-Extra battle5-
「…なんだこの人数?」
俺は思わず呟いた。
正直、来たくなかった。が、まず姉さんになぜか朝早くから「ざめはー」と連呼されながら目覚まし時計を耳元で鳴らされ、しぶしぶ起きるはめになった。
父さんと母さんは呑気に「今日から温泉行ってきまーす。探さないでね!」という書置きを残して朝からいなくなっていたし、姉さんも途中でどこかへ出かけてしまった。
仕方なく時間をつぶしてから大学へ赴いた俺は、二時頃、突然現れた魔王シャドウに連れられ、(そのうえ、自転車ぐらい持ってこさせろ! と叫んだら、律儀に監視の上で持ち出しを許可された。)今現在に至る、というわけである。
今、俺がいるのは駅前の花千の前。
平日でも一応人通りはあるが、まさに「厳戒態勢」と言っても過言ではない。ただしそれは警察だとか特殊部隊だとかそういうものではなく、一言で表すと、様々な「正義の味方」と「悪の組織」が集った状態だった。
もしここに警察がいようものなら、野次馬の方々から「ひっこめー」「かえれー」との罵声を浴びせられていたことだろう。そんな様子が容易に目に浮かぶ。
「ガクセイファイブが情報を垂れ流しにしたらしい。それをさまざまな奴らがキャッチした。その結果がこれだ」
シャドウが憎々しげに集団の方を見る。
「まったく…こんなに頭数をそろえて、どうするつもりだ?」
俺は何も答えなかった。正直、考えたくない。
「これでは、まるで…」
「え?」
聞き返したが、シャドウはそのまま考え込んでしまった。
仕方なく集団の方に目をやる。そこにいる人々を全て描写してみろと言われたら、俺には無理だと答えるだろう。
しかし、ひとつだけ言えることがある。
全員が、三時を待っているのだ。
花千の前なんかで待っていると、なんだか三時のおやつを待っているみたいだと、俺はぼんやりと思った。少しくらい現実逃避をしても罰は当たらないだろう。もしくは、クリスマスとかバレンタインとか、特殊なイベントのあるときの花千のようだ。時折出す数量限定のお菓子を狙って、人が集まることは多々ある。
ただし――ここにいるのは一般人ではない。フリフリの色違いの服を着た女の子たちだったり、変な機械を身につけた人だったり、なんというかバトルスーツ的なものを着た人だったり、そもそも異様だ。ただ、一般人の皆様もそれを固唾をのんで見守っている、という状況もかなり特殊だと思う。
「来ないな」
「…もう来なくていいと思うんだがな…」
俺はシャドウにこたえる。
「もうすぐ三時だ」
誰かの声がすると、一瞬だけその場が静かになった。
通りを走る車の音も無くなり、少しぎょっとした。
だが、大体なんで俺はここにいるんだとの思いが呼びさまされると、なんとなくまた妙な気分になった。
また人々がわいわいと会話を続ける。一瞬の静寂などなかったかのように。再び車が動き出す音もして、またいつも通りの駅前に戻った。
「…もう来ないってことでいいんじゃないだろうか…」
「何を言ってる? ガクセイファイブの連中がいるだろうが!」
「言うなよ、それを」
せっかく気付かない振りをしていたのに。
『花千の全従業員に告ぐ!!』
どこかから、おそらくガラスを通り越しても聞こえるであろう大音量が聞こえてきた。拡声器を使っているのだろう。
『我々ガクセイファイブは、本日、花千を乗っ取りにきた!!』
「来たな、ガクセイファイブ!」
叫んだのは、シャドウではなかった。
もちろん俺でもない。ただ、抗議の声が一般市民の集団からも聞こえているというのがなんともいえない。
しかしそれを確かめる間もなく、がやがやとこの間見た黒服がどこからともなく大挙して押し寄せた。
「おのれっ…我々の暗黙の了解を破るというのか、ガクセイファイブ!!」
「花千を狙うなんて…私たちが許さないわ!」
「いったい、何を企んでおる?」
「どこだ! どこにいやがる!」
俺は何も言わずに頭を抱えた。
「どうした、やはり頭痛か? 低血圧か貴様? いや、それは朝だったか?」
「…なんでもない」
「しかし、とうとう始まったか…」
シャドウは感慨深げにそう言った。黒服たちと連合軍(といっても過言ではない)のような人々の静かなにらみ合いが続いている。
『我々は本気だ。店長を出せ!』
俺は、「え?」と声をあげてしまった。
