第42話 蛇足的ラストバトル ~魔王城敗者復活決定戦~



「勇者様、遅くなりまして申し訳ございませんっ。お怪我はございませんか!?」


 魔王の玉座にしがみつく俺にセーミャが舞い寄った。

 玉座の間の中空に光を帯びて浮かぶ彼女は、純粋に心配そうなようすで俺を見つめてくる。天使か。

 そのあどけないしぐさと、触手を撃ち払ったときの圧倒的ヒーロー感とのギャップに俺は不覚にもときめきを覚えた。

 それで俺はなんだか気が抜けてしまって、あははと意味もなく笑みをこぼす。

 きっとどうしようもなく間抜けな顔をしていたと思う。


「俺は大丈夫だよ、セーミャ。ありがとう、助かったよ……。セーミャが来てくれなかったら、いまごろ俺、死んでたと思う。ホントにありがとう」

「いっ、いえっ、そんな……! 勇者様にそう言っていただけるとわたくしも……」


 恥ずかしそうに頬を染めるセーミャ。

 照れ隠しなのか、杖を持っていないほうの手をパタパタさせる。

 かわいい。


「セーミャこそなかなか目覚めないから心配してたんだ。杖の回復魔法に何か不具合でもあったんじゃないかってさ」

「そ、それは重ね重ね申し訳ございませんっ。わたくしなどのために、勇者様に余計なお気を遣わせてしまって……」


 セーミャは俺の言葉に――俺なんかの言葉にいちいちあわあわと反応して恐縮する。もはや謙虚を通り越して強迫的——いや、ある意味でものまでも感じさせるセーミャの献身さは、何事にもぐだぐだな俺にはあまりにまぶしい。


 そう、まぶしかった。

 というか、マジでまぶしかった。

 自ら白魔法のきらめきをまとって光の玉のようになったセーミャは、昇りきった朝日に対するもうひとつの太陽のようであった。まぶしい。


 何故俺の前に現れる女子は物理的に光り輝いているのか。

 レアキャラなのか。

 レアリティSSRなのか。

 そんなくだらない俺の思考に、なあに青春っていうのはキラキラしてるもんだろうわははと俺の無意識下に潜むギャグおじさんがなんの前振りもなく突然浮上しかけたが丁重にお帰りいただいた。


 ……などと他人事な妄想にひた走る俺だったが、大きな震動を感じて我に返った。


「うおぉっっ……!」


 再度、城全体が大きく揺れていた。

 そうだった、セーミャが来てくれたことですっかり安心してしまっていたが、目の前の敵が去ったわけではないのだ。

 硬化された触手が鉄の壁を打ち続け、金属質な音が城内に響き渡る。

 強襲を邪魔されたラルリェンロールが反撃を開始していた。


「ぐぬぬっ。小癪な小癪な小癪な小癪な小癪なああぁぁぁァァァッ!!!!」


 ラルリェンロールはまさに怒髪冠を衝くといった様相であった。

 絶え間ない猛攻。

 当たり散らすようにのたうつ触手の群れ。

 帝国の大軍を苦しめた触手の奔流の、いまの狙いは俺ただひとりだ。ラルリェンロールは激情のままに触手を乱打してくるが、セーミャの発する光が白いドームのようになってそれらすべての攻撃を弾き返していた。


「きゃらキャラきゃラきゃらキャらアララきいやらキキらきゃ……ッッ!!!!」


 触手の動きと連動して、ラルリェンロールのおかしな高笑いがエコーする。

 …………何かおかしい。

 いや、笑い方もおかしいがそうではなく。

 触手は俺を狙ってきているはずなのに、その攻撃の仕方はどうも当てずっぽうに過ぎるように見えたのだ。戦場素人の俺が言うのだから、それがどの程度のものかお察しいただけるだろうか。


「まずいな。呪いに侵蝕され始めている……!」


 機械公爵にかばわれつつ、ハハルル博士が焦り気味に言った。

 呪い――。

 憎悪や怒りを無限に増幅させる魔王の呪い。

 それは魂のレベルで刻み込まれており、個人によって進行の遅速こそあれ、生きているあいだに完全に逃れ切ることはできない。


「普段のルルちゃんなら戦闘時にあんなに感情的になったりしない」

「……そうなのか」

「そもそもルルちゃんが魔国軍でとびきり残忍と称されるのは、およそ考え得る限りの触手技を使いこなすのもそうなのであるが、それ以上に、その残虐な行為を平然とやってのけるところに真髄があったのである。どれだけの強敵にもどこまでも侮蔑的に退屈そうで、顔色ひとつ変えない。それがつねであった。まあ、いわゆるひとつの萌えポイントであるな!」


