誇りまみれの竜賭博 第6話 風の憂鬱 夜の混迷





 深夜、ハルフノール島の中心にある唯一の穀倉地帯、ファピトレノの丘を一台の馬車が越えていく。日中であれば早春らしい、荒涼な風景が広がっているところではあるが、今は何物をも見通すことのできない闇が視界を占めていた。女神ハルがその身を捧げたことで大地が変動し、豊かな実りをもたらす土地と変じたとされる、誕春祭の中心地でもある歴史ある大地に思いをはせることなく、馬車はさらに速度を上げた。このまま進んでいく先にはハル信仰の総本山である、ゼピュロシア神殿がある。ガーデニオンからは一昼夜という距離であったが、馬車は大きく迂回し、ほぼ反対側に回り込むという経路を取ったため、かなり時間を費やしていた。

「あまり、街中で勝手に動かないでくれ。スクエア・アトラン」

 闇の中、馬車を巧みに操る男、コロウが荷台に座っていた人物に声をかけた。スクエアと呼ばれた人影は、見えることのない風景を頭の中で思い描いていたのであろうか、現実に引き戻されたときの声は夢半ばのような虚ろさであった。

「御免なさい。怪我をしている人をどうしても放っておけなかったから」

「もしかして、知り合いだったのかい?」

「いえ。私が誰だかなんて、気付く人はいませんでしたよ。なんせ八年振りですからね」

 言葉の端に微かな棘のある女の声に、コロウは表情と追及を和らげる。この旅の間、お互いの性格を把握するぐらいの交流は重ねていた。

「とりあえず、暫く振りの故郷はどうだい?」

「変わってない……ですね、多分」

 外套を被ったまま声を発する。彼ら二人はトムスが起こした騒動に合わせ、密入国の形でハルフノールに入り込んでいた。今はまだ、自分の存在を気付かれてはならない。少なくとも、華の儀までは。

「本当に、何も変わっていないです」

 スクエアはもう一度同じ言葉を口にした。八年振りに来たハルフノールは、以前と変わらぬ活気を見せていた。喜ばしくもあったが、自分がいなかろうと世界は変わらずに進んでいくことへの空しさが転がり出て、スクエアの胸中は複雑であった。失ったのは、自分だけなのだ、という孤独。考えても出口のない感情が、少しでも気を抜けば胸を締め付けてくる。景色は穀倉地帯を越え、大きな木が視界を塞ぎ始めた。

「ここまでくれば、あと少しか」

 遠い先に、わずかに灯が見える。ゼピュロシア神殿は、八年間はハルフノールの首都であったが、貿易の重要性が増す中現在は港に近いガーデニオンに機能を移転したと聞かされていた。闇夜の中、純粋な神域としての佇まいを一瞬だけみせたかに見えたが、街道の周囲を木々が覆い、光景に幕を掛けてしまう。

「あそこは、八年前とは違う……」

「王族を失い、主神ハルへの信仰も形骸化した今では、古い時代を思い返すだけの、思い出の成れの果て、ってとこかな」

 コロウは言った後、スクエアの気持ちに思い至って後悔をした。

「すまん、言いすぎだったな」

「いえ、気にしないで」

「大丈夫か?これからが本番だぜ」

「ええ、わかっています。わかっているから、ここに来たんです」

 強い決意を持って、コロウに言い返したとき、馬車が急停止した。

「どうかしましたか!?」

「ここから先は、あんた独りで行くしかなさそうだ」

「?」

「俺はここで、追手を食い止める」

「……!」

 コロウの鋭い視力は、闇夜にかかわらず、周囲を包囲せんとする集団を既に捉えていた。いつのまにか手にしていた短刀を無造作に放つ。遥か遠くでうめき声のような低い唸りと、鈍い落下音が響いていた。この旅の間、スクエアが見ている限り、コロウが短刀を外したことは一度も無い。

「どうやら密入国に気付かれていたようだな……このままじゃ包囲される。突破口を作るから、あとはあんた一人で何とかしてくれ」

「でも、あなた一人では」

「行くんだ」

 この会話の間にも、次々と矢が放たれてきた。相手の矢尻には、何らかの法術が込められており、馬車の厚い木板を易々と貫き、闇の中においても正確な狙いである。準備の周到さからいって、襲撃地点を予め定めていたということであろう。馬車をあおり、一角にむけて突っ込ませる。同時にコロウとスクエアは馬車から身を投げ出した。

「さあ、行け!」

 コロウはスクエアを引き起こしつつ、周囲に向けて短刀を投げ放ち始める。立ちすくむスクエアだったが、数瞬の躊躇いののち、森の深くなる方向に駆け出した。少女の背中を追いかけた数人の刺客に次々と短刀が突き立ち、声を上げずに絶命していく。抜く手も見せぬ早技が一瞬だけ生んだ間隙に、スクエアは身体をねじ込んだ。

「!」

 スクエアの体ギリギリを掠め、放たれた短刀が、取り囲もうとした三人の影を貫く。だが、手もちの短刀を使い切ったコロウの腕に、数本の矢が同時に突き立った。

「ぐあっ!」

「コロウさん!」

 さらに闇から千切れるように飛び立った数人の刺客がコロウを取り囲むと、無言で刃を突き立てていく。相手もまた水際立った腕前である。

「こいつら……」

 全て言い切る間もなく、コロウは絶命した。スクエアに恐怖が襲いかかる。問答無用で殺す気なのか、それとも自分を確保できればよいという計算か。考える間にも、スクエアに向けて気配が殺到した。たちまちに距離が詰められ、強烈な気配を背中に感じ、とっさに前転する。深く被っていた外套が解け、顔が露わになる。

「きゃっ!」

 際立った美貌、というわけではないが整った顔立ちに、意志の強そうな太い眉と高い鼻が印象を強めることに成功している。暗闇に半ば溶け込むような浅黒い肌は、ハルフノールの人間であることを示していた。肩で切りそろえられた髪は、夜の闇に溶け込むほどに黒い。周囲の人間が一様に頷いたのは、自分の顔を確認し、誰であるか判別したからであろう。やはり、狙いは自分か。スクエアは声を発しようとして果たせぬまま、追い撃ちの矢が殺到する。誰しもが、女の身体に無数に矢の突き立てられた無残な光景を想像したのだが、現実は驚くべきものであった。

「何⁉」

 仲間の死に際しても無言であった、決して出されることのないはずの驚愕の叫びが、襲撃者側のほうから起こる。

「⁉」

 そこにいたのは、無傷のスクエアだった。自分自身が信じられないという表情をしているスクエアに向け、続けて放たれる第二、第三の矢。だが全てがスクエアの眼前で突如方向が逸れ、全てが大地を傷つけることしかできなかった。

「私に構わないで!」

 事態を自分でも把握できないまま、スクエアは大声を上げ、後ずさりしながらこの場を立ち去ろうとする。一瞬、怯みを見せた襲撃者達であったが、すぐさま周囲から鞘走る音がした。【矢避け】の法術でも使っているのであろうと判断したのであろう、さらに距離を詰め、接近戦を挑んできた。巧みな連携はあっという間に前後からスクエアを囲み、分厚い短刀を突き立てんと襲いかかる。

「ひぅ!」

 突如、押し殺した声というより息が漏れる。どこからともなく襲いかかる矢が、今度はスクエアではなく前後の男を正確に貫いていたからだ。襲撃者達が着こんだ鎖帷子ごと肉体を突き破る圧倒的な強弓である。しかも、どこから放たれたものか、全く見当がつかない。長距離射撃にして、この威力。刺客達は急に訪れた死の恐怖に、統率が乱れた。

「何が起こって……がはっ!」

「神よ!我らに守りの盾を……ぐふっ!」

 守護の法術を行使する際に祈りは必要であり、スクエアの耳に響いた声は真剣で切実であったが、全てを言い終えることなく次々と絶命していく。もはや、狩り立てられるのは刺客達であった。舞い降りる死の象徴たる矢は確実に命を砕く。残った人間たちは、いつ狙撃されるかという恐怖にかられたか、統一された行動もとれずに、スクエアを置いて一斉に退避行動をとり始めた。

「ぐえぇっ!」

 断末魔の悲鳴が次々と響き渡り、狼狽を倍加させ、恐慌状態へと導き、冷静な判断を出来るものがいなくなっていく。一方的な蹂躙のはずが一転、追い立てられる身となり、仲間達の突然の死を直視させられ続けたのだ、理性を保つ術など無いも同然であった。

「神よ、助けたまえ!」

 響く声を押し潰すように、飛来した矢が頭部を粉砕した。闇夜でなければ、さぞ凄惨な光景であったろう。

「もうやめて!」

 余りのことに、吐き気を抑えつつスクエアが叫ぶが、まだ惨劇は終わらない。放たれた矢の分だけ、人が倒れていく。スクエアが立ちつくす間、周囲から物音が少しずつ減っていき、静寂が訪れるまで、さして時間はかからなかった。

「……」

 動く影が自分だけになったとき、スクエアはコロウに駆け寄り、身を起こしたが、反応は全く無かった。手をかざしても、魂はもう治癒術の届かないところへといってしまったようだ。

「コロウさん……ごめんなさい」

 自分のせいだ。もし、もっと自分が力を使いこなせていれば、この人は救えたのに。どの神を信奉しているかも聞いていなかったから墓も作ってやれない。

「行きます」

 ぐっと歯を噛み締めて、スクエアは立ち上がり、周囲に顔を巡らせ、小さく祈りを呟くと再び歩き始める。後悔は限りなくある、だが自分は進まなくてはいけないのだ。目指すゼピュロシア大神殿は、まだ見えてこなかった。


