4
センター・コートは、連邦首都アミシティアにおいて、最大の商業街である。
宇宙港にほどちかい、二〇ヘクタールもの広大な
アイリィ・アーヴィッド・アーライルと、シュティ・ルナス・ダンデライオンは、その異邦の市街地に繰り出していた。
住居探しには、ふたりはまったく苦労をはらわなかった。シュウ提督が、空いている軍用官舎の一室を使用できるように、とりはからってくれたのである。
淡墨髪の艦隊司令官は、最初、ふたりにそれぞれ一室ずつ、合計でふたつの部屋を用意してくれようとしたのだが、アイリィはそれをことわった。遠慮したという面もあるが、黒赤髪の親友を、異邦の夜のなかでひとりにさせることを、彼女はよしとしなかったのである。もっとも、アイリィ自身、この遠き異国の惑星で、親友なしにひとりですごすことにまったく不安がない、といえば、それは、完全な真実を構成しないかもしれない。
そんなわけで、無事に連邦首都の住民となったふたりは、生活に必要な物資をそろえるべく、このアミシティア最大の商業街をおとずれたのである。官舎には、最低限の家具調度品はそなえられていたが、衣料品など、それ以外のものは、自分たちでそろえなければならなかった。
歓迎の意志を全身に表現した
「ねえ、アイリィ、これ安いよ!」
シュティがそういって指さした衣料店の軒先には、四〇パーセント・オフという赤札を身につけた薄黄色のカーディガンが、連れ帰ってくれる購入客をまちわびていた。
アイリィは、親友のことばに、ため息と失笑を同時にはきだした。ふつう女の子なら、可愛い、とかお
そもそもここは我星政府領とはまったく違う国家なのだから、割引されていたところで安いかどうかなどわからない、とアイリィが考えていると、店の奥から、販売意欲を過剰燃焼させた従業員が、満面の笑顔をたずさえて、シュティにちかよってきた。
「お気に召されましたか? こちらの薄黄色は昨年流行したものですが、肌の白い貴女にはよく似合いますよ。奧に試着室がございますので、ぜひ一度おためしになってください」
要するに売れ残りだな、とアイリィは看破したが、まくしたてられたシュティは、おろおろするうち、なかば強引に、カーディガンもろとも店の奧に
視界から消えた誘拐被害者を、救出する必要性をみとめなかったアイリィは、親友を放置して、いくつかの店を見てまわった。
医薬品、日用雑貨、食料品と、生活に必要なものが、量も十分なだけおかれている。戦時下にあるというが、ここアミシティアにかんするかぎり、流通は正常に機能しているようだ。というより、ふつうの商店はおろか、映画館などの娯楽施設までも活況を呈しており、その
「まあ、戦争が二〇〇年もつづいていれば、それを前提とした経済網が、構築されているんだろうな」
と考えながら、店のひとつに入って、食器や歯ブラシなど、当面の生活において重要な役割をになうものを、品定めしていった。いずれ、この地に住みなじんでくれば、品質の良いものがほしくなるだろうが、とりあえずは安いもので十分である。
「一三三〇クローナになります」
いうまでもなく、我星政府領の通貨であるクレジットは使用できない。アイリィは財布から一〇〇〇クローナ紙幣をふたつとりだして、店員に手渡した。むろん、もとから自分が持っていたものではなく、住居を手配してくれた艦隊司令官から、もらいうけたものである。
……軍用官舎の一室に客人を案内しおえたシュウ提督は、ふたりの新居となったその部屋から立ち去る直前に、鞄から紙の塊を取り出して、客人のひとりに差し出した。
「とりあえず、三〇万クローナ渡しておく。たりなくなったら、いってくれればいい」
淡墨髪の提督から紙幣の束を手渡されて、三〇万クローナとはどれぐらいの価値か、とアイリィが尋ねると、
「そうだな、平凡な平社員家庭の、一年分の年収ぐらいだ」
との説明をうけて、あわてて返そうとしたが、
「異邦の地で生活を始めるのだ。不足して困ることはあっても、多すぎて問題が生じることはないだろう」
といわれて、うけとってしまった。アイリィとしては、働かずして大金を得ることに
日用品店の店員から、六七〇クローナを釣銭として渡されたアイリィは、ふと、あることに気づいた。
「こっちでも、人間の接客が多いんだな」
我星政府領において、自動機械が隆盛をきわめたころ、人間の手によっておこなわれた仕事の大半は、その非生命体にうばわれてしまった。商店の販売員でさえそれは例外ではなく、一時、無個性な機械音声と、融通の利かない案内ロボットが、商業施設の内部を席巻した。一部の高級店には人間の接客が残ったものの、人々は、不快さと不便さを感じながら、合理化の波に同乗せざるをえなかった。
ところが、大衆をターゲットにした大型商業施設が、人間による接客を前面にうちだした営業形態を展開すると、瞬く間に人気を集め、その施設を運営する企業は、一年を待たずして大きな利益をあげた。成功者に追随せよ、という、経営者にとって鉄板の原理がはたらいて、こんどは人間の接客が、機械を駆逐していった。結局、自動接客は、ファスト・フードなどの、店舗と客の双方が、合理性を求める場所にのみ適性を有していたのである。
「なんでも機械に頼るのが正解とはかぎらない、っていうのは、全宇宙で共通なのかな」
とはいうものの、ふだん自分の部屋の整理整頓を機械にまかせっきりのアイリィは、宇宙共通であるらしいその真理を、異論なく受け入れる資格はなさそうだった。
ひととおり必要なものをそろえて、アイリィが拉致事件の現場に戻ると、黒赤髪の親友が、紙袋を手にして、店先に立っていた。
「ちょっと、どこ行ってたの? 置いていかないでよ」
「あはは、ごめんごめん。結局、あのカーディガン買っちゃったんだね」
「うん、はじめから結構気に入ってたし……無駄づかいだったかな」
「まあ、いいんじゃないか」
アイリィがそういったのは、とくに、なにか妥協した結果というわけでもなかった。同僚が次々にひきとられていくなか、ひとりだけとり残されたカーディガンが、両想いの相手に恵まれたのならば、それは悪いことではないだろう、と彼女は考えたのである。アイリィは、今日をもって彼の所有者となった人物が、主人としてまちがいなく最良の部類であることを、いきおくれのカーディガンに保証した。
今日と明日の分の食料品も仕入れて、ふたりは、帰路につくことにした。観光客とおぼしき家族連れが、邦都最大の商業街との別れを惜しむかのように、記念撮影をくりかえしていたが、ふたりには、そういった特別な感情がもたらされることはなかった。
「当分のあいだ、ここにはお世話になりそうだね」
「そうだね」
うれしそうにシュティはこたえた。このふたりは、おしゃれなショッピングを趣味にするようながらではなかったが、普通の買い物を、普通に楽しむだけの器量はもちあわせていた。可能ならば、我星政府領にはやく帰りたいところだが、それが不可能ないま、この地での生活に、楽しみのエッセンスが一滴でも加わったことは、ふたりにとってありがたかった。
「さ、必要なものはひととおり買ったよね」
そういって、アイリィはあてがわれた官舎の方向へ歩き出したが、街区の
「あっ、ちょっと待って。買い忘れ」
バッグの中から顔を出した黄緑色の小鳥をみて、飼い主の女性は、夕飯の食材を買い足すために、食料品店の中に消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます