第3話 -Extra battle-
-Extra battle1-
尾長町内、某公園のジャングルジムの上にて。
「さて。まずは尾長町占領のために邪魔になるのはアイツだ。それは事実!」
ジャングルジムの上を陣取っているのは、悪の秘密組織ブラックマテリア総裁・魔王シャドウだった。
彼女は宿敵・土田マサヒロを倒し、世界征服の第一歩として尾長町を征服すべく日夜頑張っているのである。
今日も彼女は、とりあえず目下の占領地である公園のジャングルジムの上で、土田マサヒロを倒す方法を考えていた。
「ねーねー。シャドウのおねーちゃーん」
「ん?」
彼女が下を覗き込むと、小学生くらいの女の子が、ジャングルジムの下から魔王シャドウを呼んでいた。
「何だ? それから魔王様、もしくはシャドウさまと呼べ!」
「シャドウさまー。ここで遊んでいいー?」
「良かろう。好きなだけ遊べ!」
「やったー。みんな、いいってー」
女の子の後ろに控えていた小学生たちの何人かが、ジャングルジムに群がり始めた。
「あ、ところでシャドウのおねーちゃん」
「……シャドウ”さま”だッ」
「ヒーロー倒す方法なんか思い浮かんだー?」
「うむ、そうだな。とりあえず――」
シャドウが言いかけたその時。
別の小学生の悲鳴のような、叫びのような、そんな声が聞こえてきた。
「な…なんだ?」
「なに? なに?」
シャドウが声のした方を向くと、どこかで見たような赤い装飾のヘルメットに学ランを着て、更には赤いマフラーをした青年が見えた。更には、色違いの別の4人も見える。
シャドウには彼等に見覚えがあった。
「あれは……ガクセイファイブじゃないか? 何をやってるんだ、此処で?」
見間違いようもない、学ラン戦隊・ガクセイファイブだった。
てっきりシャドウは彼等が自分か、あるいは別の悪の組織のメンバーを倒すために現れたのかと思ったが、そうではないようだった。
小学生たちは明らかにガクセイファイブに怯えている。
そしてよく見てみると、公園内は赤や青のスプレーで落書きされ、中には、どこから情報を得たのか、小学生たちの恥ずかしい秘密が書かれているものもあった。
その時ふと、レッドの視線がシャドウの方を向いた。
「お前は、確か魔王シャドウ……」
「! そ、そうだ。お前たち、私の占領した土地で何をやっている!?」
「なるほど、ここは占領済みか……だが。ここはたった今、俺たち学ラン戦隊・ガクセイファイブがのっとった!!」
「な……ななな何だとぉぉ!!? どーゆーつもりだ、レッド!!」
「どうもこうもない。ここは今から俺たちの占領下に置かれる!」
レッドがそういうと、他の四人がそれぞれの色のスプレーで一斉に落書きをしはじめた。
「フッフッフ……お前に関しては、いい情報が入ってきているんだ、魔王シャドウ!」
「いい情報……? な、何だそれはッ……」
「お前確か、この間でかい犬に追いかけられて逃げてたそうだな?」
「うッ…!」
「しかも、その時石に躓いて盛大に転んで追いつかれ」
「う、うわぁぁんッ! それ以上は言うなぁーーッ!!」
シャドウは耳を押さえて叫んだ後、ジャングルジムの上から飛び降りて、半泣きになりながら公園の出入り口へと走っていった。
「お、覚えてろよガクセイファイブ!! お前らがそんなヤツらだったなんて……うわぁぁんッ!!」
そう叫んで走り去るシャドウを見ながら、レッドはクックッと笑いを零した。
「さて……お前らはどうする?」
小学生たちを見下ろすレッド。
小学生たちはじりじりと後ろに下がると、やがて叫びながら逃げていった。
* * * * *
俺の名前は土田マサヒロ。
ごく普通の大学に通う、ごく普通の男子大学生だ。
たとえ学校に行って、いきなり友人に名前を叫ばれようとも、ごく普通の男子大学生を自称する。