 彼女の姿を一人見つめていた屈強な人影は、やがて闇に溶け込むように消えていった。





「定期便は既に出発しています!次の船を待ってください!」

 その喧騒は常のものとは明らかに違っていた。いよいよ祭本番であるというのに、港には、出発を待つ多くの人が船を求めて声を上げていたからである。何もしらずに、というべきか、これからハルフノールを訪れる観光客と入り混じり、例年以上の混乱に街全体が悲鳴を上げているかのようだ。トムス・フォンダの一件は、周囲の人間を確かに動かしていた。祭の熱狂を覚ます冷水に、旅行を切り上げようとする人間が後を絶たない一方で、逆に荒くれ者、いかにも海千山千、ひと癖ありそうな人間が続々と入国してくる。意気揚々と、これみよがしに刀創を見せびらかし、往来のど真ん中をのし歩く。この日のためにさぞ武器を磨きこんだのであろう、陽光を反射して目が痛むほどである。

「竜退治は俺に任せろ!」

「俺達の船はまだ空いているぜ。何、料金は確かに高いが……竜に全財産を滅茶苦茶にされると思えば、気にならない値段だよ」

「私たち大陸統一銀行としては、この機に竜の損害保険に御加入いただくことをお勧めします。少しの掛け金で、大きな安心が得られます。これこそが保険の本質です」

「おう、こんなちんけな店にこんだけ大金だしてやるって言ってるんだぜ!さっさと決めねえか!」

 本来の陽気さとは違う、異様な活気が街に紛れこみ、徐々に濃度を濃くしていく。悪酔いする酒のような雰囲気が充満していた。祭を楽しもうとする旅行者に混じり店に入り込んでは、自慢の大剣を抜き放ち、面倒を避ける店主から小銭を巻き上げるものがいれば、剣呑な空気を嫌がって出国を望む行列に対し、法外な値段で船を手配するものもいる。また、そんな彼らの話に乗って、街を出ていくものもいて、いまや港は人の波にもまれて身動きするもの一苦労な有様である。地元の掏摸と、祭狙いでやってきた流れの掏摸が喧嘩をしている横で、竜退治で名を上げようとする一団が、地元の豪商たちに名を売ろうと躍起になっている様子は滑稽を通り越して醜悪といってよかった。純粋に祭を楽しみにしていた人間たちにもはや熱湯を浴びせるような連中は、周囲の目などおかまいなしに、更に密度を増していくかに見えた。

「いやしかし、凄いことになってしまったねえ」

 気楽一辺倒のデリクスは階下の騒動を眺めては呟いた。本人は何があってもぼんやりしているので、事態が深刻化すればするほど目立ってくる男である。

「これほどまでに、あのトムスという男の影響力があるということなのですか?」

「もはや、トムスという人間だけの騒ぎではないね。発端としては、間違いなくあの男が仕組んだろうけどさ」

 デリクスは嘆息する。何せ、直接の捜査権限があるわけではないので、ツィーガ他、少ない人員を街に配置にして、こまごまと情報を集めてはいるものの、どうしても限界がある。

「話がでかくなった一番の原因は、ハルフノールという地域性かな。五大国であれば、例え竜がでたとしても【大いなる円蓋】で対応できるという安心感がある。でもここは、今まで竜に襲撃されたことの無い、円蓋の守りもないハルフノールだ。考えもしなかった事態を突きつけられて、騒動が一気に爆発したんだろうねえ」

「にしても、これはひどいのでは?」

 ファナが眉を潜ませて声をあげる。心の底から人々を案じているような顔をさせたら、大陸一とエクイテオが断言する表情である。案外本気なのかもしれないが、真相は誰も知りようがない。

「何せ、今現在ハルフノールに集いしお歴々は、竜にまつわる騒動を生業としてきたような奴らさ。円蓋が完成したおかげで皆飯のくいっぱぐれた連中だよ。久々に舞い込んだ商機を見過ごすわけにはいかないんだろうさ」

 デリクスは肩をすくめてみせる。道路が整備されたことにより水運が衰退するといった、社会資源の進歩による仕事の盛衰は世の常とはいえ、その余波が一島国にまとめて押し寄せるとは誰が想像したであろうか。他国であるからこそ、心配も同情もできるということだろうが、デリクスの口調は、まるでくたびれた同年代を応援しているかのように響いた。

「デリクス司祭長の話を受けて色々と聞いてみたんですが、トムス・フォンダという男は、思っていた以上の人物なんですね」

 ツィーガはこの機会に、トムスという男の聞き込みを行っていた。同じ業界に生きている人間同士、情報も集まりやすかろうとは思ったが、反響はツィーガの想像をはるかに超えていた。

「ほほう」

「色々な話題を聞きましたが、ほとんどの人間から恨まれていました……島一つを丸々賭けて奪い取り、三日で飽きて売り飛ばしただの、一〇人の賭博師と勝負して、全員を丸裸にして街中に晒したり、設けた金で町中の酒を買い集めて、一人で飲み、残りは川に流しただの、散々でした……」

「あー……そういうことしそうな顔と態度よね……」

 ファナが深くうなずいている。

「ですが皆が口をそろえていうのは、竜賭博における圧倒的なまでの的中率とのことでした。それだけではなく、賭け事には圧倒的に強かったとか。更に、仕返しをしようとしてかなりの人間が返り討ちにあっています。命を狙うくらい恨んでいる人間も多いとか」

 デリクスはぼんやりと笑った。賞賛と呆れが同程度込められた笑みである。

「そんな人物が、竜が来ると言っているんだから、皆信じるということだね。この様子を見ると、大分大陸でも情報を流してきたのかな。竜賭博に絡むからそこまで派手にはしないと思うのだけど」

 トムスの顔を思い出しつつ、デリクスは首をひねる。竜賭博師という職人気質の男としてみていたが、人物像を修正しなければいけないだろうか。

「しかしあんな法術、誰が使ったんだろ?町中至るところに【拡声】の法術を仕込んだり、突如宙を舞ったり。相当の人数が必要だろうに。まさか、トムス自身が法術使えるってことはないよなあ?」

 ツィーガの問いに、誰しもが首をかしげる。

「余程周到に、準備をしてきたんだろうね。あの護衛にしてもそう。そこまで入れ込むような何かが、このハルフノールという国にあるのかねえ」

 デリクスはそう言いつつ、懐から手紙を取り出した。

「ところで、だ。この手紙を見てほしい。差出人は不明」

「えーと。何々……『今宵、女性の一人歩きは危険、闇夜にはご注意めされよ』か。どうしたんです、これ?」

 エクイテオが読み上げた文面を見て、ファナの眉が一瞬だけ跳ね上がった。

「わざわざエスパダールの公用語で書いてあるということは、我々使節団への伝言ということ、ね」

 この世界には大陸共通言語があり、皆母国の言葉と二つの言語を話せるか、むしろ共通言語のみ扱える人間が増えているが、それはそれとして、文化保護や教義の忠実な伝搬のために母国語の推奨も図られている。神官戦士ともなれば、母国語の履修は信仰においても最重要科目であり、知的水準を図る物差しともされていた。

「タレコミ、という奴ですか……」

「そ、これを受けた我らの対応は、というところだけど……お願いをしてよいかな?」

 周囲の目が、一点に集まる。リーファは視線の意味を理解し、小さく頷いた。


 エスパダール西方教会に伝わる言葉に次のようなものがある。いわくガイウス盆地の天気、レイモンド食堂の日替わり定食、そしてデリクス・デミトリウスの表情は決して信用してはならないと。ツィーガ達を送りだしてのち、デリクスは再び国事について考えを巡らせる羽目になっていた。

「それでは」

 ジグハルトとの何度目かの面談を終えたジェズトが、デリクスの視線に気づく。四十男に無言で見つめられても嬉しくもなんともない。

「どうした、浮かぬ顔ではないか」

 ジェズトの言葉に、デリクスは意を決して話す。

「この度の同盟、時期尚早ではないでしょうか」

「この期に及んで何を言い出すかと思えば。一瞬の遅滞がデュミエンドの台頭を招くこと明白であろうに。せっかくの平和が一夜の夢と化すぞ」

 ジェズトの言葉にも理由がある。ここで手をこまねいていれば、ハルフノールはデュミエンドが攫って行くであろう。そうなれば五大国の均衡が崩れ、思わぬ破局を見出しかねない。なればこその今回の行動であり、エスパダール本国においても了承された事項である。デリクスも十二分に理解したうえでの反証であった。

「それは分かっております。ですが、シールズ宰相の態度、それに派遣されたデュミエンドの精兵。彼らは自身の立場と利益を正確に把握しております。最悪、ハルフノールは二つに割れるでしょう。その口火を切ることになりかねません。そうなったとき、我々もまた無事で済みますかな」

「……世界全体の均衡を考えれば致し方あるまい。私としても目的を果たさずにおめおめと逃げ帰るつもりはない。一時的に不和が訪れようとも、五大国の盟約を割るには至るまい。それにデュミエンドも馬鹿ではない。表だって戦争をしかけるようなことはあるまいて」

 ジェズトの声は、無機質に響く。エスパダールとしてみれば、今回の提案は、五大国全てにとっても等しく利益の出る話であり、デュミエンドの反抗も一時期のものであると考えているようだ。だが、そんなにうまくいくだろうか。

