-Extra battle2-

 ……居てしまった……。


「誰だ!?」


 彼は勢いよく振り向いた。

 目が合ってしまった。思わずビクッとする。


「む。貴様、少年か?」


 あっさりバレた。

 そんなに記憶に残っていただろうか、俺は。

 それとも、よく椎名さんの研究室に出入りした時に会うからだろうか。

 いや、今はそんなことはどうだっていい。


「…あー、えっと…お久しぶりです。……えーっと…」


 しかし、この状態でどう呼べばいいんだろうか。

 佐伯さん、と呼ぶのもおかしいし、かといってチャリケッタキラーさん、と呼ぶのも変だ。というよりまず、さん付けすること自体がシュールだ。


「…別に好きなように呼べばいいだろう。なんだ、ここで何をしている?」

「ああ、いえ…」

「まさか貴様まで私を倒しに…」

「違います!」


 そのあたりは全力で否定したい。

 否定はしたいが言い淀んでいると、意外にも彼の方から本題に入ってくれた。


「…私に何か用なのか?」


 おそらく、図星なのが顔に出たのだろう。

 仕方なく、俺は恐る恐る――だが、意を決して聞いてみた。


「…ちょっとお聞きしたいことがあるんですが…」

「なんだ?」

「……最近、ガクセイファイブに会いました?」


 その名前を聞いた途端に、ゴーグルの向こうの目がピクリと反応したが、意外と冷静に俺を見下ろしていた。

 直前まで予想していたような、見るからにイラつくとか激昂するとかいうことはない。


「それを聞いてどうする?」

「えーっとですね」

「説明すると長いのか?」

「…ひょっとして一言にまとめたほうがいいですか?」

「うむ」


 俺は、少しだけ考える。


「悪の偽ファイブが現れたようなので調査してくれと頼まれました」

「意外とやるな少年」

「それはどうも」


 とりあえず説明はついたようだ。こんな説明でよかったのかと言われるとよくわからないが、彼がわかったならそれでいい。というより、それ以上説明のしようがない。


「しかし、一体誰に頼まれたんだ?」

「本人かと見間違うかのような熱烈なファンに頼まれました」

「……回りくどい言い方をするな」

「…本当に間違えそうなので」

「そうか。本人からだったら今すぐ殴りに行くところだったんだがな」


 それは危なかった。

 というより、本当にガクセイファイブが嫌いなんだなこの人は…。いや、当り前か。俺がそんなことを思っていると、彼はニヤリと笑って俺を見た。


「なるほど…。ガクセイファイブが奴ららしからぬ言動を繰り返しているのは知っている。そしてそれは偽物のせいだと…そういうことだな?」

「…そんなところです」


 そんなところだと思いたい。

 そもそも、ガクセイファイブのレッドが友人の一人に似ているとか、声とかだけではなく姿かたちまでそっくりだとか、そんなことは俺は知らない。

 俺に依頼してきた友人にそっくりだなんてことはきっと気のせいだ。


「その推理が本当だとすると…間抜けだなガクセイファイブ…」


 笑いを堪え切れないのか、口元に手を当てて小さく笑う。


「ということは、最近は会ってないんですか?」

「……そうだな。そういえば最近は見ていない。ここ二、三週間ぐらいの間だが」

「最後に見たのは?」

「お前はいちいち人の傷を抉るな…」

「…すいません」

「まぁいい。確か、一か月…見なくなった直前くらいだったな」


 …この人、椎名さんが帰ってきてから勝負ばかり挑んでるような気もしてたけど…きっちり自転車も盗…いや奪っていたのか。ついでにガクセイファイブにもやられてたのか。どこで、とかはあまり考えたくない。きっとご近所のどこかだ。


「おそらく、偽ファイブがいるというなら、その間ではないのか? 少なくとも私が最後に会った時は、まだ本人たちだったようだが」

「…そうですね」

「ともかく…、む!?」


 チャリ(略)が何か言いかけて、突然彼は後ろを振り向いた。さっきまで使っていたのであろう双眼鏡を手に、駐輪場の方を覗き込んだ。


「え? どうしたんですか?」


 俺はそう聞いてみたが、チャリ(略)は、自分の口の前で人差し指を立て、シッ、と言っただけだった。そのままじっと観察するように見始める。それ以上何も聞けなくなり、仕方なく、俺も彼の横にしゃがみこんで、向こう側から見られないようにしながら覗き込んだ。


