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「こちら陸戦第十二小隊長アーライル少尉だ。小隊全隊員応答せよ。
ひとつの小規模な戦闘を無事に終えて精神にすこしの余裕を取り戻したアイリィは、なかば無駄と知りつつも、通信機に向かって語りかけた。これはもっと早くなされるべき行動であって、彼女もそれに気づいて自分の無配慮を深く恥じたが、私室を飛び出して目にしたその光景に彼女が一時の冷静さを失ったとしても、責めるのは酷であった。第一、彼女自身、この艦で何が起こっているのかおぼろげにでも理解しえたのは、あるていどの時間が経過してからのことである。
彼女は返信を期待してはいなかったが、無線機の外に、エア・コンディショニングされた人工空気の中に消え入りそうな声を耳が機敏にとらえて、意外な角度から反応を得たのに気付いた。
アイリィは声のした方角へ駆け寄った。すでに未来のすべてを失った者達のなかにあって、彼は、生命活動に不可欠な液体を体外に流出させながらも、残りわずかとなった生命力の
「しっかりしろ。気を確かに持つんだ」
アイリィはそう声をかけたことを、数瞬ののちに悔やむことになった。いや、後悔するとわかっていても、彼女はそれ以外の言葉を発することはできなかった。彼女の視界に存在する唯一の生存者は、しかし、腹部と脚部に深い傷を負っており、それが致命傷であることは、医学の専門家でなくてもさとらざるをえなかった。
アイリィがそれ以上の言葉を失ってただ視線をなげかけることしかできないでいると、瀕死の若者は、尽きつつある力をしぼりだすかのように弱々しい動きで自らの首に下がったペンダントをはずして、それを上官に差し出した。
「どうか……これを母の
アイリィは
「……わかった、心配するな。命に換えても、私が届けよう」
可能な限りの明瞭な声で、アイリィは応えた。だが、それに対する若者の反応は、彼女の予想とややことなっていた。
「……それはいけません」
驚きと疑問の中間の表情を浮かべた小隊長に、若者は最期の力を振り絞ってつづけた。
「それはいけません。隊長は、かならず、生きて……」
若い兵士は、しかし、それ以上の言葉を継ぐことができなかった。アイリィはくずれおちる若者の身体をささえようとしたが、その体重のすべては小柄な小隊長の腕にかかって、もとの所有者はそれを二度と我がものとしようとはしなかった。彼は、あまりにも短すぎる人生に、その幕を降ろした。
生命を失った身体を腕から放したアイリィの心中に、
「生物化学班は何をやっていやがる!」
この十数分間に
アイリィは、不謹慎ながら、生物化学部門に所属する彼女の親友が艦に同乗していなかったことに、心から
「いや、あいつがいたら、そもそもこんな事態は防げただろうな」
それは、あるいはアイリィの個人的な好意からうまれた過大評価であったかもしれないが、友人の能力に対する信頼の産物でもあった。いずれにせよ、その〝親友〟がアイリィの生まれ育った星で待ってくれているがゆえに、彼女は生還するための行動に、全能力をそそぐことができたのである。
それは彼女の権利であり、友人に対する義務でもあった。
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