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「びっくりしちゃったよ」
貴賓室にもどったシュティ・ルナス・ダンデライオンが、闘槍の手入れをしている濃茶髪の親友にたいしていった。
「アイリィがあんなに戦略論にくわしいなんてさ。私には、なにいってるのかさっぱりわからなかったよ」
ベッドの上でいつものように飼鳥と戯れているシュティの口調は、どこか不機嫌そうだった。親友のことはすべて知っていたい彼女にとって、アイリィの未知の一面をまのあたりにすることは、納得されざる事態なのである。その心理がみえすいていて、アイリィにはおかしくてたまらない。
「あはは、そんなに難しいことをいったつもりじゃないけどね。それに、これでも私は一小隊の指揮官だったんだよ。あるていどの戦略眼をもっていないとつとまらないよ」
アイリィは不満顔の親友をなだめるためにそういったが、彼女のことばには、
別の視点からいえば、アイリィには、もっと多数の人間の上に立って組織を統率する資質がそなわっている、ということもできるだろう。もっとも、そなえた資質と所有者の志向が別々の方角を向いているのはよくあることであって、アイリィ・アーヴィッド・アーライルという人物も、そういった例のひとつであった。
「ま、でも、これ以上偉い地位にはつきたくはないね。きめられた戦場で、槍を振り回しているだけのほうが、気楽でいいよ」
アイリィはそういって、シュティはすごいよ、と生物科学少佐として科学実験を統轄する職責にある親友をほめるつもりだったが、反応がなかったのでやめた。黒赤髪の親友がもといた場所に視線を向けるとすでにその姿はなく、すこし下方に、白いシーツに顔をつっこんで、生命維持に必要な最低限の行動をくりかえす様子が確認できるのみだった。
あいかわらず展開の早い親友にあきれながら、アイリィは、あらためて、
「反乱を誘発する土壌、か……」
アイリィも、我星政府軍にいたとき、陸戦隊の一員として、何度も地方叛乱の鎮圧戦に参加したことがある。だが、それらの反乱の主体は、犯罪組織や反政府団体が定型を越えて肥大化したような集団であって、惑星ひとつさえ完全に掌握しうるものではなかった。宇宙海賊は、無人星系や小惑星に
ところが、銀河連邦では事情がちがうらしい。ティファーレン、ブレンサイン両提督の反乱は別格としても、惑星全体が一丸となって、連邦政府に反旗を翻すことが、何度もあったというのである。それは、社会全体に、政府に対する不満が蓄積されていることのあらわれと考えていいだろう。
「ってことは、我星政府の統治が、優秀だったってことになるのかな」
そうともかぎらない、とアイリィは自分で自分の意見に異論をだしてみる。我星政府の歴史は、シルバーブレイト
いっぽうの銀河連邦、地球史のながれを直接くむその国家は、戦いのくりかえしをもって、いまの体制をきずきあげた。あくまでも我星政府領とくらべて、という比較論ではあるが、連邦の人々にとって、戦争によってあらたな秩序をなす、という考え方は、より近い距離にあるのではないだろうか。
「だとすると、不満をためさせないことが、現実的な対策ってことか」
とはいっても、それを
士官専用の食堂から貴賓室にもどるとき、アイリィは、案内してくれる兵士に声をかけてみた。いままで上の地位の人間としか話していなかったので、下の階級にある者の声も、聞いてみたかったのである。
「この艦の幹部の方は、みなさんいい人ばかりですね」
話しかけられた兵士は、嬉々とした表情をみせた。
「はい、シュウ提督も、カムレーン参謀長も、部下に寛大な方です。それでいて、指揮は毅然として正確、軍律に関しても、違反した者には対処しますが、筋のとおらないことはおっしゃいません。提督はまだ二二歳という若さですが、艦隊指揮の才も素晴らしいですし、理想の上司、といって過言ではないとおもいます」
ここまで身内を賞賛する人間もめずらしいな、とアイリィは思ったが、兵士の意見には賛同できたから、とくに不愉快にも感じなかった。
ところが、直後、その兵士は、表情を正反対の感情にいれかえて、いったのである。
「それなのに、軍の新体制のもとで、我が艦隊は雑用ばかりさせられて……」
その語気が意外に強かったので、アイリィはおどろいて、兵士の顔を見なおした。
「ガンファ元帥閣下体制では、戦線との会戦にも参加し、戦功をあげる機会もありました。ですが、ミタライ統帥本部長のもとでは、我々は辺境哨戒や惑星探査ばかりさせられて、戦火を交える機会すらないのです。
「ミタライ元帥は、年齢秩序を重んじる人だそうですね」
「ええ。ばかげたことです。能力がある者が重用されるべきであるのに、これでは、シュウ提督の才を、飼い殺しにしているようなものです」
兵士は、不快な心情の一片を、ことばにしてはなった。
ひとたび戦闘で華々しい戦果をあげれば、生活を一変させるほどの昇給ものぞめる。兵士としては、死の危険があるとしても、会戦に参加して戦功をあげる機会を得るほうがいいのだろう。アイリィのように対獣戦の才をもそなえていれば、それでも調査隊の護衛などで成果をだせるかもしれないが、訓練や哨戒などでは、昇進や報賞につながる功績をあげるのはむずかしいのだ。かれらの不満も、わからないではない。
その不平の矛先が艦隊司令官に向かないあたり、シュウ提督という人物の評価がいかなるものか、ということを、示しているだろう。その点、前任の統帥本部長が有する人物鑑定眼が、
兵士は、部外者に個人的な不満を漏らした非礼に気づいたようで、決まりのわるい表情をうかべていった。
「ご客人につまらない話をお聞かせしてしまい、申し訳ありません」
「いや、いいんですよ。私が話しかけたのですから」
謝罪する兵士に、アイリィは笑顔でそうこたえた。ぐちをこぼされたという理由だけで、この兵士を嫌いになるのは、アイリィには不可能だった。
……こういった小さな不平の声も、蓄積されていけば、爆発の火種になりうるのかもしれない。とはいえ、ガンファ体制において高年齢の将官に一定の不満があったのも事実なわけで、なかなか全者全得、というわけにはいかないのが、現実なのだろう。
「やれやれ、やっぱり偉い人にはなりたくないね」
と、常人にはたどることの難しい高尚な思考の結果、なぜか個人的な問題に結論をおとしこんでしまうアイリィであった。しょせんは異邦の組織に関する問題であって、あの兵士の不満に、アイリィがなにか責任を取って対処すべきことがあるとも思えなかった。
連邦軍第三独立艦隊、総勢二三〇隻の艦艇は、連邦首都アミシティアに向けて、二回目の
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