-Extra battle6-

「ほぉ…どうやら烈土の推理は中々に正しかったようだな?」


 シャドウがにやりとして言った。


「…そうみたいだな」


 俺は一応答えた。


「レッドが二人!?」

「どういうことなの?」

「これも奴らの作戦なのか?」

「いや、俺は信じていたぞ! 今のガクセイファイブが偽物だって!」

「でも、彼らが本物かどうかは確証が――」


 がやがやと騒ぐ外野を気にもせず、レッドは偽レッドを指さした。


「レッド――いや、偽レッド!!」


 なんかもうごちゃごちゃしてきたから同じ色で争うのはやめてほしい。


「よくも――よくもガクセイファイブの名を騙ってくれたな!!」


 偽レッドはその声に答える代わりに、口元で笑っただけだった。


「何を言っている…? 俺がガクセイファイブのレッドだ」

「違う!! 俺がレッドだっ!!」

「それならば、今更何をしにきた? もう遅い。花千のプレートは俺の手の中だ。花千はもとより、尾長町はたった今、俺が征服を完了した!」

「…まだだ、まだ間に合う!!」


 風を切るような音をさせながら、レッドが屋根の上から飛び降りた。軽やかに地面に着地すると、キッと偽レッドをにらむ。


「本当にレッドだ…」

「ど、どっちが本物のレッドなんだ?」

「やっぱり今までのは偽物だったのね!」

「がんばって、レッドー!」

「だぁぁ! どっちがどっちかさっぱりわからん!!」


 相変わらず反応は様々だったが、それは次の偽レッドの一言で確定した。


「…ガクセイファイブの名に踊らされるとは、つくづくおめでたい連中だ。さて”レッド”、今更どうしようというんだ?」

「お前は何者だ! どうして、俺たちの名前を…!」

「その方が都合がよかった、単にそれだけだ。見知った者の名を出せば警戒が緩む」

「そんな…そ、その黒服たちはどうなんだ! 彼らは…」

「残念ながら、彼等は同意してくれたのでね。後々ではあるが…」


 黒服たちは、ただにやりと笑っただけだった。


「くっ…。お前は一体…」

「そんなに不思議か? 俺の顔を覚えていないのか、レッド?」

「え?」


 そう言ったレッド対し、偽レッドが妙な笑いを零した。


「……まさか!」


 レッドがはっとして凝視する。


「兄さん!?」


 レッドが驚きと困惑の入り混じったような顔で叫んだ。

 ついでに俺も驚いた。そんな話聞いたことないぞ。

 しかし、頭に浮かんだ人物――烈土と目の前にいるレッドは本人と見間違うくらいに似ているだけかもしれないと思ったので、聞いていなくても仕方ないと無理やり自分を納得させた。

 その代わりに、そこから導き出された結論を口にした。


「…つまり、あれか? 俺らは烈…じゃないレッドの家庭のゴタゴタに巻き込まれたってことか?」

「極端に言うと、そういうことのようだな」


 シャドウが呆れかえったように声をあげた。

 だが、俺が偽レッドを見た時に感じた既視感の正体は判明した。似ているのだ、基本的に。どこが、とかはよくわからない。兄弟特有の、全然違うけどどっかは似ている、みたいなところが感じ取れたのだろう。

