番外――椎名キョウの優雅な休日
「クックック……」
そいつは、笑っていた。
「はーっはっはっは!! 苦節五ヶ月、ついに完成したぞ椎名ぁーー!!」
「窓から入ってくるなお前は。」
* * * * *
佐伯は窓のヘリに片手をかけると、そのまま窓を飛び越えて入ってきた。ちなみに、それをやるためには窓を全開にする必要があるわけで。
「寒い。」
「貴様はそれしか言うことが無いのか?」
そうは言っているものの、佐伯も寒かったに違いない。すぐに窓を閉めると、そのまま佐伯がいつも陣取っているソファに向かい、座――る前に、止まった。
「まぁそんな事はともかく、だ。」
「あ?」
「ククク……何故今日私がここに来たのかわかるか、椎名……」
「寝に来た。」
「ちっがぁう!!」
佐伯は憤慨したが、私が使おうと持ってきた毛布をいまや自分専用のように使って寝ているのは一体誰なんだ。
「貴様に負け、コスチュームを処分されてから約五ヶ月! あれ以後どんなに苦労したかッ……」
「……ああ。」
ぽん、と手を叩く。
それから、確か私が戻ってきたのが9月の最初だから、ちょうど五ヶ月か。
「というか、苦労してたのか?」
「してないと思ってたのか貴様ぁぁッ!!」
ここに来ては私に勝負を吹っかけたり寝たり菓子を食べていたわりによく言うなぁと思う。
「フッ、まぁとにかく、貴様に最初に見せてやろうと思ったのだ。喜べ。」
「だから、何を……」
嫌な予感がするのは確かだ。
言うや否や、佐伯は着ていたコートをばさぁっと脱ぎ捨て、私の視界を覆った。
「ッ!?」
とりあえず視界が覆われた時になんか光なんだか煙なんだか、とにかく衝撃のようなものがあったのは私の気のせいということにしておいて。
視界が晴れると、そこには――。
「チャリケッタキラーコスチュームVer.2だッ!!」
「………。」
――どう返せばいいんだろうか、私は。
記憶の中にあるVer.1と思われるものよりも、更に進化して(?)いる。説明しろと言われても、まずどこから説明していいのかわからない。
とりあえず、マントとゴーグルと両肩の車輪は必須のようだ。
「あれから五ヶ月! ようやく完成したのだ!!」
「……作ってたのか。」
「クックック……しかも聞いて驚くな。これはだな、大学内のコンビニに買い物に行った時、たまたま近くに居たヤツに、自転車を意識したデザインで描いてもらったのだ。そしてそれを基に、本格的に作り上げた自信作……!!」
「誰だよそれ…」
「まぁともかく、ここに来た以上やる事はただ一つ!! 勝負だ、椎名ッ!!」
「寒いから嫌だ。」
と、その時。
コンコン、とノックの音が聞こえてきた。
「椎名さん? 失礼します。」
そんな問いかけと共に、ドアが開かれた。
「「あ。」」
土田と私は、言葉と目が合った。土田はチャリ子の姿を見た瞬間、一瞬で何かを悟ったような目になり、また私に目線を戻すと、こくりと頷いてくれた。
ただ――ただ問題は、土田の後ろ、土田と一緒に居た赤野だ。
「お、お前は!! チャリケッタキラーと謎の女!!」
嬉しいほど典型的な反応だ。泣きたくなるくらいに。
「何故こんな所に居る!! 椎名さんはどうした!?」
いや、此処に居るし。
チャリ子と一緒にいるというだけで認識を変えるのはやめてほしい。
「くッ! だがこんな時に限って突然腹がッ! マサヒロ、ここは任せた!」
「……行ってらっしゃい。」
土田のその言葉を聞いたのか聞いてないのか、とにかく赤野は明らかにそれは腹痛じゃないだろとツッコミたくなるようなスピードで走り去っていってしまった。この隙に逃げておくのが得策だろう。
「土田。また後で来てくれないか……」
「あ、はい……」
私は土田の声を聞きながら、窓をがらりと開けて、ヘリに手をかけてそのまま窓を飛び越えた。
とにかく、まずチャリ子から逃げておかないと――
「って、何でついてくるんだお前は!?」
「もちろん貴様と勝負をする為だ!!」
「お前が居たら余計目立つだろ!」
「いい機会だ! 尾長町民の前で、どちらが総司令かハッキリさせてやるッ!!」
