第4話
「それとも、ふところで温めたほうがよかったかしら?」
「歴史の授業か大河ドラマでもあるまいし」
「ニョタイカのラノベ、っていうのもあるわね」
彼女は軽く微笑む。
「そのあたりはよく分からないな」
ライトノベルという言葉は耳にしたことがあるものの、授業以外で本を読む習慣のなかった俺には、そのあたりのことはとんと理解できなかった。ましてや「ニョタイカ」なる言葉においてはいかような字を当てるべきなのか見当も付かなかった。
「彼氏ならば勉強してもいいじゃないの?」
「検討しておく」
すると半林は頬を膨らませて不満げな口ぶりで、
「彼氏なら即断即決でしょ」と。
そういうと、そう大きくもないはずのポケットから文庫本をいくつか取り出す。
「こっちがネタ元。実在の人物を美少女に置き換えてるの」
三冊も出てきた。物理的におかしくないか?
「これは男子が美少女に変身する話。もう一つはトランスセクシャルもの。みんな女体化」
よくわからない、けど、嬉しそうに話す半林を眺めていると自分も幸せになってくる。
「貸してあげる」
ビニールのカバーのかかった文庫本は、まだ新品のようだった。
「いいのか?」
「読書用、保存用とは別の布教用だからだいじょうぶ!」
「布教……って、いままでに布教したことは?」
「ぜんぜん。和之がはじめて!」
「なんかもったいないような……」
俺は借り受けた文庫本をまじまじと見た。
さきほどの、悠木の下敷きに描かれた図柄の、色違い(あとで知ることになるが、ハンコ絵、などというらしい)の人物像が、その表紙にはあった。
そろいもそろって短いスカートと長すぎる靴下を穿き、まるでふとももの露出量の少なさを競いあっているように感じられた(同じく、これを絶対領域というらしい)。
それぞれ戦国自体ふうの甲冑、よくわからないが戦隊ふうのバトルスーツ姿、セーラー服という違いはあるものの、いずれも着崩し、もしくはそういうデザインの服なのか、膨らみのある胸元の肌が露出していた。
「好き……なの?」
「えっ」
俺が本を見る以上に、興味深そうに俺の顔を覗き込む半林。
「いや、そうしいうわけじゃなくて、ほら、もの珍しいから」
慌てて反論するも、半林はにやり、として
「胸、でしょ」
と言葉で突いてくる。
そりゃ、健全な高校生男子としては、やっぱり、なんというか、そういうところに目がいっても不思議じゃないよな、俺。
ただ、胸という言葉からは、
「夏奈加……さま、のほうが大きくないか?」
と言わざるを得なかった。彼女の胸は並のグラビアアイドルよりもよほど豊満だと思う。
「何言ってるのよ、和之」
俺の背中を冗談交じりに軽く小突きながらも、半林は自身の胸元を押さえて、自らの感触を確認し始めていた。
「お世辞はいいから、ちゃんと読んで、感想きかせてね」
そう笑顔で念押しされると、ひどく難解な宿題を与えられたような気になった。
「そうそう、せっかく出したのだから、靴、履いてね」
「ああ、わりぃ、わりぃ」
俺はあわてて靴を履き替える。
脱いだ靴を半林が手に取り、靴箱へしまう。ちょうど蓋で表情が隠れてしまう。
俺の靴を片付ける半林は少し手間取っているようにも見えた。
「どうした?」
「あ、いやいや、槇嶋和之くん、なんでもないわよ」
なぜだろうか、ひどく焦ったような口ぶりで、俺のフルネームを口にした。
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