 いや、むしろそういうところより、単に服が同じだったから似ているところも気がついたとかでは…ないと思いたい。


「そんな、どうして…」

「どうして? 俺とおまえで目的が違っていた。ただそれだけの事だ」

「だったらなんで、なんで俺たちだったんだ!?」

「そこまで言わないとわからないか? …特に大それた理由はない。計画に見合っていたから選んだ。それだけだ」

「そんな!」

「おしゃべりはここまでだ…行けっ!」


 レッドが右手を大きく振ると、控えていた黒服が一斉にレッドに襲いかかった。


「レッド!? …くっ!」


 群れの方でも、黒服たちが勢いづいて攻めの態勢に入る。これだけの人数が揃っているというのに、今の動揺で防戦するしかなくなっている。


「くそっ、卑怯だぞ! 正々堂々と…うわっ!」


 レッドの声は、黒服に遮られて虚しく響くだけだ。


「レッドもこれでおしまいか…」


 隣で、シャドウが首を横に振った。

 流石に、友人…もとい友人に似た人を放っておいていいものかとちょっと思う。しかしこの状況で、どうにかなるものだろうか。俺が一瞬迷いかけ、一歩踏み出したその時。

 ごん、とひどい音がして、レッドの周りの黒服が倒れた。最初はお互いぶつかったのかと思ったが、後頭部に何か当たったようだ。


「え?」


 今度は、別の黒服が三人まとめてロープのようなもので縛りあげられ、レッドから引き離された。


「な、なんだ?」


 黒服に動揺が走り、そこに、何かが更に追撃した。

 レッドが呆然と瞬きをすると、黒服に一撃を食らわせた武器のようなものが、その持ち主の手の中へと戻っていった。


「まったく、行くなと言ったのに…」

「しょーがねーリーダーだなほんと」


 どこからともなく、声が聞こえる。


「あそこだ!」


 誰からともなく、不意に現れた人影へ人差し指を向ける。

 風を切る音が三つ、順に響いた。最後に残った人影は、黒服たちがレッドから離れるようにロープをぐいっと引いた。


「ガクセイファイブ・イエロー!」


 以下同文。

 そして、最後に飛び降りた人影が、地面に綺麗に着地すると、すっくと立ち上がった。


「ガクセイファイブ・ブルー」




「「「「ガクセイファイブ、只今参上!!」」」」




「みんなぁ!」

「まったく、どーしよーもないリーダーだなー」


 グリーンが、やれやれ、といったように呟く。


「ご、ごめんみんな…」

「まぁ、過ぎたことを言っても仕方がない。しかしまさか…」


 ブルーが、ちらりと目の前の偽レッドを見やる。


「偽レッドの正体が、レッドの兄貴だったとはな」


 そこから聞いてたのか…。


「ふん。五人がかりで挑まなければ、一人にも勝てないのか…」


 偽レッドが頭を横に振る。


「違うっ! 俺たちの絆は、誰にも負けない!」

「どんなに強い相手だろうが、俺たちの敵じゃない!」

「俺たちは…五人揃ってガクセイファイブなんだっ!!」


 隣からシャドウが憎々しげに声をあげた。


「む~~っ! ガクセイファイブめ、言うではないかっ…」

「そうなのか?」


 適当に答えておいたが、シャドウは気にしていないようだった。


「いいだろう、来い。…レッド」

「望むところだっ!! くらえっ! レッド・パーーンチ!」

「ブルー・インパクト!!」

「行くぜ二人ともっ! ガクセイファイブ・ビッグ・ハリケーン!!」


 全員分の攻撃を受ける偽レッド。立っているところからは噴煙があがり、その姿は見えなくなった。


「やったか!?」

「いや…まだだ!」

「…どうした、お前たちのいう絆とはこんなものか?」


 噴煙の中から、赤い手袋が姿を現した。


「何!?」

「レッド・クリムゾン…!!」


 赤い色の衝撃波のようなものが、ガクセイファイブを一気に吹き飛ばす。


「ぐっ!」

「うわぁっ!?」


 そのままどさどさと地面にたたきつけられた五人が、苦しそうにお互いを見やる。


「くっ…みんな、大丈夫か!?」

「ああ、なんとかな…」

「くっそーっ、負けるもんかっ!」


 煙の中から出てきた偽レッドは、傷一つ負っていないようだった。そして、ヘルメットから伸びたヘッドマイクのようなものを持つ。


「お前たち。加勢しろ」

「了解した」


 俺の目の前にいた偽ブルーがそれに従い、レッドのもとへと赴く。それを見ると、何故か隣にいたシャドウが叫んだ。


「あ! 逃げるのかブルー!」

「レッドに従うのが我々の仕事だ」


 向こうの方でも、イエローたちがレッドのもとへと集おうとしていた。


