-Extra battle4-

 正直、戦いたくないからここに来たのに、いったいどういうことなんだろう。俺の間の悪さはどれだけ悪いのか、神でも仏でもいいから問い詰めてみたい。


「そういうわけだ。隣いいか?」


 俺たちの返答は聞いていないらしい。彼等は勝手に隣に座りこもうとした。


「ちょっと待て! 私は許可したわけではないぞ!」

「なぁ魔王シャドウ、お前にまつわるいい情報が入ってきたんだが…」


 言われたとたん、咲は口を噤んだ。悔しそうというか、泣きそうな表情で偽ブルーをにらみ、窓際へと少し席を空けて縮こまった。


「ううぅ…なんなんだ貴様ら…私の古傷を抉りおって…」

「それでいい。俺たちは今この場でやりあいたいわけじゃない。…面白い話を持ってきたのだよ」

「お前なら、おれたちが何者かわかるだろう?」

「……ガクセイファイブ?」

「そうだ。よくわかっているじゃないか」

「ガクセイファイブだと!?」


 咲が驚いたように二人をまじまじと見た。


「意外か?」

「はぁ…なんでしょう?」


 俺は諦めて、生返事を返した。


「なんだ。まさか土田マサヒロを引き抜きに来たとかいうわけでもあるまい…」


 咲がふてくされたような表情のまま言う。


「いやいや。もっと面白いことだ。単刀直入に言うと…」

「言うと?」

「俺たちは三日後、この店を、占領する」

「な!?」


 咲が素っ頓狂な声をあげた。


「き、貴様ら…!」

「三日後といったら木曜日だな、午後三時からだ」


 俺は三人を見回した。

 偽イエローはどことなくどうでもいいというように足を組んでいる。偽ブルーは表情を崩さずにいる。咲は、ふるふると肩を震わせていた。


「貴様ら…それがどんなことだかわかっているのか…!?」

「わかって言っているのだ。他に他意はない」


 緊迫した空気があたりを支配した…はずなのだが。


「…盛り上がってるところ悪いんだが…」


 俺は声をあげた。三人分の眼が全部こちらを向く前に、咲に胸倉を掴まれた。


「貴様、これが盛り上がってるように見えるのかー!?」

「わかった訂正するから! 緊迫しているところ悪いんだけど!」

「なんだ」

「何が何だかさっぱりわからないんだが」


 何が問題なのかさっぱりわからない。


「…貴様、私がさっきあれだけ講義してやったのに、聞いてなかったのか!?」

「さっきの講義…」


 俺は記憶の中から咲の講義内容を引っ張りだす。


「花千がどうとかいってたあれか?」

「それだ! ここさえ乗っ取れば確かに尾長町は手に入ったも同然! しかし、尾長町の住民を納得させないでの征服に、何の意味がある! それゆえ…」


 咲は二人をキッと睨む。


「花千を乗っ取るなど、悪の組織の風上にもおけん!!」


 そして、偽ブルーをビシッと指さした。

 しかし、そうされても偽ブルーはまったく動じなかった。むしろ、その手をやんわりとよけると、また手を組んでゆったりと落ち着き払っていた。


「なんとでも言うがいいよ、魔王シャドウ」

「むむむ…!!」


 咲が悔しそうに偽ブルーをにらんだ。


「それに、そのあたりは考えてある。じっくりと我々が花千を、いや尾長町を征服するのを見ているがいい」

「むぐぐぐ…!!」


 これ以上この二人に話させても埒が明かない。俺は口を挟んだ。


「で、なんでそれを俺に言うんですか?」

「なに、正義にかかわるものに予告した方が少しは楽しくなるだろう。それに…」

「それに?」

「…いや、なんでもない。気にするな」

「そうですか? ところで俺がヒーロー扱いされてるあたりは完全否定したいんですが」

「別に隠しても無駄なんじゃないか、マサヒロ」

「いや隠してないから」


 むしろ俺はヒーローじゃないと何度も言っている。


「ふむ。…まぁいい」


 偽ブルーはそう言うと、立ち上がった。


「話はそれだけだ。…ではな。時間をとらせた。行くぞ、イエロー」

「はいはい」


 偽イエローも同じく立ち上がる。


「あっ、ちょっと待て!」

「三日後。…また会おう」


 そう言うと、偽ブルーと偽イエローはさっさと行ってしまった。店員が去っていく彼らを見つけ、「ありがとうございましたー」と声をかける。もうこれ以上何か聞くのは無理だろう。

