センター・コートは、連邦首都アミシティアにおいて、最大の商業街である。


 宇宙港にほどちかい、二〇ヘクタールもの広大な地域エリアに、千をこえる商店が集中している。高層ビルはいっさいなく、二階建てから三階建ての、小規模な店舗が、通りのかなたまで延々とつづくこの街区は、銀河連邦領全域から人々を呼び込むための重要な観光資源となっており、その経済効果ははかりしれない。いっぽうで、さまざまな価格帯の店舗がそろっていることから、地元の人々による利用も多く、アミシティア首都地域の日常生活をささえる側面も有している。


 アイリィ・アーヴィッド・アーライルと、シュティ・ルナス・ダンデライオンは、その異邦の市街地に繰り出していた。


 住居探しには、ふたりはまったく苦労をはらわなかった。シュウ提督が、空いている軍用官舎の一室を使用できるように、とりはからってくれたのである。


 淡墨髪の艦隊司令官は、最初、ふたりにそれぞれ一室ずつ、合計でふたつの部屋を用意してくれようとしたのだが、アイリィはそれをことわった。遠慮したという面もあるが、黒赤髪の親友を、異邦の夜のなかでひとりにさせることを、彼女はよしとしなかったのである。もっとも、アイリィ自身、この遠き異国の惑星で、親友なしにひとりですごすことにまったく不安がない、といえば、それは、完全な真実を構成しないかもしれない。


 そんなわけで、無事に連邦首都の住民となったふたりは、生活に必要な物資をそろえるべく、このアミシティア最大の商業街をおとずれたのである。官舎には、最低限の家具調度品はそなえられていたが、衣料品など、それ以外のものは、自分たちでそろえなければならなかった。


 歓迎の意志を全身に表現したゲートをくぐると、青、赤、緑といった、ゆたかな色彩の看板やが、ふたりの異邦人を出迎えた。派手だな、とふたりが感じたのは、薄い空色に統一された、白都ウエストパレスの景観に慣れきっているからであろう。


「ねえ、アイリィ、これ安いよ!」


 シュティがそういって指さした衣料店の軒先には、四〇パーセント・オフという赤札を身につけた薄黄色のカーディガンが、連れ帰ってくれる購入客をまちわびていた。


 アイリィは、親友のことばに、ため息と失笑を同時にはきだした。ふつう女の子なら、可愛い、とかおしや、とかいうところに注目するのではないか、と思うのだが、この歳下の親友は、たまに買い物に一緒に行くときも、とにかくコスト・パフォーマンスを重視した。もっとも、シュティの場合、値段に着目するだけまだましなほうで、アイリィのほうはといえば、モバイルコンピユータほどの価格のする、どう考えてもゆき用の高級セーターを、寝間着にしてしまうような人間だった。


 そもそもここは我星政府領とはまったく違う国家なのだから、割引されていたところで安いかどうかなどわからない、とアイリィが考えていると、店の奥から、販売意欲を過剰燃焼させた従業員が、満面の笑顔をたずさえて、シュティにちかよってきた。


「お気に召されましたか? こちらの薄黄色は昨年流行したものですが、肌の白い貴女にはよく似合いますよ。奧に試着室がございますので、ぜひ一度おためしになってください」


 要するに売れ残りだな、とアイリィは看破したが、まくしたてられたシュティは、おろおろするうち、なかば強引に、カーディガンもろとも店の奧にされてしまった。



 視界から消えた誘拐被害者を、救出する必要性をみとめなかったアイリィは、親友を放置して、いくつかの店を見てまわった。


 医薬品、日用雑貨、食料品と、生活に必要なものが、量も十分なだけおかれている。戦時下にあるというが、ここアミシティアにかんするかぎり、流通は正常に機能しているようだ。というより、ふつうの商店はおろか、映画館などの娯楽施設までも活況を呈しており、そのにぎにぎしい様相は、戦争というものの存在を、まったく感じさせない。宇宙海賊との交戦がすこしもたついただけで、恒星間輸送がとどこおり、市場が混乱する我星政府領とは、えらい差である。


「まあ、戦争が二〇〇年もつづいていれば、それを前提とした経済網が、構築されているんだろうな」


 と考えながら、店のひとつに入って、食器や歯ブラシなど、当面の生活において重要な役割をになうものを、品定めしていった。いずれ、この地に住みなじんでくれば、品質の良いものがほしくなるだろうが、とりあえずは安いもので十分である。