「ハルフノールを、五大国主戦派達にとっての欲求不満のはけ口にするおつもりですか?」

 言い過ぎたか。デリクスに淡い後悔が宿ったが、ジェズトは何も言わなかった。

「君の意見は覚えておく。だが、今回の件については私が最終的な決定権を持っていることを忘れないでほしいな」

「畏まりました」

 デリクスは、頭を下げる。給料分の働きをした、と思い込めるほど、彼の胸中は整理されてはいなかった。辛辣な言葉に対するジェズトの態度、落ち着きぶりからデリクスはあることに気づいたからだ。

「ハルフノールの内紛こそが真の狙い、か……だとしたらジェズトの奴、意外としたたかじゃないの」

 エスパダールとすれば、内乱が起これば円蓋を五大国以外に設置する正当性が証明される。人道支援を掲げて戦争に適度に介入しつつ、終戦後に領土の割譲でも求める算段でもしているのであろう。ひょっとすると、デュミエンドとも分割配分について、ちゃっかり話つけているかもしれない。デリクスは笑みを浮かべた。他人に見せることのない、不敵で皮肉な笑みだ。

「だとすれば、正義を信奉する司祭として、正しい道を探るとしようか」

 デリクスの苦悩も決意も、全く外見に現れることはない。あくまでも茫洋と歩み去っていくだけである。ただ、鳥が何かにおびえるように飛び去っただけだった。


 一方、話を終えたジグハルトは王宮の回廊に、目の前にシールズ、そしてジェラーレの姿を見出していた。表面上は実に恭しくシールズに一礼すると、ジェラーレに向き直る。長身のジグハルトよりさらに丈高いジェラーレは黙然と頭を下げた。

「活躍、いつも聞き及んでいるぞ」

 自分の元から去ったはずの男を前にして、ジグハルトの顔はあくまで朗らかである。心底から栄達を喜んでいるようにも見える姿に、シールズは腹の中で唸った。それとも、いずれ自分から離れたことを後悔させてやる、という意思表示なのだろうか。

「恐縮です」

 ジェラーレとしてもそういうほかはないであろう。瞳は決して笑ってはいない。

「これからもハルフノールのためにその力を使ってほしい。何やら騒動が起こっているが平安こそが至高。頼んだぞ」

「この身に変えましても」

 細かい話はせず、ジグハルトは颯爽と身を翻すのを眺めやりつつ、シールズはジェラーレに問いかけた。

「ふん。善人面しおって」

「あのジグハルトという男には、嫉妬という感情がないものと思われます。自分が衆に優れた人間であることを、ごく自然に受け入れた結果だと思われます」

「何が言いたい?」

「嫌味を言うだけ無駄、ということかと」

「お前が他人の人柄を論評するのは珍しいな」

「私が彼の下を去った理由の一つですから」

 眉間の皺を深くしながらシールズはジェラーレに背を向け歩き出す。ジェラーレは二歩遅れて従った。危急の事態に即応できる限界の距離であることは、シールズも理解していた。

「街中の騒動について、その後は?」

「首謀者であるトムス・フォンダは現在収監中です。尋問を行っていますが、自分は竜賭博師である。この島に竜がくることを忠告しに来た、の一点張りです」

「賭博師だけに、か。祭が終わるまで閉じ込めておけ。様子を見て騒乱罪で処断しろ。考えてみれば、この時期の政情不安はスタンの小僧を追い詰めるのにちょうどよいか……」

 考え込んだシールズに、ジェラーレは言葉を続けた

「閣下、報告の続きがございます。今回の騒動に紛れて、何物かがハルフノールに侵入した模様です」

「ほう。どうやらそれがトムスという男の目的か」

「おそらくは。ゼピュロシア大神殿に向かう街道から外れた小路に、複数の死体が発見されています。どうやら争ったようですが……実は一点問題が」

「簡潔に話せ」

「失礼しました。遺体が抱えていた聖印は戦神デュモンのものでした」

 シールズは立ち止まった。木漏れ日が満ち、気温も心なしか高まってきた周囲に比べ、冬に逆戻りしたかのような緊迫感を放つ背中を、ジェラーレは見つめ続けた。

「ふむ……」

「まだモルガン将軍には確認をしておりません。現場の状況からまだ潜伏者は生存している模様。いかがいたしましょうか?」

「ジェラーレ」

「はっ」

「お前はこの島で生まれた訳ではなかったな」

「はい。三年前に流れ着きました」

「では、八年前に起きた事件は知るまいな」

「風の噂で聞いた程度です。前国王夫妻が他国……デュミエンドにて亡くなられたと」

「そうだ。陛下は他国にて命を落とされた。何故だか分かるか?」

「いえ」

「ハルフノールでは、神の守りが強すぎたからよ」

 シールズの眼光を正面から受け止め、ジェラーレは微動だにしない。幾分満足そうな表情を浮かべた宰相は、やがて真実を語り始めた。

「彼は、ハルフノールが【大いなる円蓋】の外に置かれたことに焦りを抱いていた。そして女神ハルの守りが弱まっていくことにもな」

「王族が健在であったにも関わらず、ですか?」

「女神ハルの力そのものが弱まっている、陛下はそうおっしゃられていた。太古の昔、この国は他国の人間が入ってくるなどということはなかったらしい。フォンデク大僧正あたりが吹き込んだ話のようだが、な。彼はジグハルト家の助言を受けつつ、他国との交流に活路を見出そうとし、そこで知ってしまったのだ。私が密輸をして利益を得ていたことにな」

「……」

「デュミエンドから情報が入ったとき、私は殺害を依頼していた。何故だか分かるか?」

「いえ」

「陛下の行動は、ハルフノールに無駄な混乱を招き、国力を衰退させるだけだったからだ。この国を平穏の内に納めていたのは、全て私の力によるもの。陛下はただ祭事の身をつかさどり、国政には何の意図ももたなかった。今のスタンのようにな」

 見事なまでに本末が転倒した論に、ジェラーレも口を挟めない。

「そこで、女神ハルの恩寵が及ばぬところで、というわけですか。後継者争いにおいて、ハルの力を引き出せない人物を選んだのも、閣下の深慮によるものですね」

「その通り。私は女神ハルに見切りをつけたのだ。となれば、邪魔になるのはハルの恩寵を深く受けるもの達。この国に生まれ、ハルの影響を強く受けるものは生まれながらに守護を受ける。だが赤子や幼子に、身を守る術などあろうはずがない。あまたの世継、私生児が生まれたが、力が僅かでも発動した時点で、あらゆる理由、あらゆる手段で殺した」

「そうやって、一人ずつ始末して、最後に残ったのが、スタン陛下、というわけですね」

「齢一〇を超えて突如覚醒する者もいるが、奴程度の年齢になれば可能性はまずないといっていいからな」

 想像以上の難物だ。ジェラーレは表情を変えずに腹の中で唸る。スタン・ニルグごとき小人物が歯向かえる相手では到底なかった。シールズの顔からは何も読み取れないが、彼の言葉の中には、自分がハルに選ばれなかったという強烈な劣等感が潜んでいるかに見えた。長きにわたる閉塞が生んだ嫉妬と我欲の結実。ハルフノールという国が抱え込んだ闇そのものといってよい人物は、うっそりと笑っていた。

「私はこの国を喰らう。骨の髄までな。残り滓はデュミエンドにくれてやるさ。そうなればもうスタンの小僧など必要ない。例の件は進んでいるな」

「はい。早々に決行するでしょう。しかし、デュミエンドの密偵は何をしようというのでしょうか?前国王の死は確かなのでしょう?」

「そう、死んだはずだ。デュミエンドの人間は言っていた。だが、モルガン将軍から聞いた話では、一つ問題が生じていたらしい」

「問題?」

「私が依頼した相手、ピトー・ヴィッチという男が突如失踪したそうだ。彼はデュミエンドの暗部に深く関わっていた男。情報では、公開されれば天地がひっくり返るような機密情報も持ち去ったという……ジェラーレ、トムスという男を締め上げろ、拷問でも何でも好きにしろ。何か知っているだろう」

「かしこまりました。密入国者はいかがいたしますか?」

「情報を聞き出し次第皆殺しだ。モルガン将軍には話す必要はない」

「一つだけよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「何故、私にこんな話を?」

 ジェラーレの問いに、シールズは笑った。今までで一番純粋な、深い笑みに見えた。

「……似ているからよ。私とお前がな」

「似ている?」

「ああ。お前の瞳は、映るもの全てを獲物として捉えている。そう、私を含めて。喰らっても喰らっても足りぬ飢えを満たすために、な。だからこそ信頼できる。私はお前に餌を、獲物を提供できるからだ。いくらでもな。分かったら、行け」

「畏まりました。では」

 一陣の風となって、ジェラーレは消えた。


 今夜の対応について、あれこれ話をしているツィーガ達に、来客との声がかかる。対応にでたエクイテオの顔が驚きの表情をつくった。

「カイムさん!どうしたんですか?」

「やあ、エクイテオ君。誕春祭のために出てきたのさ。君がこちらにいると聞いてたから、挨拶に来たんだよ」

「こんにちは。カイムがあなたにどうしても会いたいってうるさいのよ。珍しいわ」

 にこやかな表情のカイム・ジエンディンとエルン・ミスト、そして村の子どもたちの姿があった。

「ちょっとお話しがしたくてね。いいかな?」

「勿論です。俺も聞きたいことがありまして」

 庭に備え付けられた椅子に腰を下ろす。宿舎の庭で遊びまわる子供とファナを、カイムは幸せそうに眺めている。エクイテオもまた、子供達と楽しそうに遊んでいるファナを当初意外そうな顔で、徐々に苦々しい顔で見つめていた。