「なっ」


 思わず驚いた。

 駐輪場の周りを、数人の人々が囲んでいる。しかも一般の市民ではなさそうだ。一般の市民の皆様は、それを見ながら抗議していたが、その勢いに圧倒されているようだった。

 というより、囲んでいる人々は、誰も彼もが同じ格好でよくわからない。髪が長い人も短い人も、なるべく同じ髪型になるようにしているし、着込んでいるスーツもなんだか学生服を彷彿とさせる。しかしあまりにも同じすぎて、なんというか、どこぞの戦闘員というか、量産型というか、コピーというか、そういうものを思い起こさせる。


「くっ…あいつら、私の自転車をどうするつもりだ…!!」


 どう考えてもチャリ(略)のものではないが、きっと彼には通用しないだろう。

 彼等は手にもった杖のようなもので、一般市民の皆様を威嚇していた。そして、抵抗できないのがわかると、やがてよくとおる声で叫んだ。


「ここの自転車は、すべて我々、ガクセイファイブがいただく!」


 チャリ(略)の手元から、バキ、という音がした。怒りで双眼鏡を握りすぎたからだろう。

 俺は何も言えなくなった。ただ――ガクセイファイブったって、人数が多すぎじゃないか――そんなことを思っていると、チャリ(略)が突然、「あれは」という小さな声を出した。彼の目線を追い、向こうの方へを視線を送る。


「ガクセイファイブ?」


 確かに、ガクセイファイブと思しき二人が指揮を執っていた。見たことのある学ランに、なんというのか、レッドの色違いみたいな服装をしていた。一人は黄色で、一人は緑だ。

 とりあえず、仮の名前として偽イエローと偽グリーンにしておこう。というより、そういうほかない。別にこの間見たイエローとグリーンと明らかに顔が違うとか、もとより人物そのものが違うとか、そういうことは問題じゃない。そんなことは俺は知らない。

 彼ら二人は駐輪場へと入ると、黒服に指示して次々と自転車を持ち運ばせた。


「わ、私の買ったばかりの自転車が!」

「ふふふ…、なるほど。確かにこれは新品そのものだ。持っていけ!」

「いやーっ!」

「や、やめろっ! 俺の自転車に何をするーっ!」

「邪魔をするな!」

「ギャーッ!?」


 勇敢にも戦いを挑んだ男の人は、犬をけしかけられて追いかけられたまま、どこかへ行ってしまった。今の犬、どこから出てきたんだ。

 俺はこっそりとチャリ(略)を見上げると、彼は双眼鏡をしまいこみ、俺に言った。


「話はあとだ少年…急用ができた…」


 急用も何も、どう考えても目の前の出来事が原因だ。俺が返事をする前に、彼はガクセイファイブの前に飛び出していた。


「ちょっと待て貴様ら!! 先ほどから私の自転車を…いったいどういうつもりだ!」

「来たな、チャリケッタキラー!」


 偽グリーンが叫んだ。どうやら完全に行動を読まれていたに違いない。

 今度は偽イエローが声をあげた。


「会えて嬉しいぞ、チャリケッタキラー! 自転車を奪い続けていれば、現れると思っていた!」


 奪い続けてというか、この場所に限って言えば、先にいたのはチャリ(略)の方だ。


「その自転車は私が目をつけていたものだ! それを私の許可なく持ち去るなど、言語道断!!」


 そのセリフの「自転車」のところにもっとマシなものが入れば、サマになる会話になるのだろうか。


「残念ながらそれはできない。我々はお前と取引するために来たのだからな!」

「取引だと?」

「そうだ。我々はお前を迎えに来た。我々の仲間にするためにな」

「お前が嫌がっているというお前の上司を部下にすることも可能だ。我々の仲間になれば、一度階級はまっさらになるからな。もちろん、勝負を仕掛けるのも自由だ」


 どうやら二人はチャリ(略)の勧誘にきたらしい。とはいえその間も黒服たちは自転車を運び続けていたから、なんとも言い難いが。むしろ、あわよくば、というかんじなのだろう。それを見越して奪っているとも考えられる。

