誇りまみれの竜賭博 第11話 天に背き 面影と離れ





 ラマム・バグラシーは、愛用の眼鏡の角度を何度か調整した。目の前の画面に映る、旧知の男、デリクス・デミトリウスの表情に違和感を覚えたからだ。顔にはかつて見たことがない精気が宿っている、ように思えた。

「どうかした?」

 聞こえてきたのはいつもと全く変わらない、とぼけた調子の声。思わず瞬きして見直せば、いつものいささか締まりのない中年男の顔である。ラマムは咳払いを挟んで、気持ちを引き締めた。

「報告。グリオーディアは依然進路を変えず、ハルフノールに直進中。あと三、四日で到達する」

「被害状況は?」

「観測点が七つ全壊、五大国の近隣、八村九街一国が全滅。死傷者の数はこれから上がってくるだろうけど、千人単位であることは間違いない」

「なるほど……って一国?」

「ミストリユ王国は首都ランダルフを含めて全地域が壊滅。五大国に次ぐ歴史と勢力を誇った国が、黒竜王の息吹一息で跡形もなくなったわ」

 狂うことのない正確な報告で知られるラマムの声が震えた。ミストリユ王国といえば、直感と運命の神シャステルを信奉する古き国である。もともとは遊牧を生業とする移動国家だったが、近年の平穏を受けて、定住を図っていた。

「流天の道を変えたのが仇となったのかね。ランダルフは竜の到来のない、いい位置に作られたと街だと思っていたけど。再び遊牧の国に戻るか」

 デリクスの予想を、しかしラマムは否定した。

「ミストリユ王国の版図、ミダイ大平原は全て焦土と化した。たとえ彼らが初めから定住していなかったとしても、全滅は避けられなかった」

 それは今回の観測上、初めてグリオーディアが放った息吹であった。周辺国からも観測できるほどの強烈な一条の光が身を潜めるかのように灯を消し、息を潜めたランダルフに降り注ぐと、夜空に昼のような輝きが満ち、ついで全大陸にまで響き渡る轟音が世界を包みこんだ。世界そのものを鳴動させ、グリオーディアは何事もなかったかのように空を舞い去ったが、あとに残されたのはまごうかたなきこの世の地獄だった。ミストリユ王国の民たちは、神に祈る間すら与えられず、魂ごと焼き尽くされたのだろう。精霊も死に絶え、鬼族すら住めぬ死地となり、かつての肥沃な草原地帯に戻るまで、一体どれほどの時間が必要となるか予測すらできなかった。

「グリオーディアの息吹は志力計測不能。【大いなる円蓋】でも食い止められるのかどうか分からない。今頃技術部隊はやっきになって計算しているけど……これを見て。人類がようやくに入手したグリオーディアの姿」

 ラマムの顔が消え、超遠景で捉えたグリオーディアの、悠然と空を移動する姿が画面一杯に映し出された。

「これが……」

 竜はその体の全てが志力で構成されているため、中空にその巨体を留めたまま飛び続け、地に降り休むことなく移動することが可能であるが、それにしても遠近感が狂うほどの巨大さは、何というべきだろうか。都市を丸ごと覆いつくしてなお足りぬ。山、というより山脈が空に浮かんでいるという違和感を、理性が上手く処理できない。禍々しくも雄々しい巨大な翼、一際長い首に何者にも従わぬという強烈な存在感を宿しつつ、沈黙のままに移動し続ける竜王を評する言葉は、人間が表現できうるものでは到底なかった。ただ遠くから眺めているだけの映像に、ここまでの敗北感を抱いたことにデリクスは慄然とさせられる。人間は、本能的に竜を恐れるとされる。神の恐れがそのまま人に引き継がれた、というが、よりにもよってそんなものを引き継がないでほしい、とデリクスは独りごちた。黒く輝く竜の鱗は、見ていると底なしの暗闇に引きずり込まれるような錯覚を覚える。それでも観察を続けようとすると、突如画像が途絶えた。

「もしかして……」

「そう、グリオーディアに捕捉され、破壊された。観測所にいた人間は全員死亡。彼らの残した最後の貴重な映像」

「それほどまでか。黒竜王とは……」

「今回のグリオーディアの進路、私は五大国をあえて避けたと予測していた。いえ、期待していた。だけど最初から、黒竜王はそんなこと意識していない。本当に、ただ単に進路に入らなかっただけ」

「……」

「神すら滅ぼした自分が、何故人を恐れねばならないのか、とでもいいたげね」

 さすがにふざけたことをいう場面ではない、デリクスはただ目を閉じて死者への祈りを捧げた。

「五大国は、我らエスパダールも含めて、混乱の極み。確信していた優位性があっけなく崩壊されて、何も手につかない状態ね。通り過ぎたはずの地域への救援すら尻込みしている」

 ラマムは恐怖のためか多弁になっているようだ。それでも表情を必死に押し隠しつつデリクスに問いかける。

「デリクス。もし竜が本気になれば、人類などはすぐ滅びる。なのに、なぜ彼らはそうしないのかしら?」

「さあね。竜ならぬ身としては、想像のしようもない」

 肩をすくめるデリクスに、ラマムは苦笑を浮かべようとしてやめる。

「ハルフノールの避難状況は?」

「順調に遅れているよ。各国の使節団の船や、緊急転送用の法具も目一杯使っているけど間に合わないね。おそらく一万人くらいは島に残される見込み」

 軽い口調で深刻な状況を告げるデリクスに、ラマムは今度こそ不安げな表情を見せた。

「あなたはいつ避難するの?ジェズト様は本日出発と聞いたけど」

「もう少しあがいてみるつもりだよ。避難できない人間をエスパダールが見捨てた、なんて言わせないようにね」

 言葉だけは立派だが、デリクスの口調には熱意も誠意もなかった。正道の主張を唱えるとき、デリクスには何か別の考えがあることを、ラマムは長い付き合いから把握していた。しかし、今回ばかりは相手が悪い。

「いくら凪のデリクスといっても、グリオーディアを鎮めることはできないわ。あなたも早く逃げなさい」

「おや、珍しい。ラマム・バグラシーともあろうお方が俺の心配をするなど」

「心配なのはファナよ。あの子、対抗意識が強いから」

「確かジェズト侯爵と一緒の船で帰るはずだった、ような」

「そう、それならいいわ。あなたも本当に気を付けて」

「へいへい。せいぜい気を付けますよ」

 通信を閉じる。デリクスは表情を切り替えて、部屋を出る。こんなときに不安げな表情をしない程度の責任感は持ち合わせていた。


 デリクスが向かった先は港である。エスパダールの使節団の大半と、ハルフノールの避難民を乗せるだけ乗せての船旅である。決して楽な道のりではないが、ジェズトもそれぐらいの役割は担ってくれなければ困るというのが正直な気持ちであった。当の本人は、自分だけが先に出立することに、いささかの引け目を感じているようでもある。海は不気味なほどに静まり返り、まるで世界全体が竜を恐れているかのようだった。いつもは誇らしげであるエスパダールの旗も、風をはらまずにうなだれる有り様である。

「本当に残るのか?」

「ええ。正義を掲げるエスパダールが、竜が襲来する国を見捨てた、とは言われないように頑張りますよ」

 ラマムに伝えた言葉を再び繰り返す。デリクス自身は皮肉を込めたつもりはないが、受け取る側からすればそうはいかなかった。珍しくジェズトはすまなそうな顔をした。

「頼んだぞ。それから、【円柱】だが……」

「処分についてはお任せください。まあ、グリオーディアに襲われたら壊す手間が省けるかもしれませんがね。技術顧問のドグズには既に動いてもらってます」

「わかった。好きにしてくれ、スパッダの加護を」

「あなたにも」

 デリクスが甲板から降りたところで、帆が上がる。船に向け、傍目には可憐に、内心は苦虫を噛み潰しつつ手を振るのは、ファナであった。さすがの美貌にもほころびが見えるが、見る人間によっては悲壮な決意に満ちた凛々しい顔とも受け取られたかもしれない。

「本当にすいません……先輩に残ってもらってしまって」

「あ、あなたが謝ることではないわ。私だってこの街に残らざるを得ない人達を見捨ててはおけないし。当然のことです」

 背後でくっくっと笑いを堪えるエクイテオを、ファナは強い視線で睨みつける。

「あら?何かおかしいことがありまして、エクイテオ・バーン?」

「いや、さすがに正義の神スパッダの神官様は違うなと思ってね。竜に襲われる危険を顧みず、あえて残るなんてな、生半可なことじゃあできないことさ。いや立派立派」

 にやにやするエクイテオをもう一睨みしようとするが、目を輝かせるツィーガを見つけ、何とか自制する。

「テオの言う通り!先輩の献身。必ずスパッダも嘉したもう」

 ツィーガはあくまで純粋にファナを賛美する。あはは、と乾いた笑いを浮かべることしかできないファナは、内心でつぶやくだけだった。

「いい恰好なんかするんじゃなかった……」



「戦いましょう、竜と。ハルフノールを守るために」

 さかのぼること数刻前、これからの行動方針を決める会議において、座長であるデリクスに対し、ツィーガが言い放った。イヴァ、マリシャ、ヤン、そしてカイムといったトムスに雇われた人間達も顔を出している。トムス自身の姿はない、船で何やら作業をしているため不在であった。すでにデリクスとは打ち合わせをすませているようであったが。ツィーガの発言に対し、色めき立ったのはファナである。