「あの野郎、子供に妙なこと吹き込んでんじゃねえだろうな……」

 エクイテオの表情を見やり、カイムは唐突に話しかけた。

「そういえば、風の精霊の名前は決まりましたか?」

「いや、実はまだなんです。何個か伝えてみたんですけど、中々気に入って貰えないみたいで……」

「ひょっとして、本当につけたい名前があるのに、躊躇っているのではありませんか?」

「!どうしてそれを?」

 図星を指され、エクイテオは目を大きく見開いた。カイムはむしろ苦笑気味に視線を再び子供達にもどしながら呟いた。

「私にも、覚えがあるからです。恥ずかしい話ですけど、最初エルンの名前をつけようと考えたんです。エルン本人からはこっぴどく怒られましてね。だけど代わりの名前が思いつかない。いやはや、男って奴は馬鹿ですねえ。あはは」

「……」

 無言のエクイテオに、頭を掻いていたカイムは表情を少し改める。

「精霊には、心を開くしかありません。ごまかしは通用しないですからね、ありのままの気持ちを伝えなければ、応えてはくれませんから」

「そうですね。努力します」

 どんな名前をつけようとしたのか、カイムは深く追求してこない。エクイテオにとってはありがたかった。

「さて、と。エクイテオ君、聞きたいことって奴を教えてもらえますか?」

「はい……単刀直入にお伺いします。あなたは昨日起きたトムス・フォンダの騒動に関与していませんか?」

「何かあったとは聞きましたが……何故、私が関わっていると感じたのですか?」

 ふんわりと聞き返してくるカイムに、エクイテオは真摯に答えた。

「トムスって奴は法術も使わずに空を飛んでいた。それにあちこちから声が聞こえたり、拡声されたりしたのは、明らかに風の精霊の力でした。あの規模で、同時多発に精霊の力を行使できる人なんて、滅多にいるもんじゃない」

「混乱の中、よく感じ取りましたね。その通りです。私が力を貸しました」

 あっさりとカイムは認めた。エクイテオが拍子抜けしつつ、問いただす。

「何であんな男に手を貸したんですか?」

「先日話したとおり、この国は神が目覚めることができなくなり、その結果かどうかは分かりませんが、色々と不吉なことが起こり始めています。街での殺人事件しかり、貴族間の争いしかり。そんなときに彼から話を聞き、この国を守るために協力することにしたのです」

「どんな話ですか?詳しく教えて下さい」

「彼の許可なくてはお話できません」

「……」

「どうします?私を拘束しますか?」

 そんなことができないことは、エクイテオは十二分に理解している。世界と一体化できる男を、どうやって閉じ込めておくというのだ。

「この国を守るため、なんですね」

「必要な時が来ればお話しします。できれば、あなたの友人たちにも秘密にしておいてほしい。この国を戦乱の地にしないために必要なことだと、私は信じています」

「……わかりました」

 ツィーガの顔が浮かんで消える。エクイテオはひとまず追及することをやめた。カイムを精霊士として信頼していたがゆえのことである。精霊士は、人間間の争いをことのほか嫌うものである。精霊の営みを乱し、場合によっては破壊するものであるからだ。カイムもそのことを理解しているのか、すまなそうに笑った。

「ありがとう、エクイテオ君……じつは、もう一つ頼みたいことがあるんだが、いいかな?」

「何でしょうか?」

「ちょっと付き合ってほしいところがあるんだよ」

 カイムは立ち上がり、エクイテオもまたそれに従った。






「いやーすごい!」

 エクイテオの口は、先刻から『すごい』以外の言葉を発することをやめてしまったようだ。彼は今、地上を離れ、空を舞っていたからだ。眼下には、早春の大地がいささか荒涼な気配を漂わせつつも、陽光を浴びて僅かに目覚めかけたかのように緑が見え始めている。横には、エクイテオが連れてきた風の精霊が楽しそうに飛び回っていた。常にエクイテオに付き添う形になっていたので、自由に舞うのは久しぶりなのだろう。

「まさか、横に並んで飛ぶことになるとはねえ」

 精霊の横顔を何となく眺めつつ、エクイテオが呟く。

『気に入ったようでなによりです』

 カイムの声が頭に直接響いた。彼は世界に半ば溶け込みながら、自身を風と化してエクイテオを空へと運びあげたのだ。もう何でもありだな。エクイテオはもはや感心することすら追いつかなかった。

『精霊士であるあなただからこそ、風をその身に受け入れ、空を駆けることができるのです。コツを掴めばそんなに難しいことではないですよ』

「そうなんですか。後で教えてください」

『ええ。勿論です』

「それで、自分は何をすればいいんでしょうか?」

『先程話したとおり、この国の鍵を握る女性がゼピュロシア大神殿に辿りつけずに、手前の森で迷っています。彼女を狙う刺客も多数入り込んでいるようです。私が刺客の注意を逸らしているうちに、彼女、スクエア・アトランと合流し、神殿まで送り届けてください』

「でも、自分なんか必要無いような気が」

『もし私が突然目の前に現れたら、どう思います?』

「それもそうですね……」

 エクイテオは突然目の前に出現する全裸の中年男性を想い浮かべ、納得した。

『くれぐれも気をつけて。相手も訓練された一団です。私の警戒を掻い潜る可能性もあります……本当はこんな危険なことを頼みたくはなかったのですが』

「気にしないでください。こういう仕事なら、多分俺が適任ですよ」

 くれぐれも気をつけてください。カイムはそう繰り返し、少しずつ高度を下げていく。神殿の前に広がる広大な森がエクイテオの目に飛び込んできた。


『周囲の精霊達が道案内してくれるはずです』

 カイムの言葉通り、エクイテオが進むべき道を木霊が手招きして知らせてくれていた。木々や草花も道を開けるかのように左右に倒れ、綺麗に分かれていた。

「人嫌いの木霊まで……」

 このハルフノールという島の王は、ひょっとしたらカイムなのではないか。そう想わせるに足る光景であった。エクイテオが精霊との交渉を試みても、完全にカイムとの盟約が成立しているこの島では何もできないであろう。精霊との交信とは、結局のところ信義に基づくものである。どんなに交渉上手であっても、能力に差があっても、一度結ばれた約束をこそ精霊は重視する。風の精霊を連れて来なければ、自分は全くの役立たずだったなと、妙なところでホッとしていた。

 エルンという女性は、どこまでこのことを知っているのであろうか。エクイテオの思考は脇に逸れる。その気になればこの国を思いのままにできる男が、情けない顔をして自分の傍にいるということに果たして気付いているのであろうか。ふと顔を上げると、風の精霊がこちらを眺めている。木々に阻まれ、自由に飛ぶことを制限される森の中は、居心地のよい場所ではないが、変わらずに自分の傍に居てくれた。

「なあ、どんな名前がいいんだよ。いい加減決めてくれ。ゼラ?マユリとかどう?あとは、アイシャとか」

 風の精霊は全ての名前に首を横に振り、微笑んでいる。分かっているくせに、という表情が、否応にもエクイテオにある郷愁を引き起こしていた。

「まいったなあ。勘違いだと思いたかったけど、やっぱり似ているんだよなあ」

 エクイテオの苦笑は、憂悶の表情に流れていく。柔らかい微笑みは、記憶の影に眠る痛みを引っ張りだしては癒すことのできない傷を刺激する。忘れることなど一時としてなかった。彼にとって最も暖かい、最も忌まわしい記憶が、体中を走り抜ける。

「ひどいもんだ。人の過去を除くなんて野暮のすることなんだぜ?わかる?」

『?』

 苦笑をもう一度。エクイテオは大きく息をつく。気付けば木霊達がさかんに警告していた。どうやら近くに刺客とやらがいるようである。エクイテテオが身を潜めると、微かな足音がする。御丁寧に頭まで頭巾で覆っており、人形のような違和感を覚えるいでたちである。草花がエクイテオに寄り添い、たちまちに周囲に姿が溶け込んだ。刺客はこちらにはまったく気付かない様子で近づいてくる。木々の枝が自然と進行方向を逸らし、エクイテオの潜んだ藪を踏むことなく通り過ぎていく。男の全身からは、微かに血の匂いがした気がする。尋常ではない迫力を間近で浴びせられ、エクイテオは必死に息を殺した。

「やれやれ、ただものじゃあなさそうだな」

 こりゃさっさと用事を済ませるに限る。冷や汗を意識しつつ、エクイテオは時間をかけてその場を離れた。

 そろそろと移動すると、またもや木霊達がしきりと騒ぐ場所に辿り着いた。気の休まる間とてない。異常を察知したエクイテオが再び藪の中に飛び込むと同時に、物陰から姿を現したのは一匹の獣だった。しなやかな四肢に艶やかな毛並み、鋭い眼光。かなりの大型の豹らしき獣が悠然と歩み寄る。ごくり、と唾をのみ込み、エクイテオは息を殺す。獣の種類を判別しようとして、尾が二本あることに気づく。