「一三三〇クローナになります」


 いうまでもなく、我星政府領の通貨であるクレジットは使用できない。アイリィは財布から一〇〇〇クローナ紙幣をふたつとりだして、店員に手渡した。むろん、もとから自分が持っていたものではなく、住居を手配してくれた艦隊司令官から、もらいうけたものである。



 ……軍用官舎の一室に客人を案内しおえたシュウ提督は、ふたりの新居となったその部屋から立ち去る直前に、鞄から紙の塊を取り出して、客人のひとりに差し出した。


「とりあえず、三〇万クローナ渡しておく。たりなくなったら、いってくれればいい」


 淡墨髪の提督から紙幣の束を手渡されて、三〇万クローナとはどれぐらいの価値か、とアイリィが尋ねると、


「そうだな、平凡な平社員家庭の、一年分の年収ぐらいだ」


 との説明をうけて、あわてて返そうとしたが、


「異邦の地で生活を始めるのだ。不足して困ることはあっても、多すぎて問題が生じることはないだろう」


 といわれて、うけとってしまった。アイリィとしては、働かずして大金を得ることにじくたる思いもあったが、無一文の身である以上、遠慮してうけとらない、というわけにもいかなかったのである。



 日用品店の店員から、六七〇クローナを釣銭として渡されたアイリィは、ふと、あることに気づいた。


「こっちでも、人間の接客が多いんだな」


 我星政府領において、自動機械が隆盛をきわめたころ、人間の手によっておこなわれた仕事の大半は、その非生命体にうばわれてしまった。商店の販売員でさえそれは例外ではなく、一時、無個性な機械音声と、融通の利かない案内ロボットが、商業施設の内部を席巻した。一部の高級店には人間の接客が残ったものの、人々は、不快さと不便さを感じながら、合理化の波に同乗せざるをえなかった。


 ところが、大衆をターゲットにした大型商業施設が、人間による接客を前面にうちだした営業形態を展開すると、瞬く間に人気を集め、その施設を運営する企業は、一年を待たずして大きな利益をあげた。成功者に追随せよ、という、経営者にとって鉄板の原理がはたらいて、こんどは人間の接客が、機械を駆逐していった。結局、自動接客は、ファスト・フードなどの、店舗と客の双方が、合理性を求める場所にのみ適性を有していたのである。


「なんでも機械に頼るのが正解とはかぎらない、っていうのは、全宇宙で共通なのかな」


 とはいうものの、ふだん自分の部屋の整理整頓を機械にまかせっきりのアイリィは、宇宙共通であるらしいその真理を、異論なく受け入れる資格はなさそうだった。



 ひととおり必要なものをそろえて、アイリィが拉致事件の現場に戻ると、黒赤髪の親友が、紙袋を手にして、店先に立っていた。


「ちょっと、どこ行ってたの? 置いていかないでよ」

「あはは、ごめんごめん。結局、あのカーディガン買っちゃったんだね」

「うん、はじめから結構気に入ってたし……無駄づかいだったかな」

「まあ、いいんじゃないか」


 アイリィがそういったのは、とくに、なにか妥協した結果というわけでもなかった。同僚が次々にひきとられていくなか、ひとりだけとり残されたカーディガンが、両想いの相手に恵まれたのならば、それは悪いことではないだろう、と彼女は考えたのである。アイリィは、今日をもって彼の所有者となった人物が、主人としてまちがいなく最良の部類であることを、いきおくれのカーディガンに保証した。


 今日と明日の分の食料品も仕入れて、ふたりは、帰路につくことにした。観光客とおぼしき家族連れが、邦都最大の商業街との別れを惜しむかのように、記念撮影をくりかえしていたが、ふたりには、そういった特別な感情がもたらされることはなかった。


「当分のあいだ、ここにはお世話になりそうだね」

「そうだね」


 うれしそうにシュティはこたえた。このふたりは、おしゃれなショッピングを趣味にするようなではなかったが、普通の買い物を、普通に楽しむだけの器量はもちあわせていた。可能ならば、我星政府領にはやく帰りたいところだが、それが不可能ないま、この地での生活に、楽しみのエッセンスが一滴でも加わったことは、ふたりにとってありがたかった。


「さ、必要なものはひととおり買ったよね」


 そういって、アイリィはあてがわれた官舎の方向へ歩き出したが、街区のゲートをくぐろうかというところで、シュティが突然足をとめた。


「あっ、ちょっと待って。買い忘れ」


 バッグの中から顔を出した黄緑色の小鳥をみて、飼い主の女性は、夕飯の食材を買い足すために、食料品店の中に消えていった。

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