 俺はため息をひとつつくと、咲に向きなおった。


「ん?」


 気がつくと、咲の目がじとっと俺を見つめていた。


「…なんだよ?」

「…お前…、本当にガクセイファイブと知り合いじゃないのか?」

「烈土なら知り合いだけど」

「赤野烈土のことか? 確かに奴は赤いが、ガクセイファイブのレッドとは無関係だろう。そんな冗談を言ってる場合ではない!」


 ばん、と両拳でテーブルを叩く。がちゃん、とテーブルに乗った水のコップが音をたてた。


「わかったって、ガクセイファイブとは知り合いじゃないから! 話したことないし。確かにこの間、チャリ(略)と戦ったのは見たけど」


 まだ疑わしそうな目を向ける咲。


「本当か?」

「本当だ」

「本当に本当か?」

「それ以上はやめておかないか」


 おそらく不毛な言い争いになることは目に見えている。


「何を言ってるんだ、お前は?」

「とにかく、ここで嘘ついてもしょうがないだろ」

「むむむ…まぁいい。信じておいてやろう。どちらにしろ、今度も来なければならないようだしな…」

「お前、来るのか?」

「当たり前だ! 花千が占領されるのをやすやすと見ていられるか! お前も来るんだろう?」

「いや、俺は…」

「とにかくだ」


 流された。

 ついでに、反対の手からピンポーン、という音がした。咲が注文用のチャイムを鳴らしたのだ。


「少々お待ちくださーい」


 片付けをしていた店員の声がする。


「まずは今日、何をするか、だ!」


 ビシッと、咲の指が俺の鼻先に突き出される。その手をやんわりとどけると、ちょうど

白いお盆を持ったにこやかな店員が現れたところだった。


「ご注文はお決まりでしょうかー?」

「この季節のセットひとつ。レモンティーで。…お前も早く頼め」

「え? あ、ああ…」


 俺はひとつため息をついて、自分の注文を伝えた。

 ちなみに咲は、一口以上は絶対にくれなかった。



 そのころ、ある暗い部屋の中で、彼は受話器を置いたところだった。


「レッド」


 彼は、背後の人間に語りかける。

 レッドと呼ばれた人物は、ただ椅子に座って足を組んだまま、目線を彼に向けただけだった。


「ブルーとイエローが、件の人物に接触したようだ。…戦闘はしていない。一週間後の作戦を伝えたようだ」

「そうか」


 レッドはそれだけ答えると、考え込むようにまた視線をそらす。

 その腹のうちを探るかのように、彼は問を口にした。


「レッド。なぜすぐに花千に手を出さないんだ?」


 またレッドの目が彼を向いた。


「戦力も、状況も、すべて整った。少し計算違いはあったが…そのせいか?」


 その場にかけた一人を、彼は思い浮かべる。グリーンの姿だ。

 レッドはしばらく黙った後、口を開いた。


「それもある。だが、直接的な原因ではない。あいつはすぐにでも再戦したいというだろうよ――イエローのように」

「じゃあ、なぜ」

「…知っているか? かつてこの町に、伝説とまで言われた正義の味方がいた…」

「…その話は知ってる」

「それは伝説であり、最初の正義の味方であり、また…この町を救ったという偉業を成し遂げた、まさに伝説中の伝説の人物――」


 まるで芝居がかったかのように語るレッド。


「尾長町じゅうのすべての正義の味方の憧れであり、目標でもあるというその人物――」

「しかし、彼がいたのはずいぶん昔だ。もう――」

「その末裔があの花千にはいる」


 彼は目を見張った。

 伝説の正義の味方の末裔が、花千にいる?――そんな馬鹿な!