「二本尾……【獣鬼】かよ。まいったな、こんな時に……いやこんな時だからか」

 人の志力を糧とし、人の悪意を形とする生物である【鬼】が成長し、悪意が獣の形をとりえるまでに成長したのが【獣鬼】である。エスパダールでは「凶兆」を意味する、メーガルペデラというはずだ。尾が増える理由は分かってはいないが、一説には、複数の人間の魂を喰らい続けたために異なる悪意が結実した結果とも、獣鬼が所有魂の数だけ増していくともいわれている。姿を変え、いったん滅ぼしたかに見えても複数の魂を全て破壊しない限り再生するため、竜に次ぐ人類の大敵とされている。かつて五つの尾を持つ獣鬼が一国を滅ぼしたこともあるといわれ、二尾であっても、歴戦の神官戦士団が総がかりで対峙する相手である。世が乱れを察し、突如姿を現す不吉の象徴の目前にして、エクイテオは敢えて意識を放擲する。獣鬼は人の志力に反応する存在であるがゆえに、世界との一体化を目指す精霊士にとっては自身の技量と精神性を図る物差しでもある。自らを世界に浸すことで、自分自身の存在を消し、獣鬼の害意を逸らすことができれば、一人前の精霊士と言えた。

「……」

 獣鬼メーガルペデラは、何事もなかったようにエクイテオの横を通り過ぎていく。腐臭のような、まとわりつく不快感が5感を刺激し、吐き気をこらえながらも、平静を保ち、世界とのつながりを無意識のうちに認識する。

「はあ……」

 エクイテオが息を吐いたのは、姿が見えなくなってから、更にしばらくの時が経過してからだった。二度の危難とすれ違い、寿命が何年か縮んだ気がする。森の精霊たちの加護がなければ、おそらく噛み砕かれていたであろう。もはや感想すら思い浮かばず、草むらをかき分けていく。正直、役目を捨てて帰りたかったが、こんなところに彷徨う女性を置いて帰るのは信条に反することでもある。エクイテオが深い溜息をついたころ、木霊が集まって指をさす場所を発見した。密集した草の先に、大地の斜面に開いた穴が見える。かなり奥まで続いている様子であった。安堵の息を一つ吐く。エクイテオが歩み寄ると、自然と草が開き、土の壁が崩れ、入口が露わになる。

「御苦労さま」

 精霊達に声をかけつつ気持ちを入れ直し、そろそろと奥に入ると、反応がないのを確認して、エクイテオは大きくなり過ぎない声で呼びかけた。

「スクエア・アトランさん、いる?」

 返事はない。相手も警戒しているに違いない。背後で再び木々が穴を塞いだようで、周囲が暗くなった。

「トムス・フォンダに頼まれた。あんたの道案内に来たんだ」

 声を潜めつつ、一歩一歩進んでいく。再び声を上げようとしたとき、目の前が閃光に包まれた。

「わっ!」

 更に身体が宙に浮き、世界が反転した。

「ぐあっ!」

 したたかに腰を打つ。どうやら投げ飛ばされたのだ、とエクイテオが気付いたのは、首筋に短刀が触れた後であった。

「死にたくなかったら、静かにしなさい」

 刃の冷たい感触が、痛みの中一際エクイテオの感覚に突き刺さる。

「ま、待ってくれ。俺は敵じゃない」

「証拠でもあるっていうの?」

 か弱い女性という認識を根底から崩され、目が回る中、エクイテオはカイムの言葉を思い出した。

「あ、合言葉!『春、今だ訪れず!』」

「……『今は、坐して待つより』」

「『酒を飲む!』」

 カーマキュサの詩人、デモラトの一節を利用した合言葉だったが、本来なら『酒を飲む』ではなく『風を追う』である。この一事だけでもトムスという男の性格が分かろうものであった。スクエアの顔が見る間に申し訳なさそうな、ほっとしたような表情を作る。

「はあ……御免なさい。痛かったでしょ」

「滅茶苦茶痛い」

「待って。今治療します」

 腰にスクエアの手がかざされるや、あっという間に痛みが消えた。あらゆる展開が急すぎて、エクイテオはついていけずにいた。

「これで良し、と。さ、行きましょう。私を迎えに来たんでしょ?私も大分逃げ回ったから今自分が何処に居るか分からなくなっちゃった」

「お、おう」

 スクエアの表情は硬く、いまだ緊張を解いてはいない。考えてみれば刺客に囲まれながら一夜を過ごしたのだ。気が張っていて当然だろう。

「よし、行こう」

 気を取り直し、エクイテオは笑みを作った。


 木霊に案内されるままに、二人は歩みを進める。スクエアは無言のまま、エクイテオに素直に従っていた。黒い瞳には、不安と警戒の光が宿る。木々は鬱蒼と茂り、昼間とは思えない薄暗さに、心がほぐれることもない。暫くは無言のまま、歩み続けることになった。沈黙が破られたのは、太い木の幹を乗り越えるために、エクイテオが手を貸したときだった。

「ありがとう」

 律儀に礼をいうスクエアの腹の虫が鳴いた。赤面する女性に、エクイテオは乾菓子と水を差し出した。

「食べれるときに、食べたほうがいい。また追いかけっこになるかもしれないからな」

「ありがとうございます。緊張しててそれどころではなかったから」

 少しためらったスクエアだったが、結局はエクイテオの言葉にしたがった。周囲を見渡せる場所に身を潜め、小休止を取る。無言で食べ続けるスクエアだったが、水を飲み干したところで、警戒を続けるエクイテオに話しかけた。

「名前、教えてください」

「あ?ああ、俺はエクイテオ・バーン。皆テオって呼ぶぜ」

 エクイテオはにっこりと笑って見せる。人々の警戒を解くに足る、柔らかい表情である。結局、エクイテオがファナを警戒するのは同じ匂いがするからだと、自分自身で認識している。効果てきめんの笑顔に、スクエアは少しだけ表情を和ませた。年齢にして二〇代前半から半ばといったところか。立居振舞からは伺いしれないが、高貴な出自、とも言い難い雰囲気だ。すこしやつれてはいたが、瞳にはまだ力があった。

「それでは、テオさん。あとどれくらいで到着できますか?」

「さあ?実はよく分からないんだ」

「え?」

「ああ、誤解を招く表現だった。ちょっと待ってくれ今聞いてみる。なあ、あとどれくらいだ?」

「聞くって……」

『アト、フタツオカヲコエルトミエテクル。イママデアルイタキョリトオナジクライ』

「そうか…あと二刻ってとこみたいだぜ」

 エクイテオの言葉に、スクエアは何かに思い至ったようだ。

「……あなた、精霊士さん?」

「よく知ってるね」

「そっか。だからあなたの前では草が勝手に開いていくのね」

 周囲をよく見ている。エクイテオは頷きつつ尋ねた。

「気持ち悪いかい?」

「全然。話し相手がどこにでもいるなんて、いいなって思ってました」

 スクエアの率直な言葉は、エクイテオにとっても心地よい返答であった。ここぞとばかりに、先程から抱えていた質問をし返す。

「あんたこそ、何者なんだい?祈りもささげずに治療術を使える人なんて、聞いたことがないぜ?」

「トムスさんから、何も聞いていないんですか?」

「ああ」

「ごめんなさい。では、今は話せません」

 ごく自然かつ明確な拒否であり、取りつく島は無かった。追及しても良かったが、そこで突如声が響き、続いて盛大に木々が揺れる音がした。

「⁉」

「どうやら、刺客が木霊にでも捕まったようだな」

 思ったより近くにいるようである。木の幹から少しだけ頭を出すと、そこには刺客らしき人物と、先刻のメーガルペデラがいた。刺客の短剣を易々と牙で絡め取り、徒手空拳になった相手にのしかかり、あっという間に喉笛に噛みついた。

「……!」

 悲鳴を上げようにも、もはや声が出せない。

「見るな」

 エクイテオは言ったが、スクエアは動じた様子もなく、顔色一つ変えずに惨劇を見つめている。先ほどの手練といい、若いながらかなりの修羅場をくぐりぬけてきたのであろう。新たな悲鳴が上がる。見れば、危機を察した仲間がやってきたようだが、何も出来ずに獣鬼の餌食となっているようだった。考えようによっては好都合といえた。

「今のうちだ、さっさと逃げるぞ」

「ええ、そうね」

 言葉はそっけないが、スクエアの表情はひきつっている。エクイテオはその様子に、何となく安堵に似たものを感じていた。


 慎重に歩みを進める中、夕焼けが近づいた頃、ようやくに森が切り開かれ、神殿の高い外壁が目に飛び込んできた。城壁のような堅固な造りである。途中何度か刺客に遭遇しそうになったが、その度に森が壁となってくれた。カイムの底知れない技量に感服しつつ、終わりが見えたことにほっとする。

「やれやれ、ようやく辿り着いたな」

「ありがとうございました。神殿内に入ってしまえば相手は手出しできないはず。あの、何故あなたはここまでしてくれるんですか?見た所、お金で雇われた訳ではないようですし」

「さあ?根がお人よしだからかねえ」

 先程から自分自身に問いかけている質問を他人から言われたら、苦笑するしかない。どうやら、ツィーガの傍にいることで余計な影響を受けたようである。本来なら自分は突っ走る友人と立ち止まらせる役目のはずだったが。

「まあお礼なら、カイム・ジエンディンって人に伝えてくれ。落ち付いたらいつだって喜んで報酬を貰いに行くぜ」

「……あの、今度の華の儀、良かったら来て下さい。そこに来れば私が何者なのか、よく分かると思います。報酬もそのうちきっと」

 スクエアはぺこりと頭を下げる。エクイテオは彼女の仕草に唇を歪ませた。

「へえ。それじゃあ楽しみに待たせてもらうわ」

 言葉をそこで切り、周囲を再び警戒する。どうやら人の気配はないようだ。カイムが上手く注意を逸らしているということだろうか。用心のため、風の守りを周囲に展開する。

「さ、行こうか」

「ええ」

 スクエアの顔が一層引き締まっていた。大きな困難に立ち向かおうとする決意に美しく光る瞳ごと、外套を頭から被って隠す。エクイテオも同じく顔を隠しながら、声をかけようとしたときだった。