「マサヒロぉぉぉ!!」
ただ、その後で肩を掴まれた挙句にがくがくと前後に揺らされ、すごい顔で睨まれながら叫ばれたのは、さすがに初めてだった。
「なぁ!! お前は信じないよな!? ガクセイファイブが住人を襲ってるなんて信じないよな!? なぁ!!」
「あ、ああ、そうだな、とりあえず止めっ……」
俺が相当苦しそうなのがわかったのか、それとも俺の言葉に満足したのか、友人はようやく肩から手を離してくれた。
常に赤いジャケットを羽織った友人――赤野烈土は、いつになく興奮していた。
「…一体何なんだ、烈土」
「これを見てみろ!」
烈土はそう言いながら俺の前に新聞の一面を出したが、近すぎて読むどころか俺の視界は遮られて真っ暗だった。
「見えないんだけど…」
「これだ、これ!」
俺は、烈土が叩いた紙面の内容を読み上げた。
「『現代の怪人二十面相、”伯爵”現る! 残された犯行カード公開される! 先日より行われている霧歩美術館の現代宝石展にて、目玉となる宝石「ニンベルンゲンの指輪」が盗まれていたことが今回警察の発表により明らかにされた。この宝石は北欧神話に出てくる指輪を元に作られたもので』…」
「…すまん間違えた。こっちだ、この記事!」
自分で持って見た方が早いのかもしれない。烈土もそう思ったのか、ある記事を指さしながら、新聞をこっちへ寄越した。
「なんだって? 『ガクセイファイブ、堕ちる!?』…?」
新聞を受取りながら、大きく書かれた見出しの文字を読み上げる。
「『学ラン戦隊・ガクセイファイブといえば、尾長町を守る正義のヒーローたちの一人として耳にした方もいるだろう。だが、市民の味方であり正義の味方だった彼らはどうしてしまったのだろうか。かつて尾長町を救ってきた彼らによる事件が多発している。尾長町内を次々と征服し、着々と世界征服のための準備を進めているのだ。彼らは今現在、数々の悪の組織を傘下にし、その領土を奪っている』…」
もう滅多なことでは驚かないと思っていたが、ここまでメジャーだったとは…。
真横にでかでかと載っている写真を見ると、ガクセイファイブと思しき格好の五人が、スプレーで落書きをしたり、自転車を持っていったり、なんというか早い話が、いわゆる残虐非道的な事をしている場面が写っていた。
横目でちらりと烈土を見やる。烈土は、完全に落ち込んでいた。というより、地面に膝と手をついて落ち込んでいる人間を生まれて初めて見た。
「い…いや、その…、違うんだ…。信じていた人たちが悪の道に走ったのがショックで…」
「あ、ああ…、それは充分わかった」
充分すぎるほどだ。
それとなく言葉を選んで声をかける。
「このままじゃガクセイファイブの悪評が広がるばかりだ…。でも、こうしている間にもどんどん…」
「ああ、うん…そうだな」
俺が返事を返すと、烈土はいきなり立ち上がって俺の肩を掴んだ。
「頼むマサヒロぉ!! ガクセイファイブの汚名を晴らすのに協力してくれっ!!」
烈土は再び俺の肩をがくがくと前後に揺らす。
「ちょ、ちょっと待っ…」
「頼む! お前以外にこんなこと頼める奴いないんだ!!」
興奮しているのか、更に強くゆすられる。さすがに気持ちが悪い。
「わ、わかった、協力するから止めっ……」
俺が思わずそう口走ると、烈土はぴたりと手をとめた。今度は俺の肩を離さず、ずっと手を置いたまま、絞り出すようなというか、泣きそうな声を出した。
「…ほんとか?」
「ああ…だからできれば、今力を入れてる手を離してほしいんだが…」
「さすがマサヒロ! 話がわかる!」
そして、俺の肩を思いっきり叩いた。
くらくらしていたところに余計追い討ちをかけられ、俺は顔に手を当ててしばらく俯くはめになってしまった。その間に烈土はすっかり機嫌が――というよりも、微かな希望は持ったかのように立ち直っていた。
