第七章 邦都アミシティア

 アミシティア。


 地球が人類の主たる居住地としての地位を失って以降、この惑星は、宇宙の中心としての役割を、はたしつづけてきた。銀河連邦から解放戦線――共和リパブ国領リツクが分離するにいたったあとも、連邦の首都星として議会や政府機関がおかれ、宇宙艦隊も大部分が駐留する。民間航路もこの星から各星系へ放射線状にのびており、恒星間物流企業の本社も数多く立地するなど、政治、軍事、経済のすべてにおいて、アミシティアは、銀河連邦の心臓部であった。


 それらの重責を一手に引き受ける惑星のはるか上空から、高速で地上に接近する重力エレベータの展望室に、史上はじめてこの地に足を踏み入れる我星ガイア政府領出身の旅人の姿があった。


「意外と、高い建物が少ないな」


 眼下にひろがる市街地をながめて、濃茶髪の客人がいった。


 アイリィにとって首都とは、高さ五〇〇メートルをこす超高層建築物が林立し、その隙間を縫うように、車路や自動ベルト歩路ウエイがはりめぐらされた風景なのである。我星政府領の首都は、アイリィの故郷たる白都ウエストパレスから五〇キロ・メートルほどはなれたセリアポート地区にあるが、さながら都市迷宮の様相を呈している。

 アイリィらをはこぶ鋼鉄のはこを吸い込もうとしている建物群がそう呼ばれるためには、かれらの平均身長が、あと四〇〇メートルは不足しているようだった。


 彼女の親友たるもうひとりの旅人がアイリィのことばに同意すると、この邦都出身であるという第三独立艦隊司令官が、淡墨髪の頭を展望窓にちかづけていった。


「地球時代の都市は、そういった様子であったらしいがな。宇宙に進出してからは、土地にたいして人口が相対的に少ないから、高層建築物が密集するような都市は、ほとんど形成されていない。アミシティアは、これでも多いほうだ」


 ふたりの客人が首都へ足を踏みいれるために便宜をはかった人物は、足下に望む自らの故郷をそう評した。



 第三独立艦隊がアミシティア連邦宇宙港に帰投しても、ふたりの客人に、いきなり行動の自由があたえられるはずもなかった。なんにせよ、ふたりは連邦にとって〝無国籍者〟であり、市民権どころか、惑星地上に足をふみいれる権利さえ、もちあわせていないのである。


「大丈夫だ、私にまかせておいてくれ」


 といってその場をはなれたシュウ提督のことばを信頼することが、ふたりにできるただひとつのことだった。


 正体不明の人物を無条件に内部へ招きいれるほど、宇宙港の警備体制というのは甘いものではない。我星政府領でさえ、身分をいつわって恒星系間の移動をはかる人物が、毎年一〇〇〇ダースほど身柄を拘束されているのである。戦時下にある銀河連邦の首都星宇宙港となれば、それ以上に警戒がゆるかろうはずがなかった。軟禁か、へたをすると逮捕監禁などという事態も、ありえないとはいえない。


 という理由から、当面のあいだ、いまだ名前しか知らない首都星の静止軌道にうかぶ宇宙ターミナルで無為の時間をすごすことをアイリィは覚悟していたのだが、異邦の関門は、まことにあっけなく、ふたりを通過させてしまった。一時間もたたないうちに、シュウ提督が、ふたりぶんの電子通行証をたずさえて、もどってきたのである。


「待たせたな」


 と待たせたつもりの艦隊司令官はいったが、いわれたほうは、想定の一〇〇分の一の時間すら待たされてはいなかった。アイリィはおどろいて、だいじょうぶなのか、と尋ねたが、淡墨髪の提督は、


「地位があがると、それなりに役得があるものだ」


 というだけで、それ以上くわしい説明をくわえようとしなかった。



 そのようなわけで、ふたりの流浪人一行は、無事に地上ターミナルに向かう重力エレベータの乗客となることができたのである。


 エレベータ、といっても、無論、航宙船や高層建築物にそなえられているそれとは、移動距離が比較にならないほど長い。地表から静止軌道まで約三万キロ・メートルの旅程を、三時間かけて昇降するのである。そのため、それ自体が一〇の階層を有するエレベータには浮上式高速鉄道と同等の快適性を確保した座席がそなえられているほか、展望室やバー・エリアまで用意されている。惑星ごとに異なるそれらの設備を、恒星系間旅行の楽しみのひとつに数える人も、少なくないのだ。


 シュウ提督が、指定された座席をはなれてこの展望室へ足をはこぶようふたりにすすめたのは、そういった娯楽的な意味合いでは、むろんなかった。未知の領域で生活をはじめることに不安がないはずはないだろう、と客人の心情に考察をくわえた艦隊司令官が、当面の根拠地を、上空からかんする機会をつくってくれたのである。


 もちろん、森全体をながめたところで、木の一本一本の性質などわかるはずもないから、現実的な意味合いはあまりない。それでも、いまから暮らすことになる街の全体像をながめられたことは、ふたりの心理的な負担を、すこしだけ軽くした。何らの前提知識もなく飛びこむより、おぼろげな肖像だけでも用意されていたほうが、心づもりがしやすいというものであった。


 ふたりは数々の便宜をはかってくれる淡墨髪の提督に、あらためて謝意を示した。若い提督は、笑ってことばを継いだ。


「まあ、いろいろ不安はあるだろうが、アミシティアの中心部は治安もいいし、商店や娯楽施設にも事欠かない。すこし慣れれば、生活に不便さを感じることもないだろう」


 その語尾に、地上ターミナルへの到着にそなえて、座席に戻るよう促すきようないアナウンスの声がかさなった。

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