「!」

 周囲に纏っていた風の守りを易々と破り、矢がエクイテオのすぐ傍を通り抜けた。風の加護がなければ、完全に胴体を貫かれていたであろう。何処から放たれたのかも分からない。

「走れ!」

 神殿の入り口を目指して、二人は走りだす。風の精霊に再び守りの壁を作らせる、がいつまで持つか。わずかな距離が果てしなく遠く感じられる。矢が再び飛来し、風の守りを突き破る、エクイテオの頬から血飛沫が舞った。

「ええい!」

「開けてください!」

 風が粉塵をあげ、二人の身体を包み込む。騒動を聞きつけたのか、森からも数人の刺客達が姿を見せた。こちらの接近に気付いていたのか、スクエアの声に反応し、神殿もまた外壁の扉を開ける。

「スクエアさん、行け!あとはこっちで引き付ける!」

「危険です!」

「何か知らんが、やんなきゃいけないことがあるんだろ!この国のために!悩んでる暇はないはずだ!」

 カイムも事態には気付いているはず。スクエアが神殿内に入ってしまえば、後は空へと逃げることができるはずだ。粉塵をスクエアにまとわせ、エクイテオはスクエアから離れた。

「行くんだ!躊躇っている時間はない!」

「……御免なさい!」

 スクエアは走り去るのと、エクイテオの腕を矢が引き裂くのが同時だった。

「ぐあっ!」

 もんどり打って倒れる。スクエアが様子に気付いて、何事か声を上げた。

「待って、この人は敵じゃな……きゃっ!!」

 風の精霊がエクイテオの周りを飛び回る中エクイテオが視線を巡らすと、スクエアが突風に押され、開かれた扉の中に文字通り飛び込んでいくのが見えた。更に重い扉が物凄い勢いで閉められる。カイムが風の力で背中を押したのだろう。

「ちぇっ、これまでか」

 倒れ込んだエクイテオは格好の的であろう。起き上がることを諦め、エクイテオは大の字になる。目を閉じると何やら、これまでの人生が一瞬で脳裏を駆け巡った気がする。

「すまん、折角だが、ここまでだ」

 目を開けると、視線の中に風の精霊の顔が飛び込んできた。微笑えむような顔が近づいてくる。このまま、精霊になるのも悪くない。エクイテオは微笑んで、観念したような声をだした。異なる時間の、二つの面影が、男の中で一つになる。

「……本当に、にてるんだよなあ……ごめんなさい。約束、守れそうにないです」

 既にこの世界を去っていったあの人とは違う。神ではなく精霊に仕える自分は、空へ上がることはない。もう再会できないことを知っているからこそ、無償に恋しかった。


「シャルト、さん」


 途端に、猛烈な突風が巻き起こる。矢が大地に半ばまで突き立つのと、エクイテオの身体が瞬時にかき消えるのが同時だった。あとには、エクイテオが来ていた服だけが遺され、風に吹かれ舞い上がっていた。




「……?」

『良かった!意識が戻りましたね』

 エクイテオの意識が戻ったとき、身体が空にあることを知った。

「俺は、一体って、わ!」

 自分が全裸であることに気付き、数瞬前の記憶が一気に流れ込んでくる。自分は射抜かれたのではなかったのか。

『すんでのところで、貴方は連れてきた風の精霊と一体化し、上空へと逃げ延びたんですよ』

「そうか……あの時、応えてくれたってことか」

 あの瞬間、風の精霊はエクイテオを受け入れ、エクイテオもまた身体を精霊に委ねたことで、世界と一つになったということであろう。

『精霊と、世界と一つになった気分はどうですか』

「何が起こったのか、全く分かりませんでした……」

 即決契約で人間の体内に精霊を取りこんだときとは全く違う。自分という存在が全く消え果てたような、それでいて全てが満たされたような感覚が名残のように残っている。五感全てが解放され、世界に拡散する。風を操るというよりも、まさしく自分自身が風になったというべき体験だった。

『何も分からずとも全て満たされている。それが世界と一体化するということです。あっという間に意識は飲みこまれ、維持することが不可能になる。私も最初に同じ状況に陥ったとき、師匠の助けがなければそのまま世界に溶け込んでいたでしょう』

 カイムの言葉に、エクイテオは再び冷や汗をかいていた。

『世界と一体化することは、精霊士にとって一つの到達点ではありますが、真に目指すべきは世界と一体化しつつ自我を残すことです。いずれは世界に還る身だとしても、ね。今のあなたではすぐに消え果ててしまうでしょうから、一人でやろうとは思わないことです』

「……勉強になりました」

 自分にはまだまだ早すぎる領域のようである。改めてカイムという男の偉大さを噛み締める。

「エクイテオ君のおかげで無事にスクエアさんを神殿に送り届けることができました。感謝します」

「それは、良かった。あの、俺に矢を撃った奴は、わかりますか?」

「いえ。エクイテオ君とスクエアさんのことで精一杯でした。風の守りをああも易々と貫くとは、恐るべき使い手ですね」

 矢勢を思い出し寒気がする。顔を横に振ると、傍にいた風の精霊が目に入る。微笑みは以前にまして柔らかくなった気がする。

『それにしても、ようやく名前を受け入れてもらったようですね。精霊の名づけ人となることは、より世界との距離を縮めることにほかなりません。精霊からしてみれば、より人間に寄り添う存在へと変化する。これからはより繊細に精霊の力を行使でき、意志疎通も容易になるはずです』

「……あ!」

『これは助言ですが、名前はあなたと精霊の間だけの秘密にしておくとよいですよ。他の人が声を発しても、精霊には影響が及びますから』

 エクイテオは溜息をつき、念じながら風の精霊に話かける。

『おーい』

『何?』

 精霊の声は今までよりの滑らかに、甘やかに響く。エクイテオは何ともいえない、面はゆい気持になる。これが、新たに契約を結んだ効果なのか。だが、そんな気持ちはすぐに消え、絶望に近い感情が男を締めつける。

『エクイテオ、名前で呼んで。私は、シャルト。あなたがつけた名前』

『……改名しようか』

『嫌。いい名前。私はシャルト。もう決まった』

 エクイテオは苦虫を噛み潰す。やはり、あの時呟いた名前を自分のものだと受け取ったらしい。

「参ったなあ……」

 全く情けない。まさか風の精霊に『シャルト』と名付けたなど、知り合い連中、特にツィーガには口が裂けてもいえないことである。風の精霊からすれば、そんな事情などおかまいなしということなのだろうが。

『さて……これで二人とも裸になってしまいましたが、どうしますかね』

 ごく当然の事実が無慈悲に男どもに突きつけられた。さらなる不幸を受け、エクイテオはあまりの情けなさに舌を噛みたくなるのを必死で堪えていた。





 夜であっても、祭のせいか、喧騒はそこかしこで聞こえており、夜通し宴を続ける集団も多いようだ。あちこちに作られた街燈はきちんと管理されており、異国情緒を朧に照らし上げる。

 もう少し楽しめればよかったのに。リーファは胸の中で呟いた。ツィーガ達の依頼を受け、街を一人で歩く。足を踏み出す度に、素足のふくらはぎがちらりと覗く。注意を引くため、ということで珍しく脚を出す服を着ることになり、リーファは取り回しに困惑していた。更にファナの手ほどきで化粧をしてもらっていたが、何となく落ち着かない。どうやら化粧映えする顔であったようで、顔を見たときに周囲の人間が騒ぎ、鏡で自分の顔を見た際も別人かと疑ったほどである。

「ほう」

「へえ……」

 ツィーガが目と口を大きく見開き、嘆声をあげたときは、少しだけ気持ちが高揚したが、今現在、街の見知らぬ人間、男達からぶしつけな視線を向けられるのは好ましくもなんともなかった。道々で誘いをかけてくる酔漢達は大勢いたが、体術をつかって軽くいなし、避けるようにそぞろ歩きを続ける。『追竜者ドラグナー』からすれば、一般の市民などに遅れをとることはありえない。そう思いつつも、師匠にあっさりと失神させられたことを思い出しては一人赤面する。全て自分の油断が招いたことであった。

「集中、集中」

 散漫になりがちな意識を戒める。師匠はあれから身を隠し、リーファの前にも戻ってきていない。茶目っ気のある人であるから、今回の旅にも何らかの考えがあるとは思っていたが、まさか雇われの身だったとは。その上姿を消され、リーファとしても途方に暮れるしかない。異国に独りぼっちという事態が避けられたのは、本当にありがたかった。

「みんな、頑張っている」

 別れから八か月が経過し、ツィーガも、エクイテオも少しずつ自分の道を歩いているように思える中、リーファは自分が答えのでない迷いを抱えていることを自覚していた。常に疑問がまとわりついて離れないのは、どうしてだろうか。強くなる、決めたはずの単純な道。それなのに、何故このままでいいのか、という気持ちが消えない。目指すべき先は天気のように日々移ろいを見せ、リーファを惑わせた。

「いけない……!」

 当初の目的を忘れ、入り組んだ街路を無意識に歩いてしまった。幻想的ともいえる街並みに半ば酔うかのような心持ちだったのも事実ではあったが。いつの間にか喧騒も遠くなり、人影もない。静かな安息の闇が周囲を包んでいる。どうやら道にまで迷ってしまったのか。