「何を言っているの?黒竜王グリオーディアに敵う訳ないわ!むしろ犠牲者が増えるだけじゃない!」

 ファナとしては、未来のない国になど構ってはいられないという心境である。世にいる男と同じ。さっさと見切りをつけて、よりよい相手を探すのが得策というものだ。この会議の前、ジェズトの帰国命令で安心していたため、ツィーガの発言に虚を突かれたファナは動転していた。

「目的を明確にしようか、ツィーガ。我々は何を目指し、誰と戦うのか」

 デリクスの口調にも表情にも、あの夜見せた鋭さは影も形もない。ツィーガの記憶には強烈に残っていたが、他の者に伝えることでもないので黙っていた。

「はい。我々の前には竜が二体、グリオーディア、そしてニアコーグです。課せられた目標は、グリオーディアの襲来に備え、ハルフノールの市民を非難させること。そして避難の際、必ず出現するであろう、ニアコーグを打倒することです」

 ツィーガの発言に、デリクスは頷いた。グリオーディアに対抗する術を、今の人類は持ち合わせてはいない。通信で続々と届く被害の大きさには、全ての人間を暗澹とさせるに足りた。そして、その到来に乗じて、邪竜ニアコーグが新たな贄を求めてハルフノールを跳梁跋扈するであろう。ジグハルトが与えた傷がどの程度なのかは定かではないが、今のところ姿を現してはいなかった。

「デリクス。まさかツィーガの提案に乗るつもり?」

 ツィーガの前にいることを忘れて、つい本来の口調で話しかけてしまうファナだったが、気にする人間は誰もいない。

『ファナ、男にはそれでも戦わなければいけないときがある。分かるだろう』

 ラーガが声をかける。ファナはむっとした。

「別に、女だって戦うときは戦います。でも今戦って、何ができるというの?」

「この島にはまだ、戦うことのできない、逃げることのできない人たちが沢山いる。彼らをおいていくことはできません。」

「う……」

「勝算はない、です。だからこれは俺の勝手な思いです。皆を巻き込むつもりはありませんが、自分ひとりでもやります。今回は俺の博打なんです」

「その博打、乗った!」

 勇ましく宣言したのは、エクイテオである。

「まじめ一辺倒のツィーガが博打するなんて、一生に一度のことだろうぜ。一口噛まないわけにはいかないな」

「テオ、すまん」

「私も、戦います。竜と戦える機会を、逸するわけにはいきません」

 リーファが立ち上がった。小さいがしっかりと皆に聞こえる声で決意を示す。

「ファナ先輩……」

 こそこそと部屋を抜け出ようとしていたファナに、ツィーガが声をかける。

「わ、私?」

「先輩には、島の皆さんの避難をお願いしたいんです。ファナ先輩の先導なら、きっと落ち着いて避難できると思うから」

 船に乗ることができなかった者たちは、ゼピュロシア神殿に避難する予定となっていた。女神ハルの加護が最も強い土地であり、無駄なあがきとはいえやってみるしかない、というところであったが。

「お願いします」

 まさかファナが帰るだろう、とは全く思っていないツィーガの信頼感溢れる眼差しが先輩女神官に突き刺さる。エクイテオとデリクスはにやついていたが。退路を断たれたファナは、盛大に深呼吸をする。吐き切った後には、いつもより吹っ切れた笑顔になった。

「分かりました。この場に私がいる、ということは神の御導きなのでしょうね」

 ファナの後にもエスパダールの使節団の人間達が次々と旗色を明らかにする。帰るもの、残るもの様々であった。全ての言葉を聞き終えたデリクスは、のんびりとつぶやいた。

「ありがとう。残るのも、帰るのも、どちらも勇気ある選択だ。では、残る者たちにはツィーガの言をもって、今後の方針とする。本来は俺が言わないといけないことを言ってもらってすまないね」

「いや、そんな……」

「では、方針にしたがって、今後の計画を話そう。その前に、お集まりいただいたお歴々の皆様も態度を明らかにしていただきたいのですが」

 トムスに雇われた面々を前にして、デリクスの顔は珍しく真剣である。

「ちなみに、今なら間に合う。まだ緊急転送用法具は使用できます。率直に言って、グリオーディアが本当に来襲した場合、我々が生き延びる確率は極めて低い」

 誰かが唾を飲む音がする。

「私は極めて利己的な人間なので、もし作戦が上手くいかなければ、さっさと逃げるつもりです。使用が間に合えば、ですが。だから無理に付き合う必要はないんですよ」

 デリクスの視線を受けて、真っ先に名乗り出たのは、カイム・ジエンディンだった。

「私は戦います。私はハルフノールの人間ですから。エルンを、皆を守らねばならない」

 淡々とした言葉に秘められた決意の強さに、皆を静かに頷かせる。

「当然、わしもな」

 続いて声を上げたのは、ヤンだった。

「まさに、わしの勘が正しかったということよ。千載一遇、ここで我が拳を使わねば追竜者としての大義が果たせぬ」

 穏やかに決意をつげるヤンに、リーファも再び瞳に決意を滾らせた。

「あたしも乗るよ、そのために来たんだ」

 イヴァの言葉はそっけないが、悲壮な決意が込められているようにリーファには感じられた。イヴァは心ここにあらずという風情のマリシャに視線を向ける。

「マリシャ、あんたも当然乗るよな?」

 一人沈黙を守っていたマリシャは、イヴァに水を向けられると、一瞬のためらいのあと、はっきりと宣言した。

「私は、降りるわ」

「え?」

 イヴァが驚きの声を上げる。マリシャはもう一度、自分は降りると告げると、さっさと部屋を出て行ってしまう。

「おい、ちょって待てよ!待てってば!」

 あわててイヴァが追いかける。部屋を出たあと、何やら言い合う声が次第に遠くなっていった。しばらく聞き耳をたてていたが、やがてデリクスは残った人間を見回して、改めて告げる。

「あえて礼は言わないでおくよ。皆、自身で決めた選択なのだから。さて、残ると決めた皆には全力で働いてもらおう」

 てきぱきと指示を出し、やる気に満ちたデリクスの姿に、一同は不思議な顔をしつつ動きはじめる。

「何かあったのか、うちの司祭長」

「追い詰められて、ようやくその気になったのかな」

『何、揺れる船に乗るのが嫌だっただけさ』

 誰かが言った言葉を、誰も否定しなかった。



「マリシャ!」

 イヴァの声に振り向かず、人影が減った街路をずんずん歩みを進めるマリシャに業を煮やし、イヴァは肩をつかんで振り向かせる。細い肩はそれでも力が残っていた。振り向いた瞳には輝きが宿っており、イヴァをうろたえさせる。

「イヴァ、やめよう。竜と戦うのなんて」

 マリシャは、イヴァに向かって訴えかける。かつて、何度も繰り広げた口喧嘩。イヴァは懐かしさすら覚えていた。

「マリシャ」

「無理よ、絶対に敵うはずない。昨日の戦いではっきりしたじゃない。今なら帰れる。私が転送用の法術を残してきたから。二人で帰れるの」

「……」

「あなたのあの一撃は、全盛期にも劣っていない。むしろ洗練されてすらいる。それでもあの竜には傷を負わせることはできなかった!」

「……そうだね。いつもマリシャは正しい」

 イヴァの手に、全身に、昨夜の感覚が蘇る。自身会心の一突きを拒む、竜の肉体の脅威が、恐怖を伴って思い出される。

「あなたはすごいわ。この歳になるまで、修練を怠らず、最高の一撃を放って見せた。それで十分じゃない?」

 マリシャのとりなしを、しかしイヴァは受け入れることはできなかった。

「まだ終わってないよ。まだ、やることがある。今度こそ戦いから逃げることは、したくない」

「勝ち目のない戦いを避けることを、デュモンは否定していない!」

 激したマリシャの姿に、イヴァに若い頃のマリシャを思い出させた。かつてのマリシャは正義感に満ち、不正をよしとせず、いっそイヴァよりも精神は攻撃的だったのだ。

「あなたを死なせたくないの。もう十分でしょ!」

「マリシャ」

「あなたと、一緒に、これからもいたいのよ!」

「マリシャ、聞いてくれ」

「何よ!」

「昔、あたしは竜と戦うことなく、イヴァの看病をしたね」

 唐突な話題に、マリシャの勢いが削がれる。

「ええ、そのおかげで私は助かった。感謝しているわ。そして後悔している。だけど……!」

「ほんとはね、逃げたのさ。あたしが、竜から」

「え?」

 ピタリとマリシャの動きが止まる。イヴァの顔には、風雪を経た皺が刻まれている。一瞬の間に、これまでの長い年月が流れ去っていったような錯覚を覚えた。

「正直にいうとね、竜と戦うのが怖かったのさ。だから、あたしはマリシャの看病を言い訳に逃げちまった」

「イヴァ……」

「ごめんね。マリシャ。ずっと言えなかった。あんたの前では強いイヴァでいたかったのさ。だけど、いや、だからこそ今回は逃げたくないんだ」

 二人は見つめ合うのは、何度目のことか。いつも喧嘩をして、仲直りをしてきた。いつも許してもらうのはイヴァだった。今回もまた、同じように許しを乞う。

「あたしの生涯の目標、竜を倒すことに違いはない。それなのに、あたしは人のせいにして逃げちまった。今ここで戦えなきゃ、本当にあたしの人生みじめなもんさ」

 イヴァは頭を下げた。

「頼む、あたしは、あんたがいないと駄目なんだ。マリシャが見てくれれば戦える」

 マリシャを守るためになら、どんなにビビッても踏みとどまることができたんだ。悪ガキ相手の喧嘩でもそうだった。戦争でも、一騎打ちでも。背中にマリシャがいてくれた。はは、とイヴァは力なく笑う。マリシャは瞳に涙をためる。そんな姿を見たい訳じゃなかった。