「ふん、お前たちとの勝負はまたお預けか」

「そっちから勝負を吹っかけておいて、逃げるのか!?」

「残念ながら、お前たちよりレッドの方が優先順位が高いんでね」

「何!?」

「もう私帰っていいか?」

「ダメだ!!」

「むぅ。科学とともに歩むべき青少年よ、キミも行くのか!?」

「…ああ」

「ならば仕方ない。だが、我らは待っているぞ! キミがガクセイファイブからこちらへ来る時は、いつでも歓迎しよう!」

「…そう。ありがとう」


 四人が方々から偽レッドのもとへ集まってくると、まったく同じ二組が相対することになった。


「お前たちが、兄さんの…」


 レッドが目を見張る。


「そうといえばそうだ。このまま潰れるが良いよ、…ガクセイファイブ」


 偽ブルーが構えた。


「俺たちは…絶対に負けない!」

「いくぞみんなッ!!」






「「「「「ガクセイファイブ・ファイナルアタック」」」」」

「「「「「ガクセイファイブ・ファイナルアターーーーック!!!」」」」」






 同時に爆発が起こったのはたぶん気のせいだろう。ついでに物凄い光が発せられたのもたぶん気のせいだ。目は瞑ったが。

 誰もが目を腕で覆い、やがて光が収束したころには、噴煙があがっていた。

 そしてその煙が落ち着いてきたころ、煙の中に立っているのは、お互い赤い服に身を包んだ二人だけだった。学生服の上着は吹っ飛んだのだろうか。普通ありえないだろう、というのは野暮か。


「…レッド」


 偽レッドがにやりと笑った。


「くっ…みんな、どこだ? 大丈夫か!?」

「…最後に残ったのは結局、俺とおまえだけのようだ…」

「…みたいだな、兄さん…!」

「どうする…? まだ続けるのか?」

「まだだ! まだいける!」


 偽レッドの顔がますます歪んだ。


「そうか。ならば容赦はしない…。…レッド・クリムゾン…!」

「いくぜっ! レッド・パーンチ!!」


 赤い爆発が起こり、同時に赤い光が放たれたように見えたのはたぶん気のせいだ。

 しかし、もう一度目を腕で覆う羽目になった。


「なんだ! 何が起こった!?」


 シャドウが隣で叫ぶ。そんなことこっちが聞きたい。

 しばらくして光が収まった後には、先ほどと同じく噴煙があがっていた。さっきと違うのは、その煙が赤い色をしていた、というだけだ。噴煙というより霧といった方が近いような気もするが…とにかく視界は遮られたままだった。


「どっちだ!」

「どっちが勝った!?」


 人々の群れがわめきたてながら、勝利を手にした人物を見ようと身を乗り出す。

 その噴煙の向こう側で、人影が露わになると、おおっ、というどよめきが起こった。


「ど、どっちのレッドだ…!?」

「ま、まさか偽物の方の…」

「煙が晴れるぞ!」


 煙がだんだんと晴れた後には、赤い服を着た誰かが立っていた。


「終わった…のか?」


 そのレッドが放心したような声で言った。

 恐ろしいほどの沈黙がおりたのちに、突然人々の群れから歓声が沸き起こった。


「よっしゃあああああーーー!!」

「よくやったぞガクセイファイブーー!!」


 終わった。

 ようやく終わったのだ。


「レッドー!」

「よくやったぞー!」


 野次馬の皆様からも声があがり、レッドは照れくさそうに片手を振っていた。

 俺は目をそらし、下を向いてため息をついた。


「…終わった…」


 ふら、と不意に誰かが現れる。

 俺が声の方向を見ると、見なれた黒いコートが目に入った。


「椎名さん!」


 彼女にしては珍しく、疲れきったような表情で人々の群れから出てきた。

 椎名さんは俺を見ると、サングラスを外して額に手を当てながら言った。


「土田じゃないか。なんでここに?」

「いやまぁ…お疲れ様です」


 俺は労いの言葉をかける。椎名さんならなんとなく察してくれるだろう。予想通り、椎名さんは「ああ」と納得したように少し頷いた後、サングラスをコートの内ポケットへと入れ込んだ。

 ともかくその時の俺と椎名さんは、その場にいる全員とはまったく違った意味で感動していた。これで全部が終わる、そう思った。

 そして実際、とにもかくにも――とりあえず全部終わったみたいだ。

 俺は頭を横に振って、ため息をひとつついた。


「こうして尾長町の平和は守られた。

 どんな困難があろうと、キミたちは決して負けない!


 そこに悪がある限り、君たちは戦い続ける!!

 ありがとう、学ラン戦隊ガクセイファイブ!

 負けるな、学ラン戦隊ガクセイファイブ!