「どうにも、この街にいると緊張感を無くす気がする」

 リーファは頭を振って、意識を改める。瞬間だった。

「!」

 殺到する気配に逆らうことなく、前転して距離を取り、向き直ると同時に全身に神経を張り巡らせる。構えをとったため、脚が剥き出しになってしまうが、気にしてもいられない。気配の主は、剣を振り下ろした姿勢のままで固まっていた。覆面が表情を隠しているが、荒い息遣いが伝わってくる。

「これでいい」

 戦いの場面を迎え、リーファは呟く。彼女は直前までの惑いを捨て、一戦士となることに成功していた。訓練の賜物、というよりも『追竜者』としての本能が思考の迷いに打ち勝ったといえる。清冽な志力漲る姿、強い意志を宿す眼差しは、化粧では彩ることのできない人間本来の美しさに満ちていた。

「何者だ!」

 リーファの声を受け、顔を隠した辻斬りは激しく動揺したようである。背後からの一撃が外れるわけがないと思っていたのだろう。リーファが見るところ、たいした使い手ではないようだ。

「人殺し!」

 リーファはさらに声を張り上げる。大声というより、気合声である。辻斬りは更に動揺し、戦いを放棄して逃げ出そうとした。

「待て!」

 リーファが素早く踏み込んで、背中に向けて蹴りを放つ。だが、何かが弾けるような音が鳴り響き、リーファの足が痺れるほどの衝撃が走る。爪先が相手に触れる直前のことであった。

「法術……か」

 リーファは、無性に腹が立った。人を卑怯な手段で害そうとするものが、神の力を借りるなどとは。力を貸す神もまたしかり!体内の志力が活性化する。先刻よりさらに早く踏み込むと、向き直り、反撃しようとする相手に向けてまっすぐに拳を突き出す。衝突の衝撃を超え、法術の壁を突き破る。剣を振り上げ、がら空きになった胸に拳が吸い込まれていく。

「ぎゃっ!」

 吹き飛んだ辻斬りは小さい声をあげて、壁に激突し、そのまま静かになった。

「思い知ったか」

 ふん、と鼻を鳴らして、リーファは警戒を解かずに近づいていく。あと数歩、というところで、左右同時に飛んできた短剣を両手で掴んだ。

「人殺しがいるぞ!」

 再びリーファは大きな声を上げつつ右に走り、辻斬りの仲間と思われる人間との距離を一気に詰める。追竜者の常識外の突進速度にひるむことなく突出された剣は鈍く黒い。毒が塗ってあると判断したリーファは、軽くかわすと、体を低く丸め勢いそのままに体当たりする。体ごと押し込み、壁に叩きつけた。失神した刺客を大地に這わせ、振り返ったときにはもう一人が最初の辻斬りを抱えて逃走に移ろうとしていたところだった。

「逃がすか!誰か!辻斬りだ!」

 リーファは再び前転する。続いて殺到した矢を避けるためだ。リーファは狭い街路の中、志力を腕に集め皮膚を保護しつつ、続く矢を巧みに払いのけるが、数が多すぎて追跡に移れない。おかしい、この配置は異常すぎる。たかが、というのも変だが辻斬りをここまでして守る必要があるというのか。リーファは再度声を張り上げた。

「誰か!」

 このままでは逃げられる。焦りが大声となって体を飛び出す。次第に辻斬りとの距離が離れ、リーファが諦めそうになったとき、男達のうめき声が複数聞こえてきた。物音も弓も止んだあと、二つの人影が近づいてくる。

「お嬢ちゃん、お疲れ様」

「上出来、と言いたいところであるが、詰めが甘かったのう」

「……師匠!それに、そちらはあの酒場であった」

「いかにも。あたしはイヴァ・ソールトン、イヴァと呼んでおくれな」

 穏やかに笑う二人が抱えているのは、辻斬りと大量の刺客達だった。リーファが話しかけようとしたとき、ようやく応援に来たツィーガ達の声が遠くから聞こえてくる。

「どうやらお仲間が来たようだ。あとはお任せしよう」

「師匠!お待ちください!聞きたいことがあります!」

「今はやることがあるでな。も少し自由の身でいさせてくれ」

「師匠!」

 追いかけようにも大量に残された人間を抱えて動く訳にもいかない。リーファは追跡を諦めた。ツィーガが息を切らせてやってくるのを、俯いて出迎えた。師匠その他への怒りを他にぶつけないためだったが、ツィーガは別の受け取り方をしてしまったようだ。

「……リーファ、怒ってる?」

「ええ!とても!覚えておいてくださいね、師匠!」

「ごめん、ごめんなさい!」

 地団太を踏みかねないリーファを見たツィーガは、自分達が遅れたことで怒っていると勘違いして必死で謝罪する。

「え?いや!違う違う!」

 一時の混乱がどうにか収め、リーファは寝そべった男達をまとめて荒縄で締めあげる。辻斬りの顔を暴こうとして手を伸ばし、再び衝撃が走った。

「えい!」

 リーファは痛みを無視して、もう一度覆面に手をかけ一気にはぎ取る。露わになった額に淡く光を宝玉を嵌め込んだ宝冠が輝いている。これが防御法具の正体であろう。ツィーガが同じく手を伸ばすと、再び衝撃が走り、手が弾かれた。

「痛っ」

 ラーガがそれを見た瞬間。鋭い声で指示を出した。

『ツィーガ、すぐにデリクスを呼んでこい。いいか、他の誰にも声をかけるな。急げ!それからリーファ。この男の誰にも顔を見られるな。街路の奥にでも突っ込んでおけ!』

「は、はい」

『急げ!』

 幾多の戦場を超えた人間の迫力に、二人は飛び上がるようにして指示に従った。

 

「これは……」

 通りが集う広場の飲み屋に待機していたデリクスが現場にくるまで、さして時間はかからなかった。エスパダール司祭長は、一目辻斬り犯の顔を見るなり、驚きの顔を意識的に隠すように目を細める。膝をつき、意識が戻り、憮然と顔をそむける男に恭しく語り掛ける。

「スタン陛下」

「へい……か!?」

 ツィーガも、リーファも驚きの声を何とか押しとどめる。既に意識は戻っていたが、スタンは何も答えようとしない。デリクスは、ふむ、と考え込む。

『やはり、あの額冠はハルフノール王族伝来の法具、【ハルフノールの宝冠】であったな』

「何で分かったんだよ」

『あのジグハルトとかいう男の持っていた剣と同じ匂いがしたからな。酒場でも話がでていたではないか』

「匂い?そんなんで分かるのかよ」

『冗談だ。よく考えろ、何故所有者が気絶しているのに法術が発動していた?』

「そういえば……」

『この法具は人個人に対する守りではなく、国に対する守りということだ。その守りを享受できる者となれば自ずと限られてこよう』

 ラーガの自信に満ちた声を聴かされるツィーガに、デリクスから声がかかった。

「ツィーガ。ジグハルト邸に使者として向かってくれ」

「はい」

「待て!そんなことをしたら、余はモスの奴に殺される!」

 シールズの名前を聞いた途端、スタンは動揺して大声を出した。

「お静かに」

 デリクスは再び膝をつき、諭すように話しかけた。

「おそれながら。シールズ宰相に知らせたら、どんな形になりこそすれ、陛下の命はないと考えます」

 デリクスの指摘に、スタンの顔が青ざめる。今までの経験が意識野を駆け巡り、異国の人間の指摘が正しいことを痛感させられる。

「御覚悟を決められる必要があるかと思われます」

 スタンはうなだれた。


 ツィーガの報告を受けて、ジグハルト陣営は迅速に動く。誰にも気づかれぬように人を払い、街路から秘密裏にスタンを運び出す。気がつけばいつの間にかジグハルト邸の一室に集合していた。スタンも縄を解かれ、怪我の手当てを受ける。額冠は、部屋の奥に鎮座していた。

「陛下。こんな形でお目通りすることになるとは」

「……」

 無言。スタンは観念したという訳でもないようだが、現状で出来ることを探っている様子でもある。国王の様子を知ってか知らずか、ジグハルトは淡々と話を続ける。

「陛下、あなたが、数年来に渡り街を恐れさせた辻斬りの正体だったとは。いやしくも国王たる身でありながら、無故の市民に対し凶刃を向け、しかも我が身可愛さに伝来の秘宝である、ハルフノールの宝冠まで持ち出すとは……」

 ジグハルトの宣告に対し、スタンは開き直ったかのように絶叫した。

「うるさい!余には何の自由もない!シールズが操る糸の元でしか踊れぬ!余は生きたまま死んだと同じ、シールズが殺すのは許されるのに、余が人を斬るのは認められぬのか!余の縁故者、知人、何人が奴に殺されたというのだ!」

 耐えきれず、スタンはシールズを非難する。それは、ハルフノールという国が背負い込んだ暗く重い罪業の淀みそのものであった。ハルの意識を目覚めさせることなど、願いようもないことだと、その場にいた誰もが考えざるを得なかった。

「あなたは、国民を何とお考えか!我ら人の上にたつものは、我らに続くものに責任がある!教え導き、守ることでのみ、我らは我らの立場を証明できるのです!決して、自身の快楽のために弄ぶものではない!」

 ジグハルトの糾弾に、スタンは反論する術を持たなかった。

「あなたの生活には、確かに同情の余地はある。だがあなたは自ら切り開くべき人生を他人に預け、さらに踏み出すべき一歩の方角を誤った、ということです」

「……余を、どうするつもりだ」

「いずれ、自身の為したことについての罰は受けてもらうことになるでしょう。ひとまずは我が別宅にてお過ごしください。申し訳ありませんが、見張りのため警護をつけさせていただきます」

