在するんだよ」

 ミキ・ミキはディアドロップのサングラスをずり下げて、ルーダーベの顔をまじまじと見た。

「ふうん、これがペーシュダードに名高い伝説の魔法使いってわけか。まさかこんな上品そうなお嬢さんとは思わなかった。魔女なんて呼ばせておくには忍びないぜ」

 ルーダーベが肩にかかる金色の髪の毛を指にくるくる巻きつけはじめた。

「……だれこいつ? 闇夜にサングラスとかバカみたいなんですけど」

 アシがのん気にガムを噛みながら言った。

「このひとはね、ブルームーン先輩が連れてきた仲間で、名まえはたしかムキムキ……」

 ミキ・ミキは右手の人さし指と中指で、ちょこんと敬礼しながらウィンクした。

「オレは帝都パルチザンの傭兵で、名まえはミッキー・リベルタドール・三木。ちなみにミドルネームのリベルタドールというのは、スペイン語で」「あーっ、ルーダーベってば怪我してるじゃん!」

 ミキ・ミキの自己紹介をぶった切ってアシが叫んだ。

「だいじょうぶ? めっちゃ痛そうだけど」

「かすり傷よ、たいしたことないわ」

「ダメだよ、ちゃんと治療しておかないと。痕が残ったらお嫁に行けなくなっちゃうよ」

 アシは伸びあがって、ミキ・ミキの肩越しにその背後へ向けて声を張りあげた。

「おーい、衛生兵ーっ」

「だれが衛生兵やねんっ」

 ロイド眼鏡をかけた小柄な娘が、肩を怒らせ歩み寄ってくる。ラゴス連邦の元軍医、クスノキ少佐だ。しかしルーダーベの視線はさらにその後方へと釘づけになっていた。少佐のあとを追うようにゾロゾロと大勢のひと影が迫ってくる。全員ラゴス陸軍の戦闘服を身につけ、両手にさげているのは軍用の突撃銃だ。まるで酩酊しているかのように上体を揺すって歩くそのすがたを、彼女は今日イヤというほど目にしてきた。

「……嘘でしょ」

 ルーダーベは総毛立ったまま後じさると、ロザリオを握りしめ、うわ言のようにスペルを唱えはじめた。

「フィアト・レガトゥム・レギオニス、来たれ軍勢を統べるもの……」

「あっこら、おまえなにさらす気やっ」

 クスノキ少佐がルーダーベにつかみかかる。

「うちが苦労して復活させたもんを、また倒してどないすんねん」

「ちょっと、邪魔しないでよっ」

「アホ、屍兵一体こさえるのにどれだけ手間が掛かるか、分かってんのか?」

「知るわけないでしょそんなこと。いいからそこをどいてちょうだい」

 アシが風船ガムをパチンと鳴らして言った。

「ルーダーベってば心配しなくても大丈夫よ。このネクロマンコこそがゾンビ兵をあやつっていた首謀者で、けっきょくブルームーン先輩の餌につられて祖国を裏切ったってわけ。だから今はゾンビ兵もふくめ、みーんなアシちゃんたちの捕虜なんだよ」

「こらバカギャル、おかしな言いかたせんといて」

 クスノキ少佐がドンと地面を踏み鳴らす。

「あんたの言いぐさ聞いとったら、まるでうちが稀代の極悪人みたいやないかっ」

「当たらずしも遠からず」

「ぐっ、ホンマけったくそ悪いガキやで。どうやらあんたとはいっぺん、きっちりと決着つけたほうが良さそうやな」

 彼女がスッと右腕を振りあげた。その手には、いつの間にか外科手術用の尖刃刀が握られている。応じてアシも、太もものレッグホルスターへ手をかざした。クイックドロウの構えだ。

「ふっふっふ、デューク東郷の生まれ変わりと言われたこのアシちゃん相手に勝負を挑むとは、命知らずにもほどがあるよ」

「そっちこそ、ブラックジャックの再来と称えられたうちの華麗なメスさばき、甘う見とったら後悔するで」

「眉間に風穴あけて、ストローで脳みそチューチュー吸ってやる」

「その厚顔無恥なツラの皮ひっぺがして、ハンドバッグの材料にしたるわ」

「さあかかって来い、ネクロマンコっ」

「早よ抜かんかい、バカギャルっ」

 ブルームーンが、あわてて二人のあいだに割って入った。

「こらやめろっ。おまいら今はケンカしてる場合じゃないだろ。捕虜たちが護送されるまえになんとか兵員輸送車を取り押さえないと、せっかくの計画がおじゃんになるぞ」

「ちょっと待って、捕虜を護送するってどういうこと?」

 険しい顔でルーダーベが訊ねた。

「まさか神父様たちが……」

「いっけなーい、アシちゃんすっかり忘れてた。つかまった解放軍メンバーを救出に向かう途中だったの」

 悪びれる様子もなくアシがペロッと舌を出す。

「早く助けに行ってあげないと、全員収容所送りになるかもね」

「このおバカっ、なんでそれを早く言わないのよ」

 ミキ・ミキが肩にかついでいたM四〇を降ろし、腕時計に目をやった。

「あと四時間で夜が明ける。急ごう」

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