 今日のご飯はカレーライスだーー!!」


 メガネの人が歩み出て、ナレーションを読み上げた。


「…あの人誰なんだろうな」と、俺。

「ナレーターだろう?」と、シャドウ。


 椎名さんはただ、頭を横に振っただけだった。

 とにかく、これでしばらくは静かになるだろう。

 群れの中から、不意に声があがる。


「あれ、ガクセイファイブはどうしたんだ?」

「どこにもいないぞ?」

「悪を倒し、自らの汚名を晴らして去っていく、か…」

「まさに、正義の味方の鑑だ……感動だぁー!」

「…そうかぁ?」

「そうだとも! お前たちみたいな悪の手先にはわからんだろうがなぁ!」


 …うん、とにかく静かにはなるだろう。

 直後に、烈土が今にも抱きつかんばかりの勢いで俺に突進してきたことを除けば。


「マサヒロぉぉぉーーーー!!!」

「うわっ!?」

「ありがとう!! ほんっとありがとう!! これでガクセイファイブの汚名は晴れた!!」


 速攻で肩を掴まれ、がくがくと前後に揺らされる。


「ちょ、ちょっと放し…」

「これでっ、これでっ…!」


 だんだんと揺れが少なくなっていった。

 そして、疲れきったかのように息を吐く。


「す、すまん。今までその――」

「走ってきた?」

「そう! 走ってきたんだ!」


 なんだかすっかりフォローの入れ方が速くなっている、と自分で気がついた時には、もう落ち込むとかどうとかより、もうどうでもいいや、という気持の方が強くなっていた。

 烈土は烈土で、疲れ切りながらも感動していた。


「いやー、俺も見たかったなー、ガクセイファイブー!」

「そ…そうか…」


 一応それだけ返しておく。これ以上何か言ってもたぶん何もならないだろう。

 俺が安心しきったところで、誰かが呟いた。


「ところで、プレートはどうなったんだ?」


 プレートってなんだ、と思う間もなく、俺は少し前のことを思い出していた。


「そうだ! 花千のプレート!」

「あれさえあれば、おれたちだって…!」


 とたんにざわざわとしはじめる。

 これはまずい状況かもしれない。


「ちょっと待てお前ら! この混乱に乗じて、尾長町を征服するつもりか!

「そうはさせないわよ!」

「ええい、黙れ黙れ! こうなった以上、早い者勝ちだ!」

「プレートはどこだー!」

「プレートをよこせえー!」


 先ほどまで一緒に団結していた人々が見事に二手に分かれ始めた。どういう風に分かれたのかは考えるまでもない。


「あったぞ、ここだ!」

「俺によこせ!」

「待てお前ら! そんなことはさせんぞ!」

「いや、頑張ったのはうちだろう!」

「それは店長さんに返すべきものよ!」


 さっきまでの団結が嘘のようだ。プレートが上に放り投げられ、手を伸ばした人々の上を滑るように渡っていく。むしろ、手を伸ばした拍子にプレートにぶつかり、更に別のところに放り投げられる、を何回も繰り返しているようだ。


「あ、あいつら、なんてことを!」


 烈土が叫んだが、走っていく気力はさすがに無いようだった。


「貴様ら! それ以上飛ばすんじゃない!」

「あんなちっちゃいものどうしろっていうんだー!」


 最終的に、勢いよく人々の群の中を飛び出し、そのまま…。


「あーーっ!!」


 何人かの声が重なった。何人分なのかは見分け…というか聞きわけがつかなかった。

 小さいから聞こえるはずもないのだが、その時はなぜか、かつん、という音がした気がした。そしてそれを、目の前にいた人物がそっと拾う。

 そして、手の中のそれを見つめたのは――魔王シャドウだった。

 そのシャドウを、固唾をのんで見つめるバッドカンパニーのメンバーたち。

 沈黙がその場を支配していた。


「…ふ。ふふふふふ…!」


 不意に、シャドウの口から笑い声が漏れた。片手に持ったプレートを、よく見えるように天に掲げる。




「これで私が――この魔王シャドウこそが、尾長町の、征服を完了…!!」




 感極まったような声で、シャドウがプレートをさらに高く掲げる。それと同時にプレートがびかーっと銀色に光ったような気がするが、たぶん太陽にあたったからとかそういう理由だろう。気の所為だ。もうそろそろ夕方だけど。