「店長?」
「なんだ、それも知らなかったのか」
横からシャドウに突っ込まれる。
「ネームプレートがあるだろう、店長の」
「ネームプレートって、あれか? 店長、とか、名前が書いてあるやつ」
「それだ。あのネームプレートこそが、花千占領の証!」
なぜなんだ。
理解不能だった。もっとも、理解しようにも、この状況下ではまともに考えられないことは明白だった。
「それにしても…」
シャドウはあたりを見回した。俺もそれに倣ってあたりを見回す。まわりでは、すでにガクセイファイブの黒服たちと、戦闘を開始していた。
それをすべて目に焼き付けて描写しろというのは酷だ、とだけ言っておこう。
司令官らしき初老の紳士が指揮をとり、その周囲を警護するように群がるスーツ姿の人々が一般人の方々を戦火から遠ざけつつ、黒服を退ける。
フリフリの色違いの格好の女の子たちは、変な棒を振り回しながら、技名のようなものを叫んで戦っていた。
バトルスーツ的な格好の男の人は、黒服たちを格闘技のようなものでばたばたとなぎ倒していた。
しかしそれでも、黒服たちの人数は減らない。それを考えると、いったいどれだけの人間がガクセイファイブに従っていたのか、あるいはもともとどれだけの組織があったのか、考えただけでも恐ろしい。
俺がそんなことを思っている間に、隣ではシャドウがぶつぶつと何やら呟いていた。
「この人数…この野次馬の数…やはり奴ら…」
「…何かわかったのか?」
聞きたくなかったが、あえて聞いてみる。
「まだわからんが…ひょっとして、奴らの狙いはここ尾長町の人間を集めることにあるのかもしれん…」
断言されても困ってしまう。
「…なんで?」
「レッドが出てこればはっきりするのだが…うむむ」
シャドウはそう言って腕を組む。
ただ、かなりの人間が集まっているのは確かだった。正直、異様だ。
まず花千。花千には従業員の皆様がたが集まっていたが、なんというか、いつも通りだった。慣れているというか、店長と思しき人物が従業員に指示を出しているのが見える。従業員たちは頷くと、商品を確保しつつ、各々身の安全を確保できるようにしている。
それを見ながら、シャドウは感心するように言った。
「さすがは花千の従業員。手慣れたものだな」
「正直、慣れすぎだと思うんだが」
「しかたあるまい。言っただろう、この店を制す者は尾長町を制す。よっぽど自信と力のあるものでないと手は出さないが、たまに占領されかける」
「ああ…」
なるほど、と思った。それでこんなに手慣れているのか。
いや、そこで納得してどうする俺。
次に連合軍。もはや花千を護るためならば、協力は惜しまないらしい。その協力体制はいつまで続くのだろう、とも思うが、とにかく尾長町をとられたくないという思いは一致しているのだろう。その理由が違うのは別として。
そして最後に、ガクセイファイブ。彼等は、未だ姿を現してはいなかった。おそらく現れたとしても、レッド以外の四人だろう。ガクセイファイブは傘下になった黒服たち以外誰もいない。
と、そのとき。
まるで人の波を縫うように歩いている人影が目に入った。
それは、固唾をのんで見守る人や、熱狂する一般人の間を通り抜けて、今まさに乱闘状態になっている群れの中に近づいていった。
彼の姿が露わになった時、誰かが叫んだ。
「レッド!?」
その声に反応して、群れの中の眼が彼の方を向いた。
「レッド…」
「レッドだ! …うぉっ!?」
目をそらした誰かが、黒服の攻撃にやられる。
俺は目を凝らして、その人物を見つめた。烈土…というより本人と見間違えそうなほど似ている烈土っぽくないから、偽ファイブの方のレッドだろう。俺の深層心理が「見たらわかる」と言っている気がするが、持前の精神力でぐっと抑え込む。
だが俺は、思わず口に出してしまった。
「あれがレッド…?」
一瞬、既視感のようなものを感じていたのも事実だ。
ついでに烈土がこの場にいたら睨まれただろうな、と今の発言について思った。だが、妙な既視感はまだ続いている。どこかで見たようなというか、よく知っているというか、それでも何か違うというか。
よくはわからないが、そんな感覚がどこかにあった。
「レッドを花千に近づけるなー!」
「いやむしろ店長ー!」
「店長さんを護れー!」
