第2話

 否定ではなく、何となく肯定するような台詞を聞いた半林は、

「よろしい。裏切ったら『胸触ったセクハラ男』ってことで吹聴してあげるから、絶対に隠し通してね。その後のことも」

といいつつ、いつもの美少女然とした表情に戻った半林は、立てた指を口許に当てる。

「とにかく、帰りましょ」

「いや、もう少しここで勉強を」

 そういう俺の腕をガッと掴む。

「今日から和之君を監視するの! だから、一緒に帰りましょ!!」

 その時、再び教室のドアが開く。今度は一気に、ガラガラ、バシャンと豪快な音を立てて。

「おっ、槇嶋と半林じゃねーか。お前ら、いちゃついてんのか?」

 やってきたのは、その下敷きの持ち主、悠木崇史ゆうきたかしであった。

「ちがうわ……」

「そうだ、俺の彼女だ。だがな、みんなには言うなよ。付き合い始めたばかりだから、まだ秘密な」

 俺は、半林の否定を遮るようにして肯定した。どこまで見られたかわかったもんじゃないから。とりあえずの止血、という考え方だ。

 それを聞いた悠木は、すんなりと理解したのか、

「わかったよ。黙っておく。それよりも、俺の彼女忘れちゃってさ」

と言い、俺たちの近くまでやってくると、絵入りの下敷きを丁寧に、丁寧に持ち上げて、俺たち二人の目の前に突き出す。

「ちなみに、俺の彼女はコイツな」

 そう言われて絵をまじまじと見てみたが、あり得ない方向に飛散した髪型と、爆発、という言葉が適切に思えるほどにデフォルメされた瞳と胸に強烈な違和感を覚える。何の目的で、この絵を描く人がいて、この絵を下敷きにして、流通させ、さらに目の前の男が買って使っているのか、目を細めて凝視しようとも理解に苦しむ。

 突きつけられた好きな絵柄に、ややうつむき加減の半林。あ、コイツも好きだったな。

「ごめんな、半林さんみたいな女の子はこういうのキライだよな。俺、帰るわ。」

 気まずいと思ったのか、悠木は下敷きを鞄に詰めて教室を出る。駆けていく音がどんどん遠くに沈み、やがて再び静寂が訪れる。

 それを確認して、俺は口を開く。

「すまないな、恋人、なんて勝手に言っちゃって。悪い噂が立ったら、ホント、ごめん。でも、お前の趣味に対して俺は何も言わな……」

 そう俺は、こんな可愛い女の子に対して、彼女、なんて言葉を肯定したことを恥じた。しかし、その言葉に、半林は目を輝かせた。

「恋人! なんかそのギャルゲーみたいなシチュエーション、いい。採用!! 今日から恋人として、和之君を監視します」

 そう宣言する半林に押されて、俺は、ははは、と苦笑いするしかなかった。

 監視……か。

 殴られてもおかしくない、晒されても構わない、とすら思っていたところ拍子抜けするような反応。杞憂というか、見当違いというか。

「とにかく、恋人気分で帰りましょ。一緒に下校よ」

「いいのか?」

 なんか、先程までのキツい感じの半林が一転、なんか乙女チックになったような変化に戸惑いながらも、俺は教室を出る。続いて、半林も。

 半林は、早足で俺の横にぴたりとくっつくと、さっそく恋人として腕を絡めてくる。その腕に彼女は頬を寄せ、ひくひくと匂いをかぐ。

 そんなうれしそうに恋人然とした態度をされると、むしろこちらが恥ずかしいのだが。

「あくまで、恋人の関係は恋愛ゲームなんだからね」

 なんか、気分削がれるな、その言葉。

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