「勝手なこと言わないで!私は、私のためになんか戦ってほしくなかった!」

「そりゃ、そうだよね」

「私は戦えない。戦えばあなたは死ぬ。最後まで私のせいにして、私に全部尻ぬぐいさせて!」

「マリシャ」

「私は、戦わない。あなたが死ぬところなんて、見たくない」

 再び、マリシャは言った。二人の目が合う。視線が、逸れた。そらしたのはイヴァだった。

「そうかい。あたしは行くよ。よく考えたら、それがいいのかもしれないね。マリシャには帰る場所もある。私は、これでようやっと、一人立ちできるんだし、ね」

 今度はイヴァが立ち去る番だった。

「今まで楽しかったね。二人してさ。本当に、楽しかったよ」

マリシャは大きすぎる外套を揺らす風を受けながら、去っていく背中を見つめるだけだった。





 部下達に指示を出し終えたデリクスは、次に王宮を訪ねる。

「金ならある、何とか助けてくれ!」

「貴族たちは法具で逃げ出したんだろ!自分の義務も果たさず、何が貴族だ!恥を知れ!」

 王宮の門には、自分だけは助かろうと訴える人間が多数押し寄せていた。人間の在り方として全く正しい姿なので、デリクスには何も言うことがない。むしろ、デリクス自身がやろうとしていることは、ただの道楽であることを痛切に自覚させられた。自分はいい。その道楽に他人を付き合わせてもよいのだろうかという思いは、消えることはない。裏口を案内されたデリクスは、ようやくにスクエア、ジグハルトらと対面することができた。

「お忙しいところ申し訳ありません。時間もありませんから手短に」

 デリクスはスクエアに自身の策を説明した。眠れぬ一夜を過ごしたのであろう、疲れを顔に残す王女であったが、泣き言を言わぬ態度に感心した。

「……以上となります。グリオーディアは人類全体で対処すべき脅威であり、ニアコーグもまたハルフノールにとって恐るべき存在です。二つ同時に対処するためには、この方法しかないと考えます」

 説明を受けたスクエアはなんとも言えない顔をして、ジグハルトを見た。

「どう思われますか?」

「……デミトリウス司祭長のお話は、正直言って無謀な企みかと」

 頭を振りながら、ジグハルトは正直な感想を口にした。当初一縷の望みを抱いていたジグハルトであったが、あまりに荒唐無稽なデリクスの作戦を聞いて、論評のしようがなかった。成功の可能性が有るのかどうかすらわからない話を聞かされて、目の前に星が散る思いだった。

「この未曾有の危機に対し、正常の思考では対応できませんよ。常道には常道を、邪道には邪道を、そして異常には異常を、というわけですな」

 同席しているフォンデクは何も言わない。彼もまた今の現実を見るだけの視野がある。デリクスがもたらした報告、そしてグリオーディアの映像を見たときから、この国の命数についてはほぼ定まったことは明らかであった。神を信奉してきたものが、神の及ばぬ力に接したとき、どうしようもない無力感と絶望に曝されるのは仕方のないことでもあろう。

「この作戦には、欠点もあります。もし万が一成功したとしても、陛下のお立場は非常に微妙になる。場合によっては、どこかへ姿を消してもらう必要があります」

「それは構いません。もともと、私は王などという役目を果たすだけの器量も野心もありませんから……」

「デミトリウス司祭長、あなたのご提案について、エスパダール本国は何と?」

「何も話しておりません。話せば確実に反対されますから」

 ジグハルトの問いに、デリクスは即答する。あっけらかんとした様子に、スクエアは笑ってしまった。

「それでもよいのですか?あなたにも立場というものがあるでしょうに」

「別に大した立場ではありませんよ。この国の存亡に比べたら、ね」

 淡々とした態度に、スクエアは呆れと凄みの両方を感じていた。

「……ジグハルト」

「やってみるしか、ないでしょうな。デミトリウス司祭長の言う通り、異常事態には、異常事態なりの対応をするしかない。ここで手を打たなければ、ハルフノールという国は無くなる。どうせ滅びるかもしれぬなら、賭けに出るしかない」

 ジグハルトは生い立ちも、思考法も、政略も極めて正道を貫く男である。デリクスのような発想にはついていけない部分があるが、自分の足りない部分は人に預けるだけの器量は備わっていた。スクエアは決意を込めて、デリクスに頷いてみせた。

「わかりました。デリクス・デミトリウス司祭長。あなた方の協力に改めて感謝申し上げます。この国の命運を、あなたの策に委ねます」

 そういって、スクエアはジグハルトを見る。

「ジグハルト、あなたは島を出てください。もしこの賭けに負け、ハルフノールという島が、国が、滅んだとき、誰かが残った民を先導しなければなりません」

 ジグハルトは頭を横に振った。

「お言葉ですが陛下、あなたこそ生き延ねばならない。そうでなければ残された人間は四散する。流浪の民を支えるのは、政略ではない。拠り所足りえるのは、神の意志を聴くことのできる、あなただけなのです」

 ジグハルトはあくまで爽やかに言ってのける。

「陛下がいてくださるからこそ、我々は戦えるのです。これもまた王座に座るものの義務とお考え下さい」

「……いえ、やはりそれはできません」

 長い沈黙の後、スクエアは前を向いた。

「おそらく、私が動かなければ、五大国は耳を貸さないでしょう。自分の国を捨てて、自分だけが助かろうとする国王を、誰が信じましょうか。ましてや、この『賭け』において、私にしか果たせない役目があるのでは?」

「陛下……」

「ジグハルト卿、申し訳ないが、スクエア陛下のおっしゃられた通りです。陛下がいなければ、この賭けは成立しません。この戦いの後、陛下の御身は私が責任をもってお預かりいたします」

 デリクスのすまなそうな顔に、ジグハルトは眉根を寄せ、スクエアはいっそきっぱりと笑った。スクエアはフォンデクに向き直る。

「フォンデク大僧正。あなたに避難した民をお任せします。我ら亡き後のハルフノールを頼みましたよ」

「陛下……かしこまりました」

 フォンデクは何かを言おうとしたが、結局全てを話すことなく頭を下げた。

「ジグハルト、ゼピュロシア神殿への避難の準備は?」

「はい、明日には出発できる見込みです。楽な道ではないでしょうが、何とかギリギリグリオーディアの襲来までには神殿にたどり着けるかと。一番の心配は、竜の到来により、周囲の鬼族が蠢動し、避難民を襲撃することでしょうか」

「そちらについては、エスパダールの神官戦士を配備します。特に避難誘導に関しては一人適任がおりますので」

「感謝します。必ず皆を助けましょう」

 スクエアの言葉には、ゆるぎない決意があり、有無を言わせぬ強さがあった。ジグハルトやデリクスといった男達が目を見張るほど、一夜にして彼女は変わっていた。疲れの宿る顔にそれでも輝きを秘めた姿は、一国の王としての責務を果たさんとする崇高さが宿る。

誰にも言えぬ決意が、スクエアの胸にあった。ジェラーレを助けられなかった痛み、失った悲しみは、彼女に新たな感情を呼び覚ましたのだ。王家の血ゆえ、ではない。自分の意志で、今を切り開くことを教えてくれたのは、他でもないジェラーレなのだから。もし自分が諦めたら、ジェラーレという男が残したものが本当に、何もなくなる。そのことがスクエアには、何よりも耐え難かったのだ。


 王宮を出たデリクスは、目の前にそびえ立つ影に一瞬たじろぐ。

「これは……モルガン将軍。まだ帰国されないのですか」

「はは、これは異なことを。これから本当の祭りが始めるというのに、エスパダールで独り占めとは捨て置けませんな」

 破顔一笑。華の儀のことなど最早頭にないかのように、モルガンはあくまでさわやかにデリクスに接してきた。背後には屈強な兵士が数人、完全武装で付き従っている。

「当然、本国から情報は入っているのでしょうが……まさかグリオーディアと戦うおつもりですか?」

「いやはや。俺とてそこまで無謀ではないよ。何やら手頃な獲物が出没したようではないかな?昨夜も騒動があったと聞いておりますが」

「はは、お耳が早い」

 デリクスが目を細める。

「ほかにもありますぞ。デリクス司祭長におかれては、連日の王宮への御出仕。さらには竜賭博師であるトムス・フォンダなる怪しき人物と接触しているとの情報もある」

「……」

「どうやら、デリクス司祭長殿は、ハルフノールにおいて何やらを企んでおいでの様子、本国へ照会をかけるべきと考えるが、いかがかな?」

 モルガンはニヤニヤしながら、周囲の部下達に目配せした。

「これは、参りましたな……」

 デリクスの思考が急速に回転し始める。ここにきてのデュミエンドの介入は厄介としかいいようがない。政治闘争、主導権争いなぞをしている場合ではないのだ。かといって、剣をもって排除するには、モルガン将軍は極めて困難な相手である。尚武の国デュミエンドで将軍の地位にまで登った男、目の前に立っているだけでその強さが滲み出てくるというものである。さらに今は部下までもいる。さて、どうするか。デリクスの剣呑な思考を察したのか、モルガンの部下達の顔つきが変わる。空気が一気に緊迫した瞬間、モルガンが突如大笑した。

