あと九十七本... 「かいだん」(変換自由)

「そういえばさ、これって新しい怪談ができる前兆とかじゃないかなぁ」


 ファーストフード店の一角で、向かい側に座った高瀬詩希はいきなりそう切り出した。

 その時の俺は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。別段いつも通りだったが、何気なく眼鏡を外してよく見ようか考えていたところだった。とはいっても、もしその前の話をじっくり聞いていたとしても、何の話かまったくわからなかったに違いない。


「……今度は何の話だ?」

「あ、えーと……この間市内で殺人事件があったじゃん。それが変な噂が流れててさ」


 俺に話が通じなかったのは理解したらしく、説明は最初からだった。

 彼女は同じクラスの女子ではあるが、別に付き合っているとかそういうのじゃない。とはいえ仲が悪くないのは事実だ。でなければこんな所でお互いポテトを食べながら話などしない。他にちゃんとした理由もあるが、それはいいだろう。


「最近じゃ二件くらいあっただろう、どっちだ」

「……付き合ってた男の人が、女の人を殺しちゃった奴」


 思い当たる事件はあった。

 わかったと頷いて、続きを促す。


「こーいうところで話す内容じゃないんだけど…、その人さ、殺した後に右手だったかな? 女の人の右手を切っちゃったんだって。死体は捨てに行った後も右手だけ部屋の中に残ってたみたいで」

「偏執狂か?」

「かもしれないけど……なんかそれが目的じゃなかったみたいで。怯えてひとりでずっと喚いてたところを、苦情言いに言った人たち? ……なのかな、とにかく心配した近所の人が発見したみたい」

「それも凄いな」


 高瀬は少しコーラを飲んでから続けた。


「それがさ、なんか物凄く取り乱してて、ずっと殺した女の人が自分を指さしてるって言い続けてたみたいで」

「ああ、そこで怪談の話につながるのか」

「そうそう。殺した人が幽霊になってずっと自分を指さしてるっていうの? そういう怪談になりそう。なんで手首を切ったのかはわかんないけど」

「大方、最初にバラバラにしようとして失敗したとかかもしれないな」

「うぇえ……」


 自分から話を振っておいて、なんだその反応は。

 でも、普段は遠いところで起こるはずの事件が市内で起こったという事は、結構ショックも大きいのかもしれない。高瀬の場合は、その分好奇心も強そうだが。

 とはいえポテトが減らなくなりそうなので、話の方向性は変えておくことにした。


「でも、怪談なんていうのはそんなものじゃないか。多分殺した事による後悔とか、ショックや見つかったらどうしようという恐怖心とか…、そういうのが無意識にあったからこそ、自分を指さしてくる被害者となって見えたって事はあるかもな」

「そんなことってあるの?」

「全てが幻覚だとは言い切れない……けど、幽霊を見る側の精神状態にも左右されるんじゃないかとは思ってる」

「精神状態?」

「例えば好きな家族が死んだらショックだよな?」

「うん」

「でも、些細な偶然がきっかけで……、例えば位牌が落ちるとか、夢の中で好きな物を食べてるとか……。そういうのがキッカケで、まだ見守ってくれてるとか心配で帰ってきたのかもと思ったりするのって、悪い事じゃないだろ。それこそ幻覚だと言うのは無粋というか」

「あー、うん。それが立ち直るキッカケとかになったら、悪い事じゃないね」

「そういう事じゃないか。同じように、そいつも自分が捕まるんじゃないかって意識があったからこそ、自分の思いが幽霊となって視えたのかもしれない」

「うぅん…」


 高瀬は唸ったような声をあげて、じっと考えているようだった。


「……まあ……ひょっとしたら、本当に被害者の幽霊が本人を指さしてたのかもしれないが」

「わざわざそこに戻るんだ!?」


 それ以上言うと文句を受けそうだった。気が付かないふりをして自分の携帯電話を開き、時間を見せる。


「……そろそろ5時半だけど、どうする?」

「え、もうこんな時間? そろそろ帰らないと!」


 高瀬が慌てて残りのコーラを飲みだした。俺も携帯電話を鞄にしまい込み、高瀬の準備が終わるのを待った。

 ゴミを片付けてファーストフード店を出ると、俺たちは帰りの方向に向けて歩き出した。


「ところでさ、雨宮君」

「なんだ?」


 高瀬は大通りの一点を見た後、俺にこう言った。


「あの道路に立ってる背の高い黒い人って…」

「……えっ?」

「あ、やっぱいいや、行こう」


 俺は思わず眼鏡を外して其方を見た。俺もまた、レンズを通さないで見た世界には、本来あるべきでない物が、ありえない物が映し出される。

 それでも、幽霊――少なくとも人の姿をした、幽霊だと判断できるもの――とも言い難い、背の高い、人型の黒い影が信号機の向こうに突っ立ってゆらゆらと揺れているのを目にした時は、すぐに視線を離した。

 高瀬を見ると、既にそいつの事など眼中にないかのように歩き出していた。


「今のはどう思ったんだ」

「やー、関わんない方がいいかなって」


 一番わけのわからない怪異に真っ先に遭遇するのは、その実、高瀬なのではないか。

 俺はそう思って仕方がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る