戦いの終わりに
第41話 脅迫
僕が大理宮のがれきの中から救出されて、5日が経ちました。
まだ魔物の国には、自分の無事を知らせることができていません。
魔物の国と繋がっていた転移魔法陣や、通信のための魔力回線等は、大理宮の崩壊とともに壊滅してしまいましたし、僕自身も魔力が空っぽになってしまい、通信を開通させるための作業ができなかったためです。
ルキア艦隊の魔術師たちに手伝ってもらい、大理宮の跡地に仮設工房を建て、魔法陣の構築にようやく手をつけられたのが昨日のことでした。
「……よし、これで魔物の国からの発信が拾えれば、通信が可能になるはずです」
魔法陣の調整を終えて一息つくと、構築を手伝ってくれた人間の魔術師が僕に握手を求めてきました。
「いや、素晴らしい。秘匿性を十分確保しながら、わずか1日で通信可能な状態まで構築できてしまうとは……これほど広範かつ実践的な魔法陣構築の技術をもった魔術師は、帝国でも珍しい。しかも、まだわずか16歳だというのだから、驚きです」
「いえ……まだまだ未熟です。ところで」
リューベックの前では子供同然でしたよと言いそうになるのを飲み込んで、僕は話題を変えます。
「ルキア提督はどちらに? お忙しいとは思いますが……」
「ああ、提督なら、今日は戻られるはずです。各地に残った帝国陸軍も、続々と投降してきており、もはや大きな敵はいません。新体制の閣僚候補となる方々も集まり、ようやく新国家樹立宣言の準備が整うのです。帝国は去り、共和国がやってくるのですよ」
そんな話をしているところに、僕を呼ぶ声が聞こえます。
「エル、魔物の国との通信は繋がったのか?」
出会ったころよりもずいぶん優しくなった、ルキアの声です。
周囲の兵士たち、魔術師たちが、一斉に敬礼の姿勢を取りました。彼らの眼差しは、救国の英雄を見るように輝いていました。
僕は、同盟者に対して最大限の敬意を表して頭を下げ、恭しく答えます。
「ルキア提督、通信のための魔法陣は構築が完了し、あとは魔物の国側からの発信を捉えるばかりです。エテルナ様は必ずやあなたとの魔力通信を試みているでしょう。間もなく通信は可能になると思われます」
「そうか。実は、折り入って魔王に頼みたいことができた。できるだけ早く話したい」
そのとき、魔法陣に反応がありました。
すぐにこちら側も魔力の波長を合わせ、接続を試みます。
「これは……魔物の国の通信魔術とは形式が異なります。相手先が不明ですが、明らかにこの場所……大理宮跡に向けて発信されています。つなぎますか?」
僕がルキアに聞くと、ルキアは
「相手先不明? 陸軍や艦隊ではなく、なぜ帝都に宛てているのか不可解だが……つないでくれ」
「わかりました。通信開始します」
通信が繋がると同時に、魔法陣の上に映像が浮かび上がりました。
相手先不明の通信のため、回線が非常に不安定で、映像も荒くなっていますが、どうやら向こうでは暗い空間に人が何人か集まっているようです。異様なことに、その人々のすべてが、奇妙な仮面で顔を隠しているのでした。
魔法陣を通じて、くぐもった音声が聞こえてきます。
「……おお、繋がったようだね。そこにいるのはルキア……“鉄のはらわたのルキア”かな?」
ひどくノイズのかかった、ざらつくような声。どうやら音声は向こう側の魔術によって、加工されているようです。
「反乱軍において、誰が主導権を握っているのか不明だったので、あえて帝都に宛てて通信を飛ばさせてもらったのだが、やはりきみが首魁かね?」
その声に、ルキアが不快そうに答えます。
「ひどく昔の通り名で呼んでいただいて恐れ入る。陸軍は各地の残存戦力の掃討と投降者の受け入れにかかり切りなので、私がここにいるだけだ。正体を隠して、一体どんな要件か」
映像の人物が、体を揺らして笑いました。
「ヒヒ、そろそろ国庫の異常に気付いたころかと思ってね」
「……金を持ち出したのは貴様らか?」
「いやいや、わしらは知らんよ。知らんが、わしらの手元には、まっとうな手段で稼いだ金がある。ほれ、このように」
その言葉とともに、映像が切り替わり、大量の金塊が映し出されます。映像は、あえて金塊に刻印された番号まで、詳しく映していました。
「照合してもらえばわかるが、これはこの度の騒動で国庫から持ち出された金塊とは違うものだ。合法的に流通し、正当な手段で入手された金塊だよ」
「……それで?」
「わしらは新政府を支持する。その証拠に、この金を新政府に寄贈しようと思ってな」
「条件は?」
「わしらが指定する人間を、新政府の閣僚に加えることだ。8人ほど加えてもらいたい」
