欠けた女

「お前達、付き合ってるんじゃないのかよ」



 さながら疑惑というより、不信だったのかもしれない。同じ、この小さな村で過ごした三人の、この思い出したように開催された飲み会は。



 「違うよ。幼なじみというか、ただの友達」



 「………」



 そう言う僕に対し、彼女はだんまりを決め込み、窓の外、向かいの家を眺めていた。



 「そっか。…どうだい、もう一杯」



 「いや、いいよ」





 飲み会といってもさほど、飲むわけではない。彼には妻と子供もいたし、彼女には門限があった。僕は両親を失って、飲まない理由も飲む理由もなかったが、どうしても、今日の記憶を曖昧なモノにする気にはならなかった。



 「帰ったよ」



 「そうか」



 「子供を遊園地へ連れていくんだって」



 「あいつ、父親してるんだな」



 まだ夕方時、また、明日会える。それは希望なんだか、絶望なんだか。紙一重ではあったけれど、僕はひとまず、彼の残した赤ワインを流し、喉を鳴らした。



 「なぁ、」あれだけ言っていたのに、結局アルコールに頼るとは、情けない。「今日もするのか」



 「………」



 「どうなんだい」



 彼女の見せる後頭部。むしろ『うなじ』と言おうか。とても均整のとれた形。さながらボッティチェリのビーナスだ、と考える。



 「するわ」不意に。窓の外に指を指し、向かいの家から出て来た若い青年に向ける。「あの人と」



 そう言い終わると彼女は家を出ていった。





 嫉妬。



 そう言ってしまえば単純だったのかもしれない。彼女の、誰でも構わないから、Sexをするという奇行。いや、狂気と言ったが言い得ているのかもしれない。周りの人間はそれをふしだらだとか、尻軽だとか言っていたけれど。



 「僕とは、まだ一度も…」



 車庫に見える、揺れる二人の姿。別段興奮を呼ぶことはなかったけれど、とても心地のよさそうにする向かいの少年と、表情ひとつ歪まない彼女。この時ばかりは自分の視力のよさを恨んだ。





 そんな日々、なんとなく、人並みに、月並みに、暮らして、そして数年が経った。一身上の都合で、僕は遠い国へ引っ越すことになった。



 彼女や彼とは永遠の別れとなるだろう。



 それが希望か絶望かは、やっぱりイマイチわからない。紙一重というより、神だけが知っているのかもしれない。




 出発の朝。



 僕は彼女に別れを告げる挨拶をしようと、約束をした。村にある人気のない、木の下だった。



 僕は約束の時間にその場所へ向かう。



 しかし、木を眼前にして、やにわに、気味の悪い泣き声、うめき声を耳にした。ここらでよく耳にする声であって、まるで思い出せない。僕は思案しながら木に歩み寄った。



 声は大きくなる一方。その主は木の反対側から聞こえる。



 体がけだるい。なにか見ていけない気がしたけれど、そうもしてはいられない。なんだか木がグラグラと揺れる。いや、僕が目眩なのかもしれない。



 考えが歪んで、



 理性がへし折れる。



 情操が、情緒が、



 崩れてしまう。



 死ぬ寸前の感覚なのかと、喚いて、掻き混ざる。



 誘う臭いと、人間性の瓦解。





 そう、声は彼女と彼、二人の友人の声。



 特に彼の声。



 二人のSex。



 そして、



 僕を見てほくそ笑む彼女。




 それから彼は事故ですぐに死んだらしかった。



 これも後で聞いた話だ。彼女は彼の子供を孕んだらしい。



 また、彼女から電話を貰った。





 「私のこと嫌い?」



 「誰でもいいんだろ」



 「………」



 「………」



 「怒ってるんた。私が彼の子供を孕んだから」



 「……」



 「だから彼を殺したんでしょ!? 嫉妬したんでしょ!」



 「……そうだよ」



 「………」



 涙。



 「………」



 涙。



 「………そっか」





 それから僕は「愛してる」と言ってみた。



 「私も」



 そんな言葉がかえってきた。

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