「それならばなぜ、花千は動かないんだ?」

「さてね。ただ、今は流れに任せるように動いているのは事実だ。もうその気はないのかもしれん。だが、その末裔が途中で開いた和菓子屋がやがて和洋菓子店になり、当時を知る者は、そこでは自粛するようになった」

「なるほど…花千が不可侵領域なのはそのためか?」

「まぁ、直接的な原因ではないだろう。確かにあそこのケーキはうまい」

「確かにうまい」

「洋菓子だけではない。去年の夏に出た夏の和菓子セット! 夏らしく海をイメージしたという言葉通り、青いゼリーや透明なゼリーを使ったものを並べ涼しさを表現し、特に塩を使ったものなど最高だった。少ししょっぱさを感じる味がまたいっそう夏らしさを引き立たせ、かといって甘味に塩を使うという一見不釣り合いにも見える味わいを見事に調和させていた。塩を使った甘味は多々あれど、あの見事な釣り合いは花千でしかできえないだろう」

「ああ、俺も覚えている。俺は一昨年の冬に出たクリスマスケーキのブッシュ・ド・ノエルが最高峰だと思っている。まるで本物の幹のようにも見えるが、なめらかな外側に包まれた、あのふんわりした食感。甘さは控えめだが、その代わりにほんのりと香るラム酒の香りが心憎い演出だった」

