「そして、その銀河連邦が三〇〇〇年を経てふたたび発展した姿が、私の属する今の銀河連邦というわけだ」


「…………」


 司令官室の空気は、その重量を増していた。伝承としてしか知りえなかった地球が実在すると聞いて、アイリィはすこし心を踊らせていたのだが、そのような悪路を歩んできているとは、予想図の隅端にさえ描いてはいなかった。となりの親友も、表情の選択に困った様子で、うつむいて沈黙している。


「……それで、私たちを救助いただいたことが同志の再会とは、どういう意味でしょうか」


 無音の壁を押し破って、アイリィは尋ねた。


「当時、恒星間航行の技術はまだ未熟だった。さらに急造した航宙船をもちいたために、行方不明となる艦艇が続出した。そうして漂流の末に我星ガイアという星にたどり着いたのが卿らの祖先だったとしたら、すべては筋が通る」


 淡墨髪の司令官は、冗談の成分など微塵も存在しない表情で言い切った。


「しかし……」


 とアイリィが言葉を継いだのは、眼前の提督を反論によって転覆せしめようとしたわけではない。自身の納得しがたい心情を、疑問を提出するかたちで、説得しようとこころみているのである。


「しかし、我星には、機械文明が発達する以前にも、古代、中世という歴史があります。それをどうお考えになりますか」


 もし宇宙文明を有する航宙船が漂着したのだとしたら、我星の文明の出発点はその水準であるはずではないのか、という趣旨である。

 その質問も、歴史研究家を兼ねる提督は意に介さなかった。


「漂着した者のなかに技術を有する者がいないか、何らかの原因で機械装置類の使用が不可能だったならば、生活水準は原始時代にさかのぼらざるを得ない。先の惑星に不時着した卿らのようにな」


 たしかに矛盾はない、とアイリィは思う。だが、いままで我星政府領が人類社会の全てであったふたりの客人にとって、実はそれがさらに広大な宇宙文明の分流のひとつであったということは、率直には受け入れがたいことであった。


「提督は、これが、同一の源流をもつ異なる文明の再会であるということを、すぐ信じられるのですか?」

「いままで幾度となくその可能性が指摘されてきたということもあるが、こうなっては、信じられる、というより信じざるをえないだろう。これほどまでに似た姿形の人類が、これほどまでに似た言語を操っていては、全く違う文明の水脈を汲んでいると説明する方が困難ではないか?」


 まったくそのとおりである。アイリィの理性は、提督の説明を是としているが、感情の部分が、どうも納得しない。だが、事実を事実として受け入れる器量が、どうやら求められているようであった。

 少将提督はさらについしようをくわえた。


「惑星術にしても、先住生物と交雑したとか、突然変異の産物であるとか、仮説はいくらでも提出できる。どちらも起こりうる確率としては極低だろうが、実際にすべての生物は、偶然の選択をえらびとって、それぞれの能力を手にしたのだからな」


 このとき、歴史家であり艦隊司令官でもあるこの人物は、目の前の異星系人が嘘をついているという可能性を、考慮していない。アイリィにはそれが不思議でならなかった。論理的思考の帰結であるのか、深い洞察力の産物であるのか、一種の達観であるのか。

 だが結局、効果的な反証が不可能である以上、すくなくともいまは、少将提督の論証を真実であるとして前進せざるをえなかった。



 アイリィは、自分のなかでの最終結論を保留して、記憶のじゆにひっかかっていたもうひとつの単語について、尋ねることにした。


「提督は、私たちに会ったとき、戦線の人間か、とおっしゃいました。銀河連邦以外に、何らかの勢力が存在するのですか」


 訊かれた司令官は、い顔をしなかった。そのマイナスの感情は、質問そのものではなく、質問の対象となったものに向けられているようだった。


「そうだな…、の現状も、知ってもらったほうがよいだろう」


 部屋の主人は、顔の肌とおなじ白色の腕を伸ばして、星図を出現させるためにもちいた端末をふたたび操作した。眼前の星図が、人工的な青色と赤色に染めわけられた。


「青が我が銀河連邦の勢力下にある宙域、赤が解放戦線――統治組織としてはリパブリツクと称しているが、その統治領域だ。見ての通り、人類の支配が及ぶ限りの宇宙を、両勢力で二分している」


 卿らの我星政府領を含めれば三等分していることになるがな、と淡墨髪の司令官はつけくわえた。さきに降陸した惑星は、連邦領のうち共和国領とは反対側の端に位置しているというから、その延長線上に我星政府領が存在するならば、位置関係としては、銀河連邦を解放戦線と我星政府領が両挟みにしていることになる。