少なくとも、今度は俺が微妙に落ち込む番だった。
「それにしても…協力っていったって、具体的にどうすればいいんだ? あと俺授業あるんだけど」
「任せろ! マサヒロの授業の終わったころを見計らって、情報収集してくるから!」
そう言うと、烈土は俺の返事も聞かずに走り出して、三限目に向かう人々の中を逆走していった。俺の知り合いはそんなんばっかりだ。今に始まったことじゃないが。
ひょっとしてあいつ授業無いのにわざわざ学校まで来たのか…。
しかし、なんだか変なことになってしまった。今回は長丁場になりそうだという予感が、ふつふつと沸き上がってくる。そのまま溜息をついて歩きだそうとすると、突然後ろから声をかけられた。
「おーっす、土田」
後ろから、肩にぽん、と何かが当たる。
手ではない硬い感触に思わずびくりとしたが、すぐにそれが本だと気づいた。
振り向くと、ゴシック系というか、黒いスーツというか、とにかくそっちの方に片足突っ込んだような、下の方に数本のピンで装飾のされた黒ネクタイをつけた女性がいた。手には、おそらく俺の肩を叩いたのであろう本を持っている。
「もうすぐ三限目始まるぞ」
「椎名さん」
「どうした、なんか暗いな」
椎名キョウ――それがこの女性の名前だ。大学講師で、一応俺たちの先生にあたるのだが、本人がまだ慣れていないらしく、俺たちはさん付けで呼んでいる。
「なんかあったのか?」
「ああ、いえ…」
「正義と悪関係以外ならなんでも相談に乗るぞ」
「ピンポイントですね、椎名さん」
普通そんな相談事が起こること自体が不可解だが、そんな悩みが実際あってしまうのでなんとも言い難い。
「冗談だ。代わりに当ててやろう。ずばりピンポイントだな」
「ええ。ピンポイントです」
「なんでそうピンポイントなんだ」
「…俺だってわりと、悩んでるんですけどね。ピンポイント以外でも」
「ほぅ。たとえば」
「見えてもないのに、ピンポイントという字がゲシュタルト崩壊を起こしそうだとか…」
「…本当に大丈夫か、土田?」
本気で心配されてしまった。とにかくそれは冗談だ。
実際は、それ以外の小さな悩みというのは、そのピンポイントな悩みにかき消されてかすれ、意外となんとかなってしまっていることの方が多い。
いいんだか悪いんだか微妙なところだ。
「…まぁ、そう落ち込むな。今に始まったことじゃないだろう」
「…そうですね」
「災難を避けるためには、時には話にノることも大事だ…そういうこともある…」
「そういうものですか…」
「相手によるがな。ま、ほんとに逃げ場が無かったら研究室にでも来い。相手はしてやれんかもしれんが、菓子とお茶ぐらいなら出してやるから」
「ありがとうございます」
その気遣いは素直にうれしかった。なんというか、同じ境遇の人がいるというのはいいものだ。最近なんだかそんなことを思うようになってきた。
「さて、お前次はあれか、私の授業か?」
「はい」
「なら急ぐぞ、もうそろそろ時間がない」
そう言うと、椎名さんは歩き出した。そのあとを追うように、俺も歩き出した。
教室につくと、適当な席に座る。そのあとも一応ホワイトボードに書かれることは写し取り、その言葉を聞いてはいたが、俺はどちらかというと、このあとに起こるであろうひと騒動についての不安が消えなかった。というかむしろこの時間が終わらなければいい。
そうは思うものの、こういう時に限って時間はすぐにすぎるものだ。
授業後、教室のある建物を出ると、すぐに烈土の姿が目に入った。もう腹を決めるしかない。
「ほんとに授業の終わったころを見計らって来たな」
「だってそう言っただろ。あれから連絡…じゃなくて考えたんだけど、新聞に悪の組織を傘下にし、その領土を奪っているってあっただろ?」
「ああ」
