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幸運ともいえる偶然によって合流をはたした生存者の一行は、ふたたび脱出ポットのある後部区画にむけてすすみはじめた。
いままでより歩調がゆるやかなものとなったのは、アイリィ・アーヴィッド・アーライルが、上官を護衛するため慎重を期さなければならなかった面もあるが、とにかくも、両名が自分以外の生存者を確認できたことで、すくなからず精神的余裕を得たことが大きかった。それまではふたりとも冷静を失っていないつもりでいて、実際そのとおりではあったのだが、かつての同志であった
メアリ・スペリオル・ルクヴルールにとっては年少の部下との遭遇によってまさに生命の危機を脱したのであり、またアイリィにとっても、尊敬する上官の護衛という役割をあたえられて、短い未来の間の生き甲斐を手に入れていた。力を持つ者にとって、自らの生命を救うためだけに孤独な戦闘を繰り返すのは、他人のためにその力をふるうより、はるかに気が重くなるのである。
「それにしても、なぜここまで被害が拡大したのかしらね」
「いくらなんでも、やられすぎという感はありますね」
いままでアイリィが散々繰り返してきた小規模な戦闘も、人数が倍になったことで格段に楽に対処することが可能になっていた。
彼女の護衛の対象たる茶髪の上官は、無能とか
そうして障害を数度にわたって廃除したあとに美形の上官から提出された疑問は、きわめて自然なものであった。
それ用に編成された部隊でない限り、艦内の人間に白兵戦に不慣れな者が多いのは致し方ないことである。対獣戦ということになれば、適切な対処がなしえないのも当然であろう。しかし、それでも軍人である以上武器の扱いには一定の技量が保証されてしかるべきであるし、だいいちヴァルバレイス号には、訓練を兼ねてではあったが、白兵戦の職業家たる陸戦部隊が一小隊詰めていたのである。
もちろん彼らすべてが対獣戦にまでその専門分野を広げているわけではなかったが、未開惑星で遭遇するような巨大猛獣などが相手ならともかく、たいして体躯の変わらない狼もどき相手にたやすく全滅するような人間では、決してないはずだった。
今さらながらその点に疑問をいだいたアイリィは、あまり気がすすまなかったが、相当に深刻な必要性を感じて、傍らに転がっている遺体の傷を調べはじめた。茶髪の提督の見守る中、二度と役割を果たすことのない緋色の流体を、可能な限り取りはらったのちに眼前に出現したそれは、ふたりの検死官が予想した悪いがわの極を、ややうわまわっていた。
「これは……」
志半ばに散った若い兵士の身体は内蔵まで損傷させるほどに深く
致命傷となったと思われるその傷は見る限り一度の衝撃で負わされており、これが狂獣の
だが、ふたりに予想外の驚きをもたらしたのは、その点ではなかった。
「……かなりの高熱にさらされたようですね」
もとは軍の兵士であったその遺体は、当然臨戦兵装を装用していたのだが、ある一定方向の一面が、黒く焼け焦げていたのである。さらに一部分は熱に耐えきれなかったためか、流体に変化した形跡があった。
臨戦兵装の軍服は、光線銃や実弾銃に対する防御を第一に設計されているが、
上官と部下は、眼球がとらえる光景に地獄の
「重火器かしら、火炎放射器の類の…」
上官のその意見を、アイリィは肯定する気にはなれなかった。無論、説得力のある根拠なくして可能性を排除することは危険であるから、敵にアイリィらと同じ人間が
だが、今回に限っては、とても人間が事象を
彼女はその意見を上官に述べたうえでつづけた。
「
野生動物による惑星術には、人間のそれより規模が大きく、他の生物にとって脅威となりえるものも多数存在する。ただ、そうはいっても所詮は惑星術であり、すくなくともアイリィの知る限り、それによってここまで被害を与えうる生物は存在しない。無論、生物の進化は、人間の支配の及ばない領域で行われるものであるから、人間の勝手な都合によって常識外とされていることであっても、自然界にすでに誕生しているか、あるいは将来にむかって出現する可能性は否定できない。あらたに発見される未開惑星には、当然ながら独自の進化系があるから、探査の際に未知の生物による思いもよらぬ妨害に驚かされることは、よくあることなのである。
しかし、そのような無限大の可能性を思考の素材にくわえてしまっては、アイリィの優秀な処理能力を誇る頭脳であっても、結論は算定不能となってしまうのだった。
結局、アイリィはある一定の仮説を上申したうえで、先を急ぐよう茶髪の提督にすすめた。
「そうね、時間の浪費はほめられたことではないわね」
そういった表現で、美形の上官は部下の提案を了承し、ふたりは目的地までの距離を縮める作業を再開した。すでに後部区画はその入口を脱出者たちの視界にさらしており、彼女たちの生命が保証される瞬間は、そう遠くない将来におとずれるはずであった。
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