レッテル
「君……大丈夫?」
「……わ、私!?た、大正部!?違うッ違うッ!SAMURAIは好きだけど!大正きらいだねッ!」
目の前にいる『大丈夫』を『大正部』と豪快に間違えた中国系の女の子は、ついさっき僕の目の前で電柱にぶつかって転がりまわっていた、いわゆる『ドジっ子』である。中国系という印象とその片言のしゃべり方、そしてその豪快な間違いが彼女が本物の中国人であることを証明していた。
「お前、誰?」
と、言ったのは僕ではなくもちろん彼女。
僕はこう返事をした。
「仮面ライダーだよ」
自己紹介が遅れたが僕は『仮面ライダー』である。もちろんそれはヒーローショーに登場するような偽物ではないし、○郷武やオダギ○ジョーみたいな俳優でもない。僕は正真正銘の仮面ライダーだ。
「なんとッ!日本三大ヒーローの1つか!?」
三大ヒーロー?まぁ『ウルトラマン』、『○○レンジャー』、『仮面ライダー』の3つが三大ヒーロだとすれば、そうなるな。
「他のヒーロはどうしたッ!?」
「他?んー仮面ライダーはこうして今、ここに本物が存在してるけど……ほかのヒーローは、いないかもしれないな」
「桃太郎も!?金太郎も!?」
「………」
どうやらこいつにとっての三大ヒーローは『桃太郎』『金太郎』『仮面ライダー』らしい。
なんでこのメンツに『仮面ライダー』がいるのだろう……。逆に気になる。
「いないよ。それは絵本の話だからね。金太郎はなんかモチーフになるような人物がいるらしいけど……その人もずいぶん、それこそ大正より前の人だろうからね。いないって言っていいかな」
「OLはいるのにサラリーマンはいないのかッ!?」
「………」
『金太郎』って、『サラリーマン金太郎』のことかよ!
……ッ!ということは『桃太郎』というのはもしや…高橋秀樹主演のアレか!?『桃太郎侍』か!?サムライがずいぶん好きなようだし…ありうる!しかしなぜだ!?なぜこうもこの女の子のヒーロー観念はゆがんでいるのだ?しかもなぜ!?なぜ『仮面ライダー』が同じグループとして『サラリーマン金太郎』や『桃太郎侍』と一緒くたにされている!……いっそ訊いてしまおうか。僕の素朴な疑問をぶちまけてやろうか!……いや。それはいけない。そんなことをしたらこの子のヒーロー、いや!もしかするとすべての中国人のヒーローというのをぶち壊してしまいかねない。ここは我慢だ!
……でも訊きたい!?
……ん?もしやアレか、職業的にヒーローなのか!?『仮面ライダー』は『バイク乗り』。……確かに勇敢にバイクを乗りこなす姿は尊敬に値するのかも……。では『桃太郎侍』はどうだ?『侍』だもんな。SAMURAI大好きって言っていたし、彼女にとっては当然尊敬できるものであるのだろうな。しかし『サラリーマン金太郎』はどうだ!『サラリーマン』は社会の歯車だぞ!なりたくない職業トップテンに入ってるんだぞ!?いや、でも『サラリーマン金太郎』はサラリーマンの中では結構カッコいいほうだな。じゃなきゃ人気なんて出ないわけだし……
「おい、お前」
と、言ったのは僕ではなくもちろん彼女。
「なにさっきから、ふつふつ言ってんだ?」
別に怒ってないけどね。
「で、あれか!?桃太郎はいるのか?」
「いや、なんというか……いると言っちゃいるんだよねぇ。確かに番組とかで桃太郎侍だ桃太郎侍だって言われてるし。でもほら!それは君が尊敬してる『SAMURAI』とは違うんだよ!『俳優』なんだよね!」
「私は高橋秀樹をヒーローと思ったことはないけどねッ!」
「え?」
みなさん報告です。
日本の三大ヒーローは『仮面ライダー』『サラリーマン金太郎』『桃太郎』ということで決定いたしました。
……異種格闘技戦だな。
────────────────────
日本は現在、宗教の関係上、国民が2種類の人種に大別される。仏教を家系的に信じてきた日本人を『ブツガン人』。ここ百年、日本で爆発的に信者を増やしたキリスト教を信じる日本人を『キリガン人』という。この二つの人種は国内で対立している。最初は各地で紛争が起きる程度だったが、それはいつしか戦争となった。この戦争は世界的に歴史的に見ても大きなもので、毎日どこかで人が殺されていくような国情である。
