解放軍エレジー(四)

 そこにいた、すべての者たちが思わず腰を浮かせた。

 銃声は聖域の荘厳な空気をやぶり、断続的に鳴りつづいている。

 まさかこの教会が襲撃されようとは思ってもいなかった解放軍のメンバーは、みな息を飲んで視線をさまよわせた。食堂の窓から見える空は、すでに夕景と宵のあわいが見せる濃い紫色へと変化している。

「やはり懸念していた通りのことが起こりましたね」

 神父がため息をついた。

 ルーダーベの目が険しくなる。

「というより、これってどう考えても待ち構えてましたーってタイミングなんですけど」

「ほらねえ、だからアシちゃんが忠告してあげたのにィ。こういう状況なんて言うんだっけ? オポッサム?」

「ふくろのネズミよ! あんた分かってて言ってんでしょっ」

 けんかをはじめる二人を無視して、ロメロ神父はメンバー全員に呼びかけた。

「万一の場合にそなえ、教会の屋根にスナイパーを配置してあります。彼らが応戦しているあいだに、我々も手分けして防戦態勢に入りましょう」

 騎士や兵士たちが、あわてて武器を手に立ちあがる。そんな彼らを、オルレアン卿のよく通る声が制した。

「うかつに動いてはならん。軽はずみな行動はつつしみたまえ。まずは戦闘の規模と、敵の侵攻してくるルートを確認することが先決だ」

「はいはーい」

 アシが、授業参観で張り切る小学生みたいに元気よく手をあげた。

「じゃあ、不肖このナンシー・ウェイクの再来と言われたアシちゃんが、ちょっくら偵察に行ってまいりまァす」

 言うが早いか席を蹴って、脱兎のごとく外へ駆け出していった。

「あっこら、ちょっと待ちなさいってばっ」

 後を追いかけようとしたルーダーベを、ロメロ神父があわてて引き止める。

「二人とも、勝手に行動されては困りますよ」

「ごめんなさい神父様、すぐにあの子を連れ戻しますから」

「いや待ってください。相手がもしラゴスの秘密警察なら、あなたひとりで行くのは危険です。なにせシルヴィアくんを倒したほどの強敵ですから」

「だいじょうぶ、私に任せてっ」

「行かせてやれ。そのうち腹をすかせて帰ってくる」

 オルレアン卿が吐き捨てるように言った。

「犬じゃないつーのっ」

 ルーダーベは、ベーっと舌を出して扉のほうへ駆けていった。

「まったく困ったやつらだ」

「しかし我々も、そうのんびりはしていられません」

 ロメロ神父は、黒いスータンの肩から吊っていた携帯無線機のレシーバーを耳に当てた。

「ロメロです。そちらの状況を報告してください」

 すぐに切迫した男の声が返ってくる。

「たっ、大変ですっ。正門から敵がぞろぞろ攻めてきます」

「正門から?」

「やつら銃弾をまったく怖がりません。それどろこか避けようともしません。撃っても撃っても倒れず、そのままバカみたいに突進してくるんです」

「……どういうことですか?」

「死なないんですよっ! 不死身の兵隊です。あんなやつらに勝てるわけがないっ」

 さすがの神父も青くなった。

「分かりました。あなたたちは中庭まで後退してください。今から応援の部隊をそちらへ向かわせますので」

 そのとき食堂の奥のほうで、もの凄い音がした。

 自動車でも突っ込んだかと、全員ギョッとしてそのほうを振り向く。

 厨房へとつづく扉が吹き飛ばされていた。樫でつくられた頑丈な戸を蹴破って現れたのは、牛の頭を持つ巨躯の怪物だった。怪物は口から白い泡を飛ばし、ゴボゴボと濁った声で雄叫びをあげた。

「おでの名わ、ジェイコブぅ。借金があ返せなぐてェ、こォんな姿になっじゃいましたあああっ」

 岩をも断てそうな長柄のバトルアックスを両手に振りかざし、そのまま食堂内へ乱入してくる。

「うわっ、撃て撃て――」

 そばにいた兵士たちが驚いて拳銃を放った。しかしその身にいくら銃弾を浴びようとも、ジェイコブは平然とテーブルを蹴倒して突進してくる。アックスは柄の長さがゆうに三メートルはあり、しかも刃はじゅうぶんギロチン台の代わりとして使えそうなほど大きかった。

 ゴウッと刃風を巻いて、その巨大な斧が一閃される。タンポポでも刈り取るみたいに兵士たちの頚骨が断たれてゆく。パッと血煙があがり、首なしになった死体がドミノのように折り重なった。

「ヒャハハッ、早ぐ逃げないどォ、濃うい牛乳ゥ出しちゃうよおっ!」

 赤い口をひんむいて笑いながら、アサルトライフルを腰だめに撃っていた兵士へ突進する。悲鳴をあげて後じさる彼の頭上めがけ、バトルアックスを振りおろした。ほとんど薪割りだった。鶏卵がつぶれるように兵士のあたまが粉砕され、そこから下の部分が真っ二つになった。血濡れの斧は、勢い余って床板にめり込んでいる。

「ひるむなっ」

 長剣をかまえた騎士たちが、必死の形相でジェイコブを取り囲んだ。

「押しつつんで一気に殺してしまえっ」

 みなが腰を沈め、一撃必殺の構えをとる。斧での攻撃は破壊力がある反面、俊敏性に欠けるところがある。全員で一斉に掛かれば、あるいは何人かは斬撃の間合いへ飛び込めるかもしれない。

 まさに捨て身の戦法だった。

「死ねっ、バケモノ!」

 ひとりが叫んだのを合図に、床を踏み鳴らし猛然と斬り込んでいった。鍛え抜かれた両腕が白刃を振りおろす。ジェイコブは動かなかった。斧を捨て、わざと両手をひろげてその身に攻撃を受けた。ザクザクと音を立て、すべての剣があっけなくジェイコブの肉体に埋まってゆく。

「よし……やったぞっ」

 あわてて引き抜こうとしたが、騎士たちは思いがけず歯を食いしばることになった。万力で締められたようにビクともしないのだ。

 青くさい息を吐くジェイコブの口がニイッと笑った。

 毛むくじゃらの長い腕がヌウッと左右に伸びる。

 騎士たちはとっさに剣から手を離したが、逃げ遅れた二人が顔面をつかまれてしまった。必死に振り払おうとするが離れない。それどころか重機に吊られるみたいに軽々と持ちあげられてしまった。床から浮きあがったプレートブーツがバタバタと暴れる。

「借金のォ利息うゥ、払い過ぎてわいばせんがあっ?」

 猿の玩具がシンバルを鳴らすように、両手につかんだあたまをグシャッと打ち合わせた。悲鳴をあげる間もなく頭部をつぶされた死体が、血と脳漿のなかへズルリと身を横たえた。

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