「うむ、やはり花千はいい」

「まったくだ」


 二人は、それきり黙りこんだ。各々の心に残る味わいを、深い感動とともにおもいだしているのだ。

 しばらくしてから、不意に彼はレッドの方を向いた。


「…何の話だった?」

「………」


 レッドはしばらく黙ったのち、ぽん、と手を打った。


「花千を乗っ取る話だ」

「それだ」


 彼はビシッとレッドを指さした。


「ごほん。では続きを言おう。しかし、それだけでは、花千が狙われる理由にならない。では、何をもってして、花千を征服し、尾長町を征服したといえるのか?」

「…」

「花千を狙うものすべてに共通しているのは、店長だ。店長が胸にしているネームプレート、あれを奪うことにすべてを賭けている」


 レッドのしゃべり口調は、まるで学者のようだった。彼はそんなレッドの語りを、じっと聞き入っている。


「ネームプレートを奪う――それこそが花千を奪うことなのだ。そして同時に、尾長町征服を意味する。ひいては、世界征服の第一歩となるのだ!」


 どん、とテーブルを叩く。


「ではなぜ、ネームプレートなのか」

「…」

「真実を知っている者は少ない。だが、これはまぎれもない事実だ。――あのプレートは、特殊な素材でできていて、初代が使っていたものを加工して作っているようなのだよ」

「それは、つまり…」

「つまり、伝説の英雄の所持品を奪うこと――裏側に隠された意味がそれなのだ」


 そしてレッドは、不意に視線をテーブルに落とすと、一枚の古い新聞紙に目をやった。


「お前にそれを止められるか?」


 そこには、「尾長町の新たなヒーロー、学ラン戦隊ガクセイファイブ!」と銘打たれていた。その写真に写ったレッドを見ながら、レッドは薄く笑った。


「なぁ、”レッド”…?」



 同じころ、レッドは自分の写った古い新聞を見ながらたそがれていた。たそがれていた、というのは間違いかもしれないが、感慨にふけっていたのは事実だ。

 自分の出ている記事を見るのは、ちょっと前まで嬉しかったはずなのに。レッドはいたたまれない気分になると、そっと新聞を机の中に戻した。

 と、そのとき。レッドは、突然鳴り響いたケータイの音に驚いた。


「んぎゃっ!?」

「うわ!?」


 その声に驚いたブルーが同じく悲鳴をあげる。


「どうした、レッド」


「い、いや…すまない」


 ケータイの音は三回で止まった。どうやらメールを受信したようだ。自分を現す色と同じ真赤な色をしたケータイは、閉じた状態では誰から来たのかわからない。

 イエローからだろうか…。

 情報を集めに行ったイエローと決めてかかり、ケータイを開いて決定を押すと、画面の隅のメール型のアイコンが動いた。そのままボタンを押して、メールを確認する。

 画面には、「土田マサヒロ」と名前が出ていた。仮の姿をしている時の友人だ。

 ふぅ、とため息が出た。張りつめた状態から一気に安心する。同時に、情報ではなかったという落胆も少しだけあった。

 ブルーも同じことを思ったのだろう。少し緊張した面持ちで、レッドを見つめていた。


「イエローか?」

「いや、…友達だよ」

「そうか」


 ブルーは少しほっとしたような、人騒がせな、とでも言いたげな微妙な表情で、また資料に目を通し始めた。

 レッドはブルーから視線を戻すと、文面を読むために決定ボタンを動かした。この間チャリケッタキラーの一件もあるから、なんとも言えないな、と思いながらも、気楽な気持ちで文面を見つめる。

 しかし、約一秒後に、それが間違いだったと知ることになった。


「なっ…!!!」


 声にならない叫び声と同時に、椅子から立ち上がる。背後で、ばたーんと椅子が倒れた。


「どうした、レッド?」

「大変だ――大変なんだ!」

「落ち着けよ、誰からなんだ?」

「いや……その」


 レッドは少し戸惑ってから、ようやくケータイの内容を見せることができた。


「こ、これは…!? 本当なのか…!?」

「わからない、わからないけど…」

「なんなんだ、これは…!? 悪い冗談だよな?」

「あいつは嘘言ってくるようなやつじゃないけど…」


 そう言って、レッドは血の気の引いた顔で、ゆっくりと椅子を立て直す。


「…どうするんだ」

「とにかく、もう少し聞いてみる――学校に行ってからでもいいけど…」

「そうだな、メールじゃ聞けることに限りがあるから、実際会ってみた方がいいかもしれない」


 そこで、会話は途切れた。


「とにかく、グリーンたちを呼んでくる。それから、イエローが帰ってくるのを待とう。それで出方を決めるんだ」


 ブルーはレッドの姿を一瞥すると、この熱血で暴走しやすいリーダーがすぐにでも出ていかないことを確かめてから部屋を出た。

 一人取り残されたレッドは、なんともいえない気分になっていた。今の心境としては、今すぐにでも偽物のガクセイファイブを探しに行きたかった。そして花千が乗っ取られてしまうその前に、偽物一泡吹かせてやりたかった。

 そして、俺たちこそが本物のガクセイファイブだと声を大にして、今までの悪評を取り払いたかったのだ。

 だが、動けない。

 それが腹立たしかった。


「…俺は…っ」


 レッドは拳を握った。そして、またケータイの中で光っている文字を見つめた。隅から隅まで文字を見返すが、どう見ても同じことしか書かれていなかった。


『ブルーとイエローに遭遇した。今週の木曜に花千を征服するとかいう話を聞かされた。なんで俺に言ったのかはよくわからないけど。』


 …そう、書かれていたのだった。



 それを書いた張本人である俺は、今日の夕刊を隅にどけると、二人分の食器をテーブルの上に並べた。

 キッチンからはじゅうじゅうという肉の焼ける音と、調理用具を動かす音が聞こえてくる。特になんともない、夕食を作る風景だ。ただしその中に、異様な歌が混じっているのをのぞけば。


「はんばっあぐ~、はんばっあぐ~、今日のごはんははんばっあぐ~…」

「姉さん、そんな嬉しそうな歌を暗い声で歌わないでくれ」


 かれこれ一時間ほど、姉さんはそんな歌を歌いながらキッチンに立っているのだった。子供が嬉しそうに高い声で歌うならともかく、いい年した姉さんがキッチンで1オクターブ低い声で歌っているのは、なかなかにシュールだ。