 チャリ(略)は、というと――


「断る」


 あっさりと答えた。


「ほう?」

「貴様らが本物のガクセイファイブだろうがなかろうが! ガクセイファイブを名乗る奴らと手を組む気など、ハナから無いわ!!」


 ビシィ、という効果音がつきそうな勢いで、チャリ(略)は二人を指さした。

 偽イエローはそれでもひるまない。


「いいのか? シーナを部下にできるチャンスなんだぞ?」

「そんなことは重要ではない!!」


 こんな状況でさえなければ格好いいと思うほどにあっさりと言い切った。


「奴は私が部下にする。貴様らに用意して貰わんでも、私自身で手に入れてみせるっ!!」


 繰り返すようだが、こんな状況と格好でさえなければ相当格好いいセリフだ。

 偽グリーンは舌打ちをした後、手に持った杖のようなものでチャリ(略)を指した。


「もう一度言うぞ、チャリケッタキラー! 俺たちの仲間になれ!」

「ことわる!!」

「ならば、貴様を倒すのみ!」

「行けっ!」


 号令とともに、周囲から何人かの黒服たちが一斉に出てきた。おそらく隠れていたのだろう。

 間合いを取るように、じりじりと迫る。


「ハッ! そんな数で私を押し切ろうなどと……」


 チャリ(略)の声が止まる。

 なんだか、雲行きが怪しい。


「………おい」


 次々というかわらわらとどこかからやってきて、あっという間に…。


「いっぱい居すぎだーー!!」


 チャリ(略)の叫び声と俺の脳内でのツッコミが被った。

 数の暴力、とはよく言ったものだ。いったいどこにこんなに人が潜んでいたんだ。というぐらいにいっぱい居た。

 下町の、休日の商店街の昼間、ぐらいの人はいる。ガクセイファイブに…もとい偽ファイブにもうすでにこれだけの部下がいたことにも驚きだが。


「おのれガクセイファイブ! 正々堂々と勝負しろ!!」

「ふっ…、仲間にならずとも、お前を生け捕りにすれば、お前とシーナ、二人とも手に入る!」

「く…ッ」

「さぁ、行けッ!」


 指示とともに、黒服たちがチャリ(略)に向かって襲撃を開始した。


「ちぃっ…来い!」


 舌打ちするのと同時に、チャリ(略)はいったいどこから持ってきたのか、自転車のペダルを二つ両手に持っていた。わざわざ外したんだろうか。

 それを交差するように構え、走ってくる黒服たちを迎え撃つ。


「双・輪・炎・撃!!」


 投げたペダルから炎が出た、ような気がしたのは俺の錯覚だったのかもしれないが、まるで鎌のように黒服にそれが当たり、次々と倒れていった。打撲というより炎にやられたように見えたのは気のせいに違いない。


「ぐばっ!」

「ごはっ!」

「ふはははは!! どうした、そんなものか!?」


 チャリ(略)は叫んだが、いかんせん数が多すぎる。少しのミスが命取り、というやつだ。いや別に命までとられるわけではないだろうけど。


「やるな。だが――これはどうだッ!」


 偽イエローと偽グリーンが、同時に構えた。


「む!?」

「「ガクセイファイブ・ハリケーン!!」」


 ものすごい竜巻が起こり、黄色と緑の爆発が起こった、ような気がしたのは俺の錯覚だったのかもしれないが、その直後の、人が物にぶつかり、建物に叩きつけられる音は本物だった。実際に何かが俺のすぐ横の建物に叩きつけられたのだ。

 もうもうと煙が立ち込め、置かれていたテーブルやイスなんかが散乱していた。その中心にいたチャリ(略)は――そのまま動かなかった。

 思わず息をのむ。

 さすがにそのまま放置するわけにはいかない。見られることを承知で、俺は声をかけた。


「だ、大丈夫ですか?」

「ぐっ…奴ら…」


 なんとか動けるみたいだ。俺はほっとしたのと同時に、少し焦った。

 これはひょっとして、かなりまずい状況なんじゃないだろうか?


「む? そういえば、貴様は…」

「な、なんですか?」


 いきなり偽イエローに話しかけられた。今度こそ俺はこんな人たち知らない。


「確か魔王シャドウの…。なるほど、俺たちのことを知って嗅ぎまわっていたわけだな?」


 嗅ぎまわるって言ったって今日の話だぞそれは!

 それに、俺の顔なんてどこで…。


「不思議そうだな。お前の顔は魔王シャドウの調査過程で知っている。いったい誰なのか? というところまではいかなかったがな。おまえ、何者だ?」


 何者だ、なんて言われても、俺はただの一般市民だ。


「…一般の、市民です」

「嘘をつくな! 一般市民が魔王シャドウを退けたり、チャリケッタキラーと話したりするか!」


 それでも一般市民だ、俺は!