 殺される側からしてみれば萌えポイントどころの話ではないが。


 それはともかく、言われてみれば触手姫ルルちゃんことルル・ラヰル・ラルリェンロールは、触手を振るうたびに正気を失っていっているようだった。

 触手の数が多過ぎてこれまで気づかなかったが、個々の触手の軌道は多くがでたらめで規律さを欠いていた。


 セーミャが防御しているとはいえ、相手はひとりで軍隊を壊滅させるほどの実力の持ち主である。まともな攻撃を喰らっていたら俺の体など数える暇もなく消し飛んでいたことだろう。

 それでもまだ魔王城を揺るがす規模の攻撃力を持っているのだから恐ろしい。


「このままではいけませんっ。目標を一度城外にアウトさせます!!」


 セーミャはそう言って踵を返し、横一文字に杖を構え直した。すかさず呪文を高速で詠唱し始めるが、学校の魔術化学基礎すら落第点の俺にはとても聞き取れない。

 十数秒ほどの間隔をおいて、俺たちを囲む光がいっそう強くなった。


「ぐっ、この光、は……!! ぐはあああアアァァァっっッッ!!!!」


 さらに膨張した光に押し出されて、ラルリェンロールは触手ともども玉座の間から弾き出される。

 あまりのまばゆさに俺は一瞬目をすぼめた。


 再び目を開くと、そこにはセーミャの変身した姿があった。


 ローブの裾がドレス状にひらひらと広がり、背部からはなにか光の翼のようなものが生えている。

 神々しい。

 どこかのアルティメットな魔法少女のようだった。

 天使というか女神だと思った。


「えっと、セーミャ……だよね……?」

「はい、勇者様っ。これはわたくしの非常用戦闘モードなのです。今回はあくまで衛生兵ヒーラーとしての参加でしたので、この形態は使用しない予定だったのですが……」


 確かにいまのセーミャは衛生兵で収まる容姿ではない。

 勇者の俺よりもずっと主役級の強キャラ感にあふれている。

 頼もしさしかない。

 さすがレアリティSSR。


「これよりこの玉座の間を中心にわたくしの可能な範囲で結界を展開いたします。現在の目標、及びその他予期せぬ敵襲があったとしても、しばらくの間は耐えられるでしょう」


 防御はセーミャの十八番だ。戦場をくぐり抜けて魔王城に至るまで、俺は幾度となくセーミャの防御魔法に助けられてきた。

 だが、城一個を守るクラスの力というのは並ではない。

 セーミャを信頼していないわけではないが、帝国の作戦通りに事を進めてきたいままでとは状況も事情もまるで異なる。事前の手配や他の白魔導士のサポートもまったくないのだ。


「でも、それってセーミャは本当に大丈夫なのか? 回復したばかりで負担が大きいんじゃ……」

「勇者様、ありがとうございます。……しかしながら、いまの状態では本質的な脅威の排除には至っておりません。現目標に続いて魔国軍残党や呪いにより暴徒化した魔族が魔王城に接近中と魔導レーダーが察知いたしました。このままでは防御を突破されるのも時間の問題かと推定されます」

「それじゃあ……」

「ご安心くださいっ。勇者様はわたくしがぜったいにお守りいたします!」


 そう言ってセーミャは俺に笑いかける。

 出で立ちは変わっても以前と同じ無邪気な笑み。

 その笑顔がいまは無性に悲愴なものに感じられてしまい、俺は言葉に詰まった。


 城の外からラルリェンロールの奇声が聞こえてくる。

 触手と結界が弾き合って激しく閃光を散らしている。

 外部のどこかが破壊されたのか、鈍い爆発音が鳴り響いた。


「わたくしにはこうして勇者様をお守りすることしかできません。ですから……。ですから、どうか――」


 セーミャはそこで息を継ぐようにして俺との距離を縮めると、そっと俺のほうへ片手を伸ばした。彼女の左手が俺の右の頬に軽く触れる。


「勇者様、どうか世界をお救いください――」 


 その言葉を最後にセーミャは飛び去っていった。


「セーミャ……」


 玉座に取り残された俺は、セーミャの光の残像をぼうっと目で追うばかりだった。



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