第31話 決闘

「まずは名乗ろう。私は帝国海軍中将、ルキア・トルメキア・エウティシア。帝国海軍の第三艦隊を預かる身。こうして魔王エテルナと戦いの場で見えたことを、光栄に思う」


 ルキアは穏やかに、しかし発する武威を少しも損なわず、そう言いました。

 白銀の鎧に輝く長剣、男性性すら感じさせる鋭い面貌に、燃えるような強い意志を感じさせる瞳。気品と力強さを兼ね備えた声。

 帝国随一と謳われる将軍は、王者の風格を備えた人間でした。


「早速だが、この船に乗り込もうとしている兵士たちを止めてもらおう。船上に降り立った者から順に、銃弾の雨を浴びることになる」


 見ると、すでに帝国軍の兵たちは列を成して銃を構え、射撃準備に入っています。

 そして、その手に握られているのは、火薬銃でなく、魔弾銃。

 多重に妨害魔術の張り巡らされたこの船上で、もしこの数の銃火を浴びれば、魔王たるエテルナ様ならともかく、一般の兵士たちはひとたまりもありません。


「……総員、そのまま停止せよ! 再度号令あるまでその場を動くな!」


 エテルナ様も同じように状況を読み取り、使い魔に命令を授けて、後方の船に飛ばします。僕も、手持ちの使い魔を同時に放ちました。


「読まれていたというわけか」


 エテルナ様はルキアを睨みながら、そう問います。

 こんな規模の妨害魔法陣は、この船だけでは到底構築できません。僕たちが索敵網だと思っていた船同士の連結は、このしかけを隠すための迷彩だったのでしょう。

 輪形陣を組んで船団そのものを魔法陣化し、要塞規模の結界を張って、僕らが飛び込むのを待ち受けていたというわけです。


「しかし、私が奇襲を決意したのはわずか二日前のことだ。仮に魔王府に内通者がいて情報を漏らしたとしても、この規模の魔法陣構築が間に合うわけがない。どうして貴様はこれほどの罠を用意できた?」


 意外にも、エテルナ様の問いを笑い飛ばすことなく、ルキアは応じました。


「……将というものは、自らの一手に敵がどう応ずるかを想い続ける。敵を調べ、敵に学び、敵の思考をなぞる中で、時として味方以上に、敵のことを深く知ることになる」


 そう語るルキアは、なぜか、この会話をたのしんでいるように見えました。


「おそらく、魔物の国の誰より、私はあなたのことを高く評価している。魔王エテルナ、あなたなら必ず、こうしてやってくると思ったよ。。あなたならば、絶対に籠城策はとらない。なぜなら、それがあなたの王たる資質だからだ」


 それから、ルキアは剣を抜いて、驚くべきことを言いました。


「私は本当に、あなたに会えて嬉しいのだ。だからこそ、この申し出を受けてほしい。偉大なる魔王に敬意を表し、一対一での決闘を申し込む」


「なんだと?」


 エテルナ様は、意味がわからないといった顔で聞き返します。


「むろん、私が負ければ兵を退こう。その代わり、あなたが負けた場合は、私に降伏してもらう。魔物の国ごとな。私は一兵も損なうことなく、あなたの国を手に入れる」

 

 あからさまな挑発。

 しかしこの侮辱、エテルナ様は怒らずにおれないでしょう。


「舐めるな! 未熟とはいえ魔王を、たった一人の人間が打ち倒せるものか!」


「試してみよう。剣を取れ」


「……いいだろう、その驕慢、後悔させてやる」


 エテルナ様が、腰の刺突剣を抜き放ちました。


 それは、魔王家に伝わる重代の宝剣。

 針のような極細の剣身は、到底人を指し穿つことなどできそうもありません。

 しかし、魔王が手にすると、剣は禍々しい細工を蠢めかせ、その腕に絡まり、血を吸い始めるのです。そうして、剣は赤く染まりながら、先ほどの数倍にもその身を膨らませました。


