第43話 不安

 会談の後、僕たちは三つのチームを編成し、それぞれ異なる任務に当たることになりました。

 

 レミ姉と官僚団は当然和親条約締結に向けた調整を。

 クリオとベベは、投機的攻撃への対処を。

 そうして僕とシメオンが担当することになった任務は、解決すること自体がかなり困難な問題でした。


「エル、そもそも大量の金塊ってのは、魔法でパッとどっかに移せるもんなのか?」


 シメオンの質問は、確かに当然の疑問です。


「原理的には不可能ではありませんが、膨大な魔力が必要になります。それに、転移魔法陣の構築も必要ですから、誰かが金庫に侵入して短時間のうちに盗み出すなんてわけにはいかないんです」


 そう、僕たちの任務は、どこかに消えた“国庫の金塊捜索”なのです。


「とすると、目撃者捜しか。俺は大理宮の爆発前に宮殿勤務していた衛兵を洗う」


「わかりました。僕は大理宮跡で、転移魔術の痕跡を調べます」 


 そうして僕は、崩壊した大理宮の調査に入りました。


 金塊が収蔵されていた大金庫は、すでに跡形もなく吹き飛んでいる状態ですが、もとの区画が地階だったこともあり、かなり調べやすい状態です。


 しかし、結果から言えば、誰かが不法に侵入したりした魔術的な痕跡は見当たりませんでした。帝都が包囲されている最中とはいえ、さすがに国庫を火事場泥棒するのは不可能でしょう。瓦礫の中に金のかけらすら残っていなかったことから、爆発のあとに持ち出されたわけでもなさそうです。


 では一体、誰が、どのように持ち出したのか?

 あり得るとすれば、宮殿内の転移魔法陣を使って、帝都の外に持ち出したとしか考えられませんが、正規の転移魔法陣には該当するような使用の痕跡はありません。

 とすると思い当たるのは、皇帝が使った地下の魔法陣。

 しかしあの空間は“黒の涙”の爆心地でもあるため、今はがれきの下に埋まっており、詳細に調べるためには通路を掘り返すしかありません。




 地下発掘を新政府軍に依頼しているうちに、3日が経ってしまいました。

 ルキアが苦い顔をして、クリオに相談を持ちかけます。


「困ったことに、帝都の商工業連盟から強い要請が来ている。市場の開放はともかく、一刻も早く帝国通貨“ギニー”の保障を宣言しろというのだ」


 これは当然といえば当然の要請でした。

 帝国が倒れた今、帝国が発行していた通貨の価値がどうなるのかは、すべての国民にとっての死活問題です。

 クリオは冷静に答えます。


「要求自体はもっともです。保障に応じないわけにはいかないでしょう。しかし、現実問題として国庫には兌換可能な金の在庫がありません。ここは管理通貨制度への移行も含み持たせつつ、新通貨との等価での兌換のみ保障する形でいかがでしょうか」


 ルキアはうなずき、クリオの案に賛同します。


「閣僚たちもそれしかないという認識だ。早急に案をまとめるので、そちらの戦略と齟齬がないか、確認してくれ」


 クリオが了承の意を示します。

 続いてルキアは、シメオンに状況を聞きましたが、シメオンは首を振ります。


「ダメだな。衛兵たちに聞き込みを行っているが、有力な目撃証言は得られていない。というのも、リューベックがゴーレムを帝都に展開し、王族の避難が決定された時点で、大理宮の衛兵は最小限を残して市民への配給や警邏に動員されていたようだ。その影響で、もともと魔術的な警備が厳重な国庫周辺などには人員が配置されなかった。当日、あの場所にいた兵士が、そもそも存在していない」


「その命令を出した人間は?」


「配置を決定したのは憲兵隊長だが、行方がわからない。爆発で吹き飛んだか、王族連中と一緒に逃げたか、どちらかだろう。地下に埋まった魔法陣を掘り出すまで手詰まりだが、要請を上げてきた商工業連盟の連中が絡んでいる可能性もある。とりあえず、そいつらを当たろう」


 ルキアは仕方ないといった風情で、シメオンの提案を了承しました。

 クリオが加えて言います。


「ルキア将軍、本日は例の脅迫者からの連絡があると思います。魔物の国の人間はあえて同席しないほうがよいでしょう。脅迫者からの要求には明確な回答を避けつつ、条件さえ折り合えば妥協できるような余地を見せ、できる限り交渉を引き延ばしてください」


「どれくらい引き延ばせばいい?」


「決裂しない範囲で、何日でもかまいません。明日まででも」


 クリオの答えに、ルキアは驚いて聞き返します。


「明日まで? それで大丈夫なのか?」


「まずは明日まで。明日になったらまた交渉です」


「……わかった。ひとまず、できる限り引き延ばそう」


 ルキアは苦い顔でそう言い、交渉に向かいました。

 僕とシメオンも、新たな調査対象のもとへ向かいます。

 果たしてこの難局を切り抜けることができるのか、不安を抱えたまま、人間の新たな国の建国が近づいていました。

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