 それにしても、人類は、地球の悲劇ののち、あらたな発展への道を歩みはじめたのではなかったのか。なぜ宇宙は、ふたたび二つの旗に分かれてしまったのか。いまの段階で内情にあまり踏み込みすぎるのも非礼かとは思ったが、アイリィはどうしても気になった。


 数瞬ためらった後に発せられた濃茶髪の客人の質問に、部屋の主人はにがにがしく答えた。


「歴史が、繰り返されたのだ」



 アミシティアをあらたなコアとして再出発した人類社会は、飽くなき探究心と恥ずべき利己心の累乗的協調によって、ふたたび宇宙開発の甘い果実を乱獲しはじめた。フロンテイアの開拓と星系間交易は莫大な利益をその参加者にもたらし、人々は、その生息圏を、爆発的に拡大していった。


 そして、ふたたび勝者と敗者を産んだ。


 とはいえ、そのことが、直接宇宙の分裂をもたらすことはないはずだった。地球の悲劇が人々を殺意の暴風域にまきこんだ時代とは異なり、宇宙は銀河連邦というひとつの国家によって統治されていた。軍事力は治安を維持するための最強の有形力として、反動勢力を抑え込むのに十分な能力と一体性を有していたはずだった。


 その有形力自体が、反動勢力の片翼となるまでは。


 ある星系で反乱がおこった。それ自体は、過去にも場所や規模を変更して再生産を繰り返されてきたもので、何ら希少性を主張できる出来事ではなかった。連邦軍の首脳部は、いつもどおりめんどくさげに騒動の規模を確認すると、旧来の方程式にその数値をあてはめて、制式艦隊二個艦隊を鎮圧のために派遣した。ところが、反乱制圧を命じられた二名の提督が、自ら率いる艦隊ごと、〝不逞な反乱者〟どもに加勢してしまったのである。


「いまのゆがんだ社会を、正さねばならない。我らは、不当な差別から弱者を解放するための戦線となろう。正義は卿らにある!」


 扇動者としての資質に富んでいたらしいティファーレン提督は、反乱の源泉地である惑星ユースティアに降り立ってそう叫んだ。僚友であったブレンサイン提督は無言だったが、それは彼の生来の性質によるものであった。ふたりとも、数代前の祖先が事業に失敗して、日常生活から贅沢とか余裕などという単語を奪われつづけてきた家系の末流だった。


 反動の熱風が、宇宙の半分を席巻しようとしていた。


 連邦軍の首脳部は、目障りなねずみを踏みつぶすためにあてがったはずの巨象が反旗を翻したと聞いて、おどろき、かつあわてた。当時の連邦軍は制式艦隊七個艦隊を有していたが、二個艦隊が離反して五つとなったそれらのうち、比較的近距離にいた三個艦隊を呼び戻して、急遽、ユースティア星系に向かわせた。連邦軍は、自らの失態を挽回するためにも、予想外のたいとなった動乱を、延焼せぬうちに制圧しなければならなかった。


 そして、連邦軍は大敗を喫するのである。


 要因はいくつかあった。首脳部の焦りが三艦隊の提督に伝播してしまい、用兵に慎重さを欠いたこと。数に頼んでまともな作戦をたてないまま、戦闘に突入してしまったこと。反乱側についた多弁な提督と無言の司令官の才能が、連邦軍のなかでも抜きんでていたことと、ふたりのコンビネーションが絶大な効果を発揮したこと。どれかひとつの条件でも欠けていれば、宇宙はふらつきながらもひとつの統治国家のもと、戦争なき発展をとげていたかもしれない。だが、歴史はそれを許さなかった。


 敗北した連邦軍は、火柱を吹き上げて宇宙を飲み込もうとする反乱の火勢をくいとめるだけの力を、もはや残していなかった。しかし、反旗を翻した側も、機能的な補給ネットワークが構築されていない以上、連邦政府を転覆させるに足る軍事行動を継続しておこすことはできなかった。


 結局、ティファーレンとブレンサインは、一時は胸のうちでえがいていた、銀河連邦を平等国家に改変するという青写真を放棄し、反乱に同調する星系を束ねてあらたな統治体を構築することをえらんだ。一方の連邦軍は、一連の動乱で負った傷をいやすため、軍組織の再建および国内の安定化に力を入れざるを得なかった。


 奇妙な停滞が、宇宙を支配し始めた。

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