 スタンは、何かを言おうとして果たせず、そのままうなだれた。


「御迷惑をおかけしました、本当に、申し訳ない。ハルフノールの全ての国民を代表して、お詫び申し上げる」

 スタンを別の部屋に案内し、頭を下げるジグハルトに、リーファは慌てて両手を振った。

「あなたが謝ることではないでしょう」

「いえ、これは上に立つ者全体の問題です。安寧に慣れ、国に潜む問題を直視してこなかったことに対する当然の結果」

「この街は、ハルフノールの兵士達が、建物に偽装された通路を利用して隅々まで警備をしていたはず。それなのにこんな事件が続いたのには、こんな訳があったのですね」

 街で流れていた噂が、最悪の形で真相が判明したことになる。ツィーガの言葉をデリクスが繋いだ。

「祭の騒動に紛れ、犠牲者を人のいない街路に追い込み、無残に切り殺した後は秘密の通路を使って安全に逃げる、か。捕まらないわけだ。そうまでしておきながら護身用に法具まで持ち出すとはね……いっそ天晴れだよ」

 思わず呆れた声を出す二人に、ジグハルトは感心する眼差しを向けた。

「さすがは、エスパダールの神官戦士ですね、街の構造については既にお気づきでしたか、私も疑問には思っていたのですが、それにしても、まさか国王陛下とは……」

 ジグハルトの表情は硬い。

「ジグハルト卿、今回の被害者であるリーファ・ランの処置ですが」

「勿論、私のほうで身柄の安全は保障します。御安心を」

 デリクスがジグハルトを頼る決め手となったのは、この点であることをツィーガは気付く。もしシールズのところへスタン国王連れていったとすれば、被害者であるはずのリーファは、証拠隠滅のために何らかの手段で消されたに違いない。

「現在は華の儀を控えて、大きな動きはできませんが、必ず今回の件は白日のものとし、適切な裁きを与えたいと考えております。それまで、少しの猶予をいただきたい」

 ジグハルトの提案を、リーファは受け入れた。

「お任せいたします。どうかこれまで犠牲になった全ての人の魂が、少しでも安らげるような措置を」

 リーファの言葉を受け、ジグハルトはさらに頭を下げた。

「申し訳ないが、少しの間私の家で生活してもらいたい。何の不都合もないように努めますので」

「あの、私は大丈夫です。もし今回の件で誰かの襲撃を受けたとしても、むしろ修行の一つです。御迷惑をかけるわけにはいきません」

「こんな言い方で申し訳ないが、貴方は悪事の証人なのです。こちらとしても心苦しい話ではありますが身柄を確保させていただきたい」

「……分かりました」

 事の次第を認識し、リーファは大人しくしたがった。

「ツィーガ。君も一度宿舎に帰り、事態を報告しておいてくれ。御苦労様」

「護衛をつけます。どうかお気をつけて」

「了解しました。リーファは私の大切な友人です。お願いいたします」

 ツィーガは深く頭を下げた。


 残されたデリクスに対し、ジグハルトは声を上げた、今までにない弱気の声である。

「……スタン・ニルグは私も小さい頃から知っていた。臆病で、それゆえに強さを求めた男です。だが剣の腕は人並み以上に伸びることはなかった。高みを求めて自分より強い相手を探すことをせず、より弱い相手に自らを誇示することしかできなくなっていた」

 犬による狩猟も、優位に立てる自分が欲しかったが故の行動であろう。

「武術とは、結局は心の強さを手に入れるためのもの。だがスタンは彼の思いすら捻じ曲げられ、宰相に利用されてしまった……」

「探さないというより、探せなかったのでは。シールズ閣下に全ての生活を監視されていたとのことでしたから」

「そうかもしれませんね。彼の成長は、宰相閣下にとって都合が悪い」

 憂愁の面持ちを僅かに見せる。相手を追い込み、弱みを握り、成長の目をつぶし、逆らえなくなった人間だけを周囲に配置し、ジワジワと権力を拡大する。モス・シールズは実に巧みであったと言える。

「変わらなければならないのです。この国は。ならば私が変えてみせる」

「……そのために、エスパダールを巻き込んだ、ということですか」

 デリクスの不意打ちの質問を、ジグハルトは否定しようとはしなかった。

「あなたは騙せない。最初から確信しておりました。ええ、その通りです。宰相閣下は、大分前からデュミエンドの受け入れを決めていた。このまま行けば、ハルフノールは徐々にデュミエンドに引きずられ、戦争に飲み込まれていく。対抗できるのは、エスパダールしかありませんでした」

 ジグハルトは笑ってみせた。

「もっと、時間があれば、徐々に国を開き、貿易や、竜により陸路が寸断されたときに港を開放し、五大国全てへ分け隔てなく友好関係を築きながら、円蓋の一柱として受けいれて貰う、そういう道を選ぶのが理想でしたが」

 まずは、デュミエンドへの牽制のために、エスパダールとの関係を築き、徐々に関係を広げていくしかない、選択肢がなかったということか。

「やれやれ、これはこじれると大変なことになりますな。場合によっては戦争となる」

 デリクスの慨嘆は、ジグハルトにとっても耳の痛い内容であった。

「ジグハルト卿、あなたの狙いは、華の儀においてシールズ卿の罪を糾弾し、宰相職から解任することが狙いだったと推察します。おそらくそのための隠し玉をも用意して。だがこれで事態は難しい状況に追い込まれたのではないですか?」

「お見込みの通りです。彼を解任するためには、国王の裁可が必要でした。ですがシールズはおそらく、華の儀当日に陛下の罪を指摘するでしょう。そうなったら立場的にシールズを糾弾できる地位の人物が存在しなくなる」

「陛下の身を敢えてジグハルト卿に預けたのも、宰相閣下一流の戦術ですな。あなたが庇い立てすれば、あなたの清廉な評判への痛手となる」

「スタンをかばうことは、できません。これが私の限界ということです。エスパダールの皆様には本当に申し訳ないことをしてしまいました」

「まだ、終わっていませんよ。華の儀は訪れる、そこで何を成すかを考えることです。私はエスパダールの未来を、あなたはハルフノールの将来をかけて」

 ジグハルトは目を見開いた。ここまで前向きな言葉をデリクスという男から聞くことになるとは思わなかったからだ。

「いや、失礼。あなたの言う通りだ。まだ時はある。私が諦めては、この国は終わってしまうのだから」

 ジグハルトに頷きつつ、デリクスは内心で頭を抱えていた。やれやれ、こいつはまいったぞ、という言葉はただスパッダだけに聞こえたことだろう。



 月夜に溜息を一つ。幽玄なる夜景にも心奪われることなく、リーファは空を見上げた。自分がしたことが間違いではない事は確信しているが、どうにも周囲を騒がせてしまう気がする。状況はよく分かっていないが、辻斬りを捕まえたことで、エスパダールにとって不利な状況に追い込まれたことは、雰囲気で察していた。

 灯りのない部屋を見渡す。一人で過ごすには広く、調度は上品であったが、村や山で修行に明け暮れていた人間からすると、落ち着かないこと甚だしい。思わず嘆きが口をつく。

「何でこんなになっちゃうのかなあ」

「そういう服装も似合うではないか」

「!?」

 唐突に師匠であるヤンの声。どうも窓の外のようだった。以前からある程度は認識していたが、ここまで神出鬼没とは思わなかった。

「な、なぜ師匠がこちらをご存じで……」

「うむうむ。祭りも近い夜の街は朗らかでよいのう」

「そういうことではなくて、ですね……」

 時々、ついていけなくなることがある。リーファは頭を抱えた。ヤンといえば、何も気にせず、窓から入り込む。何とはなしに椅子を出してしまったのは、日頃の修練というか、教育の成果であろうか。

「先程の辻斬りに対する反応はよかったぞ。徐々にではあるが、修行の成果は上がっているようだの」

 大きく息をつくリーファ。言いたいこと、聞きたいことが多すぎて思考が追い付かなかった。

「何が、この街に起こっているのですか?師匠は何かご存じなのですか?」

 リーファの問いを軽く制し、ヤンは笑みを深めた。

「まあ、今は説明してもしょうがない。今はな」

「師匠!いい加減にしてください!」

「時が満ちれば話すこともできよう、今は目の前のことを一つずつこなしてゆけ。わしのことは案ずるなよ、今夜はそれを伝えにきた。さらばじゃ」

 瞬間、師匠の姿が消える。あっという間に窓に飛びついていた。リーファはあることを思い出し、声を上げる。

「あ!師匠!一つだけお願いが!」

「何じゃい」

「この前紹介した私の友人、ツィーガ・オルセインが過去に起きた竜に関する事件を知りたがっています。何かの形でお伝えいただけないでしょうか?」

「ほほう、どんな事件じゃ?」

「カスバロの惨劇、といってました」

 ヤンは笑みを深めた。

「……ふむ。その名を上げたか……とすると、トムス殿も……」

「師匠?」

「ん?あいわかった。此度の働きに免じて、ツィーガ殿に何かの形で伝えよう」

「ありがとうございます」

「さらば」

 いうなりまた部屋を飛び出したかと思うと、まるで溶けてしまったかのように姿を消してしまった。気配を消す能力は、リーファの感知能力の及ぶところではない。再び考えに沈み込むリーファを、夜の闇は柔らかく包み込んでいた。



 翌朝、リーファの元に、ヤンからの手紙が届く。内容を確認し、ツィーガへの言伝を頼むリーファに、屋敷の使用人から華の儀が三日後に開催されることが告げられた。




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