さっき東京タワーの目の前で転がっていた女の子の名前は『双』といった。双は中国から日本に来て東京タワーに見惚れていたら、電柱にぶつかってしまったらしい。そこで僕は国と国との文化のギャップを思い知らされることになったが、そのあとなんとか取り成して、今に至る。
今というのは、彼女を僕の知り合いの家に連れて行き、今夜泊めてあげほしいと頼んで、東京案内をしている途中、僕や名護の行きつけである『カフェ・マル・ダムール』でお茶をしている今である。
「おい、お前」
と言ったのは僕ではなく双。
「あそこに座っているのは『ブツガン人』か?」
奥のカウンターに座っている一人の男を指さす。他人に指をさすという行為があまりいいものだとは言えないけれど、これも中国という国とのギャップなのかもしれないから、それについては何も言わない。かわりに僕は双の疑問に答える。
「何言ってんだよ。あれは『キリガン人』だよ」
そう訂正すると、双は難しい顔をして僕とその男の顔を見比べ始めた。なんだろうか。
「お前、『ブツガン人』だよな」
「あぁ……」
「『キリガン人』とどう違うんだ」
気がつくと立ち上がり、双の襟元をつかんでいた。きっと僕の顔色は急変しただろう。もう自分が何を考えているのかもわからない。ただ『キリガン人』と変わらないと言われたくなかった。彼女はきっと僕ら日本人の
「何言ってんだよ、テメェ!」
と、言ったのは双ではなく僕。
「俺が……俺があんなクソ野郎どもと同じだって!?いい加減しろ!お前は『チャイニーズ』だからしらねぇんだろうがな、『キリガン人』の奴らは、戦争区域の道路を封鎖して、『ブツガン人』の車だとわかると焼き払い、生きたままガソリンをかけて焼き殺すんだぞ!そんな奴らと一緒にするんしゃねぇ!」
「ご、ごめんなさい。日本語の単語の意味、あまりわからないの。で、でも怒っているのね。同じにして、ごめんね」
「………」
大人げなかった。しかしこの怒りと憎しみは消えなかったし、これからも消えないだろう。
カウンターに座っている『キリガン人』はこちらを見向きもしなかった。静寂がカフェに訪れたと思った、その時。
「……ッ!」
何と表現したらいいのかわからないほど爆音が響いた。鼓膜が破れたかもしれない。僕はとっさに双を引きよせ、爆発のした方向から反対側にして、僕が盾になるような形をとった。そうして周囲の安全を確認すると、僕は走り出した。
これは爆弾テロだ。爆源は向かいのビル。『キリガン人』の社長が経営する大手有名会社だ。ということ犯人は『ブツガン人』。
僕は走りながら変身ベルトに手をかけ、なんやかんやして仮面ライダーに変身した。軽やかに、しなやかに、ビルの残骸に飛び込むと一人の男がいた。
カフェにいた、あの『ブツガン人』の男だ。
「てめぇ!」
男がゆっくりとこちらを振り返る。
「仮面ライダーか……君は、宗教とは何だと思うかね」
「んなもん知るかよ!そんなことよりお前の仕業かこれは!?」
男は答えない。
男は続ける。
「宗教にも共通点があると思わないか?仏教にもキリスト教にも共通して、こんな教えがある。『他人のせいにするな』というものだ。君だって一度くらい、他人のせいにしたことはあるだろう?」
「あるよ!だからなんだ!」
男は僕の返事に満足したように人差し指を立ててほほ笑んだ。そして言う。
「それは自分の無力を認めているのと同じなのだよ」
「はぁ!?」
意味がわからない。
「もし、今ここに警察が来て、誰のせいで爆発したんだと言われたら、君は?」
「お前のせいだって言うさ!」
「他人のせいにするのだな。しかし、それは君が爆発を食い止めることができなかったことの証明でもあるのだろう?こんな状況になる前に、君には何かできることはなかったのかね?」
「できるわけないだろう!」
できるわけがない。この男が犯人だなんて思っていなかったし、そもそもこのビルが爆破されることも知る由がないのだから。
「そうかな。まぁいいさ。それが若さだ。では、君に贈り物をしよう」
男はシニカルに笑った。そしてビルの残骸を撫でながら、
「私は『ブツガン人』だ」
僕はその言葉を聞いた1秒後には男を殴っていた。全身全霊の憎悪をぶつけていた!
