宇宙港は、それがひとつの巨大な娯楽施設でもある。航宙船とその利用客がせわしなく出入りするかたわら、飲食店や商店、遊戯施設の数々が、搭乗を待つ人々や、乗継ぎ時間をもてあました客を歓待する。宿泊施設も存在し、長距離恒星間旅行をする利用客はもちろん、宇宙〝港〟旅行なるものを楽しむ人々も、相当数存在するのだ。


〝星雲亭〟は、その広大なアミシティア宇宙港商業区域の一角、高級飲食店が集積するエリアに、店をかまえていた。壁一面をガラス張りにした、星々の海を見渡せる個室が売りのレストランだが、ごく普通の生活水準しか有さない人間であれば、利用をちゆうちよするような価格帯の店でもある。


 その個室のひとつで、まだ料理が運ばれていないテーブルを、三人の男がかこんでいた。


「若干のトラブルはありましたが、今回も大事なく帰投できたことを祝すとしましょう」


 そういってワイングラスを掲げた銀髪の男性は、グライド・カムレーンしようじよう、三七歳である。その人柄とともに指揮の才を周囲に広く認められており、いずれ提督の称号をおびる日も近いとみられていたが、本人の意向で、いまは連邦軍第三独立艦隊の参謀長をつとめている。


「艦隊司令官が惑星探査中に巨大生物に襲われるなど、大事以外のなにものでもないでしょう。提督自身が陸戦を直接指揮することに、我々は慣れきってしまっていますが、他艦隊であれば、作戦運営の責任を問われる事態ではありませんか」


 冗談めかしながら応じたのは、ディエプ・ミェン・ホワン中佐、第三独立艦隊第三戦隊を統率する人物である。軍営学校首席卒業のエリートで、本人も態度や外見においてそれを隠そうとしないため、鼻持ちならない、という評価をくだされることも、しばしばである。ただ、成績優秀者がおちいりがちな、理論にかたよりすぎて実戦感覚に欠ける、という傾向が彼にはなく、サヤカ・シュウはその高い水準で均衡のとれた能力をみこんで、一部の人間からは煙たがられている彼を、艦隊にまねいた。

 ガンファ革新体制において、一〇代のころから目をかけられてきたのだが、華々しい戦果をあげる機会にめぐまれず、二六歳で中佐という階級にとどまっている。それでも、平均からすれば、昇進速度は速い部類に入るのだが。


 いまひとり、テーブルを囲む人物が、ほかのふたりより大幅に渋みを増した声で会話をついだ。


「提督自身が陣頭におもむかれるのは、提督の為人ひととなりであるからな。最初はわしも若気の至りというものではないかと危惧したが、兵を矢面に立たせて、自らは後方で督戦する、ということをよしとしないのが、提督の信条だ。そうでなかったならば、あの若さで、これほど下の者から支持はえられんかっただろう」


 食卓を囲む面々の平均年齢を一挙に引き上げているこの人物は、ラオ・ファオ中佐、七二歳の老将である。二等兵からのたたき上げであり、他二名のそれを合計した二倍の軍歴に裏打ちされた、ねばり強い采配に定評がある。

 年齢を理由に退役を考えていたところに、シュウ提督から戦隊長就任の打診をうけた。もともと陸戦畑の出身で、宇宙戦の経験がすくなかったこともあり、はじめは申し出を固辞したのだが、若い司令官から何度もわれて、その熱意に屈したといういきさつがある。



 二年前、かれら三名をふくむ連邦軍第三独立艦隊主要人員の陣容がはじめて公表されたとき、周囲の反応は、かんばしいとはいいがたかった。


「小娘三人にエリートかぶれ、引退に足をつっこみかけた爺さん。よくもまあ、これだけバラエティ豊かな人材を集めたものだ」


 毒気がふんだんにふりかけられたその評は、しかし、事実の特異な一面を、指摘してもいた。年齢や経歴がここまでことなる士官をたばねるのは、通常、容易なことではなく、まして、まだ二〇歳でしかないがかれらを統率しうるとは、平均程度の想像力をもってしては、考えられなかったのである。


 サヤカ・シュウも、意図して、悪い風評がながれるようなメンをあつめたわけではない。一定の能力を有し、上官としての人格にもすぐれ、かつ若い司令官の指揮に、すくなくとも悪性の反発を見せない、という条件をみたせる人物は、現在発見されている可住惑星の数の、一〇分の一にもみたなかった。そのかぎられた選択肢のなかで、艦隊人選に妥協せからざるべし、という、ショウ・セイロン提督の助言を忠実に実行した果実が、かれらだったのである。


