伸長 ‐僕は木 君は小鳥、あるいは雨、ロボット、細胞‐

  僕はただの伸長するだけの木だから、ここにこうやって突っ立っていることしかできなかった。こうやって動けぬまま、じっと外を見つめ、ただ伸長するのだ。周りを見たら、似たように揃った木々は広がっているけれど、僕にはそれを眺めておくことしかできない。21年ここにいて、たったコブ一つ原因で切り落とされた木々を、僕は見てきた。僕はそれをみるといつも悲しくなるんだ。わめくような音が雑木林中に響き始めると、誰かが切り倒される警報だ。人間が凶器を振りかざして、少しずつ木を削っていく。僕はまだそれを知らないけれど、まず日常にさらされて分厚くなった皮が削られる。自分を守る殻を壊され、自分って存在がなんにもわからなくなってゆくに違いない。粉々になった木々が宙を舞うと、月明かりも、太陽の陽射しも通さない、深い深い闇に落ちていってしまうんだ。それから芯を絶たれる。そうなってしまうと僕らには何を生み出す力も生まれなくなって、新しい枝も伸ばせない。上に伸長することもなくなり、天地がひっくり返って、そして倒れて死ぬだけだ。倒れて死ねば、轟音は止まって、人間は「それがうまくやっていく道だ」とでも言いたげに、汗を拭いて、それからガム一つ噛み、にやけた様な顔をして去っていく。



 僕は一度、小枝を隣の木に伸ばしてみたことがある。急にもの寂しくなって、それから他人が気になったからだ。僕はけっして他の木からすると綺麗じゃなくて、歪んでしまっているけれど、枝はお互いの距離を上手く測りながら、遠慮がちに伸びていき、木々の葉、枝、そして幹へとたどり着く、やがてそこでは毎日のように小鳥が演奏会を開いて、歌を披露する。僕は歌が好きだ。なにしろ歌はどんな日にだって僕の耳まで届くんだから。キツツキが僕を叩く音がビートを刻み、それが時を操りだすと、風に揺れた葉が歓喜の声援を上げて揺れ始める。そしてなんといっても小鳥の歌声だ。小鳥が歌え出すと、暗くよどんだ雑木林に、まるで太陽が差したようなのだ。僕は一日でその時間を、誰よりも愛した。



 僕の存在価値はなんだろう。管理人は僕にこう言う。「こんなに歪んでいても地球の空気を綺麗にする」「この歪み具合がいい」そんなこと、僕には関係ない、僕は自分の伸長を、そんな他人の決めたことのために使いたくはない。僕の歪みが良いって言われても、わからない。僕はこの歪みが一部だから。……どうしてコブのある木は切り倒して、歪んだ僕は生かすのだろう。なんでだろう? そうだ、僕は自分のために伸長しよう。伸びて伸びて、誰よりも伸びて、高いところからいろんな世界を見よう。きっといろんなモノが見えるんだ。海の波が岩にぶつかって砕ける様。本当に青だけの空、それが黒くなって雨が降り出す様。アフリカ象が子を守るために、ライオンを追い払う、その様。いろいろ。



 そして僕も切り倒される時が来た。もう腐ってるんだって、管理人は言うんだ。そりゃそうさ。僕は地球を綺麗にするつもりも、歪みを自慢するつもりもない。だから管理人から見たら腐っていても変じゃない。僕は本当に、うまくやっていく道を知らないのかもしれない。僕を管理する者が言うように生きたなら、まだ切り倒されずに済んだかも知れない。長い、紐のようなものを、人間が引くと、あの轟音が響き始める。周りの木々が騒ぎ始める。僕はただ求めたんだ。僕の夢を叶えたい! 誰かの夢を作ってあげたい! もしかしたら僕の枝で歌う、あの小鳥だってそうだったかもしれない。あの小鳥はなんのために歌うんだろう。チェンソーが木肌に触れると、木々が舞い始める。激痛とともに周囲が濁り始める。でもどこかで、小鳥の歌声が聞こえた。あの小鳥だ! ああ、どうしてあの小鳥は歌うんだろう。誰かが望むから歌うのか、誰かに管理されてて、それで歌うのか。喉が潰れたら、同じように殺されるのだろうか。僕がしたかったことは、ただ見て居たかっただけなのに。皮は全て無くなった。風が吹くだけで凍えそうだ。


ああ、他の木々が馬鹿だと笑っているのが見えるけど、僕は満足な笑みを零せるんだ。僕は僕のために生きた。あの小鳥、次はどこで歌うんだろう。

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