「魔王エテルナ、参る!」


 裂帛の気合とともに踏み込み、斬撃一閃。


 長剣で受けるルキア。

 魔力と魔力のぶつかる、すさまじい衝撃。


「多重結界の中でこれほどの魔力……ッ! これが音に聞こえた“吸魔の剣ブラッドソード”か! 」


 魔力で編んだ剣の長所は、軽く、それでいて十分な威力を発揮できる点です。

 加えて、先代魔王グラムから直々に手ほどきを受けたエテルナ様の剣術は、武芸としても超一流。

 いかな帝国の将軍といえども、一対一で対峙するなど無謀もいいところです。


 しかし、そこからの戦いは、想像を絶するものでした。


 一撃一撃が破城槌のような衝撃を放つ剣撃。

 それを数十度も叩き込まれながら、かろうじてとはいえ、受け止め続けるルキア。

 もはや人類の、一個体同士の戦いとは、到底思えない様相――。


 果てしないようにすら思えた攻防の末に、勝負を決める一瞬が訪れました。


「――もらった!」


 連撃の中に仕込まれた撒き餌フェイント

 ルキアの長剣が空を切り、鉄壁の防御に生まれた一点の空隙。

 

 圧倒的な魔力が込められた一撃を、辛うじて剣で受けるルキア。


 激しい衝撃と魔力の爆発に、ルキアが弾き飛ばされ、甲板を転がりました。


「ルキア様っ!」


 駆け寄ろうとする兵士たちを制しながら、ルキアが立ち上がります。


「……さすがは魔王だ。腕のほうを折られるところだったよ」


 しかし、なぜエテルナ様は追撃しなかったのか。

 いえ、それどころか――。

 なぜ、エテルナ様のほうが、地に膝を突いているのか。


「――その剣、聖武具の類か」


 荒い息――不規則な呼吸が知らせるのは――の兆候です!


「我が故国トルメキアの王家に伝わる宝剣“ディフェンダー”は、砂漠の砂のようなもの。どれだけ強力な魔力を撃ち込んでも、散らして受け流し、決して折れることはない。はるか古代、魂を食らう邪神を封じた英雄の剣だ」


 ルキアはその剣をくるくると回しながら、近づいてきます。


「魔王エテルナ、戦場での経験の浅さがあなたの敗因だ。感情のたかぶりに任せ、魔力の異常な消耗に気づかないまま剣を振るい続けた。城一つ消滅してもおかしくないくらいの魔力が放たれていたぞ」


「……まだ負けたわけでは……ないっ!」


 底から絞り出すような魔力とともに、エテルナ様が放った起死回生の一撃。

 それは、あえてルキアの剣に向けられていました。


 金属音とともに、跳ね上がる長剣。

 のけ反るルキア。

 身を捨てて踏み込む一歩。


 ――刺突。


 ルキアの肩に、深々と刺さる吸魔の剣。

 そして、魔力の爆発。


 再び弾き飛ばされたルキアの肩は、血に染まり、再び剣を持つことは不可能に見えます。

 一方、エテルナ様も、魔力を使い果たし、立ち上がることができません。


 それでも、決闘に勝利したのはエテルナ様。

 そう思えました。


 しかし、次の瞬間、その喜びは消え失せたのです。


 ルキアの肩の傷が光を放ち、肉体がたちまち復元していく――。


「……触れれば魔力を失うとわかっていながら、あえて剣を狙うその不屈の闘志。賞賛に値するよ、エテルナ。普通の決闘なら、文句なくあなたの勝ちだ」


 ルキアは、苦痛からか、それとも自分の戦法を恥じる気持ちからか、苦し気に笑って言いました。


「それでも、負けるわけにはいかない戦いだ。策謀家というのは、二重三重に罠を張って、絶対に負けない状況をつくってから戦うものでね」


 今は、ルキアのその回復力がどこから発しているのか、僕にもわかります。


 治癒の力を帯びた鎧。

 それも、致命傷ですら一瞬のうちに癒してしまうほどの。

 伝説の剣と鎧、どちらも一軍人が所有できるようなものではありません。

 国宝級の武具をふたつも持ち出してくるなんて。


 ルキアが、勝利を宣言するように、倒れたエテルナ様に剣を突きつけます。


「魔王エテルナ、約束は約束だ。私の軍門に降ってもらおう」

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