「いや、すまんすまん!許せデリクス殿!ほんの冗談だ!」

 がはは、といいながらデリクスの肩を叩く。気配を抑え込みつつ、苦笑を作ったデリクスに、モルガンが話しかける。

「華の儀では一杯食わされたからな、そのお返しだて」

「お人が悪いですよ。何があったのですか?」

「こういえばよかろう。話は全て、トムス・フォンダから聞いていると」

「は?」

「竜と戦うそうだな……実に、実に面白い!」

 モルガンは心底嬉しそうな顔である。肩を組まんばかりの勢いでデリクスに迫る。

「しかも、そのために尻尾を巻いて逃げ出した五大国を巻き込むとな?いやあ愉快、これは是非俺も仲間に入れてもらわねばと思ってな!」

「はあ……しかし将軍、この国の命運は既に明白。おっしゃられたとおり、五大国の方針も決定済。ここで独自行動は、本国に悪い印象を与えるだけではないですか」

 スクエアに言われたことをそのままモルガンに尋ねると、大男はさらに笑みを深くした。

「デュミエンド戦士たるもの、いちいち他人の評価など気にしてはおられんよ……とは建前。正直なところ、華の儀での失態があり、本国に手土産なしの戻るわけにはいかんのだ」

「はあ」

 失態を招いた張本人の気の抜けた返事に、モルガンは苦笑する。

「俺自身はもはや出世などに興味はないのだが、部下がいる身だ。俺に付き合うつもりのある奴には、相応の何かをくれてやりたいところでな。どうかね、参加させてはもらえんか?」

「あなたは……」

 デリクスは自分のしようとしていることがまさしく賭け、それも、成功率は極めて低い代物であることは自覚している。モルガンという男が今どこまで情報を掴んでいるのは不明だが、現状認識ができない男が将軍という地位にまで登れるはずもない。デュミエンドは苛烈な競争社会であるという話を聞いたことがあるが、将軍という地位はそこまで軽いものではなかろうに。

「ここまで言っても、信用ならんという顔だなあ」

「いや、そういうわけでは……そもそも成立しないような賭けに入ってもらうのに気が引けるだけですよ。加わってもらえればこれほど心強いこともありませんが。給料だって出せませんしね」

「給料か。給料ならもう貰った」

「は?」

「トムス・フォンダからな。デュミエンド以外の人間の禄を食むことになり、もう俺も後戻りはできんのだよ……なあ、デリクス殿、おぬしなら分かると思うから言うが、『痛快である』、それだけでよいのではないかな?」

「はあ……」

 デリクスは呆れつつも、理解した。このモルガンという男もまた、トムスという男に魅せられた一人なのだろう。組織に縛られず、国を、竜を向こうに回して立ち回るという行為が何とも言えず気持ちのよいものであることに気づかされたのだろうことを。誰にも言うべきではない、デリクス自身の内にも灯った炎が、この男にもあるということを。

「楽しみは独り占めするものではないということよ。エスパダールとデュミエンド、掲げる旗は違えども、竜を制するという目的は変わらぬ。このような機会を持てたこと、一人の人間としても、戦士としても誇りあることだ」

 モルガンが表情を改め、手を差し伸べてきた。デリクスは軽くため息をつくと、一回りは大きい手を握り返す。

「よろしくお願いします」

「おうさ、もし生き残れたら、貴公とは一度お手合わせ願いたいものよ」

「やめてくださいよ」

 本気で嫌そうなデリクスを見て、モルガンは豪快に笑った。






 一夜が明け、ガーデニオンは少なくなった人間達が荷を次々とまとめている。港にはもうほとんど船はない。ひときわ目立つのは、トムス個人所有の船であった。何とか乗せてほしいと騒ぐ連中がいたが、沈黙を保って動こうともしない。小舟で近くの島に避難する人間もいたが、グリオーディアの息吹が吹き荒れた場合、周辺の島へ影響がないとは言えない中で、ハルフノールとしては推奨できなかったが、個々人の判断では止めようがない。ほぼ全ての使節団は、船なり法術なりで退去を終わらせていた。

 ツィーガやエクイテオは荷裁きの手伝いをしている。デリクスの指示では、当面二人は避難支援ということだった。額の汗を拭いつつ、ツィーガは顔を上げた。

「今頃、五大国通信が行われているところだろうな」

「そういえば、今回の訪問の理由って、華の儀への参加と、志力によるハルフノールと五大国の通信開放のお祝いだったっけ。こんな形で初めての通信がつながるなんてな」

『口よりも、手を動かすように』

 ラーガの指摘に苦笑しつつ、二人して大きな袋を荷台に放り込んだ。


 王宮の一室、会議堂に志力が満たされている。ハルを信奉する神官達が声を上げ、教えられた通り、志力を法具へと導く。人々の祈りを円滑に志力として転換し、現世利益へと導くのが神官の役目であり、彼らは様々に織りなされる祈りに含まれる志力の欠片を法具にて回収し、詠唱により動力へと転換する。設置された法具は無事、定められた役目を果たしたようだ。スクエアの前に、法具が具現化した四角の透明な板、【窓】とも【絵画】とも呼ばれる物体に、人間の顔が表示されていく。立ち上がった若き女王は、それぞれに向けて一礼した。

「五国の列王、ならびに法王の皆様、こうしてお願いをする機会を頂きありがとうございます。この度、国王に即位いたしました、スクエア・ニルグです」

 王族の姓である、ニルグを名乗ったスクエアの両隣には、ジグハルト、そしてフォンデク大僧正がいる。二人とも静かな意思を秘めて、列王の会議に臨んでいた。

「始めての挨拶がこのような形になってしまうのは、本当に何と申し上げるべきか……現在、我々の国ハルフノールに向かい、五大竜が一、黒竜王グリオーディアが向かっております。我々も避難等の準備を進めているところではありますが、輸送のための船も乏しい状況です。上陸された場合の被害たるや、想像を絶するものがあり、苦慮しているところです」

「御心痛、察するに余りある。今回の避難民に関しては、フェンレティとしても全力で支援いたしますぞ」

 フェンレティのロジェス法王は、柔らかく機先を制して話はじめる。すでに在位二〇年を超え、五大国の盟主中、最年長である。調整役として得難い人柄と能力を有しており、現在の安定した関係に少なからず貢献している。

「感謝いたします。避難民の受け入れに関してはお願いしたいことではありますが、さらに五国の皆さまに御助力いただきたく、厚かましくもお話させていただきます」

「まずは、御逝去された前宰相モス・シールズ閣下にお悔やみ申し上げる。で、どうするというのだ。救援にしても、もはや間に合わぬ。我らの国の人間を救い出すだけで精一杯」

 デュミエンド国王カメタインⅡ世の言葉は固い。シールズとの約束は無かったものとなり、内心は穏やかではない。竜の去った後、国力の落ちたところで再度介入を図る気持ちが明白であった。軍事色が強いデュミエンドにおいても、かなり血の気の多い男でもあり、現状には常に不満を抱いていると言われていた。

「勿論です、遠路はるばる我らの祭に参加していただいた方々の命が最優先、その上でのお願いです。」

「即位したばかりの国を捨てて逃げるための支援か?」

 辛辣な言葉を述べたのは、カーマキュサ国王、ケルヒャーナイン。国も遠く、商人の街としては商売敵のハルフノールなどに興味はないと言わんばかりである。狷介な性質を隠そうともせず、常に隣国を恐れさせていた。

「お言葉が過ぎますぞ。ケルヒャーナイン。ハルフノールによる海路の物資輸送経路が途切れることは、貴方の国においても色々と困るのではないかな」

「ふん」

「スクエアどの、女神ハルの慈愛溢れるハルフノールにおける法術の成り立ち、大変興味ありますが、果たしてこの難局、どう立ち回ります?」

 五大国唯一の女王であるタントレッタ国王アルビガは、興味深そうな瞳をスクエアに向けている。人としてというより、試験用の動物を見る目つきであったが。数々の口には出せない実験を行っているという噂がある。ドーミラの件でも懲りないのか、とエスパダールの人間は常に警戒させられていた。

 デリクス、そしてモルガンは数歩離れたところから、列王の顔を眺めている。五大国の王が一堂に会すると、ここまで個性的であるのは、平常時であれば面白く眺めていたいところであった。唯一、発言をしないのは、エスパダール国王ティベルである。齢四十八歳。歴代の国王の中でも優秀とされる男であり、口数が少ないことから周囲からも気味悪がられているところのある人物であった。スクエアは勝手なことを言い合う国王達に向かって、怯みもせずに立ち向かう。

「いえ、本日は皆様に御提案したき義がございます」

「提案?この期に及んで、提案だと?」

 カメタイン二世がいかにもな声で半ば威圧するようにスクエアをねめつける。全ての目が疑心と、そして欲望に満ちている。彼らは竜が過ぎ去った後の混乱に乗じて、少しでも自身達の権益を伸ばそうと画策しているのであろう。裏ではもう話をつけているのかもしれない。だがスクエアは、列王達の圧力に負けることはなかった。

「はい、我々ハルフノールは、五大国の防衛機構である、【大いなる円蓋】への参加を希望します」

 発言は、怒号と罵声で迎えられた。

「何だと?」

「自分の言っていることが分かっているのかね?」

「大陸を捨てて、竜との闘いから逃げた連中が、我々と肩を並べようと言うのか?」

 様々な、そして散々な声が降り注ぐ中、ティベルが手を上げて発言した。低く、抑揚の乏しい、それでいて聞き取りやすい声でスクエアに質問する。

「以前、神々の会議に参加できなかった国、女神ハルを降臨させることができなかった時点で、ハルフノールが参加することは許されなかったものだ。何か変化があったのかね?」