「まぁいい、いずれわかるだろう、どうだ、お前も」

「お断りします」

「人のセリフを真顔で遮るんじゃない! いいのか、そんなことを言って?」

「断固拒否します」

「ほほう。やはり、正義を司るもの、か?」

「そのあたりは全然違います。むしろ誤解です」

「…お前何者だ?」

「だから、一般市民ですってば!」

「ええいっ、わけのわからんことを! ともかく、仲間にならないんだったら敵だ! 行け、お前たちっ!」


 おおっ! という叫び声とともに、黒服の男たち――もとい老若男女が俺達の方に向ってきた。


「くっ…」


 思わず構えたが、さすがに数が多い。これだけを相手にしたのなんて、正直言って経験がない。はっきり言っておくが、俺は正義の味方ではない。一般市民の男子大学生だ。

 覚悟を決めた瞬間、目の前に黒いものが現れた。

 黒くたなびいた何かが揺れて、近くにいた黒服の老若男女がばたばたと倒れた。その背後にいる黒服がどよめき、動きを止めた。

 そうして風が止まるかのようにその人物も止まった。


「あ…」


 見覚えのある長髪と後姿だ。

 コートがまるでマントのようにたなびいて、ばさばさと揺れていた。


「よ」


 少しだけ後ろを振り向いて、彼女は俺に右手をあげた。黒いサングラスをかけてはいるが、あとはいつもと同じだった。


「椎名さん!」


 言ってから、思わず口をふさいだ。我ながら失言にもほどがある。

 だが、偽イエローと偽グリーンはそれを聞くと、ぐっと構えた。


「…しーな…そうか、貴様がシーナか。チャリケッタキラーの主…!」

「…いつの間にこいつの上司になっているんだ私は…」


 椎名さんが背中に哀愁を帯びた。

 本当にいつの間にそんなことになっていたんだろう。でも、おかげで俺の失言はうまく誤魔化せた。


「おいチャリ子。お前、私の優雅な買い物タイムをどうしてくれる」

「か、買い物タイムって…」


 少なくともそんな言葉が吐けるということは、まだ椎名さんには余裕があるのだろう。とはいえ、多少ピリピリとした空気を感じる。


「椎名…貴様…」

「まぁ、いいけどな…」


 そう言って、椎名さんは敵の方を見回した。

 どちらにしろ「友人」が一方的にやられたんだから、怒らない方がおかしい。


「よし来い。売られた喧嘩なら買うぞ」

「シーナ。いいところに現れたな…我々はお前とチャリケッタキラーを」

「断る」


 ものすごくいい笑顔で、椎名さんは言い放った。


「ほぅ? だが、この数を相手に勝てるかな?」

「なんとかなるだろ。それに――」

「それに?」

「たしかばっどかんぱにーてきなやつらはなぐってももんだいじゃないとむかしきいたことが…」


 それっぽくぼかしながら、椎名さんは呟いた。

 誰が言ったんだろう、そんなこと。

 とにかく詳細は省くが、その後椎名さんは、躍りかかってきた老若男女を避けながら同時に反撃するという器用な事をやってのけた。というより、あまりに人数が多すぎて、時折椎名さんがしゃがんだら勝手にお互いを殴りあい、自滅してくれたグループが何人かいた。

 かなりの人数が倒れ、残りも物怖じしたのか、さっと引いた頃。偽グリーンが叫んだ。


「お…おのれシーナ! 我々の精鋭たちを…!」

「精鋭? 雑兵の間違いじゃないのか?」


 にた、と椎名さんが笑った。

 こういう時にサマになってしまうのがなんとも言い難いが、本人に言っても別に嬉しくないだろう。

 多少残っている黒服がいるが、残りは偽イエローと偽グリーンの二人だけといっても過言ではない。椎名さんはぐっと拳を握り、二人に叫んだ。


「おーっし。二人まとめて来い!」

「ちょっと待て椎名……」


 俺の横で、ゆらり、とチャリ(略)が立ちあがった。

 ん、と椎名さんが横目で後ろを振り向く。


「私にも…………一発殴らせろ!!」


 チャリ(略)が叫ぶと、椎名さんはにんまりと笑って、そして言った。


「そうこなくっちゃなぁ? おっしゃ、行くぞっ!」

「ええいっ、起きろお前たち! 奴らを倒せっ!」


 それからの事は…あまりに展開が速すぎて、消化しきれない。これだけ引っ張ったのにあっさりすぎると言われても仕方ないかもしれないが、とにかくこの二人が強いのだ。おそらく敵の方も半分素人だったのだろう。

 強い。とにかくこの二人が強い。偽イエローと偽グリーンじゃなくて、椎名さんとチャリ(略)がだ。特にチャリ(略)なんて、真面目に戦った方が普通に強いんじゃないかと思うくらいだ。でも本人にそれを言っても別に嬉しくないだろう。

 とにかくひとつ言えることは、この二人、一緒に戦った方がほぼ確実に楽しそうだということだ。


「くっ、これでも食らえッ! ガクセイファイブハリケ――」


 言い終わらないうちに、黒いコートと灰色のマントが対になるようにはためいて…そして、どちらが先だったのか、と言われるとよくわからない。ほぼ…いや、コンマ単位で言っても同時だったかもしれない。偽イエローと偽グリーンが、地面にたたきつけられた。


