シルバーブレイト国立公園は、およそ二〇〇〇年前に我星ガイア統一国家としての我星政府を創立するにあたって多大な貢献をはたした、シルバーブレイト王朝末期の二名の人物を祈念して整備された。


 西方大陸の統一国家であったことから、単に西方王国ウエスタンとも呼ばれたこの王朝が統治勢力として存在した当時は、我星というたったひとつの惑星の上に、複数の国家・勢力がかつきよして争乱を繰り返した時代であった。とくに我星統一国家が誕生する直前の数年間は、西方王国、東方大陸に根拠を置くファンティエート帝朝(東方帝国イースタン)、南洋に浮かぶ各島に点在した独立しよこう勢力の連帯組織である南洋諸侯連合サウザンが主となって、世界規模で武力衝突が繰り広げられた。

 人々を不安とけんたいかんせんに突き落としつづけるゆうの連鎖は、後世にその名を残し英雄視されることになる幾人かの人物によって断ち切られることになるのだが、そのうち西方大陸シルバーブレイト王朝の家系に名を連ねるのが、同名の国立公園の由来となったおやである。


 そのうち、父親たるグルッグ・フォン・シルバーブレイト二世については、たいの賢王として、その評価を確固たるものにしている。

 彼が王位を承継した当時は、先代たるリヒター・フォン・シルバーブレイトの号令によってへいどんされた、西方大陸北部に広がるノーザン・テリトリーの安定をはからなければならない時期であった。賢王グルッグの父であるリヒターは、〝猛虎王〟のこんめいがしめすとおり勇猛で名をせた王であって、東方帝国との戦いではたしかな戦術手腕を示し、一時は東方大陸内部まで侵攻をはたした。ただ、彼は力に頼りすぎるきらいがあり、東方出征で悪化した経済を立て直そうと武力にとぼしい緯北部地域を強制的に併合したが、悪化した民心を掌握しそこねて、ほうぎよまでの数年間、各地での反乱に悩まされつづけた。


 跡を継いだグルッグは、緯北部地域における内政姿勢をあらため、武力暴動をともなう反乱にはぜんと対処したが、れつな処罰はおこなわず、反面、街道整備や警備隊配備などに資金を投下して、新たに〝しんみん〟となった緯北部地域民の生活水準向上につとめた。

 善政によって徐々に信頼を獲得していったグルッグは、また、父親譲りの武勇も兼ね備えていた。緯北部地域の政情不安を好機とみて、同地域を強奪しようと出撃してきた東方帝国の艦隊に対し、奇計によって数的劣勢を強いられたにもかかわらず、果敢に迎撃して、大勝利をおさめたのである。


 世にいうすいかい海戦で勝利し、政武の両面において内外のすうけいを獲得することに成功したグルッグであったが、彼のせいとしての後世の評価は、そのどちらから算出されたものでもなかった。稀代の賢王は、その傑出した才能を、独裁者にありがちな自己けんや権力保持にそそぎこむことを、ついにしなかったのである。

 第一皇女と皇帝の相次ぐ崩御による内乱でへいし、武力併合が容易と思われた東方帝国とあえて手を結び、帝国の混乱に乗じて北方進出の野心をあらわにした南洋諸侯連合を返り討ちにして戦乱を終結させると、グルッグは、議会制民主政である統一政府を創立して、シルバーブレイト王朝をふくむ独裁政権を我星上から消滅させ、みずからは政治の一線からしりぞいてしまった。

 なぜ突然に民主制を敷くにいたったのかという理由については、数多くの仮説が提出されていまだ定まっていないものの、精神的なはいと無縁なまま、賢王が最期まで賢王でありつづけた事実は、当時から現代にいたるまで、時空を超えて最大級の好意を受けつづけてきた。


 問題なのは、王女たる娘のほうである。

 事績に非難される点があるわけではない。父グルッグとともに出陣した翡翠海海戦では、分艦隊をひきいて、旗艦突撃という豪胆きわまる戦術を実行し、乱戦になるとみずからで弓を引いて戦い、大勝利の契機を演出したとされる。その活躍によって〝王女提督プリンセス・アドミラル〟の異名をとり、後の南洋諸島連合との戦いでも陣頭に立ち続けた彼女は、また外交・調略の方面にも積極的で、東方帝国へ外交使として、また南洋諸島へ非諸侯連合勢力への調略密使としておもむき、反南洋諸侯戦線の構築を成功させ、戦乱の終結に大いに貢献した。