ただでさえ既にさっきから悲鳴が聞こえているのに、そんなものハッキリさせられても余計に困る。私はチャリ子が隣に並んだあたりで手を伸ばし、ゴーグルを掴んだ。
「ちょっと貸せ。」
「なッ、ちょ、何をするッ!?」
「逃げるから変装させろ。」
そう言って私はチャリ子からゴーグルを奪いとり、走るのを止めると自分でかけた。
意外と見やすい。サングラスほど暗くなるわけでもないし。
「くそッ、返せ椎名!!」
「いいじゃないか。そのコスチュームがあるんだから、ゴーグルがあっても無くてもわかるんじゃないか?」
「くッ…!!」
「というわけで私は逃げる。」
「あ、待て!!」
誰が待つか。
そうしてまた逃げようと思ったその瞬間。
「ちょーーーっと待ったぁーーーーッ!!」
「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ!! 俺たちの守る学校で騒ぎを起こすなど、不届き千万!!」
「この声は!!」
「俺たちが、学生課の人たちに代わって天誅を下してやるぜ!! とぁッ!!」
突然、五色の影が飛び出てきたかと思うと、それは弧を描くようにして、見事に私たちの正面に着地した。学ランに身を包み、五色のそれぞれマフラー、そしてそれぞれ同じ色の装飾がほどこされた自転車用のヘルメットに身を包んだ、そいつらは――。
「学生とご近所の味方、学ラン戦隊!! ガクセイファイブ!! 只今参上ッ!!」
ドッカーン! とバックに五色の煙幕が見えた気がしたのは、おそらく私の気のせいだろう。ついでに、赤い奴が先ほど走り去った土田の友人に似ている気がするのも私の気のせいに違いない。
「きゃぁぁッ!! ガクセイファイブが来てくれたわッ!!」
「おおッ、待ってたぜレッドーー!!」
あがる歓声。つくづく、自分の運の無さに泣きたくなる。
「出てきたな、ガクセイファイブ!! クックック……貴様も運が無いな、椎名……!!」
「お前に言われたくない。」
そうツッコんだ瞬間、赤いの――もといレッドの口から驚いたような声が聞こえてきた。
「……しいな、だと?」
「あ――いやそれは。」
ここで正体がバレて――いやもとい、正体なんか無いが、どっちにしろこの状態で認識が変わったら、日常生活に支障をきたすこと請け合いだ。
「なるほど、お前が総司令のシーナか。ようやく真の姿を現したな!」
「………。」
勘弁してくれ――本気でそう思ったのは何年振りだろうか。
私が崩れ落ちそうになったその時。
「ちょっと待った――勘違いするな!」
そう叫んだのは意外にもチャリ子だった。
「コイツは総司令ではなく私の部下だッ!!」
――そしてちょっとでも弁明してくれるのを期待した私が馬鹿だった。
「でもお前、確か半年くらい前、そいつに負けたんじゃないのか!?」
「うるッさい!! あああれはちょっと油断しただけだッ!!」
「まぁいい。先手必勝! レッドパーンチ!!」
「ぐはぁッ!?」
チャリ子はレッドに殴られつつ反撃しているのを私がちょっとだけ凹みながら見ていると、ブルーの拳が飛んできた。
「うわッ……」
それを避けると、更に別の方向からグリーンが飛びかかってきたのを横飛びで避け、私はとにかく避けるしかない、という結論に達した。こっちに戦意は無いわけだし。実際、私はさっきから避けるのに必死だ。
「ちょっと待て椎名!! ちゃんとやれ!!」
「ちゃんとったって……」
「よし、みんな、二人まとめてさくっとやっつけるぞ!!」
「「「「おおッ!!」」」」
嫌な予感がした。
その予感の通り、五人は一箇所に集まり、声を合わせる。
「ガクセイファイブ・ファイナルアターーーック!!」
「――!!」
来る、と思った瞬間。私の身体は反射的に動いていた。
その一瞬の沈黙の後。ドサドサとガクセイファイブの五人が崩れ落ちたのを見ながら、私は再び息を吐いた。そして、ハッと気がついた。
「なッ……、何だと……?」
地面に叩き付けられたレッドが驚いたような顔で私を見ている。
これはあれだろうか、所謂――”やっちゃった”ってヤツだろうか。この先の苦労が頭をよぎり、自分でも血の気が引くのがわかる。