 ティベルは淡々と事実を述べる。自分が通うことのなかった、学校の教師というのはこういう人となりなのでは、とスクエアは内心で想像を働かせる。きっとこちらの回答を採点したくてたまらないのだろう。スクエアは横にいるジグハルトら二人を軽く眺める。流石に国の政治に長く携わってきた二人の態度は立派だった。態度が立派なだけで、信憑性が二割増しという、あのデリクスという男の言葉が証明された形である。スクエアもまた、自信満々の体で宣言した。

「私が、ハルフノール女王としてハルを降臨させます。五大神に新たな神が増えれば、さらに人類の守りは強固なものとなりうるでしょう」

「そんなことが出来る訳がない!」

「馬鹿なことを。五〇年かけて出来なかったことを、急に出てきた人間が何かできるとでも?」

 怒る者、訝る者。五大国の反応は様々だったが、出来ない、という根本で一致している。騒がしくなった場を修めるため、ジグハルトが言葉を繋いだ。彼は周遊中に、何人かの国王とも面識がある。改めて話を聞く、という態度になっていた。

「失礼します。実は、私達は既に円蓋を発動するための法具を完成させています」

「な」

「何だと?何故そんなことが可能なのだ!」

 再びの騒乱。円蓋発動のための法具は当然のことながら国家機密であり、他国への流用などゆるされるものではない。どの国が情報を漏らしたのか、猜疑の目が交差する中、ジグハルトが再び発言する。

「我々が五〇年、何もしてこなかった訳ではないということです。人々の祈りの形は異なれど、神の住まう場所への道は一つではない。我々は長年をかけ、この島を一つの法術陣として形成してきたのです」

 ジグハルトの容姿と、美声が存分に威力を発揮する。こういった場面で、この男は憎らしいほどに絵になっていた。

「あとは女神ハルの降臨のみ、というところではありましたが、この度、スクエア陛下によりその懸念がようやくに解消されたというところです……ただ今回の竜については、竜族の中でも最強を謳われる、黒竜王グリオーディア。我々だけでは心もとないというのが率直な真実であります」

 事実を淡々と述べる、という雰囲気は説得力をいや増すものである。

「技術に関しては、こちらのエスパダール西方教会デリクス・デミトリウス司祭長、そしてデュミエンドのモルガン将軍にもご確認いただいております」

 エスパダール国王ティベルが身じろぎをする。デリクスとモルガンが歩みを進め、いつもの調子で一礼する。デリクスは相手が五大国王だとしても、全くと言っていいほど様子に変化がない。スクエアにも、この地味な中年男の凄味がようやくに理解できてきた。デリクスが何やら操作すると、法具が【窓】に表示される。それはまさに、エスパダールが持ち込んだ【円柱】を、表面だけ加工したものであった。もしこの場にジェズトがいたら、さぞ目を白黒、顔を赤青に変えてみせるだろう。

「今回の訪問に際し、『たまたま』法具の技術者がおりまして、確認したところ動作に置いて何ら問題はないと思われます。【意志の大海】との接続及び円蓋の発動についても、数日あれば対応可能とのこと。グリオーディアの襲来には間に合う見込です。単独での開発、技術力に感服いたしました」

 引き下がるデリクスに、モルガンはただ無言で列王達に頷いてみせる。再び進み出るスクエア。

「ここで皆様のお力をいただければ、女神ハルを加え、円蓋の柱はより強固になるでしょう。今後竜の襲来に対し、ハルフノールの持つ志力を提供、かつ海路を利用した円滑な支援への協力をお約束いたします」

 期待と不安と懐疑が入り混じった沈黙に、回線が沈黙する。

「申し訳ありませんが時間がありません。是非御協議をお願いいたします」

 深々とスクエアが頭を下げた。

「それで、実際にハルを呼ぶことは可能なのか」

 ティベルが再び質問をする。

「降臨に向けた準備は進めております。しかし、皆さまもご存じの通り、降臨は何度もできうるものではございません。神を受け入れる器としては、人間はあまりにも小さいがゆえに。降臨は、グリオーディアが襲来したその時に行うつもりでおります」

「ということは、あなたは島に残り、その身を神に捧げる」

「はい。これは私の命を賭したお願いです。もしハル降臨の暁には、なにとぞ【大いなる円蓋】の発動を、お願いいたします」



「お疲れ様です。陛下」

 ハルフノールとのその他五大国との回線が一時的に切断され、周囲の緊張もまた途切れる。デリクスがねぎらうようにかけた声に、スクエアは弱々しく笑って見せた。

「でも、あの、よかったんですか?あの法具は、エスパダールからお持ちいただいたものですよね……」

「ええ。今となっては公にできるものでもなし、ジェズト侯爵も好きにしていいといっておりましたから」

 すました顔でデリクスはのたまう。デリクスの策の一つ目、五大国を巻き込む手段が、ハルの降臨宣言による、【大いなる円蓋】を支える【円柱】同盟への参加表明であった。

「全く、呆れたものだ。法術陣などと……」

 ジグハルトも言葉がなかった。まさか、エスパダールが持ち込んだ法具を使ってハルを降臨させると宣言し、その上で五大国との対等の関係を築こうだなどと考えるとは。スクエアが不安げに言う。

「王家が残した隠し通路が法術陣を築くのに役立ちそうですから、あながち嘘ではありませんよ。何とか島のほぼ全域を円蓋で覆うことが可能そうです」

 デリクス指示、ドグズ指揮のもと、急速に法術陣が作成されている。ゼピュロシア神殿に設置した【円柱】法具を中心に、島を覆う隠し通路に法具を設置し、簡易ながらも【円蓋】発動の準備は整いつつある。

「でも、降臨なんて……できるわけが」

「大丈夫ですよ。その辺りを何とかするのが、今回の作戦の肝ですから」

 ジグハルトも、デリクスの話を聞いていたが、もう運を天に任すという様子であった。

「どうせ、駄目でもともとなんですから、こう言う時はでかい嘘のほうが案外信じて貰えるものなんですよ……ちょいと失礼」

 デリクスが消える。恐らくは別回線により、本国からの呼び出しであろう。独断専行であるから、何らかの注意と、状況確認をするに違いない、というよりせずにはいられない。周囲がいらいらし始める時間になりかけるころ、デリクスは帰ってきたが、周囲に向けて不器用に片目をつぶってみせた。



「協議の結果が出た」

 宣告するのは、ティベルである。朝に始まった会談は、協議に入ってからすでに夕刻に差し掛かろうとしていた。勿論、五大国間の会議ということであれば異例の速さではあるが。

「まずは女神ハルの降臨せしめよ。さすれば、盟約への参加を認め、意志の大海への接続、【円蓋】発動を許可する」

 スクエアは皆の顔を見る。一様に、やれるものならやってみろ、と書いてあった。それでいい、とデリクスは言う。まずはこちらに引きつけること。そこが第一歩なのだから、と。

「ありがとうございます。降臨については、どのように御確認いただけますか?」

「デリクス司祭長」

 ティベルに促され、デリクスが発言する。

「はい、グリオーディアの映像を見て分かったことですが、奴は人間の放つ志力に極めて鋭敏です。観測用の法具を放ってもすぐに撃墜されるのがオチ、というところです。ので、こちらで私達が降臨の確認次第、通信させていただくという形しかないかと」

「不肖モルガンめも、女神ハル降臨については責任をもって確認させていただきます。正義の国エスパダールとはいっても、この際は複数の目による報告が必要かと」

 二人の男が頭を下げた後、ジグハルトが白い歯をきらめかせて五王に提案する。

「各国から確認のための特派員をお招きしてもよいのですが……果たして無事にお帰りいただけるか。万が一転送法具の志力の流れを追って、グリオーディアが進路を変えでもしたら……」

 王達がそれぞれの表情で沈黙を守る中、ティベルが再び宣言した。

「もし神が降臨したとなれば、膨大な志力が発生することになろう。大陸側からでも観測できるほどの、な。各国が確認でき次第、こちらとしても対応する。なお、今回の件はあくまで黒竜王襲来という危難に対応するための臨時的な特例措置である。今後円蓋の柱としての盟約は、改めて結ばれるものとする、よろしいな」

「勿論です。皆さまの御寛恕に、心より御礼申し上げます」

 次々と通信が切れて行くなか、最後に、ティベルが残った。

「デリクス司祭長」

「はっ」

「竜の危難に対し、敢えて島に残る道を選び、ハルフノールの民衆のために尽くさんとするその姿勢、誠に大義である。だがその身命はあくまでエスパダールのもの、ゆめゆめ命を軽視せぬよう。お主とその部下に伝えおく。よろしく頼むぞ」

「ありがたきお言葉。私の部下にも伝えます」

 デリクスは恭しく頭を下げる。通信が完全に途絶えた。

「まずは、何とかなりましたな。皆さまお疲れ様です」

「しかし……ハルの降臨など」

 スクエアの顔は晴れない、というより青ざめきっている。ハルはその身を世界と一体化することによって、人間を守った。それゆえに顕現することは不可能であることは、すでに証明済みである。一体どうしろというのか。

「人道的観点から、円蓋を発動してくれるという希望は?」

 ジグハルトがデリクスに質問する。最早国の違いを離れ、同士めいた空気が生まれている。

「うーん。無いわけではないと思いますが、可能性は低いでしょう。もし円蓋が敗れたら、大陸全体の問題ですからね。以前申し上げた通り、ハルフノールが無くなれば、皆こぞって乗り込んできて好きなように分割するだけですからね」