 と、公的史料はうたっており、一般にも、そのように認知されている。


 それでもなお彼女が問題視されるのは、史料の記載に、当時の常識を考慮すると、その真実性が疑われることがらが、複数存在するからである。

 翡翠海における旗艦突撃は、王女付軍師であったハーチュン・ハートライドの献策とされているが、王族、しかも次期玉座に就くべき人物を危険にさらすような策を一軍師が上申するとは考えにくいこと。敵地に潜入しての調略活動を王族が直々におこなうのも、通常ではまずありえないこと。だが、最も歴史家のあいだで論争となっているのは彼女の出自であって、西方王国の王女提督はその名を、リエ・フォン・シルバーブレイトといったのである。


 そのあまりにも東方的なファースト・ネームは、彼女が東方帝国領からの養子であるからだとされている。シルバーブレイト王朝は、王に実子がない場合、他の血筋が玉座を継ぐことはなく、王家とかかわりのない一般国民の子から養子をとって後継とすることとされていた。これは王家のしよりゆう・分家同士の跡目争いを未然に防ぐ意図であって、現に、グルッグ・フォン・シルバーブレイトのそうは、その父親と、純然たる血縁関係をもっていない。

 だが、養子が玉座を継承する例は過去に数度あるものの、それが王朝領外の、しかも敵対的勢力であった東方帝国からの養女であることは、その史料にふれたすべての人々が、率直には受け入れがたいことであった。王家の公式記録では、当時皇太子であって妻がそうせいしていたグルッグ・フォン・シルバーブレイトが、東方帝国との平和を願ってとった行動であるとされているが、そうだとすれば翡翠海の海戦は皮肉な結果であったことになるし、なにより、手段としてあまりにもいきすぎているように思われるのである。


 また、一般国民の子を養子とした場合、その名を王家の当主たる威厳に相応ふさわしい名に改めるのが通例であった。しかし、彼女にはそのような記録が一切見られない。〝フォン〟というのは、我星政府領における現代の〝ファーストネーム・母方姓・父方姓〟の規則ルールによる姓ではなく、王家王族の(東方帝国では皇族以外の貴族にも使用されていた)、という意味の尊称であって変えようがないから、問題となるのはそのファースト・ネームなのだが、国民の信仰にちかい崇敬をあつめた王女提督は、そのあまりに東方的で平凡、かつ姓名全体の響きのよさに欠けるファースト・ネームを、王族のちやくじよの地位に列せられることとなってからも、かたくなに使用し続けた。

 一説には王位承継とともに改名することとされていたともいわれるが、シルバーブレイト王朝は、賢王または王女、もしくはその双方の意志によって廃絶され、〝王女提督〟がその名跡を継ぐことはついになく、彼女の名前は、信頼しうるすべての史料に一貫して、リエ・フォン・シルバーブレイトと記されている。しかも、統一政府が成って以降、すべての史料から、その名はこつぜんと姿を消してしまうのだ。王朝最後の当主であるグルッグの盛大な葬儀において、「王女姫下も参列された」という旨の記録が、わずかにその消息を感じさせるのみである。



 数々の常識外の事情から、その存在自体の真否が議論されることもある王女提督であるが、国民の人気は現代にいたるまで父親ともども高く、その渾名は我星本星の宇宙港の愛称の由来となっており、翡翠海海戦以来の彼女の座乗艦である〝クイーン・オブ・プリンセス〟は、百度を越える補修と改修をほどこされ、二〇〇〇年の時を越えて、今なおシルバーブレイト国立公園の臨海シーサイド区域・エリアにその巨体を鎮座させている。


 そして、その勇姿をほどよく見渡せる、潮風と大地がはじめて出逢う場所のひとつに、一〇〇〇秒の時を越えて、今なおその姿をあらわさない友人を待ち続ける小柄な女性の姿があった。


 彼女は、どうやら約束を守ることに失敗したらしい友人と異なり、多方面の知識を得ることにどんよくであったから、先陣を切って敵中に猛進した歴史ある旗艦と、その主家の解説をおおせつかって設置された電子情報板インフオ・パネルを淡々と眺めていたが、さすがに時間の消費に限界をきたして、携帯電子端末モバイル・コンピユータをとりだすと、いつまで続くかわからない暇つぶしに精を出しはじめた。人獣かかわりなくねじ伏せるそうじゆつも、すぐれた回転数を誇る頭脳も、軍事、自然科学から時々の流行にいたるまで広汎に有する知識も、親友の大遅刻という事態の前に、すべて無力であった。

 結局、我星有数の槍術の名手は、友人の安否を気遣う心情にあきれの微粒子をちりばめながら、予想していたよりはるかに長い時間をひとりで過ごす羽目になったのである。


 彼女はその名をアイリィ・アーヴィッド・アーライルといい、我星政府軍における階級は大尉であった。

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