5
惑星アミシティアにおいて数少ない高層建築物のひとつ、その一室で、会議はひらかれていた。
「まず、最近における解放戦線の動向についてですが……」
部屋が薄暗いのは、照明をそのように調節してあるからだが、会議卓を囲む面々に偏見を持つ人間――たとえば、ディエプ・ミェン・ホワン中佐などが見れば、その原因を会議参加者の内的性質に求めるかもしれない。
いずれにせよ、連邦領内で最大最強の有形力を統御する重要な組織であるのだが、この会議は、果皮の重厚さに比して、果肉がはなはだとぼしかった。
「先月とかわらず、ということだな」
敵状についての五分にみたない報告を聞きおえて、中年も後半にさしかかった男がいった。副議長ヤード・ヤズディ
「まあ、動きがないというのは、何よりでしょうね」
議長たるリサ・ミタライ元帥が応じた。年齢は六二歳、統帥本部長の地位に
「さきの会戦で勝利をえた以上、しばらくこちらから手を出す必要はないでしょう。敵方は、敗北によってそこなった国民感情を充足させるためにも、そう遠くないうちにもう一度、出兵する必要があるはずです。我々は現状を維持し、相手の攻勢にそなえておけば十分かと思います」
と初老の域にさしかかった宇宙艦隊司令長官ソフラーブ大将がいう。職名があらわすとおり、九個の制式艦隊、六個の独立艦隊からなる連邦軍宇宙艦隊をとりまとめる立場である。勘のいい者であれば、彼の発言に、
戦局の考察がすんで、各部署からの報告にうつったが、予定どおり進行、計画に変更なし、とくに問題は発生せず、といった個性のかけらもない発言が、照度に欠ける議場を輪状に行進するのみだった。
このやりとりに、いったいなんの意味があるのか。そう考える人間もいたが、数は少なかった。多くの者は、毎月初めに招集されるこの内容のない会議に、仕事をしたという架空の充足感をえて、満足するのである。
シェン・ベイ・ヒュンは、少数派のひとりであった。階級は
彼にしてみれば、この会議は、老人たちのぼけ防止のためにでも開かれているのではないか、と思えてならない。なにか議論すべき
質疑応答の時間にうつって、彼は発言をもとめた。
「では、ヒュン中将」
ほかに挙手する者がいなかったにもかかわらず、指名をうける前にいくばくかの間があったことは、若くして出世した彼に対する諸将官の感情がいかなるものかを、
ヒュンはかれらの視線に気づかないふりをしておいて、口をひらいた。
「艦隊司令長官に質問ですが、第四艦隊と第三独立艦隊、指揮官はそれぞれセイロン中将とシュウ少将ですが、有事にあっても、かれらを最前線に出されないのは、どのあたりに意図がおありでしょう」
第三独立艦隊は、惑星探査や後方哨戒などの雑用にあてられることが多く、第四艦隊も、戦場に派遣されたところで、陽動や予備兵力としての待機など、主戦場にでないことが、たびたびだった。
ヒュン中将は、サヤカ・シュウともショウ・セイロンとも、それぞれが今の地位につくまえに、戦場をともにしたことが幾度もあった。かれらの柔軟な戦術と比較すれば、ほかの提督の要領の悪さに、いらだちを覚えることが、すくなくなかったのである。ほかの提督が愚劣というわけではなく、致命的な失敗に遭ったことはないが、艦隊司令官の要領が悪いと、前線防衛司令官の仕事がふえるのだ。より有能な人間がいるのであれば、ぜひ前線におくりこんでいただきたいところであった。
矛先をむけられたソフラーブ司令長官は不快な思いを湧きたたせたが、表情に流出する寸前で、それを
「かれらはまだ若く、経験も浅い。戦場において重要な場所には、経験豊富な指揮官をあてるのが、筋であろう」
「そうおっしゃいますが、司令長官、セイロン中将の独立艦隊司令時代の活躍はいうにおよばず、シュウ少将も、少尉任官当初から素晴らしい戦功をかさねております。他の提督が無能であるとは考えませんが、前線をあずかる立場としては、優秀な指揮官を率先して派遣していただいたほうが、ありがたいのですが」
こんどは司令長官の表情がかわった。だが、彼が怒気を発するよりさきに、初老の統帥本部長が機先を制した。
「ヒュン中将、貴官のいうことはわかります。ですが、経験豊富な指揮官をさしおいて、若いかれらを戦局の中心におくことは、歴戦の提督らの不満につながるのです。いずれ、艦隊司令としての経験をかさねていけば、セイロン、シュウ両提督を戦陣の主軸にあてる日もくるでしょう。そういったことで、いまは納得をおねがしいたいところなのですが」
リサ・ミタライ元帥の口調は温和で、その声はソフラーブ司令長官の不満をやわらげることに役立った。ヒュン中将もひきさがった。ここでねばったところで、周囲の反感を買い集めるのみである。前線の意するところを、中央の高官につたえられれば、とりあえずは十分だった。
程度の差こそあれ、青二才め、という視線がヒュンにむけて多数発射されるなか、唯一それに同調しなかったのが、じつは、ミタライ元帥であった。彼女は、年齢秩序を重視する軍運営をおこない、それが堅実な組織維持に役立つと信じていたが、いっぽうで、ガンファ体制において若くして登用された者が、能力の裏付けがあって地位をえたことを、理解してもいた。そのことを理解したくない高官たちとは、思考面において、一線を画していたのである。
やや柔軟な思考に欠ける面はあったものの、リサ・ミタライという人間は、組織の上に立つに十分な器量をそなえた人物であった。のちに、彼女が、〝我意をとおすあまり配下の統制に失敗した、狭量な統帥本部長〟という共通認識のもとに語られることになったのは、したがって、不運の女神の寵愛を一身に受けた結果というしかなかった。
たいしてあるわけでもない議題を
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