「な、なんてことだ…!?」

「クソッ、尾長町がこうも易々と…!?」


 ざわざわした声が、さらに大きくなる。


「さぁ! ここには尾長町の住人も証人としている、偽レッドもそう証言したな!?」


 誰もその言葉に異論を唱えられない。


「こうなった以上――すべての正義を掲げる馬鹿どもなど関係ない! 私がこの尾長町の征服を完了したのだ!!」

「くっ…!!」


 皆が皆、悔しそうな顔で一歩距離を置く。


「…どうすんだアレ」


 椎名さんはそう言ったが、その言葉の裏側には、もうなんでもいいや、というような気配が漂っていた。


「お、おい、どうするんだマサヒロ!?」

「さぁ…」

「さぁ、って、魔王シャドウはお前がなんとかしないとだろー!?」


 俺は何も答えずに、ただシャドウの方を見た。


「さて、まずはどうするか…。こうも簡単に尾長町が手に入ったのだ、次はもちろんこの国、ひいてはこの世界を手に入れ」

「隙ありー!!」

「みぎゃー!?」


 シャドウの手を掠めるように、自転車の車輪が飛んで行った。見事にプレートだけに直撃し、衝撃でプレートが吹っ飛ぶ。

 プレートが放物線を描くのを見る前に、全員の視線が車輪を飛ばした張本人にそそがれた。


「な、なななな何をするチャリケッタキラー!?」


 半泣きで手をおさえながらも、シャドウはその人物へと叫んだ。そこには、力強く人差し指を突き出したままのチャリ(略)がいた。


「まだ終わってはおらんぞ魔王シャドウ……何故、一番頑張った俺様を抜きに――いや私を抜きに争奪戦をしているのだ! 尾長町は、この私がもらう!!」

「何言ってんだチャリケッタキラー!」


 その言葉で吹っ切れたのか、今度は群れの中から野次が飛んだ。


「怪我人は病院に帰れ! 尾長町は俺たちがもらってやるから!」

「こうなったら、とことんやってやる!」

「我々だってちょっと頑張ったんだから隅っこぐらいは征服させろー!」

「黙れ! うちの方が敵を多く倒しただろうが!」

「世界征服の第一歩を踏み出すために、尾長町を征服するのは、私たちだー!!」


 わいわいがやがやと群れをなす悪の組織たち。全面抗争の勢いだ。あるいはこれは、バトル・ロワイヤルの状況なのだろう。自分の組織以外はすべて敵、というやつだ。


「奴らにプレートを渡すなー!」

「なんとしてでも食い止めるんだー!」

「尾長町征服なんて、絶対にさせないんだからー!」


 それを何とかするために、正義の味方的な人々がそれを取り囲んでプレートを奪おうとする。

 そして俺は――そんな騒ぎをよそに、手の中にすっぽりと収まったプレートを見つめた。

 椎名さんも、俺の手の中のそれをヒクついた顔で見つめていた。

 烈土は、なんともいえないような表情で見つめていた。


「なんでこっちに来るかな…」


 元・連合軍の群れは、群れの中の誰かがプレートを持っていると思い込んでいるようだ。もうとっくに群れの中を離れて、こんなところにあるとは思いもよらないらしい。


「そうだ! 花千の店長は?」


 椎名さんが急に思いついたように、どこかを見た。

 店長――そうだ、花千の店長。あの人に返せばすべて丸く収まる。


「そうだった。あの人のネームプレートなんだっけ。あの人に返せばいいんですね?」

「おそらくな」


 椎名さんが頷く。


「わかりました。…俺が返しに行ってきます」


 俺の手元に来ちゃったし、椎名さんと烈土はこんな状態なんだからしょうがない。


「まさか、最後の最後にマサヒロが尾長町を救うことになるなんてな…」


 感慨深げに烈土が呟く。


「いや、違うから。俺、返しに行くだけだし」


 そこのところははっきりさせなければならない。大体、なんでこんな小さなネームプレートに尾長町のすべてがかかっているのか、そこのところがよくわからない。これが店長のところにあるのと、悪の組織のところにあるのとで、どうして意味が違ってくるんだ?