「だからひょっとしたら、町中のそれっぽい場所に行けば、なんかわかるんじゃないかと思って」
「なるほど」
俺は頷いた。
「大体の目星はつくのか?」
「うーん。やつらがよく現れる場所といったら…商店街とか公園とか…人のいる場所だな」
「公園?」
商店街はともかく、公園までそれに入るのか。いや、緑地公園とか、大きなところだったらわからないでもないが。
烈土は俺の反応が意外だったようで、きょとんとした表情で俺を見ていた。
「え。公園ってわりと狙われやすいんだぜ?」
「そ、そうなのか…。じゃあ近所にあるから行ってみるか…?」
「そうだなー。とりあえずそっちの方に行くことになるしな」
自転車を取ってくると、俺たちは大学から少し離れた繁華街の方へと歩き出した。繁華街といっても、飲み屋とかデパートとか、大きな本屋からカフェまであるような本当の意味での繁華街は、電車に乗って行った先にある。この辺のところだと、小さな神社がある商店街とか、そういう下町的なところだ。
しばらくそっちの方へ向けて歩いていったが、今日はいつもあるような騒動の気配もなく、静かなものだった。俺は思わず口に出した。
「静かだな、今日は」
「嵐の前の静けさか…」
「…そういう不吉な発言はやめてくれ」
「あ」
「どうした?」
烈土は俺の言葉には反応せず、前の方をじっと見つめていた。俺も、その目線の先を追う。烈土の視線の先に、黒い物体が見えた。
黒い物体というより、黒いマントのようなものを着ているからそう見えるだけだろう。それを見ていた烈土が、ようやく言葉を発した。
「あれは…魔王シャドウ?」
そこにいたのは、自作の衣装に身を包んだ、俺の幼馴染――ではなく。悪の秘密組織ブラックマテリア総裁・魔王シャドウだった。
が、何か様子がおかしい。
明らかに遠目からでもわかるほどに落ち込んでいる。
「呼んでみるか? おーいっ、シャドウ!」
烈土が呼んでも反応しない。俺達はだんだんとシャドウに近づく。やっぱり落ち込んでいるようだ。
ここはやっぱり、別の名前で呼ぶべきなのか。
「咲…」
「本名で呼ぶなー! …はっ。つ、土田マサヒロ…!?」
やっぱり反応した。幼馴染でもある水野咲は…もとい。魔王シャドウは俺の姿を確認すると、気を取り直したように戦闘態勢に入る。
「何してるんだ、こんなところで?」
「う、うるさい! ここで会ったが百年目、正々堂々と勝負だー!」
「お前涙目だぞ…」
「黙れっ! 大体、お前こそ何をしている? まさか…すべて失った私を笑いに来たのか?」
明らかに被害妄想だ。だが、気になるセリフではある。
「ということは、もしかしてガクセイファイブがらみか?」
「!!!!!」
シャドウの顔色が明らかに変わった。
ずい、と下から顔を近づけられる。
「お前、なにか知ってるのか!?」
「いや、こっちもそれを知りたくて来たんだが…」
「…なるほどな」
突然、シャドウがニヤリと笑う。
「私に事情を話させるつもりか。だが土田マサヒロ! この私が敵である貴様に手を貸すと思うのか!?」
ビシィ、という効果音がしそうな勢いで、シャドウは俺を指さした。頭が痛い。
「シャドウ! お前、こんな時まで何を言ってるんだ!?」
「こんな時だと? 私と土田マサヒロは敵同士だ。あともっと言うとガクセイファイブも敵だ」
「くっ…どうする、マサヒロ?」
「え?」
…聞いてなかった。頭痛の所為だ。
「あ、ああ…そうだな…。とにかく今はお前しか頼る奴がいない…だから頼む、引き受けてくれないか?」
とりあえず頭を下げて適当に誤魔化しておいた。
「なっ!? き、貴様」
「頼む。ダメならついでに駅前の”花千”のケーキ奢るから」
シャドウの言葉を遮ってから視線を戻すと――シャドウはひどい表情をしていた。悩んでいるというか、怒っているというか、悔しそうというか――とにかく顔を引きつらせていた。葛藤が顔に出ている、といった方が正しいかもしれない。
