「宇宙の半分をその領土として築かれたあらたな統治体は、最初、ティファーレンによる演説のことばを採って解放戦線と称したが、軍事的要素が前面に出すぎているという異論が出て、リパブリツクという名称をもちいることになった。とはいえ、いまでも解放戦線は軍組織の名称として用いられているから、そちらで呼ぶ者も多いがな」


 語り終えて、長く喋りすぎたな、と歴史家兼提督はつぶやいた。空になっていた三つのティー・カップに、従卒の兵が会話の潤滑油を注ぎ足した。


 アイリィは、たちのぼる紅茶の湯気越しに、淡墨髪の提督にたずねた。


「それでは、いまは連邦と、共和国――解放戦線の全面戦争下にあるのですか?」


 アイリィと、そしてシュティも、その具体的な情景を、脳裏に描くことができない。ふたりの故郷である我星政府領の長い歴史のなかで、国家間戦争のページを開こうとするなら、シルバーブレイト西方王国やファンティエート東方帝国が、我星地上に存在した時代までさかのぼらなければならないのだ。実戦部隊の一員であるアイリィは宇宙空間での艦隊戦も経験しているが、相手は宇宙海賊や反政府組織であった。宇宙規模での国家同士の戦いは、想像の外にしかない。


 当事者のひとりであるはずの連邦軍提督による回答は、しかし、やや歯切れが悪かった。


「そうだな……、二〇〇年も続くだらだらとした戦争を、全面戦争と呼べるならな」

「二〇〇年!?」


 アイリィは言葉で、シュティは表情で、淡墨髪の提督が口にした数字に驚きを示した。


「おそらく、当初は、両者とも理想があって、それを実現しようと軍を動かしたのだろう。だが、長年にわたって戦線がこうちやくし、領土がほぼ動かなくなると、軍事行動は単なる慣習になってしまった」

「慣習、ですか……」


 それは、戦争ということばに響かせるには、なじまない単語だった。

 シュウ提督が説明を続ける。


「敵に勝つために、一方が艦隊を動かす。それを打ち負かすために、他方の艦隊も出動する。勝敗はつくが、勝った側も、その勝利をいかして状況を変化させようという努力をしない。負けた側は、状況を変化させようがない。それで、同じことの繰り返しが、ずっと続いているわけだ」


 アイリィは低くうなった。アイリィの知る軍事行動というものは、すべて何らかの目的があっておこなわれるものであった。宇宙海賊と交戦するのは、民間人を暴力と略奪の恐怖から守るためであり、過去にすいかい海戦をひきおこした東方帝国イースタンは、ノーザン・テリトリーの生産・消費力をみずからの経済に組み込もうとしていた。たいした目的もなく軍を動かし、人命や資源をそこねることに、いったい何の意味があるのか。


 アイリィがその思考をことばにすべきか迷っていると、沈黙を貫き通していたはずの黒赤髪の親友が、ふいに口を開いた。


「そんなこと、やめればいいのに……」


 それは、シュティが難解な思考のパズルを解いたわけではなく、思っていたことが声に出てしまった、という類いのものであった。だが、そのことばは、淡墨髪の提督の心中に、何かを沸き立たせたようであった。


「そのとおり、やめればいいのだ」


 提督が急に語気を強めたので、うっかり心の声を漏らしてしまったほうは、全身をけいれんさせたうえで、精神的に三歩ほどあとずさった。


「……なぜ、やめないのですか?」


 親友が心を大きく動揺させたことを察したアイリィが、少将提督との会話をひきとっていった。提督は一瞬の興奮をおさめ、ふたたび平静な口調で答えた。


「ひとつには、経済的理由がある。戦争をやめれば、それで利益を得ていた軍需産業が立ちゆかなくなる。万単位の失業者が出る。政治的にも、互いに相手を非難してきた歴史があるから、突然それをやめたとして、世論の理解が得られない。だが、最大の問題は、国民が、戦争のある宇宙を当然のものとして、疑おうとしないことだ」

「疑おうとしない……?」


 アイリィは、淡墨髪の司令官がもっとも強調した部分を復唱した。

 シュウ提督がうなずいてつづける。


「二〇〇年という歳月が、人間の感覚を麻痺させてしまったのだろうな」


 会社に出社するのとおなじ感覚で、兵士は戦場に赴く。事務員が電子コンピ端末ユータを操作するのと同様に射撃兵がビームを撃ち、料理人が包丁やフライパンを操るかのごとく、陸戦兵が戦斧や闘槍をふるう。そして、生還した者たちを、恒星間出張から帰宅した商社員とおなじように、我が家に迎え入れるのである。連邦と共和国のすべての人々が生まれたときから繰り返されてきた光景であり、それは彼らの、生活になじんだ日常のひとつであった。そこに〝疑い〟という感情が割って入る余地は、まったくない。


 戦争をなくそう、という声をあげる者は、変人扱いされる。大多数の人間にとって、それは「レストランをなくそう」とか「配送業者をなくそう」と大声で主張するのと、大差ない響きをもって聞こえてくるのだ。


「技術の進歩で、戦死者の数が少なくなったのも、人々が戦争の存在を否定できない一因なのだろうな。これが年に何万、何十万という死者が出るのなら、戦争に対する嫌悪感を、じやつできたのかもしれない」


 それは、淡墨髪の司令官による、一種の皮肉であった。目の前の艦隊司令官が、多くの兵士が死ねば良いなどとと考える人間ではないことは、短い交流のなかで、アイリィも理解している。

 ただ、アイリィには気になることがあった。


「どうして提督は、戦争というものの存在に、疑いをもつことができたのですか?」


 提督が語る内容を愚直に当てはめるなら、連邦に生をけたサヤカ・シュウという人間は、戦争のある日常に疑問を持っていないはずだ。


 その質問に、やや乾いた笑顔でその提督はこたえた。


「歴史を正しくる者のあいだでは、個々に差はあるが、共通認識だからな。それに……」


 言いかけて、一瞬、目の前の人物が暗い表情になるのを、アイリィは見逃さなかった。その視線は、この司令官室の風景ではなく、どこか別の時空を眺めているようにも見えた。だが、淡墨髪の司令官は接続詞のあとの言葉を継ぐことなく、今度はあたたかさの混ざった笑顔を客人にむけた。


「いや、すまない、恩人に暗い話ばかりしてしまったな。たしかに連邦は戦争状態にあるが、前線以外の暮らしぶりは平穏そのものだ。首都に帰ったら、美味い食事でもご馳走させてもらおう」


 そういって、部屋の主人は、いやに長い歴史談義となってしまった客人との面会を切り上げた。

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