「悪いな、土田」


 椎名さんが、すまなそうな顔をした。


「いえ。できるだけ目立たないようにいきます」

「がんばれよー!」


 烈土の声援を受けながら、俺は店長を探しながら走り始めた。


「そういえば椎名さん、なんでここに?」

「…そういうお前はどうしているんだ、赤野」

「え!? い、いやそれはそのー…れ、レッドを見に?」


 とにかくプレートは小さいが目立つから、片手ごとジャケットのポケットにしまっておいた。

 それにしても、これだけの人数から一人を見つけるなんてできるんだろうか。

 群れから飛んでくる飛来物を避けながら、見たことのある店長の顔を探す。立ち止まっている間に首を横に傾けると、空いた空間を大根が飛んでいった。そんな馬鹿なことが実際起こると突っ込む気にもなれない。

 さすがにその群れの中を突っ切って店に近づくのは勇気が要ったが、そんなことを言っている場合ではない。


「店長さん!」


 その声に、何人が気づいただろうか。


「なんでもいいから早く受け取ってください!」


 その時の俺はかなり必死だったのだろう。押しつけるようにプレートを店長に渡すと、一気に肩を落とした。

 もう、息も絶え絶えだった。

 それから疲れきっている俺を、店長はしばらく見つめていたようだったが、俺がようやく顔をあげた頃に、口を開いた。


「もう終わってしまったんだね」


 にこり、と店長が笑う。


「え?」

「いや、なんでもない」


 俺が店長を見上げると、店長は意味ありげな笑い顔を浮かべていた。俺のぽかんとした顔があまりにも間抜けだったのか、店長は少し笑ってから続けた。


「いやぁ、あそこに置いたままにしておけば、ちょっと楽しいことになるかなと思ってたんだがね」

「……え?」


 にこにこと笑う店長さんは、そう言いながらプレートを自分の胸につけた。


「実際、楽しいことにはなっただろう。ほら」

「俺としては全然楽しくなかったんですが…」

「あっはっは!」


 正直な俺の意見を無視して、店長さんは豪快に笑った。

 …ひょっとして、一番の悪人なのは、この店長なんじゃないか?

 俺はそんな思いに駆られたが、その心中を知ってか知らずか、店長さんは気にもせずにパンパンと両手を叩いた。


「さぁキミたち、プレートはすでに私のところに帰ってきた。もうここで騒いでも何もないよ」


 鶴の一声――まさにその言葉が相応しい。

 騒いでいた面々はすべて静まり返り、一斉にすべての眼が店長にそそがれた。

 ショックを受けるバッドカンパニーのメンバーたち。

 ほっとしたような表情になる正義の味方たち。

 反応は様々だったが、一応は収まったようだ。


「だ、だがまだ望みはある!」

「往生際の悪いやつだな、いっそ直接相手になってやろうか?」

「くっ…!」


 いろいろなところから、会話のようなものが聞こえてくる。


「お前もまだやろうってのか?」

「…いや。これ以上は消耗が激しい。帰るとしよう」

「クッ…覚えておれ、いずれ我らが世界を征服するのだ…!」

「二度と来るなー!」


 どういう会話なんだ、と思うが、終わったんだからそれでいいとは思う。

 群れの中から人々が少しずつどこかへと消えていく中、見覚えのあるコスチュームがこっちに向かってくるのが見えた。


「お、おのれぇー…!!」


 戻ってきた魔王シャドウは復讐の炎に燃えていた。


「…お帰り」

「お帰り、ではないっ!! 一体誰なのだ、店長にプレートを返した愚か者は!?」


 それは一生言わないでおこう、と俺は胸に誓った。


「いやまぁ…残念だったな」

「ええい、こうなったら貴様を倒すのみだ、土田マサヒローー!!」


 その復讐のイライラをこっちに向けられても困る。


「おのれ椎名!! お前さえ来ていれば尾長町が征服できたかもしれんものを…!!」


 振り向くと、椎名さんは椎名さんで、向こうの方でチャリ(略)に絡まれて大変だった。


「悪い烈土、また明日学校でな」

「ああ。がんばれよ!」

「ああ。…ん? うん」


 いまいち真意のはっきりしない応援を受けると、俺は返事に少し困った。それから半泣きになりながら、シャドウバイクで追いかけてくる魔王シャドウから逃げる為に、そこから自転車に乗って走りだした。


