第8話
それから間もなく……
「佐々木☆珠姫、いっきま~す!」
「きゃーっ!!」
「うわさをすれば、なんとやら、だな」
佐々木珠姫先輩の声がしたと思うと、直後、祐佳里の悲鳴が上がる。なんと、祐佳里の背中から腕を回して、先輩がへばりついていたのであった。
「な、何なのですか? この危険そうな人は!?」
小学生ばりの低身長。シミがそこかしこに付いた、手が届かないほど袖が異常に長い白衣。俺にもなせこんな絵柄が好きなのか理解しづらいが、異常に大きな目の、フリルだらけの服を着た少女、それをデフォルメ調に描いたTシャツをその隙間に覗かせていた。丸顔に覆い被さる、牛乳瓶の底よりもさらに分厚いメガネ。肩のところでチリチリに焦げ落ちた髪。晴れの日だというのにピンクの長靴なんかはいていた。
そりゃ、初めて彼女を見た時に、俺も思ったさ。
「見た目どおりの人だよ。佐々木珠姫さん。過激なスキンシップは控えて欲しいんですけどね」
ま、彼女は変な人、だ……とは本人の前では言えないので口を濁しておいた。彼女はぺこりと頭を下げる。
「教授、どうだ? いいものが見つかったか?」
「学校の先生ですか? 祐佳里には小学生にしか見えないですけど」
「小学生とは失礼であります」
金平先輩の言葉に、祐佳里が疑問の言葉を口にする。
「いや、見た目の格好から付いたあだ名。金平先輩と同じ、春から三年。いつも、こんな格好してるから」
祐佳里や俺より年上だが、背の小さ故に、余計に「教授」という言葉に違和感を感じたのだろう。
「いやー、今日の戦歴はまことにすばらしいものでした。さすがは大型書店、探していた本があれやこれやと見つかったであります」
満足そうに、本屋のプリントの入った手提げの紙袋に目を落とし、そして胸元で抱きしめる佐々木先輩。
「学術書、ですか? 化学とか物理とかの」
なかなか目にすることのない書店名が印刷された大袋を見て、祐佳里は分厚いハードカバーの書籍を想像したのだろう。もちろん、その想像のピースの一つに白衣のイメージが加わったのは間違いないが。
「いや、漫画の単行本と、アニメのビジュアル本、ラノベ、声優のエッセ……」
「はいはい、わかりましたから」
先輩の丁寧すぎるが、門外漢にはサッパリな単語の羅列という言葉の腰を、俺は無理矢理折り曲げた。なんか凄く残念そうに下を向く佐々木先輩が、突然顔を振り上げる。
「それよりも、こんなところで素晴らしい戦利品を見つけたであります。それは、ずばり、我が輩の心を奪ったあなたです」
大仰に、祐佳里を指差しながら熱く語る先輩は、次にこう言った。
「かわいいであります。お持ち帰り、いいですか?」
「それは困る」
俺は、瞬殺した。
「先輩、もうアニメとか卒業しましょうよ」
「馬鹿者。アニメやゲームは世界に認められた最先端エンターテインメントであるのだぞ」
「はいはい。とにかく、俺の従妹をいかがわしい方向に持って行かないでくださいね」
「それは、祐佳里殿の意思および決断に基づく行動に委ねるべきですぞ。浩一殿は口出し無用」
佐々木先輩との堂々巡りの噛み合わない議論に割って入ったのは、当の祐佳里だった。
「ぉ兄ちゃんに従います!」
それを聞いた佐々木先輩は、大仰に、
「ああっ、眩暈が……」
と言って、その場にうつ伏せた。
「佐々木、強敵が現れたな」
金平先輩の問いかけに、はと、起き上がり、拳を作って熱く語る。
「何をおっしゃる。祐佳里タンは天使、いや女神様そのものですぞ!」
「従妹を変な新興宗教に祀り上げないでくれ」
俺の抗議をものともせず、佐々木先輩は独自(いや、オタク共通か?)の妄想世界へと加速していく。
「ああっ、こんな素晴らしき御姿で降臨されていたことを感謝しておりますぞ。イエッサー、イエッッッッサァァーーー」
「何の儀式だよ?」
まるで、玉串を掲げて祈るように、子供向けアニメーションの玩具だろうか、そういう手の飾りの付いたプラスチック製の棒体を振りながら、理解不明な祝詞を上げる。
「何、この人こわい」
「祐佳里君、彼女はゲームとアニメばかりの典型的オタクだ。」
怯えた祐佳里に金平先輩が説明を施すが、それは従妹の不安をただただ増幅させただけであった。
「オタクって、いわゆる腐女子?」
「我が輩は、BLなどに興味ありません。好きなのは、美少女。というわけで、『マジカルこねこちゃん』のコスプレをさせるとわたしがはぁはぁ、ふぐぅ」
もう一つの袋から怪しげな包みを取り出し暴走する先輩を諫めた……というより制裁を加えたのは、金平先輩だった。拳が佐々木先輩の腹部を襲撃する。
「やめろ、祐佳里君がドン引きだぞ」
「みゆき、拳を入れるのは……」
「私のかわいい浩一の、その妹を困らせるなど言語道断。見ている分にはいい。しかし、実害が及ぶようなことがあれば、このアタシが許さん」
再び振り上げられた握り拳に青筋が走る。佐々木先輩の方へ向いているので顔が見えないのだが、それを想像するに……。