 もっとも、いまのところ、それが正着であった、という証明書を、サヤカ・シュウは提出できていない。二年間、艦隊運営に大きな失敗がなかったことから、なかなかやるではないか、という肯定的な評価も、うまれつつはある。だが、なにしろ会戦への参加回数がいまだすくなく、はでな戦果を獲得できていないことが、マイナスの論評を駆逐しきれないことにつながっていた。


 年齢秩序を重んじるミタライ統帥本部長の方針のもと、若い司令官ひきいる第三独立艦隊が、重要な役割をあたえられてこなかったのが、原因のひとつでもある。それでも、いずれ、解放戦線との戦いで戦局の鍵を手にするときがくるはずで、そのとき、第三独立艦隊は、このいびつな人選が正答であったか否かを、試されることになるであろう。



 食卓をかこむ三人の男は、きたるべきその戦闘にあたっては活躍を期待される人物であったが、いまは、上官をさかなに、ワイングラスをかたむけるのみだった。もっとも若いディエプ・ミェン・ホワン第三戦隊長が、老将の言にこたえていった。


「ファオ中佐のいわれることには同意しますが、提督には、自身の安全にいますこし気を遣っていただきたいものです」

「専属の衛兵を、ひとりもつけておられぬからな。参謀長から、なにかおっしゃるわけにはいかぬのでしょうか」


 歴戦の老兵に視線をむけられて、グライド・カムレーン参謀長がこたえる。


「陸戦の指揮に関しても、護衛についても、私から申し上げたこともありますが、提督ご自身にあらためる気はないようです」


 本来、階級が下のラオ・ファオ中佐に、カムレーンがここまで丁寧に口をきく必要はない。彼は、老将の軍歴に、敬意をはらっているのである。


 レストランの店員が、前菜をはこんできた。三名の士官がワイングラスをナイフとフォークにもちかえると、老将が会話をついだ。


「まあ、そういったお高くとまらないところが、兵士からの信望をえるゆえんのひとつでしょうがな。あまりに保身に関心がないのも、考えものです」

「何かあっては困りますからね。提督以上に兵士の信頼をあつめられる者はいませんから」


 ホワン中佐はこたえたが、それはなかば、自身への戒めでもあった。彼は、艦隊司令部に有事があったとき、かわって指揮権を掌握することになっているのだ。そのときがこないにこしたことはないが、万一にあっては、指揮命令に対する兵士たちの心の温度がことなってくることを、考慮しておかなければならない。


「ほう、卿は、自身の才に自信があると思っていたがな。さしもの首席卒業者も、シュウ提督には勝てぬか」

「戦術指揮の才に自信がないわけではありませんが、配下に対するのに、あれほどまでの行動力は、私にはありませんよ」


 苦笑してそうこたえたホワンに、ファオ中佐も苦笑した。


 サヤカ・シュウという人物は、戦隊長からの報告を聞くときに、わざわざ各戦隊の旗艦まで、その身体をはこんだ。さすがに、簡単なやりとりであれば無線ですませてしまうのだが、異邦の客人にそうであったのと同様に、部下に対しても、楽をすることをこばむのである。第二戦隊旗艦グェフィオンを訪れた際は、そのぬしたるファオ老人の晩酌の相手をつとめて帰ることもあるほどだった。メイ・ファン・ミュー第一戦隊長にかぎっては、ふたりの異邦人を紹介したときのように、艦隊旗艦に呼びつけることのほうが多いが、これは、ミュー戦隊長とシュウ提督が、軍営学校時代からの旧知の仲であることによる。


「わしらに対するのみならず、兵士の不満もよく吸いあげ、意見をきく。それが、たとえ信用を獲得したいという計算あってのことであっても、ほとんどの艦隊司令官は一兵士のことなど頭の片隅にもないのだから、たいへんけっこうなことだ」

「まったく、おっしゃるとおりですな」


 銀髪の参謀長が応じた。カムレーンは、志願して第三独立艦隊へうつる以前、第五艦隊司令官ジュ・リン中将のもとで副司令官をつとめていた。リン提督はけっして気質の悪い人ではなく、むしろ上官としてよいほうの半分には属していたが、それでも、配下の士官や兵士に、ここまで気をくばっていたという記憶はない。


「そのように旗艦外行動をよくなさるからこそ、衛兵の二、三名は、つねにともなってもらいたいものです」


 ホワンはくりかえしてそういったが、この場にいる人物に、なにか根本的な解決策があるわけでもなかった。


「まあ、その点については、提督のお心しだいだろう」


 銀髪の参謀長のことばが、この話題の結論だった。

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