「う…ぐぐぐっ…。そ……そこまで言われたら仕方ないなっ、お、教えてやらんこともない…っ」
何が決定打となったのかはよくわからないが(ひょっとしなくてもたぶんケーキだ)まずは協力を得られることに成功したようだ。
「やったなマサヒロー!」
烈土に親指を立てられた。
「そっ、それで、何が聞きたいのだ?」
「なんだっけ?」
烈土を見やる。
「えーっと、具体的にどんな奴らだったんだ?」
「ガクセイファイブだった」
「これ以上無い説明だな」
「確かにそうだけど、それだけじゃダメだろマサヒロ! で、その偽ファイブが何をしていったんだ?」
「偽ファイブ? なんだ、あのガクセイファイブは偽物だったのか?」
「…というような予想のもとに行動している」
横から形だけのフォローを入れておく。
「なんだ、貴様らの妄想か」
「妄想じゃねぇ!!」
「烈土の推理だ」
とりあえずシャドウが説明したことを感情を抜いてまとめると、こういうことらしい。
公園で小学生と遊…もとい会議をしていたら、突然ガクセイファイブが現れて、領地である公園に落書きという名の極悪非道な行為をされ、奪われた。
しかも奴らはシャドウの屈辱的な秘密を知っていて、それで不覚をとったようだ。
「…と、いうことでいいか?」
「そういうことだ」
「しかし、どうしてシャドウの秘密まで知ってたんだろうな?」
「うむ、それがわからんのだ。あれは誰にも見られていなかったはずで…」
「その屈辱的な秘密が何なのかは知らんが、少なくとも、偽ファイブが見ていたか、それを知らせた人物がいるのは確かだろうな。それに、いい情報が入った、ってことは、後者の可能性が高いかもしれない」
俺が推測を交えてそう言うと、シャドウがなんともいえないような表情で俺を見上げていた。
「……なんだか今日のお前はムカつくな」
「……どういう意味なんだ、それ」
変にムカつかれても困る。
しかし、そのまま非難されてももっと困る。俺は話題を変えた。
「それにしても、あの公園、お前の領地だったのか…」
「公園は基本的に占領されやすいからな」
烈土が頷きながら口を挟む。
「特に小さい公園じゃ、奪い返しても、またすぐに新たな組織の領地になっている。もっとも、公園なんて大きいところじゃなければ、それほど心配はないんだけど。……って話だ!」
睨むような視線のシャドウを見やると、付け加えるようにそう叫んだ。
「悪かったなっ。…しかし、確かに占領しやすいともいうがな。ガクセイファイブの……ごほん。偽ファイブの連中としては、そういうところまで自分たちのものにしておきたいのだろう」
今度はシャドウが噛みつかんばかりの烈土をちらりと一瞥すると、そう言いなおした。
「一番手っ取り早いのが、他人の領地を奪って自分のものにすることだからな。あるいは、他の組織の頭を叩いて、その組織を自分の傘下にする。圧倒的な力を見せつければ、容易いことだ」
「お前はそういうことはしないのか?」
「うっ!? そ、その、私のことはいいだろっ!」
「…プライドが許さない、と…」
「そ、そうだ! わかってるじゃないか」
じゃあ、そういうことにしておこう。俺はそう思った。あまり脱線しても話が進まない。
「…これで情報は全部、か…」
烈土が口を開いた。
それもそうだ。いくらかわかったことはあったが、偽ファイブの正体そのものというと、まだわからないことが多い。
…というか、わかったところで俺がどうこうできるはずもない。相手がガクセイファイブを名乗っている以上、標的となっているのはガクセイファイブなのだ。むしろ標的が俺に来てもそれはそれで困る。
「どうする、マサヒロ? 一応の収穫はあったわけだが…」
「ああ…じゃあ、次はあの人か」
「え?」