並みいる黒服をなぎ倒し、三人ほどのグループがレッドの前に立ちふさがる。
「ようやく出てきたな、レッド! ここは俺たちが相手だ!」
「さぁ、覚悟なさい!」
「三人相手に、勝てると思うな!」
色違いの服を着た三人組が、それぞれの武器のようなものを突き出す。それでも、レッドは顔色一つ変えずに、一言つぶやいただけだった。
「どけ」
そして、右手を出す。その拳をぐっと握ると、同じ口調で言った。
「レッド・ブロウ」
その右手が赤い炎に包まれたように見えたのは幻覚だったのかもしれないが、その無駄のない動きはまさに完璧としか言いようがなかった。
何が起こったのか、まず一瞬では理解できなかった。気がついた時には、三人組はその場に倒れるどころか、吹き飛ばされていたのだから。椎名さんだって、攻撃を見切った上で吹き飛ばすなんて荒業はできないんじゃないだろうが。あるいは、俺も見えなかった別の攻撃をしたのかもしれない。
…というより。そういうことで自分を無理やり納得させておきたい。
一言言えるのは、とにかく強いということだけなのだ。
「ぐあっ…!」
だから俺は、三人組が同時に倒れたのにもあまり驚かなかった。
「強い…」
「なんだこの…強さは…!」
巻き込まれた何人かの人々が、地面に倒れる。
「…まだこんな強力な技を…持っていたとは…!」
悪の組織の一人のような人が、レッドを見上げながら悔しそうな顔をしていた。
「いいや。レッド・パンチじゃあまりに語感が好かないと思っていてな」
それを耳にした何人かが、ぎょっとする。
「少し名前を改変した。それだけだ」
「なっ…」
驚きが走る。そして、驚きは動揺につながった。
レッドの強さと、連合軍に走った動揺に気がついた黒服たちが、俄然士気を高める。今まで以上に勢いづくと、連合軍の方を圧倒しはじめた。まるでそこに誰もいないかのように、人々の合間をすり抜けて着々と花千に近付くレッド。そんななか、聞きなれた声がどこからか聞こえてきた。
「出てきたな、レッド!」
俺とシャドウは思わず、そちらを振り向く。
「あれは…」
「チャリケッタキラーに、シーナではないか!」
…確かにチャリ(略)と椎名さんだ。だけれど椎名さんの方は、明らかになんというか、ものすごく不機嫌だった。サングラス越しでも目が据わっているのがよくわかる。この状況を作ったのは一体どこの馬鹿だ、とでも言いたげだった。
たぶんというより確定に近いが、無理やり連れてこられたのだろう。
「…ふむ。お前がレッドか」
まるで初めて会うかのように、チャリ(略)は言った。
「お前は…チャリケッタキラーか。後ろにいるのは司令塔だな」
チャリ(略)と椎名さんの表情がこわばった。たぶん、別々の意味でだ。
しかし、チャリ(略)は気を取り直すと、ニヤリと笑った。
「レッド」
「なんだ」
「ここに頭数をそろえたのは、野次馬どもを集めるためだな?」
チャリ(略)が確信したように言った。
隣で、シャドウが声をあげる。
「やはりそうか!」
「え、何が?」
「ここに人間を集めた中でプレートを奪うことによって、それを見せるのが目的なのだ」
「…はぁ?」
「だからー、プレートを」
「プレートを奪うのを尾長町の住人に見せ、納得ずくで花千を、ひいては尾長町を奪おうという算段だな?」
シャドウとチャリ(略)のセリフが重なった。
「私のセリフが…」
シャドウは半泣きになりながらしゃがみこみ、地面に人差し指をついて、くるくるとまわし始めた。おいしいところを持っていかれすぎだ。
「そうだ」
偽レッドは否定しなかった。
「そのために準備してきたのだからな」
表情こそはっきりしないが、口には笑みさえ浮かべている。
「これだけの証人がいるのだ。「誰か」がプレートを奪えば、納得ずくで尾長町を占領することができる。ついでに、この騒ぎだ。騒ぎを聞きつけたマスコミも寄ってくれば、なおさらそれは強くなるというわけだ」
連合軍の中の悪っぽい方が、ぐ、と少しだけ考え込んだ。
「考え込むなー!」
「今のままじゃ尾長町がガクセイファイブのものになるんだぞー!」
連合軍の中の正義っぽい人たちが抗議する。
「ええい、そこで言い争うな馬鹿ども!!」
チャリ(略)の一喝。
「とにかくレッド、お前に尾長町は渡さんぞ! 私と勝負だ!!」
「俺に一人で挑む勇気は褒めてやるが…。それよりも、お前たちと戦いたい奴らに渡そうか」