 デリクスの言い方は身も蓋もない。フォンデク大僧正などは口から出かかる怒声を必死にこらえているようだった。スクエアに気楽に、深刻な問いを投げかける。

「ちなみに、まだ逃げる、という手はございますよ?全てを捨てて」

「言ったはずです。この国を捨てられない民と共に歩むのが、王族としての務めです」

 スクエアの毅然とした態度に、デリクスは頭を下げた。

「次の段階は、市民の避難誘導です。計画は進んでますか?」

「はい。ゼピュロシア神殿の地下、ハルが眠ったとされる洞穴があります。そこならば、ハルの守りが期待できます……心もとないですが」

「それでは陛下、我々は一足先にゼピュロシア神殿に。芝居の二幕目を準備しなくては。ジグハルト卿は、避難の総指揮を取られるとのことですが」

「道中、ニアコーグだけでなく、鬼族の襲来が予想される。脱落者を少しでも減らさねば。モルガン将軍も同行してくれることになってます」

「おまかせください。我ら戦士団、ようやくに出番が来たというところですわ」

「それは心強い。では、ゼピュロシア神殿で」

「ええ。どうか御武運を、デリクス司祭長。あなたにこの島の命運がかかっているのですから」

「大袈裟、とは言えないのが辛いところですな」

 頭を掻いたデリクスであったが、態度は真剣そのものである。もう後戻りはできない。誰もが役目を果たすために歩き出した。





 グリオーディアの接近を受けて、ついに全国民の避難が明日から始まる。船旅に耐えられない老人や、どうしても島から離れることを拒否した島民たちを連れて、ゼピュロシア神殿までの道のりをたどらねばならなかった。すでに集められるだけの人間はガーデニオンにきている。カイムとエルンら、村の連中もその中にいた。

「とんでもないことになっちゃったわね」

「まったくねえ」

「ほら、お爺ちゃん!こっちにきて!そんな荷物を抱えてじゃ、神殿につく前に倒れちゃうよ!」

 エルンの働きぶりを、カイムはにこにこしながら見つめている。カイムの、普段通りのぼんやりした顔が、エルンにとっては心落ち着くものとなっていた。荷物を荷台に詰め込みつつ、動けない老人達を先んじて避難させる。エルンは皆の先頭に立ちながら、働いている。見事な処理ぶりに、半分眺めてしまっていたカイムであった。

「しっかりしてよ、もしこれで家が吹き飛んだら、あなたが頑張らないと家が戻らないんだからね」

 ばしばしと叩くエルン。カイムは口ごもったままでいるのをいぶかしみ、エルンの方から水を向けた。

「どうしたの、何か変じゃない?」

「エルン、ちょっと用事を思い出したから、先に行ってくれ」

「……?何よ」

「実は、忘れ物をした」

「何よ!そんなことどうでもいいでしょ!」

「お願いだ。とっても大切なものだから。大丈夫だよ、すぐに追いつくから。君は子供達についていなきゃ」

「偉そうに、一番手がかかるのはカイムじゃない」

 はは、とカイムは頭を掻いた。いつもと変わらない、頼りなさげで気楽な印象である。

「大丈夫、危険になったらすぐ逃げるから。僕が身軽なのは知ってるだろ」

「ええ。何せ気が付けば素裸だものね……約束してよ」

「ああ、約束するよ。神殿で会おう」

 何度か振り返るエルンに対し、カイムは何度も手を振った。その様子が何ともいえずに楽しそうで、エルンはとうとう躊躇いを押し切って避難の一団に合流していった。思い人が見えなくなるまで手を振っていた男に、飄然と姿を現したトムスが声をかけた。

「いいのかい?こんな形が最後の別れになるなんてよ」

「ええ。大袈裟にすると、かえって別れがたくなってしまいますから。それよりも、契約はきちんと守ってくださいね」

「ああ、あの人達の生活は死ぬまで保障する」

「頼みますよ。人が良くて、自分から苦労をしょい込むようなところがありますから」

 まあ苦労すら楽しみに変えてしまうんですけどね。エルンのことを話すカイムは何ともいえず幸福そうである。少年のような微笑みに、トムスもすっかり毒気を抜かれてしまう。

「あんた、見かけによらずに、男らしいじゃねえか」

「そんなことはありませんよ」

「酒、飲むかい」

「余り強くないので、一杯だけいただけますか」

 携帯用の水筒に入っていたのは、極上の酒だった。夕焼けを受けながら、杯を酌み交わす中年男性二人。絵にならないことおびただしい。

「なああんた。今ならやめられるぜ。傍にいたい女がいるなら、いてやるべきじゃねえのか。どうせ、竜には勝てねえ。俺なんかの意地に付き合わなくても、あんたなら女抱えて飛び去っちまえばいいんじゃねえの?」

 トムスはいつになく率直な言葉遣いをし、カイムの目を見開かせた。

「はあ……でもいいんです。もうじき私はこの世界から消える身ですから」

「は?」

「精霊士、という人間が最後に辿る道です。世界との一体化を繰り返す中で、いつしか自我というものを失っていき、最後には完全に同化します。私も既にカイムという人間でいることのほうが労力を使うようになっています。恐らく今度世界に溶け込んだ時点で、戻れなくなるでしょう」

「そうかい」

「それに、私の力はハルフノールの精霊あってのものです。この島が竜に滅ぼされてしまったら、何の力も発揮できないまま、世界に溶け込むだけでしょうしね」

「怖くは、ねえのかい」

「もう色々と感情が薄れていますからねえ。あなたはどうなんです」

「怖くてたまんねえよ。だからこそ、引くわけにはいかねえ。女口説くのと同じさ」

 カイムの声に、トムスは空気に対して話しているような気分にさせられる。つい本音がでてしまったが、聞いているカイムはたいして関心を示してはいなかった。

「はあ」

「女なんざ、下手に出てると馬鹿を見るぜ。いいからついてこい!ぐらいじゃねえと」

 あまりに今更な言葉を、カイムは笑って受け入れた。

「もしかしたら、そうなのかもしれませんねえ。でもいいんですよ。あなたこそ、心を残した人はいないんですか?」

 トムスは苦笑した。何人かの女性が胸中を過ぎ去っていく。酷い目に遭わせた女もいれば、遭わされた奴もいた。今となっては、どうでもいいことだ。

「そんな奴がいるなら、こんなところにゃいねえよ」

「そうですか。そんな人がいれば猶更、どこかにほっぽっておいて、自分だけこの島にやってきそうですけどね、あなたの場合」

 トムスは苦笑した。このカイムという男には、何故か腹が立たない。精霊士というものは皆こういうものなのだろうか。

「世界がざわついています。あなたの言う通り、竜が近づいてきているようだ」

「そうかい。よかったぜ。これで、俺の人生にもカタがつくってもんだ」

 二人とも無言になる。静かに杯を干した後、トムスが立ちあがった。

「さて、行くわ。あんたは」

「もう少しここにいます。景色を、目に焼き付けておきたいので」

 じゃあな、と手を上げて先を行くトムスが向かった先は、ツィーガのところであった。荷物の準備は既に終わり、熱心に素振りをしているところであった。

「おい小僧」

「まだ小僧ですか……」

「そんなに素振りしてると、肝心な時に役に立たねえぞ」

「大丈夫ですよ。何せ若いので」

「へっ。じゃあこいつもすぐ使いこなせるな」

 放り投げられた一振りの剣を片手で受け取める。

「軽い……これは?」

「俺は、借りをつくらねえといったろ?」

『ほう。ツィーガ、見せてみろ』

 ラーガのついた官給品の剣を立てかけ、新しい剣を抜き放つ。銀というよりも白く輝きを放つ刀身は、ツィーガの顔を映していた。軽く一振りすると、驚くほどに軽い。

「凄い、全く重さを感じない……!不思議な感じだ」

『そいつは、もしかして博麗銀か!』

「さすが旦那。お目が高い」

 ニヤリと笑うトムス。ツィーガにはいまいち飲み込めない。

「何だよ、ハクレイギンって?」

『貧乏人は知るまいが、最も希少な金属の一つでな。鉄よりも固く軽い。何より志力の伝導が極めてよいから法術を乗せるのには最高の素材なのだ。だが加工が難しく、採掘量もごく僅か。その一振りで、おそらく家が建つぞ』

 ツィーガは仰天した。

「そ、そんな高いものもらえません!」

「何だよ、つまんねーところで貧乏性だな」

『そうだぞ、ツィーガ!これから竜と戦おうというのだ、少しでも良い装備を身につけねば!』

「ったく、どいつもこいつも貧乏貧乏……」

 ラーガのほうが興奮している。ツィーガは躊躇いを押し切ってラーガの宝玉を付け替えた。

『うむ、やはりいいものはいい。俺が宿るにふさわしい逸品だ。これなら竜相手でも引けを取るまい。気に入ったぞ!』

「ええと、ありがとうございます」

「何、これからニアコーグとやり合うんだ。少しでもましになってもらわにゃ」

 トムスの言葉に、ラーガが反論した。

『トムスよ。お前がどう思っているのかわからんが、ツィーガはおそらく、対ニアコーグ戦の切り札になるぞ』

「俺が⁉何でだよ⁉」

 いわれたツィーガ自身がびっくりしていた。トムスは苦笑する。よく笑うようになったものだ、とトムス自身が自分に呆れていた。

「はっ。そいつはいくら旦那でも買いかぶりじゃねえのか?」

『説明しても仕方あるまい、ツィーガよ、実戦で証明してみせろ』

「へいへい、せいぜい期待しているぜ」

 自信たっぷりのラーガに肩をすくめながら、トムスはその場を立ち去ろうとする。ツィーガはもう一度礼を言うと、今度は新しい剣で素振りを始めた。長さや握りに慣れておかねばならない。