烈土が、そう呟いた俺を不思議そうな顔で見つめた。
…何か言ってしまっただろうか。
シャドウからの情報は手に入ったのだから、次に可能性のあるのは……。
あるのは……。
そして俺は――しまった、と思った。
「あの人、ってあいつか?」
「マサヒロ…それってまさか…」
シャドウと、特に烈土が、信じられないというような眼で俺を見ていた。
「まさか、チャリケッタキラーに聞くのか!?」
「むぅ。確かにガクセイファイブと直接因縁のある奴だからな。何か掴んでいたとしてもおかしくはない」
「それはそうだけど…。マサヒロ…お前結構大胆だな…」
俺は何も答えられなかった。
というより、なんともいえない表情を浮かべたまま笑うしかなかった。
「とはいえ、奴の居場所なんかわかるのか?」
シャドウが首を傾げながら、俺を覗き込む。
…そうだ。今探してどこかに居るとは限らないわけだ。
むしろ確実に研究室か、そうでなくても校内にはいるであろう椎名さんに呼び出してもらった方が早い気もする。というより、行ったら本人が居そうな気がする。
でも、さすがに私服の時に聞くのも、俺がどういうことだと問い詰められそうだから避けたい。ちょっと前に、正体を隠すだかなんだか、そういうようなことを説得させてようやく私服で来させることに成功したと椎名さんが涙ながらに語っていたのを思い出す。しかし、その状態で聞くなら二人がいない時、ということになる。
ということは、やっぱりチャリ(略)の時に偶然を装って出会わなければいけないわけか。
「…ひょっとしたら何処かにいるかもしれない」
「…いるとしたら、学校か…商店街にも出没したことがあったな」
烈土が真剣な表情で顎に手を当てる。
むしろ、自転車のあるところならどこだって出没しそうな気がするが。だからこそ探しにくい、ともいえるかもしれない。
「ま、まぁ、可能性を言ったまでだし、今日どこかに現れるとは限らないだろ? 適当に帰り道にぶらついて、会ったらそれでいいんじゃないか?」
俺はなんとか言葉をつづけた。
烈土もそれで納得したようで、そうだな、と言って頷いた。
「それに…俺としても奴に頼らなければならないなんて事態は正直…」
ついでに何やら言っていた。
わからないでもないが、そんなにチャリケッタキラーのことが嫌いなんだろうか。
いや、好きとか嫌いとかいう概念で捉えることすら間違っているような気もするが。
「と、とにかく、今日はこれで解散にしないか? あとは各々、どこかに寄ってみるってことで…」
「あ、ああ、そうだな。ありがとう、マサヒロ」
これでなんとか一応最悪の事態は免れた。
烈土にいろいろ詰め寄られるのはごめんだ。
「じゃあ、今日は解散ってことで。一応、俺はあっちの駅前の方から帰ってみるから」
「わかった。じゃあ、俺は商店街の方見てみる」
「よろしくなー」
烈土は俺たちに手を振ると、急ぐように自転車で走り去ってしまった。相変わらず赤い。
あとに残った俺とシャドウは、はたと気がつくと互いを見つめた。
というより、主にシャドウが牙をむいた。
「き、今日は協力してやったが、次からはこうはいかんぞ土田マサヒロ!」
ズビシ! と効果音がしそうな勢いで、俺の鼻先に人差し指を突き付ける。
「え? ああ、うん。ありがとう?」
「普通に礼をいうんじゃないっ!!」
「ケーキか?」
「ちっがーうっ!! そういうことじゃない!! 何故局地的に理解せんのだ貴様は!!」
というより、シャドウの今の思考が理解できない。
「そもそも! 別に私はケーキに釣られたわけではないからな土田マサヒロ!! おのれ、覚えていろー!!」
「ああ、うん…。じゃあ今度な、ケーキは…」
「当たり前だ!!」
シャドウは捨て台詞(?)を吐くと、何やら叫び声をあげながら走り去ってしまった。しばらく手を振っていたが、二人の姿が見えなくなると同時に、辺りに静寂が立ち込めはじめた。
