第9話
そんな問答を繰り返していると、
「うるさいわよ! 花村浩一」
「七星……七星莉紗」
そこには、学校一の美少女と噂される七星莉紗の姿があった。しかも、初めて見る私服姿。フリルの付いた白いブラウスからあふれないばかりの胸が自己主張していた。
「バカじゃないんだから静かにしてくれる」
「七星!」
俺は、七星さんに駆け寄る。七星の姿をもっとよく見たくて……というのもあるが、従妹が一緒に住むこと、引っ越し蕎麦を振る舞いたい旨を伝えるために。
「花村くん、何か私に用があったの?」
腕組みしたまま、俺より頭一つ背の高い七星が、まさに俺を見下す。
「どうしたの? 私、忙しいんだけど。用がないならすぐに帰って」
その妙に冷めた物言いが、彼女の美しさと双璧を成すように存在していた。最初、バスの中で出逢った時とは全く違う七星。
しかしながら、その姿はまごう事なき七星であった。実際の所、俺はいてもたってもいられなかった。
好きです。
……なんてことは言葉にならなかった。言えないよ。まだ、表情にも出しちゃいけないよね。
「ぉ兄ちゃん、顔が緩んでいるよ」
祐佳里の指摘に俺は、はと自分の口許に手を触れる。にやけてるわ、俺。
「誰だ? 彼女」
「あ、ああ……」
「花村浩一の従妹、花村祐佳里です」
俺が言うよりも先に、祐佳里の側から自己紹介を始めた。そして、
「ぉ兄ちゃんと一緒に住んでいます、てへっ」
その言葉を聞いた途端、
「浩一……」
「はいっ?」
俺を名前で呼んだかと思うと、突然俺の襟元を掴みまくし立てる。
「お前、妹と同居? 不純異性交遊か?」
「いや、妹と同居は普通……って、妹じゃなくて、従妹」
「従妹だろうと、妹だろうと、年頃の異性が親の監視の目もなく同居するなど、あってはならない事よ」
さも当然、そんなことも分からないのか、と言わんばかりの鋭い視線を俺に突き刺してくる。
「でも、親公認……」
「そんなこと関係なく、ダメよ。だって、……さっき、下着問答やってたでしょ」
のらりくらりと躱そうと考えた俺の意図もむなしく、あっさりと撃沈される。聞いていたのか。
「前科一犯の花村家で再犯の可能性は限りなく高いわ。兄妹での同居は決して認められない。先輩方はどう?」
「あたしは別に構わないが。ま、これ以上の問題に発展しなければ、の前提付きだが」
いきなり話を振られた金平先輩は、俺に目配せしつつ、とつとつと言葉を紡ぐ。
「甘いわ、金平先輩。佐々木先輩は……?」
「こんなかわい子ちゃんを追い出すのは許されざることですぞ」
「社会通念の上では、なんて枕詞を付けて話をしても佐々木先輩にそんな話は無意味ですか。困りましたね、私以外は全員、浩一の味方ですか」
七星は少し頭を傾けたかと思うと、すぐに戻し、俺の目を覗くように近づく。
「もし仮に、兄妹が性的な関係に及ぶとしても?」
「おい、七星! どういうことだよ」
俺の問いかけにも動じず、七星は続ける。
「既に この花村浩一に対して妹さんは性的関係を求めるような発言……」
「七星!」
「なんですか、事実でしょうに」
俺の叫びに耳を貸すこともなく、七星は続けた。
「花村浩一が妹に対して現状、どのような感情を持っているかはさしたる問題ではありません。重要なのは、この男が優柔不断であり、そのうち妹さんの好意に甘えてしまい、取り返しの付かない事態になることは容易に想像できることです。」
「禁断の愛、背徳、わくわくしますな」
「ま、言えなくもないか。ただ、従妹は合法だが」
先輩、先輩方。なにか丸め込まれてません?