「死ね!死ね!お前ら全員死んでしまえぇぇぇぇぇぇぇっぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「あははっはははは!!理由が、グヘッ……理由がァッ!ほしいのだろう!理由がああ!お前がやっているのはなんだ!?人殺しだろう!!人種というレッテルにすがって人殺しをしているだけではないか!!」
「違う!違う!!」
「グフッ……どこが違う!憎みの連鎖を終わらそうともせずに、ただぁぁ!ただ、同じ日本人を殺しているだけだろうがぁぁぁぁぁっぁぁぁぁああ!」
「違う!お前らが日本人のはずがない!俺らが本物の日本人だ!お前らは、日本人の器に入った、化けものなんだぁぁぁぁぁ!!」
「おぉ、おおおぅ!貴様は、貴様は何も見えていない!見えていないんだろうがぁぁっががぁぁ!!」
違うんだ。俺が正しいんだ。俺なんだ!ショッカーだって、ファンガイア族だって、アンノウンだって、オルフェノクだって、イマジンだって、俺が倒したんだ!
「俺が、正義なんだぁぁぁぁぁ!!!」
僕は必殺技の一つ、『なんとかパンチ』を男に向けて放った。ありったけの憎悪と見せかけの正義を込めて、首をぶち飛ばす勢いで。それはみごとに男の顔面に直撃し、もう何も言えないほどに血を噴き出し、ただの肉の塊と化す、はずだった。
しかし僕の手は男の鼻先で止まった。
声が聞こえたからだ。
「正義、ってなんですか!?」
と、言ったのは僕でも男でもない、双だ。
「正義って、私にはさっぱりわかりません!私には『セ』と『イ』と『ギ』という音の連続にしか聞こえない!それはなんですか!シタギとどう違うのッ!『キリガン』と『ブツガン』は何がどう違うの!!」
「正義と下着の違い!?馬鹿かお前は!正義は悪を滅ぼすんだ!それだけで十分なんだ!」
「でもそのひとあなたと同じ人間で、日本人だよねッ!それは人殺しだよ。おんなじことしてるんだよ。正当化しちゃいけないんだよ。やられたからやり返すんじゃないの!」
「うるさい!こいつは化けものだ!死ぬべき怪物だ!!」
「人のせいにしない!!」
「していない!これが正義なんだよ!」
「してるよ!!無力を認めるのね。あなたたち二つの日本人は、人のせいにして、自分の無力を認めているのね!憎しみの連鎖さえ断ち切ることができれば、こんな戦争すぐに終わるはずなのに!その努力もせずに、相手を止めよともせず、結果だけ見て他人のせいにして、憎しみに任せて殺す」
「うぅぅ……」
違うんだ。俺は正義なんだ。それがきっと正義だ。いや、違う……。それは正義じゃ……
「これが正義!?私は正義の意味をこう覚えたらいいのねッ!?」
僕は手の緊張を解き、振り返った。
警察が大勢の部隊を連れて現れる。
僕らに問う。
「誰の仕業だ!?」
血だらけになった男は、静かに己の手を挙げる。
「私のせいだ」
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