「おい、小僧」

「なんだ、まだいたんですか」

「終わったら、酒でも飲もうや」

「知ってますか?子供は酒飲めないんですよ」

「……そういや、そうだったな」

 笑って、トムスは去っていった。



 ツィーガと別れた後、エクイテオは炊き出しの手伝いについていた。相変わらずの陽気さで、沈みがちな雰囲気を盛り立てる。軽やかな様子に、皆が列をなして給仕を受けていた。

「はいよ。明日から大変だから、沢山食っとけよ」

 にこやかな表情が固まる。目の前に、ファナが並んでいる。

「何だよ、さぼってんのか?」

「子供たちの分を取りに来たのよ。さっさと用意して」

 睨み合っているのもつかの間。子供達がいい匂いに目を輝かせているのに気づき、二人は暗黙の内に休戦協定を結ぶ。

「さあ、みんな食べて。この料理、作った人の性格はともかく味は良いわ」

「そうだ。沢山食べて、性悪な女神官に騙されないように賢くならなきゃな」

 服を引っ張る少年に、膝を曲げてファナが微笑みかける。天使のような、といってもよい微笑である。

「ねえ、お姉ちゃん。竜が来ているって本当?」

「ええ、そのようね。だからみんなで神様のお家に行くのよ。そこなら守ってくれるわ」

「そうだよね!ハル様は優しいもの。きっとお姉ちゃんみたいなんだよ!」

「ふふ、ありがと」

 内心など全く映さない、完璧な美貌に柔らかい笑顔を乗せて不安げな少年に語り掛ける。エクイテオには癪ではあったが、ファナの子供からの人気は絶大であった。一通り配り終えたエクイテオは、自分の分を確保して座り込む。空は澄み渡り、竜という嵐の気配すら見えない。ふと横に人の気配を感じると、ファナだった。

「だから何だよ」

「別に」

 ふん、という顔で座る。しばらくは無言が続いたが、エクイテオが口火を切った。

「しかし、お勤めご苦労様だよな。さっさと逃げりゃよかったのに。そんなにツィーガに御執心かい?」

「お生憎様。私だってスパッダを信奉する神官のはしくれ。困っている人を、子供達を見捨てていくなんてことができないだけよ」

 自分に必死に言い聞かせているようでもある。エクイテオは笑う気にはなれなかった。

「あなたこそ、仕事でもないくせに、どうしてそこまでツィーガに付き合うの?」

「特に理由なんかないさ」

「あら、そうかしら?弱みでも握られているのではなくて?今までさんざん悪さしてきたんだから」

 エクイテオはファナを睨みつけるが、当の女神官は平気な顔だった。

「あんたのことだ。調べたんだろうな」

「ええ。たたけば埃が出てくる出てくる。窃盗、喧嘩、強請、小悪党というには、色々としてたようねえ。ある日を境に、ぴったり話が出てこなくなるけど」

「さあね。昔のことなんか覚えていないよ」

「あんたこそ、ツィーガに付きまとわないほうがいいんじゃなくて?元犯罪者と一緒にいるなんて、汚点になるわ。ツィーガはあなたの過去をどこまで知っているの?」

「全部だよ。俺が世を拗ねて周囲に迷惑かけたことも、取り返しのつかないことをしちまったこともな」

「……」

「昔のことなんざみっともなくて言いたかないが、一つだけどうしても忘れられないことがある。トムスのおっさんじゃねえけど、俺もツィーガに返せない借りがあるのさ」

 顔をあげると、風の精霊が心配そうにのぞき込んでいるのが見える。あのときもそうだった。そして、それがどれほど貴重なものかは、気づくのが遅かった。

「いつか話したよな。死んだあいつの姉さん。あんたほど器量は良くなかったけど、数十倍性格がよかった。俺なんかほっときゃいいものを、何とかしようと気にかけてくれた」

「ツィーガのお姉さんって……確か」

 ファナの顔が蒼白になる。

「そう、死んだよ。俺が金を盗んだ相手の仕返しで殺されそうになってたところを庇ってな」

 エクイテオが目を強く閉じて下を向く。消えようのない、消してはいけない光景がすぐに思い出される。柔らかい匂いを消す、血臭。最後まで微笑んでいた顔。取り返しのつかない過去は、どうしてこうも人を蝕み続けるのか。

「俺は、殺されるつもりでツィーガに会いにいった。そしたらあいつ、なんて答えたと思う?もう、二度と姉さんに心配かけないでくれって、よ」

 ファナの顔にはもう、皮肉をたたえる笑みは浮かんでいなかった。

「そんとき決めたんだ。金輪際、悪さはやめる。ツィーガの姉さんが……シャルトさんが見届けられなかった、出来なかった分まで、俺が守り抜くってな。だから、もしあんたがツィーガに悪さしようなら、容赦しねえ。それだけだ」

 エクイテオは残りをすべて掻き込むと立ち上がった。

「あんたもどうやら苦労したクチだろう?その見た目で、しかも大貴族の側室の隠し子じゃ」

「……!?どうしてそれを」

「蛇の道は蛇、ってね。だけどツィーガは巻き込むな。ほかにあんた向きの男はごまんといるだろう?」

 エクイテオは立ち上がる。

「誰にいわれなくとも、あいつの出世の邪魔はしねえさ。じゃあな」

 黙然とするファナに軽く手を上げて、エクイテオは夜の街に消えていった。


「眠れぬか」

「師匠」

「体だけは休めておけよ」

 足を組んで座り、静かに瞑想を続けていたリーファに、ヤンが語り掛ける。竜と戦おうとう気負いはなく、静かな覚悟を秘めた二人は、折り目正しく向かい合った。

「師匠、一つお伺いさせてください」

「うむ」

「人は、果たして竜に、勝てるものなのでしょうか?」

 根源的な恐怖のこめられた言葉である。神ですら退けた存在に挑もうとするのは、間違いなのではないか。リーファの胸中は、追竜者でありながらも、誰しもが問わずにいられない問いであった。

「まあ、屁理屈をいうならば、こたびの戦いでこの島にいる人間がすべて息絶えたとしても、人類が負けたわけではない。勝敗は個々の存在で判断するものでなく、人間という種で考えるべきだからの」

「はあ」

「でもまあ、そんなことが聞きたいのではないな……さて、竜は確かに強大である。まさに奇跡そのものが大出を振って歩いているような規格外の代物だて。なりたいものになり、やりたいように世界を変えるだけの力がある」

「……」

「だがな、わしはこうも考える。竜は純粋な志力の結晶、対して我ら人間に与えられた志力はごく僅か。なぜ、神はこのような存在として人間を作ったのか?」

 ヤンの問いは、自らがドラグナーとして生を受けた頃からの問いであった。何故、神は人間を、決して叶わぬ願いをすら見ることができる存在として生み出したのかと。願いに比して、何と脆弱な存在であるかと。

「竜にできず、我々にしかできないことがあるのではないか?とな」

「人間にしか、できないこと、ですか」

「志力だけでは、竜には勝てぬ。神はそう考えたのだ。だからこそ我々に肉体を与えた。わしはそう考える」

「神が、肉体を与えたことに意味があると?」

「世に一刀如意なる言葉がある。意のままに刀を操り、武器と我が身が一体となったことを示す言葉じゃな。だが、それだけでは竜には勝てぬ。肉体と志力が一体となるだけでは足りぬ。二つの力がそれぞれを高めあった先にこそ、果てがあるのじゃ」

「肉体と志力が、相互に作用することができる、ということですか?」

 今まで考えたこともない発想であった。己の技を磨き、体を鍛えることに、そんな違いがあったのか。リーファはただ漫然と修行の日々を送っていた自分を恥じていた。もっと研鑽の意味を問うべきであったのだ。ヤンに対し、リーファは自然と頭を下げた。

「志力と肉体の果て。わしはそれを確かめるために、命をつなぎ、研鑽を積んできた。本来であればこの願い、誰かに残し託すべきなのだが、許せよリーファ。わしは今、血が滾っておる。ついに竜と相まみえる機会を得た。わしは果報者よ」

 リーファはヤンの奥底にある狂熱を垣間見、背筋が震えた。ただただ温和と見えた老爺には、やはり修羅が潜んでいたのだ。彼は正しく、追竜者であった。

「師匠……」

「リーファよ。我が試みを見届けよ。そして願わくば、わしの意志を継いでくれよ」

 そういって、ヤンは慈愛溢れる笑顔をリーファに向けるのだった。


「マリシャさん」

 師匠と別れたリーファが港にやってくると、外套を夜風になびかせた女神官が海を眺めていた。トムスの船には、まだ明かりが灯っている。マリシャは顔を動かさず、横に立ったリーファにポツリと語りかけた。

「彼女の槍、見たわよね?」

「ええ。すごい威力でした。あれは法具なんですか?」

「あれは【戦乙女の槍】と呼ばれる法具、結構デュミエンドでも由緒ある法具なのよ。志力を、何物をも破壊する力に転化することができる力を持っているの」

 話の筋が見えないまま、リーファは頷いた。

「でも、戦乙女の槍だけでは法具としては完成しない。今私が持っているこの……」

 マリシャは、羽織っていた外套を脱いで丁寧に畳み始めた。

「【戦乙女の衣】がないとだめなの、これは周囲の人達から、志力を分けてもらうことができる法具。二つがそろうことによって、はじめて膨大な力を行使できるようになるの。本来ならイヴァが二つとも受け取るはずだったのに、彼女はこれを、私に託したのよ。マリシャなら、無茶苦茶な使い方しない、あたしが持ってたら大変だってね」