「もし、あなたがどうしても妹さんと暮らすというのならば、このわたくしが監視役として、二十四時、三百六十五日、花村の部屋で二人が近づかないように見ててあげるわ」
「落ち着け、七星。何か、おかしい」
さすがに七星に四六時中部屋にいられたら、俺、おかしくなっちゃうよ。なんというか……襲っちゃう、みたいな。
「何がおかしいの? 問題が起こらないように対策を打つのは当然でしょ」
「他人である七星さんがずっと部屋にいるなんて、異常だろ」
そこに、金平先輩が助け船を出してくれた。
「この流れだと、七星がその『取り返しの付かない事態』を浩一とやってしまう、という可能性が考えられなくもない」
この言葉に七星は、一気に顔を赤らめて、爆発したようにまくしたてはじめた。
「ある、ない、ある、ない、ないっ! そんなこと、絶対無いのだよ!! わたくしと花村浩一の間にそんな関係ができることなんてないのだよ!!!!」
周囲の目など気にならないかのごとく、全力で否定する七星。
「あーあ、七星。本当にやらないの?」
したり顔の金平先輩を見て、ふと我に返った七星は、深呼吸をして平静の落ち着きを取り戻す。
「私としたことが、少し、短絡的だったわ。そういえば、隣に引っ越して来て挨拶もまだだったわよね。ついこの前、引っ越してきたばかりだ」
「高二になってか? 何で引っ越しして来たんだ?」
「べ、別に何でもいいでしょ。気まぐれよ、気まぐれ」
七星はそう言うと、ふいと目をそらし、そそくさとドアの中に消えようとする。俺は、要件を言い忘れてたことに気づく。
「あのさ、花村の従妹が引っ越し蕎麦を持って来たのだが、一緒に食べないか」
「わかったわ。忙しいから、出来上がったら呼んで」
そう言うなり、勢いよくドアを閉めた七星。まさに目の前から消え失せた、という感じだ。
「ぉ兄ちゃん、早く作って食べようよ。祐佳里、もう腹ぺこだよ。ぉ兄ちゃんのために、祐佳里が作ります」
七星の姿が見えなくなると共に、祐佳里はそう漏らす。陽は既に真南をずいぶん前に過ぎ、俺も祐佳里に同じ状態であった。
「そうだな、先輩、台所も借りていいですか?」
「うちの台所は浩一のものだろ。いつもどおり、自由に使え」
先輩の同意を得たのはいいのだが、その答えに祐佳里が疑問をぶつけてきた。
「どういう関係なの?」
「それはもちろん、浩一はこのアパートの主夫だからな。毎晩、夕食はウチで浩一が腕を振るっているんだ」
「ま、そういうこと。昼は学食だけど」
「えーっ!」
俺たちの答えに、困惑を含んだ驚きの声を上げる。
「祐佳里、ぉ兄ちゃんのために料理の腕を磨いてきたのに、役にたたない……の?」
少し物憂げな表情を浮かべる祐佳里。声も少し擦れがちになる。
「そんなことは、ない、ない! 今日、その腕が活かされるんだろ」
俺は、手振りを交えて祐佳里の言葉を否定する。
「食べてみたいな……、祐佳里の料理」
「私もだ。浩一の料理はうまいのだが、それ以上のものが食べられるのなら大歓迎だ。ちなみに、私は食べる人だ」
その言葉に、祐佳里が笑顔で応じる。
「先輩、それじゃ自慢になりませんよ。わかりました、祐佳里が腕を振るいますよ。ま、今回は茹でるだけですけどね」
「いつまで問答やってんのよ。うるさいわね。花村、人をいつまで待たせるつもり?」
閉じていた七星の部屋のドアがわずかに開き、当人がその隙間から顔を覗かせる。目を細め、自分を凝視していた。
「七星さん、ごめん。用事は?」
「済ませた……で、浩一」
俺たちのいつまでも終わらない話に業を煮やしたかのように、俺を呼ぶ。
「台所、うちのを使わないか?」
もしかして、七星さんの部屋に入れるってこと? そりゃ、願ってもないことだけど……。
「浩一、どうなんだ。はっきりしろ」
「あ、はい。失礼します」
それを聞いた七星が、自らの部屋のドアを開け、俺たちを招き入れる。
「これは、美少女の部屋へ突撃であります、わくわく」
今までむっつり黙り込んで様子を見守っていた佐々木先輩が興奮した様子で鴨居を跨ごうとすると、七星が
「先輩方は食卓の準備をしていてください」
と言ってドアを急に閉じる。
「珠姫が変なこと言うから追い返されたじゃないか」
そう言って、二人の先輩方は階段を降りていった。
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