 焼き上がったハンバーグを盛りつけながら、姉さんは更に歌う。


「はんばっあぐ~、はんばっあぐ~、みんな大好きはんばっあぐ~…」

「それはもうわかったから。大体なんなんだ? その歌」

「ハンバーグ大好きの歌。作詞作曲、土田ミヤコ」

「…まじめにこたえられても困るんだけど」

「何よ、聞いたくせにー」


 姉さんはそう言いながら、メソメソとわざとらしく手で顔を覆う。


「いいわよね…花千でケーキ。おねーちゃんも食べたかった。食べたかったのに」

「それは悪かったって。今度買ってくるから」

「ちゃんと自腹よ」

「わかったから」

「二つだからね。今日の分と」


 しっかりしている。

 あのあと、咲はぶちぶちと文句を言いながら(主にガクセイファイブに対して)しっかりと季節のケーキを食べきった。というよりも、栗を使ったマロンケーキだったのだが、その栗が今まで食べたこともないようなものだったらしく、食べた瞬間に文句が止まった。

 感想を聞いたところ、普通、栗と言ったら少し固めの食感を想像するが、まったくそんなことはない、とのことだった。なんでも、普通の栗とは違って、同じ栗なのに、その辺で売っている甘栗とはまったく違う食感を持っているらしかった。やわらかく風味豊かで、固いその辺の栗とは全然違う、上に二つしか乗っていないことが惜しまれる、といいつつ二つとも食べていた。

 俺にはケーキ部分を少ししかくれなかったわりに、俺の食べていたミルククレープは、ざっくりともっていった。

 何層ものクレープ生地にミルククリームをはさみ込んだケーキは、俺の定番ケーキといっても過言ではない。特にこれといった飾りはないが、そのシンプルさが逆に好きなのだ。


「あっ、でも種類は別にしてね」

「はいはい。…ところで、父さんと母さんは?」

「今日は遅くなるって。あとであっためるのもなんだし、二人で食べてきたらって言ったんだけど」

「そう。…じゃあ、出さなくていいか」


 出そうとした茶碗を引っ込める。


「だってそのために二人分しか作らなかったんだもの」

「そういうことは早く言ってくれる?」


 炊飯器を開けてご飯を茶碗につけながら言う。その間に姉さんは、盛りつけの終わったハンバーグを持って行った。

 俺がお茶とご飯を持って行った時には、姉さんは既にテレビを見ていた。テレビの中では、お笑い芸人とタレントたちが、湯気の出た、フルーツのトッピングのされた緑色のパスタを見て驚いていた。姉さん曰く、「夕飯時はバラエティ」なのだそうだ。


「こういう番組だと毎回出るわよねー、ここ」


 俺が食べ始めても、姉さんはしばらく番組を見ていた。文句にも似たようなことを言っているくせに毎回見ているのだ。なんでも、ニュースは新聞でも緊急時のやつでもいつでも見れるから、夕飯時くらいはバラエティを見るのだそうだ。…お昼に見ているというウキウキウオッチングはバラエティではないのだろうかという問いは、たぶん愚問だ。

 しかし、しばらくすると姉さんは目を逸らして、不意に俺の方を見た。


「そういえば、どうだったの?」

「何が?」

「ガクセイファイブ」


 今度こそ朝のように何も吹き出さなかったが、代わりになんと答えればいいのか迷った。


「さぁ。…なんか花千を征服するとか言ってたけど」


 がちゃん、と食器の音がした。

 俺が姉さんを見ると、姉さんの手から落ち、皿にぶつかったフォークがテーブルの上で転がっていた。


「…ほんとに?」


 姉さんの顔つきは真剣そのものだった。その時にふと、反応は違えど、姉さんも同じ人種なのだということにハタと気がついた。


「いつ?」

「木曜の午後三時」

「そう。ありがとう。…あとでドクターに連絡しないと」

「連絡って?」

「そうよ。ドクターと私はお互いに小型通信対話機の登録ナンバーをしっているもの」

「ケータイの番号知ってるって言えばいいのに」

「ロマンの問題よ。科学的な感じで」


 どっちかっていうとSFじゃないのか? 俺はその言葉をぐっと飲み込んだ。


「あ、ところで」

「なに?」

「オススメのケーキ、なんか見てきた?」


 話題が全然変わってしまった。いきなりすぎるが、俺はちょっと考えてから答えた。


「そうだな…季節のケーキがあったけど。栗のやつ」

「それはさっき聞いたわ。他には?」

「…俺、いつも食べるの決まってるんだけど」

「ダメよ、ダメだわ、そんなんじゃ。こだわりは確かに大事よ。だけれど、スーパーやコンビニのお菓子売り場で、「季節限定」の四文字熟語を見た時のあの言い知れないときめきのようなものを感じたことはないの?」