 イヴァの脳裏には、様々な思い出が流れているのであろう。震えるように表情が変わるのを、リーファはただ見守ることしかできなかった。

「私は、イヴァに死んでもらいたくない。だけど、もう彼女に会わせる顔がないわ……だから、あなたにお願いする。これをイヴァに渡して。どうしてもニアコーグと戦うのであれば、この法具の力が必要だろうから」

「マリシャさん……今辛いかもしれないけど、ここで会わなかったら、これから先、もっと後悔すると思います。私が渡すわけにはいきません」

 はっきりと断るリーファに対して、マリシャはそう、と力なく呟く。

「イヴァは、彼女はそりゃあ乱暴者で、街のみんなも手を焼いたわ。ふらっと二、三年いなくなったと思ったら、赤ちゃんを連れて帰ってきたりね」

「お子さんは、今どこに」

「母親そっくりでね。一年前に何も言わずに飛び出していったわ。私があれだけ苦労して育ててあげたのに、置手紙すら残さないんだから……」

 マリシャは笑う。一気に歳を取ったような気がしていた。

「イヴァは曲がったことが大嫌いで、弱いものいじめが大嫌い。だから、誰からも愛されている。幼馴染で、いじめられっ子だった私を真っ先にかばってくれてね、迷惑かけられっぱなしだけど……私の憧れだった。これまでも、これからも」

 マリシャは、深い考えに沈み込んだようである。リーファはもう一度、法具は自分で渡してください、と伝えると、その場を離れた。マリシャはじっと動かず、ただ海の果てを眺め続けていた。



 稽古を終えたツィーガは宿舎に戻ってきた。感触を忘れないよう、博麗銀の剣を手から放さずに、寝台に座る。屋根のある部屋で寝るのは最後になるかもしれないという思いが、痛切に胸中を奔り抜けた。

「なあ、ラーガ。聞いていいかな」

『何だ?早く休めよ』

「一つだけだ。俺、死ぬのかな」

 ぽつりとつぶやいた言葉は、ラーガの返答を止めさせた。

「俺、みんなを焚きつけて、本当はとてもいけないことをしてしまったんではないかな」

 こみ上げる感情の震えを必死で抑えているようでもある。竜と戦うなど、若さゆえの決断であることは間違いない。自身が万能かの如く思い込み、自身の命、活力がまるで永遠だと錯覚する世代にしか許されない行動だった。それに伴う苦悩を抱えるのもまた、若さゆえ、である。ラーガもかつてたどった道を想いつつ、かちゃりと音を出した。

『ツィーガ。俺が言えるのはこれだけだ。人は竜と争い続け、勝ったからこそ今がある』

「俺達に、勝てるのかな」

『相手は、竜。おそらく多数の犠牲が出るだろう。参加するものは、全て自分の意志で参加したのだ。お前が気に留めることではない』

「……」

『さっき言ったな。お前はこの戦いの鍵を握る男になる、と』

「なんでだよ」

『お前が、俺といるからさ』

 ラーガの発言に、ツィーガは失望した。

「なんだ。要はお前が、片をつけるってことかよ」

『明確に違う。お前にしか、俺と共に戦うことを選んだお前にしかできないことだ』

「?よく分からないな」

『これだけ言っておく。竜と戦うとき、まずは志と志、魂と魂の戦いになる。強大なる竜の志力、魂と向き合えるものだけが竜と戦う資格を持つのだ、と』

「それが、俺だって?まさか」

『今言っても納得はすまい。だが忘れるな。お前こそが戦いを切り開くことができる場面が必ずくる、と』

 ラーガの言葉に納得をしたわけではないが、ツィーガは問いをやめた。もう後戻りはできないのだ。であれば、せめて最後まで精一杯、全力を尽くすだけなのだから。トムスから譲られた剣を抱えつつ目を閉じる。やがて、暗闇に寝息が聞こえるだけの静寂が広がっていった。





 イヴァが目を覚ます。隣の寝台には、当然マリシャの姿はなく、卓の上には【戦乙女の衣】が、黙って置かれていた。やっとのことで外套を羽織る。イヴァのためにあつらえられたそれは、手にした槍と合わせて実に映えるものであったが、表情にはほろ苦さだけが浮かんでいた。

 外に出た女神官をカイム、そしてヤンが馬車で迎える。彼らは竜に備えて避難の一団とは別行動をとることになっていた。

「行こうか」

「ああ。行こう」

「うむ」 

 もはや、互いに話すことなどない。それでよかった。



 朝を迎え、ツィーガが浅い眠りから目覚めたころ、エクイテオが飛び込んでくる。うんざりするものではないが、正直食傷気味でもあった。

「大変だ!」

「何だよ……まだ大変なことがあるのかよ……」

 ツィーガは寝ぼけまなこをこすりつつ、エクイテオの声に起き上がる。手にはまだ博麗銀の剣が握られていた。

「今度は何だよ」

「船が、トムスの野郎の船が無いんだよ!」

 ツィーガの眠気がどこかへ吹き飛んでいく。全力疾走で港に向かうと、ただ一隻あった船が影も形もない。そしてトムス本人の姿も。

「まさか……」

「あの野郎、逃げやがったのか!」

 エクイテオは地面を蹴りつける。表情には怒りというより、絶望の色が強い。竜の探知が行えなければ、成功などおぼつかないはずである。ツィーガもまた蒼白になった。自分は騙されたのだろうか、と思わざるを得ない。

「何か、伝言とかないのか?ツィーガ聞いていないか?」

「いや……しょうがないさ。彼がいても、いなくても、やることは変わりない。避難をするだけなんだから」

 ツィーガの声は、自分に言い聞かせていることがエクイテオにはよく伝わった。何か考えがある、と思いたいが、事態はそんな感傷を許してはくれない。デリクスからの指示は、避難者との同行とだけある。避難途中にニアコーグがでたら、戦うことになるけのことだ、と思うしかない。激しい議論の結果、避難の一団にはニアコーグの存在は秘されることになっていたが、トムスが不在となると、ニアコーグ襲来の瞬間をどう捉えてよいのか、出現のときに起こるであろう混乱をどう乗り越えるのか。こうなった以上、舞台の準備は、上司であるデリクスにまかせるほかはない。様々な思いが去来し、ツィーガは友に尋ねずにはいられなかった。

「エクイテオ、どうする?」

「何度も聞くなよ、俺はお前についていくさ」

「ありがとう」

 エクイテオの言葉が染みる。気持ちを切り替え、身支度を済ませると、避難民の一団に合流する。すでに、スクエア、そしてデリクスらはすでに先行してゼピュロシア神殿に向かっており、不在。フォンデク大僧正はエスパダールの転送法具を利用して退避していた。周囲を見回すと、馬車に乗るもの、徒歩のものがいりまじる混成部隊である。老人たちの歩みにあわせることになると、かなりの時間を要するであろう。避難民の総指揮はジグハルト、そして先導役にはファナが立っていた。ツィーガを見つけ手を振ってくる。ツィーガは駆け寄った。

「先輩」

「トムスって男、やっぱり最低の男だったようね」

「……」

「まあ、仕方がない。やれることをやりましょう。ツィーガは気にしないようにね」

「はい」

「命を最後まで大切に。どんなときでも絶対に諦めないで」

「はい。先輩も」

「もちろん!」

 配置につくツィーガを見送りつつ、ファナは手元に用意した法具である香料を手にする。それぞれの馬車にも備え付けられ、なんとも言えぬ柔らかい香りを発していた。

「さて、一世一代の大盤振る舞いと行きますか!」

 覚悟を決めたファナの笑顔は見惚れるほど美しいものだったが、エクイテオはうさん臭そうに眺めるのみである。そんな契約者を、風の精霊が不思議そうに見つめていた。



 モルガン率いるデュミエンド戦士団は少し離れたところで整然と待機している。数が大分減っているのは、家族があるものなどをモルガンが帰らせたからである。一団の中には、クルート・ランブリンの姿もあった。モルガンから帰国を促されたものの、頑として受け付けず今日を迎えていた。

「将軍、準備は全て整いました」

「ご苦労」

 クルートの肩を叩きつつ、モルガンは皆に向けて声を上げた。誰もが緊張を漲らせた美しい表情である。モルガンはあくまで陽気に語りかけた。デュモンの戦士にとって戦いは晴れの舞台であり、死は最後の勲章である。そうさせるのが、デュミエンドの将軍の最たる役目であった。

「皆、よくぞ俺についてきてくれた。我ら、これより竜と戦い、命を捨てることになろう!だが我らの戦いは神へと通じるものである!栄えある戦士として、堂々と空へと至ろうぞ!」

「応!」



 馬上より全てを見下ろしつつ、ジグハルトは、自分の実力とはこんなものであったのかと自嘲する。目の前の民をより幸福へと導くために生まれたと確信していた男にとって、現状は認められるものではなかったからだ。だが、同時に奇妙な晴れやかさもあることを不思議に感じる自分もいる。自分を見上げる、彼らの瞳をまっすぐに受け止められることを誇りに思う自分もいた。ジグハルトは極めつけの笑顔を作ると、ハルフノールの剣を抜き放ち、高らかに声を上げた。

「皆の者、この困難を迎えた中、ハルはきっと我々をお見捨てにはならぬ!最後まで希望を持ち、諦めることなくゼピュロシア神殿を目指そう!」



 ジグハルトの宣言を受け、一団は移動を開始する。絶望の中、希望を見出すための旅が始まった。

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