その言葉に、ルキアは激昂して机を叩きます。
「馬鹿な! 国務大臣の枠はもとより14人だ! 新政府でもその数は変わらん! その過半数を指定するだと!?」
「ああ、中でも陸海軍の長はこちらで指定させてもらう。軍の統制は文民が行うべきだからな」
「断る。貴様らがどんな人間なのか、おおよそは予想がつく。数多の命を犠牲にして、革命を成したのだ。ここで骨抜きにされてたまるか!」
映像の人物は、ルキアの答えを予想していたかのように、不敵に笑います。
「よかろう。ならば理想の閣僚を揃え、新政府の樹立を宣言するがよい。市場が開放されたそのとき、わしらは一気に新政府の通貨を売り浴びせる。違法性は一切ないが、それで新政府は瓦解するだろうよ」
「なんだと?」
「まあ、よく考えるんだな。わしらはなにも、新政府の権力すべてを寄越せと言っているわけじゃあない。ただ自分たちの権利を守ろうとしているだけのこと。共和制けっこう。身分制度の解体も、ある程度は認めよう。しかしな、程度というものがある。まあ、ゆっくりと交渉しようじゃないか。わしらは、戦争よりも対話を尊ぶ平和主義者なのだから。3日後、またその魔法陣に通信をつなぐ。そこはそのままにしておきたまえ。魔法陣の形式がいささかでも変わっておれば、交渉は決裂と判断させてもらう」
その言葉とともに、通信は途絶しました。
ルキアは、ため息をついて言います。
「逆探知は……無理だろうな。こちらは仮設の工房で、簡易な構築の魔法陣。そこを狙ってきたんだろう。もとより計算ずくというわけだ」
重苦しい空気が漂う中、再び魔法陣が反応を示します。
「……今度こそ魔物の国からです! 繋ぎますよ!」
ルキアの顔に少し明るい色がさし、うなずきます。
通信を開始すると、すぐさま魔物の国の魔術師たちの声が響きました。
「つながったぞ! エテルナ様、つながりました! おお!? エルンストです、エルンストがいますよ!」
「なんだと!?」
次の瞬間、エテルナ様の姿が大写しに映し出されます。
「エル! この馬鹿! 生きているならなぜ知らせない! 私はお前が……!」
魔法陣に、エテルナ様が顔を真っ赤にして涙ぐむ様子がはっきりと映し出されています。
僕は慌てて言いました。
「エ、エテルナ様、申し訳ありません! 大理宮は爆発してしまい、僕も魔力が空っぽで……とにかく、人間の国が大変なんです! まずは話を聞いてください!」
重苦しかった空気がやや奇妙な感じに変化したところで、ルキアが通信に割って入ります。
「魔王エテルナ、通信が途絶してしまい申し訳ない。軍の秘匿回線では魔物の国との通信は不可能であったし、さりとて正式な調印を前に、かつての敵国と公開通信を行うわけにはいかなかった。まずはそのことを詫びよう」
ルキアの登場に、エテルナ様は威儀を正して答えます。
「提督、謝罪には及ばない。あなたの勝利を祝福する」
「ありがとう。しかし、早速だが魔王に相談しなければならないことができてしまった。余人を排して話したい」
「わかった。個人通話に切り替える」
しばらくして、通信形式がエテルナ様だけに聞こえる通話に切り替わりました。
残念ながらというか、こちらの魔法陣にはそうした機能を実装していないので、こちら側ではだだ洩れの状態です。
「ついさきほど、匿名の通信を受信したのだが、新政府を脅迫するものだった。彼らは帝国の国庫から退蔵していた金を隠匿し、かつそれとは別に大量の資金を準備しており、新政府の閣僚の半数を自分たちの指定する人間にしなければ、新政府の通貨を売り崩すと言ってきた」
ルキアの言葉は単刀直入でした。聞いているのはルキア艦隊の兵たちだけとはいえ、ルキアの兵に対する信頼は並々ならぬものと言えるでしょう。というか、魔物の国がこれにつけ込んでくるとは、一切考えないのでしょうか?
「国庫が空だったのか」
「ああ。今、新政府には投機的な攻撃に対する備えがほとんど無い状態だ。急ぎ市中から資金を集めるが、魔物の国にも協力を願いたい」
「そういうことなら心配ない。レミリア・ギルモアが予想した通りの事態だ。間もなく、最高の人材がそちらに到着するだろう」
その言葉とほとんど同時に、兵士の声が響きます。
「ルキア様! 帝都沖に魔物の国の艦船が来着、和平条約調印大使のレミリア・ギルモア伯と、中央銀行総裁クリオール・クリオール氏が、帝都への入港を求めています!」
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