解放軍エレジー(五)
「伏せてくださいっ」
ロメロ神父が叫びながら、ウィンチェスターM一三〇〇の引き金をひいた。
ポンプアクションで弾を装填して、つづけざまにもう二発。
たまらずジェイコブがよろける。
十二ゲージの散弾に肩の肉をごっそりえぐられ、バトルアックスを取り落として床へ尻もちをついた。
ショットガンの弾は貫通力はないが、対象物を面で破壊できるため、ヌカに釘の屍兵相手でも確実にダメージを与えることができる。モソモソと起きあがろうとする牛の顔めがけ、さらに二発を撃った。ジェイコブは腕をクロスして必死に頭部をかばっていた。
――そうか、この怪物の弱点はあたまだ。
ようやくそのことに気づいた神父だが、しかしすでに散弾を擊ち尽くしている。
そのとき食堂の窓ガラスが派手に砕け散った。
白煙が幾すじかたなびき、ムクムクと膨れあがった烟霞が視界を真っ白く閉ざしていった。
「催涙ガスだっ」
だれかが叫んだ。
口を押さえて、みなが曳き網に追い込まれる魚のように出口へ殺到する。ゴホゴホと咳き込みながら、重たい扉を引いて外へ転がり出た。
とたんに轟然たる銃声が起こり、最初に外へ飛び出した数人がキリキリ舞いしながらミンチになった。
扉の外で、いつの間にかサブマシンガンを構えた男たちが待ち受けていたのだ。
後続の者たちが、たたらを踏んで立ち止まる。それ以上さきへ進めず、かといって食堂内へ引き返すわけにもいかず、扉のまわりは催涙ガスから逃れようとする者たちですし詰めとなった。
「フフフ、まさに前門の虎、後門の狼というやつだな」
サブマシンガンを持った男たちのあいだから、フード付きのローブをまとった男が現れて言った。酒場でジェイコブに話しかけた男、ヘス中尉だ。
「全員、武器を捨て、両手をあたまの後ろに組んで腹ばいになれ。抵抗してもムダだ。少しでも逆らう素ぶりを見せれば、容赦なく射殺する」
自分たちへ向けてズラリと並んだ銃口に、解放軍のメンバーはまったく身動きできなくなってしまった。
そのとき食堂の奥から獣の咆哮が聞こえてきた。ふたたびジェイコブが暴れ出したらしい。あわてたひとりの兵士がとっさに銃を構えようとした。
「ばかめ、警告したはずだ」
たちまちサブマシンガンが火を吹いた。銃弾を浴びた兵士と巻きぞえを食った数人が、からだじゅうの穴から血を吹いてその場に倒れた。
「どうあがいたって君たちの負けだ。おとなしく投降して軍法廷の裁きを受けるがいい。そうすれば、あるいは露命を保てるチャンスがあるかもしれない」
ヘス中尉はフードの奥で、引き攣れのある口もとをさらに歪めて笑った。
「チェ・ゲバラを気取るのもけっこうだが、これだけは言っておこう。革命とは成功してはじめてそう呼ばれるものだ。失敗すればそれはただの反逆にすぎない。君たちは自分がたんなる反逆者であるということを自覚すべきだ」
そのとき解放軍の人垣をかき分けて、ひとりの軍人がよろめきながら飛び出してきた。ハンカチを口に当て苦しそうに咳き込んでいる。
「うう、ひどい目にあったよ。催涙弾を撃ち込むのなら最初にそうと教えてくれればいいのに」
オルレアン卿だった。
「あんたらも本当にひとが悪い。私には一切危害を加えないと約束したじゃないか」
彼はヘス中尉のそばまで行くと、信じられないという顔をしているメンバーたちを振り返り、悪びれる様子もなく言った。
「驚くのもムリはないが、そんな顔をせんで、まあ私のはなしを聞け」
自慢のカイゼル髭を指でしごきながら、思慮深い表情をつくってみせる。
「陛下におかせられては、近いうちに退位あそばされるご意向らしい。内務省を通じて密かに確認させたが、ご決意は変わらぬということだ」
ざわめきが起こった。
ペーシュダード国王ペトロ四世は、今年で五十四歳。まだまだ壮健で活力に充ち、公務や諸外国の王室との交わりも積極的にこなしている。王位を退くにはどう考えても若すぎる。さらに彼はその温厚で思慮深い人格から、他国の支配にあえぐ自国民の心の支えとなっていた。
「諸君も知っての通りマルコム王子はすでに暗殺されてこの世になく、第二王子のジャスティン様はご病弱でいらっしゃる。となると王位を継承するのは、ただひとり残されたダミアン王子ということになるのだが……」
幕僚長や国防大臣を歴任した彼は、勲章をスパンコールのようにぶらさげている。その軍服の胸をグッと反らせて、騎士や兵士たちを睥睨した。
「諸君らは、わずか十二歳の国王を奉じて占領軍と渡り合い、国家を再建することが可能と考えるかね?」
解放軍メンバーのなかから失望のため息や、苦悩の呻きが漏れた。どの顔も意気消沈し、叱られた仔犬みたいにうなだれている。
「すでに万策は尽きた。これ以上無用な争いをつづけてもあたら若い命を散らせるだけだ。全員おとなしく投降したまえ。身の安全はこの私が責任を持って交渉する」
「なるほど。それが、あなたのおっしゃていた知略というわけですか」
呆然と立ち尽くす兵士たちのあいだから、背の高い影がスッとまえへ出てきた。ロメロ神父だ。彼は右手にショットガンをぶらさげ、もう片方の手に聖書を抱いて穏やかな目でオルレアン卿を見下ろしていた。
「今日ここへ解放軍のメンバーを集めたのも、こうしてラゴスの秘密警察に捕らえさせるためですね」
「フン、戦いというのは始めるよりも終わらせるときのほうが、よっぽど知恵を使うものだ」
「王立図書館の地下にあった我々のアジトへ秘密警察をけしかけたのも、あなたの仕業ですか?」
オルレアン卿は若干の後ろめたさに目を逸らしつつも、忌々しげな口調で言った。
「シルヴィア・メリーンは、陛下が退位なされると知ってからも戦いつづける意志を曲げなかった。女だてらに大石内蔵助にでもなったつもりでいたらしいが、こっちは忠臣蔵に付き合わされるなどまっぴらだ」
「今抵抗しておかなければ、この国は永遠に主権を奪われてしまう。そのことを彼女は知っていたのです」
「それは、あの女の浅はかな妄想だっ」
ロメロ神父は静かに息をつき、やがて凛然とした態度で言った。
「あなたに忠告しておきます。兄弟を裏切る者は禍いなるかな。やがて生まれてきたことを後悔する日がかならず来るであろう、と」
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