喧騒…もとい嵐が去った後の静けさのようだ。
とにもかくにも、ここからは自由行動というわけだ。俺は(一応)商店街の方へと足を進めた。念のため、電話も商店街に着いてからした方がいいだろう。烈土たちとうっかりまたはち合わせたら面倒だ。
というより、何故そこまで気にしなければならないのか微妙に納得がいかないが。
…さて。
商店街自体は、そんなに遠いところではない。規模からいえば結構大きなところだ。俺もたまに行くが、全部を把握できているわけではない。
漢字の「井」の形というか、シャープ型というか、そういう形をしたメインストリートに、さらに細かい道が複雑に組み合わさったような構造で、初めて行く人はたいてい迷う。しかし、外側を通る限りはそれほど入り組んではいない。食べ物屋もあるため、帰り際にそのあたりでたむろする学生も多い。外側にも駐輪場や駐車場があるから、特に不便ではないのだ。
商店街の中に足を踏み入れると、相変わらず買い物中のおばさんたちや、学生たちでわりと賑わっていた。最近…というより数年前からはパソコン用のソフト販売の店も開店したらしく、そこに出入りする人々もいるらしい。
見回すと、商店街の中の駐輪場には結構な数の自転車が置かれていた。おそらくは、近くの電車に乗るためにやってくる人々だろう。いくつかこういう場所はあるようだが、広い商店街の中をくまなく歩き回るには時間がかかるだろう。
この商店街も何度か(チャリ(略)に限らず)襲撃されたらしいが、はっきりいってそんなもの微塵も感じさせない。
俺は適当な路地を見つけると、そこから裏道に入り込んで、少し奥の方へと移動した。
それから、カバンからケータイを取り出して、内蔵の電話帳を開く。
電話先は唯一つ。
椎名さんだ。
呼び出しのベルが鳴った。なんとかケータイはつながっているようだ。だが、なかなか出てくれない。その音はしばらく待った末に止まったが、僅かな希望を持った俺の期待を事務的な機械音声が打ち砕いた。
”留守番電話サービスに接続します…”
やっぱり出ないか…。
俺は耳元からケータイを離すと、ボタンを押し、ケータイを閉じた。ぱたん、という虚しい音だけがあたりに響く。
時間を見るに、授業中か、もしくは先生達の会議に行ってしまったか、そのどちらかだろう。でも、確か会議の曜日は今日じゃなかったような気もする。とっくに帰ってしまっているならば、カバンの中で気付かないだけかもしれない。
メールだけでも打っておいた方が効率がいいかもな…。
しかし、メールするにしてもどうすればいいのだろう。なんと打てばいいんだ。とりあえずさっきの電話に対する弁明と、佐伯さんの行方、とでもいったところだろうか。
ただもう一つ問題があるとすれば、そのあとだ。佐伯さんの行方がわかったとしても、もしガクセイファイブの名を出した途端に質問すら拒否された場合、それ以上なんともならない。それを考えると、やはり彼に聞くのは間違っているのだろうか…。
そんなことを思いながら、ケータイを手に商店街に戻ろうとした時だった。
灰色の影が、俺の視界に入り込んだ。
「…なるほど。次の獲物はあれにするか…」
思わずケータイを落としそうになってしまった。
よく漫画やドラマなんかで見る表現だが、まさか自分がそうなるとは思わなかった。
彼は、商店街の中の一角を黒い双眼鏡のようなもので見ていた。その先にあるのは確か…駐輪場だ。自転車の。
見間違う事のないマント。ゴーグル。そしてコスチューム。
間違いない。
というかああいう格好をするのは彼しかいない。
佐伯さん。もとい、チャリケッタキラーその人だった。
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