「二度も同じ手を食らうかっ!」

「私は食らってないけどな」


 まるでそれが合図だったかのように、黒服たちの間に動揺が走った。


「そ、そんな、あのイエローとグリーンが…!?」

「なんて強さだ…!」


 そんなどよめきがあちこちから聞こえ、なんだかうるさいというか騒がしい。


「さて」


 そんな彼らを見ながら、にこ、と椎名さんが笑う。


「お前たちはどうする?」


 チャリ(略)も笑って、言葉を続けた。


「ひ、ぃっ…!?」

「くそっ、退却だ!」


 黒服は口々にいろんなことを言いながら走り去っていった。いろんなことを言いすぎてがやがや言ってるようにしか聞こえない。それにまじって、「やってられるかー!」とか「どうしようちょっとかっこよかった」とか「いやほんとすんませんでした」とか聞こえた気がする。

 黒服たちが走り去っていく中、椎名さんはくるりとこちらを向いて、ため息をつきながら戻ってきた。


「…やれやれだ」

「…強いですねほんとに」

「まぁな。…誰かさんが毎日勝負を挑んできたおかげで」

「貴様、学生時代でも「嫌だ」の一点張りだったではないか!」


 チャリ(略)が憤慨したように言うと、椎名さんは腕組みをして笑いだした。俺もちょっと笑ってから、椎名さんに頭を下げた。


「とにかく、ありがとうございました」

「ほんと大変だなお前…でも名前を叫ぶのはやめてくれ」

「…すいません」

「うむ。次からは気をつけるように。次が無いことを祈るけど」

「ええ、本当に」


 本当に次が無いことを祈る。しかしおかげで思わぬものを見てしまったわけだが。二人が本当に強いところとか。


「ところでお前、何か私に用じゃなかったのか?」

「え?」

「ケータイに名前が残ってたぞ」


 ああ、と俺は納得した。


「一応…解決しました。弁明しようとは思ったんですけど…」


 今度は椎名さんが、ああ、と納得した。


「それなら良いか。…じゃあ、今度は私から質問だ」

「なんでしょう?」

「さっきの奴ら、なに?」


 俺は答えに窮した。


「……さぁ……」

「あれだろ、なんとかファイブ。学ランファイブだっけ? なんだったんだいったい?」

「あー…今のところ…偽ファイブじゃないかっていう話がありますけど。…赤野の推理で」


 椎名さんはその一言でなんとなく悟ったようだった。俺の肩をぽん、と叩くと、全てを悟ったような眼をして俺を見た。


「…うん…がんばれ」

「…はい…」


 なんだろう、この不思議な連帯感は。


「終わったか?」

「ん? ああ、一応な」


 呆れた顔でチャリ(略)が椎名さんを見ていた。会話が終わるのを待っていたようだ。

 俺が苦笑いをした瞬間だった。後ろに緑色の服が見えた。


「後ろ!」

「おのれっ……チャリケッタキラー!」


 花火が散ったような気がした。というのは錯覚かもしれないが、偽グリーンが後ろからチャリ(略)を変な杖のようなもので殴り倒したのは現実だった。

 チャリ(略)が倒れ、倒れたついでに偽グリーンが吹っ飛んだ。椎名さんが勢いよく蹴り飛ばしたからだ。


「おとなしく寝てろ!!」


 今度は完全に伸びてしまったらしい。人が人を蹴り飛ばすところなんて初めて見た気がする。


「おい、大丈夫か?」

「ああ…なんとかな…」


 椎名さんは、仕方ない、というかのようにため息をついた。


「とにかくもうすぐ人が集まってくるだろう。そうならないうちに、早いとこ離れた方がいい」

「椎名さんは?」

「とりあえず、一応この馬鹿を病院に持っていく」


 送っていく、ではないらしい。椎名さんはチャリ(略)にそういうと、おそらく彼女の車が置いてある方へ彼の腕を引きずりながら歩き始めた。


「ちょっ…と待て椎名! 私は車なんかには乗らんぞ!」

「うるさい馬鹿。さっさと乗れ」


 チャリ(略)背中を蹴って中に押し込むと、椎名さんはばたんと扉を閉めた。一応ケガ人なんだからもうちょっとなんとかしてほしいと思ったが、あの調子じゃ無理やり詰め込まないと自転車で行くとか言いかねないから、たぶんあれが最善の方法だったんだろう。それからすぐに椎名さんは俺にひらりと手を振ると、運転席側のドアを開けて中に乗り込んだ。

 俺も帰ろう。そう思った。

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