金平先輩、俺、怖いです。
祐佳里も俺の陰に隠れるようにして、俺の袖を掴む。そこから、彼女の鼓動と共に、震えが伝わってくる。
「金平先輩、そこまでしなくていいから……あと、従妹です」
「いや、浩一。この珠姫はキチンと調教しておかなければ、夜這いとか、略奪愛とか、そういうことになりかねん」
少し間を置き、言葉を溜める。
「ヘンタイ、だからな」
「変態はひどい」
「事実だ」
「事実としても、非道い」
「何せ、この前も『もうやらない』と言っていて、今日また同じ事をやっているんだからな!」
「それは言わないで……みゆき」
まさに泣き付く、という感じで佐々木先輩が懇願しているのだが、
「この前って?」
という祐佳里の言葉に、渋々、上の部屋を指す。
「さて、お隣さんは知っているよな」
金平先輩の言葉に、俺は記憶をたぐり寄せる。たしか……
「えーっと、家庭の事情かなにかで半年ほど前に出て行った……」
ちっちっ、と指を立てて否定する先輩。
「もったいないなー。オイシイ奴が来ているんだな、これが」
「祐佳里タンみたいなアイドルっぽいカワイこちゃんもいいですが、彼女のような超絶美女もまた堪らないもので……」
「そういう、ヤヴァい物言いを直せと言っているだろ。明らかに不審人物だろ」
今度は額にも青筋が。
ふと、俺はとある事を思い出し、口にする。
「佐々木先輩も結構かわいいじゃないですか」
勉強会で一度だけ、金平先輩に乗せられて佐々木先輩が白衣を脱いだことがあった。インドア系故か、色白の肢体は、まるで聖女のような清楚さを醸し出していた。胸元がやや残念なものの、穢れのなき透き通った肌色に俺は胸沸き立ったのである。
本人の心は穢れまくっているが……。
「そんなこと言われたことない」
佐々木先輩は、ちょっと伏せ目がちに、そう漏らす。
「普通は、単に引くだけだよな」
「そりゃそうですよ、佐々木先輩。髪ボサボサで怪しげな白衣、なんて格好していたら、好意を抱いていても逃げ出しますよ、ね」
さっきの言葉と矛盾するが、今の格好はそんなところである。
「じゃ、浩一は逃げないのか?」
「ま、先輩のことはある程度わかっていますから、先輩が卒業されるまでは付き合いますよ」
「浩一っ!!」
あー、佐々木先輩に泣きつかれた。
「珠姫はいちいちオーバーリアクションなんだよ」
金平先輩が毒づく。
「あのう」
ずっと成り行きを見守っていた祐佳里が、突然口を開いた。
「先輩、私がメイクアップしてあげますから、他に男を作って頂いて、ぉ兄ちゃんにベタベタするの、やめてくださいませんか」
無駄に慇懃な物言いの
「コスプレするのか? 魔法少女の」
「珠姫……」
「アニメから離れてくださいって。化粧とか服装とか、見た目をいい感じにするってことですよ」
先輩、あきれてますよ、俺も。
「浩一は、我が輩の見た目はどう思う?」
「もう少し小綺麗にして頂けると助かります」
「何を言う、これが我が輩の正装ですぞ」
「いかがわしいマッド・サイエンティストと一緒、なんていやでしょう」
「いや……じゃなくて、うーん。わかったよ」
うなだれる先輩。
「とりあえず、また今度な」
そう開き直る先輩に
「白衣以外の服ってもってるんですか」
と問いかけると、
「キャラクターもののTシャツ、コスプレ衣装、あと下着」
「オタクグッズ除いたら何もないじゃないですか」
「あるじゃないか、下着が」
先輩、それは服じゃなくて……とか突っ込んでいたら、下着に異常な興味を持っていると思われかねない。敢えて無視した。
「一張羅すらないのですか? おめかし、とかしない……よな。見たことないし」
「ねえ、ぉ兄ちゃん」
祐佳里が俺の袖を掴み、気を惹こうとする。話を逸らせようとするのか。よしよし、やっと下着・変態云々が頭の中を巡る自体を解消できる。
祐佳里の方へこうべを向けると、祐佳里はワンピースの裾を掴み、今にもまくり上げんばかりの体制に移行していた。
「祐佳里なら、持ってきた下着の詳しい部分まで言っちゃうけどな」
「ちょっとエッチな妹ですと!? たまらないであります!」
劣勢に立たされていた佐々木先輩が、祐佳里の言葉に吊られて発憤する。
「祐佳里ったら、何を言い出すんだ」
俺は祐佳里をたしなめる。祐佳里は不満そうに顔を膨らませるも、服に掛けていた手を解放する。
「なんなら、あたしも下着の話してやろうか?」
「みゆき、違和感ある」
「先輩もやめてくださいって」
「何でだ!?」
「別に俺は、祐佳里にも先輩方にも下着について聞いてもいませんし、見たいとも思いません」
「浩一、おぬし、もしかして男色か?」
「違います、って」
「なら教えてやろう。今日の下着の色は」
「いいですって」
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