 次の日、俺は学校に着くと、研究室のある棟に向かっていた。

 また朝っぱらから姉さんに湯呑の中に味噌汁を入れられそうになったが、ドクターからの電話を受け取ると、それもそこそこにどこかへ出かけてしまった。なんでも、団員が増えることが確定しそうなのだという。俺もそれ以上突っ込んで聞くのはやめておいた。

 研究棟に着くと、中に入って、絨毯の敷かれた廊下を歩く。足音をたてないようにという配慮なのだが、目的の部屋は大体賑やかだ。生徒がたまに出入りする、という意味でもあるが、主に全然関係ない人のせいでもある。

 扉の前に立つと、コンコン、とドアを叩く。

 すぐに、開いてるから入れ、と声がして、俺はドアを開けた。

 椎名さんが顔をあげて、俺の姿を見ると少し苦笑した。

 仕事中だったのにもかかわらず、椎名さんはお茶を出してくれた。ペットボトルだけどな、と言われたが俺は構わない。

 それから、椎名さんは机の隅にあった新聞をとり、こう言った。


「そういえばお前、新聞読んだか?」

「いえ、今日のはまだ…」

「このあたりなんだがな、読んでみろ」


 俺は、椎名さんが見せてくれた紙面の内容を読み上げた。

 もうわかりきっていたが、一応読んだ。


「『一週間に渡ってお送りしてきた”伯爵”の特集も今回で最後となる。最終日の今日は、まずはもう一度伯爵について振り返ってみよう。写真や目撃情報、警察の発表によると』…」

「…すまん間違えた。こっちだ」


 自分で持って見た方が早いのかもしれない。椎名さんもそう思ったのか、ある記事を指さしながら、新聞をこっちへ寄越した。

 もう間違えたところを示されるのも最後かもしれない。


「…でしょうね。『ガクセイファイブ事件、収束へ』…?」


 新聞を受取りながら、大きく書かれた見出しの文字を読み上げる。


「『ここ二週間ほど伝えてきたガクセイファイブ事件がついに収束に向かった。まずはガクセイファイブに対する謝罪と、ありがとうを伝えなければなるまい。尾長町を騒がせた犯人である「偽ファイブ」だが、本物のガクセイファイブがきっちりとケリをつけた形となった。全ての占領地は解放され、尾長町にもまた平穏が訪れたといえよう』…」


 そこまで読んで、俺は頭を横に振った。


「なんとも言い難いだろう」

「…そうですね」


 一応隅々まで読んだが、俺についての記事はなかった。安堵以外のなにものでもない。


「これで一安心だな、お前も」

「ええ、まぁ」

「…これで私も「何故お前が司令官なんだ!?」と詰め寄られずに済むようになるしな」

「……本当に、御苦労さまです」


 頭が下がる思いだ。

 実際、頭を下げた。

 頭を下げたとたん、ガラッと窓が開いた。


「その通りだ、椎名!! この際はっきりさせてやる! 俺と勝負しろぉっ!!」

「ええい、いちいち窓から入ってくるんじゃない!!」


 佐伯さん――が、窓に足をかけて椎名さんをビシィと指さした。

 いい加減慣れてはいたが、いきなりだったので驚いてあっけにとられてしまった。椎名さんに「何とかするから早く行け」と身振り手振りで促され、俺はもう一度礼をして研究室を出ると、急いで廊下を走りぬけて外に出た。


 大学の中は、すっかりいつも通りだった。まだ授業中だからか、人どおりもまばらだ。俺は道を歩きながら、これからどうしようか考えた。

 日差しは明るいし、季節柄もちょうどいい気候だ。

 本当に、いつも通りだった。とにかく尾長町の平和は守られたし、いつもの日常に戻った。そういうことだ。

 今日もまた平和な一日が始まるのだろう。


「土田マサヒロ、覚悟ーーッッ!!」


 たとえ、幼い頃の夢をそのまま実現し、魔王シャドウと名乗るようになった幼馴染が、なぜか俺を敵視して、俺の名前を大声で叫びながら、シャドウフックとかいう変な杖を持ちながら襲ってきたとしても。


「マサヒローー!! 今日の新聞見たかッ!? なぁ!!」


 赤いジャケットをばっちり着こなした、自称・赤に対する情熱を忘れない大学の友人が、その邪魔(?)をしつつ、嬉々として俺にガクセイファイブの記事の書いてある新聞を突き付けてきたとしても。


 いつだって、俺の日常は平和そのものなのだ。

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