「何?」
ざっ、と二人の背後に誰かが現れる。
「お前らの相手は俺たちだ」
「この間の屈辱、晴らさせてもらうぞ!」
偽イエローと偽グリーンだ。
「なんだ貴様ら。まだ懲りてなかったのか?」
「私もう帰っていいか?」
「ダメだ。…一度負けた者に興味はない! そこをどけ!」
ぐ、と拳を握るチャリ(略)。
「今度は倒せると思うなよ?」
「我々は、お前たちを倒すために…七年もの厳しい修行に耐えてきたのだ!」
「七日だろ!」
チャリ(略)の叫び声と、椎名さんの冷静な一言と、俺の脳内でのツッコミが見事に被った。
「お前たちさえ手に入れれば、ガクセイファイブは飛躍的に強くなる! そう…世界を手に入れるのも現実のものとなるのだ」
「今度こそお前たちを倒し、我々の仲間としてやろう!」
「断る!」
「断る」
そういうところでは妙に意見が一致していた。たとえその真意がまったく違うものだとしても。
「ふん。まぁいい。どれだけ強くなったのか見てやろうではないか」
「結局私もやるのか?」
「当たり前だ! このままでは花千が乗っ取られ…、尾長町、ひいては世界がやつらのものになる! 世界征服を成し遂げるのは、この私だ!!」
椎名さんは何も言わず、どうでもいいというように、ただ前髪をかきあげただけだった。
「…タダでとは言わん。花千を奢る」
「……」
ちょっと考えたようだ。
「お前の場合はなんだった、和菓子か?」
「……そうだな。そういえば確か季節のケーキやら和菓子やらが出ていたような…」
「む、なんだそれは? そういえばもうそろそろそんな時期か?」
「ああ、確かこの間、広告が…」
「ええいっ、敵を目の前にふざけるな!」
二人のどことなく素のまじりあった会話に、偽イエローが激昂した。
「こうなったら、二度と世界征服などできぬようにしてやる!」
偽グリーンが構えながらそう叫ぶ。
「ほほう。何をするつもりだ…?」
「正直気乗りしないんだが」
「しなくてもいい! 倒すぞ!」
チャリ(略)がまたどこからともなく自転車のペダルを両手に構えた。
本当にどこから出しているのか見当もつかない。
「…これであそこの二人は抑えられたな」
シャドウがうんうんと頷いていた。何を頷くことがあるのだろう。というより、俺もそろそろ帰りたい。
そう思った俺が、再び顔をあげた時だった。見なれた顔とばっちり目が合ったのだ。
「姉さん!」
「あらマサヒロ」
あまり出会いたくない時に会ってしまった。そのうえ姉さんは、朝出かけた時の格好の上に、白衣を着ていた。普段はしないような――というよりどこで売ってるのかもよくわからない片メガネまでしていた。
「あら。こんにちは咲ちゃん」
「本名で呼ぶなー!?」
シャドウににらまれても、姉さんはにこにこしている。…ひょっとして俺には、これぐらいの度量が欠けているのだろうか。
「そうだったわね。今は魔王シャドウちゃんだったっけ」
「…その、ちゃん付が気になるが…まぁいい…」
「じゃあ俺たちはこれで…」
「ああ待ってマサヒロ。ガクセイファイブの一人なんだけど、知らない?」
俺は頭を抱えたくなったが、ぐっとこらえた。
代わりにシャドウが疑問を口にする。
「どういうこと?」
「それがねぇ。ドクターがこの間話したガクセイファイブの一人を探せって、うるさくって」
姉さんの話は感情を抜かないでもわかる、とてもわかりやすいものだった。
「なんでそんな事態に…」
「それがね。彼は…」
「ミヤコ君! ミーヤーコー君!!」
突然、声が響き渡った。
「見つけたぞミヤコ君! 我らとともに、科学とともに歩むべき青少年を見つけたのだよ! 彼はガクセイファイブなどでメカニックとしてくすぶっている存在ではない、なんとしてでも彼を手に入れるのだー!!」
ぐるぐるの文様が入ったようなメガネをしたまさに科学者という感じの男の人が、姉さんに向って走ってきた。
「わかりましたドクター。助手ミヤコ・まいります!」
「頼もしいなミヤコ君! さぁ、科学の明日に向かって、あのメカニックの青年をげっちゅーしに行こうではないかーー!!」
ドクターの高笑いとともに、二人は嵐のように去って行った。テンションの高い人たちだ。
さすがに、シャドウもぽかんとしていた。
「…土田マサヒロ。お前の姉はいつからああだった?」