「えーっと……」
「おおッ、よくやったぞ椎名!!」
「俺たちの技がッ……破れただとッ……!?」
「なんだ……この……強さはッ……」
「……チャリ子。あとは、よろしく。」
逃げよう。そう思った。
研究室に帰ると、私はちょっとだけ後悔をしながら、いつもの椅子に座り、チャリ子が帰ってくるのかどうかちょっと待ってみた。
「クッ……ガクセイファイブのヤツらめ……!!」
しばらくするとガチャリと研究室の扉が開き、チャリ子が疲れた様子で研究室に入ってきた。そして、今度はいつものようにソファに座る。
「結局勝負もできなかったし、ガクセイファイブに邪魔されるのは防がなければ――!!」
勝ち負けは聞かないでおこう。そんな事を思っていた時に、ふと気がついた。コイツ、まさかとは思うが、これからもあの格好でここに来るつもりじゃあ……。
そもそも来期からは正式な講師になるし、となるとここに来るヤツも増えるわけで……。土田はまだいい。だが他の人間が来た時に対処しきれない。
ここは策を講じるしかないか。というわけで、私は佐伯の方へと歩み寄り、まずはゴーグルを返した。
「私のゴーグル!!」
「ああ、うん。……ところで佐伯。コスチュームができたんだから、”佐伯京介”のままで此処に来てもいいんじゃないのか?」
「あ? どういうことだ?」
「思ったんだが……、その格好でここに来て目立つよりは、そうすることで正義の味方に邪魔される事なく情報収集ができ、尚且つ邪魔される事なく私と勝負ができる……一石二鳥じゃないのか?」
「な、なるほど……」
あ、ノッてきた。
「意外と便利なんじゃないのか? 私服で来るのは。」
「なるほどな……何故そんなことに気がつかなかったんだ!!」
「うむ。何でだろうな。」
「つまり――貴様も私服とコスチュームを分けたいというのだな!?」
「ちょっと待て。」
「いいだろう、だが貴様なんぞせいぜい私服にサングラスだけでじゅーぶんだ!!」
「とりあえず今の話からどうやってその結論に達したのか聞こうか。」
「まぁ、貴様の案自体は便利そうだし採用しよう。」
「あと私が普段サングラスをかけれなくなるような事は止めてくれ。」
「だが――」
「聞けよ!?」
チャリ子は私の言葉を無視すると、その服に変身(?)した時のように、ばさぁッ、とマントを脱いで私の視界を覆った。
また視界がハッキリすると、やっぱりいつ着替えたのか、完全な私服姿の佐伯がそこに居た。
「――俺は容赦せんぞ、椎名。」
そしてそう言い放つと、いつものようにソファを陣取った。
呆れたが、その一人称の佐伯に思わず懐かしさを感じてしまった自分が悲しい。
だから何も言えなかったのだと気がついた時には、更に悲しくなった。
と、その時。
コンコン、とノックの音が聞こえてきた。
「椎名さんッ。いますか!?」
そう言いながらドアを開けたのは、赤野だった。その後ろには土田もいる。
「あ――」
「なッ、何だ? 赤野。」
「来客中でしたか。」
赤野の言葉に、土田も私も一瞬黙り込んだ。
「あ、いや、コイツは私の友人で――」
「……何か、どっかで見たような気も……」
「ッ勝手に来てるからな、どっかで見たんだろ。気にするな。」
自分でも何て説明なんだと思う。
「ああ、そうなんですか。あ…そーいやさっきここの研究室に悪の総司令が居たんですよ!」
「え、あ。」
「ダメですよ椎名さん、いなくなる時は鍵をかけておかないと! あの女……強敵だった……ガクセイファイブがあんなにやられるなんて――あ、でも最後は逃げてったんで、恐れを成したんですよきっと!!」
「そ……そうか。」
ガクセイファイブ――と聞こえた瞬間に、ソファの方からバキ、と音がしたのは、佐伯が持っていたペットボトルに力を入れた所為だろう。
……とりあえず。頭痛がしそうだった。
だが、その時の私にはまだ想像もつかなかった。
この後一ヶ月もしないうちに、とんでもない事件(?)が起こることなど――
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