「気にはなるけど、そんな力を入れて言われても」


 そもそも、「季節限定」は四文字熟語なのか?


「あ、そうそう。お菓子といえば、私はたけのこ派よ」

「何の話?」

「きのこ派もいるっていう話よ。マサヒロは?」

「え? …特に意識したことは…」

「じゃあマサヒロも今日からたけのこ派ね。これからはお菓子を買う時は迷わずたけのこを買うように」

「それはいいけど、季節限定の話はどうなったんだ?」


 俺が聞くと、そうだったそうだった、と言いながら、姉さんは頷く。


「それに、花千は和洋菓子店でしょ」

「うん」

「つまり、洋菓子以外に和菓子――もあるってことよね?」


 姉さんが、テレビの画面をビシッという効果音とともに指さした。

 テレビの中では、巨大なまんじゅうに対してお笑い芸人がツッコミを入れていた。


「あの、一流の和菓子職人だけが作り出せる繊細な菓子細工…、スーパーの大量生産された粉っぽい和菓子とは比べ物にならないほどの奥深い味わい――抹茶、煎茶、緑茶、日本のお茶ととてもよくマッチするあのほろ甘い味わい。更に、季節に応じて、桜、紫陽花、楓の葉、そして雪うさぎ――その形をさまざまにかえて作り出されるその姿は――まさに日本の宝!!」

「姉さん、ハンバーグ冷めるよ」

「おっといけない。つまり私が言いたいのはね、食べるものにも季節を感じなさいってことなのよ」

「…そういう話だったっけ?」

「そうよ? だから、今度はちゃんと季節のケーキと季節の和菓子を全部買ってくること。いいわね?」

「え?」


 そういう風につながるのか?

 …やっぱりこの人は、しっかりしている。

 俺はため息をつきながら、残りの夕飯を口にした。

 その時の俺はすっかり忘れていた。烈土に偽ファイブと会ったというメールを送ったことも、あとから確認したらメールもないからってすぐにケータイを充電器にかけっぱなしにしていたこと。

 そしてすっかり忘れたまま、次の日の朝、学校に行った俺は、思いきり烈土に突き飛ばされそうになった。


「マサヒロ!!」


 俺が振り向くのと、烈土の両手が肩にかけられるのは同時だった。


「なぁ!! 昨日のメールはどういう意味なんだ!? 偽ファイブに会ったのか!? 何を話したんだ~~~!!?」

「ちょ、ちょっと待っ…!」


 興奮状態の烈土をなだめるのに、十分ほど消費した。正直、十分で済んだのが信じられないくらいだ。

 …それからのことはまぁ、いつもどおりだ。烈土に説明を求められ、説明した。そのついでに、また淡々と説明したことに文句を言われたが、いい加減俺にそういう血沸き肉踊る冒険譚のような説明を求めないでほしい。なんだかこの間も同じようなことを思った気がする。

 とにかく、その日をはじめとした三日間――妙に周りが、というか、街全体がピリピリしていたような気がする。初めは俺の気のせいかとも思ったし、俺が落ち着かないだけかと思っていたが、どうやら違うようだ。何がどうなっているのかはよくわからないが、街全体が緊張感に包まれていた。

 …なんだかひどく嫌な予感がする。今まで以上に。それと同時に、木曜日が来なければいいとさえ思ったが、時間というのは酷なものだ。時計が無くても日は昇る、と言ったのは誰だっただろうか?


 とにかく、(いろいろな意味での)運命の木曜日はやってきた。

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