俺は答えられなかった。
ひょっとしたら最初からそうだったのかもしれないし、つい数か月前からだったのかもしれない。どちらにしろ俺には見当もつかない。
ドクターと姉さんは争いあう人々など目もくれず、ガクセイファイブの一人に向って一直線に走っていった。走った、というよりも、靴の底にローラーでもついているんじゃないかと思うような走り方だった。
「ということは、貴様の家はもうすでに奴らに占領されているということか!?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「違うのか!?」
「ああ…」
「ならばよい。いずれ、お前の家も我が領地に…」
「…。と、ところで魔王シャドウ」
話を逸らすようにシャドウを見る。
「お前はあの集団の中に行かないのか?」
返事がない。シャドウは耳をふさいで俺から目線を逸らしていた。
「いや、そのためにきたんじゃないのか、お前?」
「あの人数の中に行けると思うのか馬鹿者! 貴様こそ行ったらどうなのだ! 貴様は正義のヒーローだろう!?」
「だから違うって! …あ」
「今度はなんだ!?」
俺の目線の先をシャドウも見たようだ。言葉が止まった。
ちょうど偽レッドが、最後の砦を崩し切り、その先にいる店長さんと対峙したところだった。
「ほら見ろ! お前がグズグズしているから、レッドが店長と接触してしまったではないか!」
「なんで俺のせいなんだ?」
そのあたりの関連性がまったくわからない。
わからないが、偽レッドと店長の周囲は緊迫したムードに包まれていた。偽レッドと店長が何か話しているのはわかるが、まったく聞き取れない。というよりも、手前の集団に邪魔されてまったくわからない。
「…ああもうっ、何を話しているのかさっぱりわからないではないか!」
「だからなんで俺のせいなんだ?」
「ええいっ、どれもこれもお前のせいだ土田マサヒロー!!」
それ単なる八つ当たりじゃないか、と言おうとしたその矢先。
「こんなところで仲間割れか?」
突然かけられた声にぎょっとする。思わず、シャドウと同じような動作で後ろを振り向いてしまった。
目の前に、偽レッドの服装をそのまま青に変えたような格好の人が見えた。
「えーっと、あなたは確か…ブルー?」
「そうだ。やはり会うことになったな」
「…そうですね」
どっちかというと偽ブルーだが、そんなことは今言ってもしょうがない。
「ところで、ここで何を…?」
恐る恐る俺は聞く。
「ここで遊んでいるように見えるか? レッドを邪魔する者は切り捨てる。それだけだ」
「はぁ…じゃあ俺は関係ないんで…」
「ついでだ。ここで一戦交えるのも一興ではないか?」
「どこをどうしたらそういう発想になるのかわからないんですが」
俺はそう即答する。
「だとすれば私は関係ないな!」
「いいや。そんなことはないぞ」
シャドウは耳をふさいでいたが、偽ブルーは笑っただけだった。
「えーっと…。それはどういう…」
「問答無用」
偽ブルーが片手をばっと広げると、後ろに控えていた黒服たちが前に進み出た。
「キミの正体を知っておくのもいいだろうと思ってな」
「正体って…」
俺が抗議しようとすると、更に偽ブルーが何やら片手を動かした。どうやら何かの指示の動作のようだ。
シャドウが慌てて俺の腕を引っ張る。
「お、おいっ! なんとかしろ、土田マサヒロ!!」
「なんとかって…とにかく逃げるぞ!」
「逃げてる場合か! 応戦しろ! お前正義のヒーローだろ!?」
「だからそれは違うって言ってるだろー!?」
「うわ来たっ!?」
シャドウの叫び声が決定打になった。黒服たちは手に変な棒のようなものを持って、俺たちに襲いかかってきた。
そんな風に俺たちがぎゃあぎゃあと騒いでいる間。偽レッドは店長を睨みつけていた。
「店長…」
心配したウエイトレスの一人が、言葉をかける。
「キミたちは下がってなさい。自分たちの安全と、そして花千の商品を守るんだ。いいね?」
「…お前が店長か」
「ああ、そうだよ」
ウエイターの格好をした店長は、あっさりと認める。
「そして…伝説の正義の味方の末裔…!」
偽レッドが殴りかかる。
店長はそれをひらりと避けた。
「よく知っているね。これは一握りの人間しか知らないことなのに」
