VISION - ビジョン -
暗がりでぼんやり光る蛍光灯の下で、制服を着た少年が電話をかけている。
「うん。待ってる」
「うん。コンビニで」
「待ってる」
少年は電話を切りコンビニに入って、ぐるりと店内を見回した。殺伐とした店内には、無表情の瞳で客と一線を引こうとする店員が、レジに立っている。また、雨止みをする客は、冷えた身体を温める何かを探している。
少年は正面の食品の棚で、おにぎりを手にした。特別何かを買うつもりはなかったが、放課後から塾が終るまで、自分が何も口にしていないことを思い出し、夕食前に小腹を満たしたいと思った。買い物かごを取りに戻り、鮭のおにぎりを入れた。それから、夕食後の自分に思いを馳せ、デザートが欲しくなると思い、アイスも二つ入れた。食品棚の裏に回り、日用品のコーナーに来た。そこで少年はボールペンを見比べ、そのうちの一本を選んだ。赤ペンが切れていたのを思い出したからだ。
少年がボールペンをかごに入れた時に、ふと、目に入った商品があった。少年は好奇心からそれを手に取り、眺めた。両掌ほどの大きさで、棒状のそれは、先が二本に分かれていている。全体は紫を基調として、二本の片方は青色。もう片方は赤色である。棒の先には二つのリングが付けられていて、パッケージを振ると、ジャラジャラと鳴る。
少年は、その禍々しい商品を見て少し笑い、「なんだこれ」と呟いた。そして、商品を戻し、雑誌の立ち読みを始めたが、いくら経っても、さっきの商品のことが頭から離れなかった。少年は、もう一度商品を見に行った。パッケージの裏面を見ても、何も書かれていない。ただの灰色の厚紙だ。少年は立ち上がって、バッグから財布を覗き、所持金を確かめ、その商品の値段を確認した。ウロウロと店内を右往左往して、ついに、おにぎりとアイスを元あった場所に戻し、その商品を購入した。
ちょうどその時に、少年の母が迎えに来た。少年はそそくさと車の助手席に滑り込んだ。そして買った商品を取り出した。
「なにか、買ったの?」少年の母が言った。
「うん」
「なんね、それ」
「うん」少年は曖昧に返事をした。
中には、使用手順という紙が入っていて、少年はそれに従って、リングを動かした。雨と車のライトのせいで、これから進む方向がぼやけて見えなかった。今通った道が、どこに繋がっているのかも想像できないし、振り返ることもできないのだ。
信号機が赤く光り、ガラスに付着した雨水に反射して、少年の母の顔をうっすらと染めている。車は緩やかにスピードを落とし、停止した。
「志望校、どうするつもり?」母が尋ねた。
「やっぱり中央大学の、文学部電脳哲学コースにする」
「それはダメ」
「どうして?」
「話したでしょう? そんな将来の見えない所に入っても、意味ないじゃない。あなたのお金で大学に行くわけじゃないのよ。もっと、教育学部に入って教師になるとか、工学部に入って技術者になるとか言いなさい。その気持ち悪いモノも、お父さんとお母さんのお金で買っているのよ? 無駄遣いして」
車が動き出し、反動でリングが揺れた。少年は押し黙り、うつむきながらも、何かしていないと落ち着かなくて、商品を手順に沿って動かした。そして最後の手順が終った時、少年は何とも言えぬ喜びと、ほんの小さな発見をした。さっきまでぼやけていた景色は晴れ、振り返ると、今までの道がどんな繋がりだったのか、よく分かるのだ。
少年は口を開いた。
「母さん。やっぱり電脳哲学コースにする。やり終えてみないと、何もわからないから」
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