「ああ、徹底的に調べ上げた。その過程でいろいろな情報も手に入ったがね」
「それを有効活用したわけか」
「ああ」
その間も、一撃を繰り返す偽レッドと店長。店長もそれを避けてはいるが、なんとか避けている、というのが正しいようだった。
偽レッドの足が素早く店長の足元を襲い、店長は避けざまに、テーブルクロスで視界を覆う。そのテーブルクロスが焼け焦げて空中に舞う頃には、二人の一撃が同時に避けられていた。
「…そうだ、確かに私が初代の末裔だよ。だが、初代も私ももう引退した身だ」
「だが、アンタは確かに受け継いだはずだ。その血で、初代の正義を、脈々と。そして花千という場所で、この町を見てきた。違うか?」
「……」
「俺はアンタの――初代の正義を奪い、尾長町を征服し、さらには世界を手に入れる!」
店長はしばらく黙っていた。偽レッドも黙って店長を見つめている。
にらみ合いはしばらく続いた。
そのころ俺はというと、倒した敵から変な棒を奪って、襲ってくる黒服を倒す、というかなり切迫した状態になっていた。
「よーし、そのまま行け、土田マサヒロ!」
「なんでお前見てるだけなんだ!?」
「おい、後ろ!」
大体、なんで俺がこんな目にあっているんだ?
そんなことを思いながら、後ろから襲いかかってきた黒服の腹に蹴りを入れる。それから一斉に襲ってきた三人を避けると、勝手に頭を打って同士討ちをしてくれた。
そこで俺はようやく自分の体勢を元に戻すことができた。ようやく襲いかかってきた黒服を退けることができたようだ。
「ふはははは! どうだブルー、黒服はすべて退けた! あとはキサマだけだ!」
何故シャドウが得意げなのかはよくわからないが、とりあえずなんとか片付いたようだ。というより、片づけたのは全部俺だ。
「ふむ。…なるほど」
偽ブルーは特に反応を示すわけでもない。
「どうしたブルー? 怖気づいたか?」
「いや。レッドの方ももうすぐ終わりそうだしな」
「…何!?」
シャドウが振り向いた。
視線の先、未だに争う群れの奥の方では、偽レッドが店長に一撃を仕掛けようとしていたところだった。
「次で終わりだ」
偽レッドの右手の炎が大きくなった――ように見えたのは誰かの錯覚だったのかもしれないが、その次の瞬間には、本当にすべてが終わっていた。
「これが…初代の使っていたプレートか」
ざわり、と空気が歪んだ――のは気のせいだ。むしろ、周囲の人々が慄いた、と言った方が正しいかもしれない。
でもプレートがきらりと輝いたように見えたのは絶対に気のせいだ。そういうことにしておきたい。
「な、なんてことだ…」
「ついにプレートがレッドの手に…!?」
もう一度くらいは言っておきたい。何故プレートなのかがわけがわからない。でもとにかく、それを偽レッドが手に入れたことで尾長町は偽レッドのものになってしまったようだ。
それはそれで大変なんじゃないだろうか。
「さぁ、ここにはこれだけ大勢の証人がいる…誰も俺が尾長町を征服したことに文句はないはずだ。…俺からプレートを奪わない限り」
偽レッドに殴りかかろうとした一人を、黒服が退けた。レッドの周囲を黒服が囲み、一歩たりとも近づけない、というような感じだ。
店長は、というと、膝をついて偽レッドを見つめていた。
「レッド…といったね…」
「ああ」
「私は正義を受け継いで、この場所で尾長町を見てきたと…そうも言ったね?」
「ああ」
「その点に関しては私も認めよう…。だが、正義とは――正義を受け継ぐのは血でもプレートでもないよ」
「何?」
「正義を守りたいという心こそが、正義を受け継ぐのだよ。だからこの場を救うのは私ではない。新たな正義を受け継いだ者たちだ」
店長の目線が、ゆらりと花千の屋根の上を向いた。
「ちょーーーーっと待ったぁぁぁぁーーーーー!!!!」
「うわ!?」
突然響いた大声に、俺は思わず驚いてしまった。
「あれは! ガクセイファイブ!?」
「は?」
シャドウの目線を追うと、花千の屋根の上に赤いものが見えた。
学生服に身を包み、赤い装飾のついたヘルメットをかぶった、俺のよく知る友人にとてもそっくりな…というか瓜二つというか本人というか、とにかくそういう感じの誰かがそこにいた。
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