第43話 魔剣士



「じゃあ、俺っちもちょっくら行ってくっかな。いつまでもセーミャちゃんひとりに任せておくわけにもいかねえしな」


 重大そうな決断をいかにも飄々ひょうひょうと言ってのけたのはミリアド・アイアンファイブだった。ミリアドはいつの間にか俺のすぐ横の位置まで登ってきていて、接合部や配管に足を掛けて半球状の装置の上に難なく立っている。要領のいい奴だ。


「え。ミリアド、どうしてお前も行くんだよ」

「ショア、これ見てみろって」


 ミリアドはさっきまで自分が使っていた簡易望遠レンズを投げてよこした。

 言われるままに彼が指差す方角を覗くと、魔王城のほど近いところで何か地面をやたらめったら掘り起こしている魔族の兵士たちがいるのが目に入ってきた。


「あれ、見えるだろ。ノゾナッハ渓谷の会戦のときに俺たちの進路上に陣を敷いていた奴らだぜ」

「それって……」

「ああ。魔国軍四天王のひとり〝磐将ばんしょう〟アジューカスの一軍だ。本来は岩石や大地を操る魔族の集団だが、呪いの狂気化を受けてよく分からんことになってるな」

「……で、お前はあれに対処しに行くっていうのか?」


 正直、放っておいても大した害はないように見えるのだが……。

 すると俺の浅慮を見越したかのようにミリアドは続けた。


「ただ、でも元の能力は魔国軍トップの精鋭たちなわけだ。新装置による魔力供給もされているようだし、あのまま暴走させておいたらどうなるか分からない。最悪、この城を基礎から掘り崩されかねないとも――」


 ——と、ミリアドが言いかけたとき、ずがんっと衝撃が伝わってきた。

 見れば、アジューカスとその残党兵たちが魔力で大岩を生成し、魔王城に向かってぶん投げ始めている。そのひとつが近くの外壁に直撃したらしかった。


「……やっぱ、見過ごしておくことはできなさそうだな」


 どうやらミリアドの言う通りのようだった。

 現状ここはセーミャの結界が守ってくれているのでひとまずは安全だが、彼女はいまラルリェンロールと交戦中である。ボス級の敵を相手にセーミャがどこまで結界を維持させていることができるかも不透明だった。

 いまより敵が増えてくるとなれば尚更のこと。状況は予断を許さなかった。


「それじゃ、いっちょ気合い入れていくか……! ふう……」


 ミリアドは神妙な面持ちで剣を抜いた。


「——行くぜっ! 唸れ、俺の魔剣!!」


 ミリアドが両手で剣を握り、力を込める。

 赤いオールバックの髪がざわりと逆立ったような気がした。

 途端、剣が微振動を始め、霧状のオーラに覆われる。


 その剣はミリアドが魔王城突入時に近衛騎士から借り受けた長剣であった。

 それがミリアドが握っている柄の部分から徐々に魔のエネルギーに染まっていく。

 やがて剣身は濃藍色の輝きを帯び、全体が血脈を得たようにどくんどくんと鼓動する。近衛騎士御用達の上等品ではあるも間違いなく至って普通のいち武器であったその剣は、またたく間に異質な存在へと変化を遂げつつあった――。


「帝都にいたときはあまりおおっぴろげに使えなかったが、いまなら気にせず力を振るうことができる!! 長年鍛え上げた魔剣の力!! この力で俺は……っ!!」


 肩を震わせるミリアドはいままでになく感情をたかぶらせていた。

 剣はもはや大きな黒い光の束となっていた。


 ミリアドの実家の剣術流派――アイアンファイブ流剣術は、手にした剣を。それは決められた特定の剣にのみ作用するものではなく、アイアンファイブ流の使い手が剣に術を施すことによって発動する〝魔剣術〟だ。

 たとえいちど魔剣と変えた剣が折れたり無効化されたりしたとしても、剣士が無事であれば、別の剣を新たに〝魔剣化〟して使用することができる。


 製鉄技術が未熟な環境において編み出されたこの剣術は、剣そのものに特殊な効果が備わっていなくともその都度強力な能力を持った武器を創り出すことが可能だ。どの剣が発現するか神によって運命づけられている聖剣と違い、剣士(術士)の裁量で剣を選べることから、冒険者が活躍した過去の時代においては〝勇者〟に準ずる職業クラスとして人気を得たときもあったという。


 しかしアイアンファイブ流魔剣術はその利便さの一方で、〝使い捨ての剣術〟と蔑まれることも多々あった。


 現代においては、俺の実家のシューティングスター流祭祀術と同じようにミリアドの剣術もまた、中央からは〝異端〟の烙印を押され、教会の教義にそぐわない存在として追いやられていた。

 俺とミリアドが昔なじみであるのも、もとはと言えば地方で異端扱いされたもの同士、中央と折り合いをつけてやっていこうという一族ぐるみの付き合いからだった。


 遥かむかし、英雄神話の時代には重宝されたかもしれない技術も、世の仕組みが変わり、権力の在り方が移行すれば無用とされる。そこではそれらが本当に役に立つか立たないかは問題とはならない。むしろ力あるものほど面倒で厄介な事象として処理されてしまうのだ。


 中心があれば周縁が生まれる。


 そのポジションに収まるのが何かなんて、実際に収まってみるまで誰にも分からない。ただ、約六〇〇年に及ぶ神聖帝国と中央教会の秩序のなかで、周縁の側になってしまったのが俺たちだったというだけの話なのだ。


「本当に行くのかミリアド……。敵はまだ増えていくどころか、どんどんこの城に向かって集まってきているんだぞ」


 言いながら俺は座っていた玉座の上に立つ。いまにも離れ去っていってしまいそうなミリアドを引き止めようとするが、緩慢な俺の挙動をさえぎるように彼はなお魔剣に力を込める。


「何言ってやがる、ショア。俺は志願してここにいるんだぜ。この程度の数の敵さんに怖気づいてる場合じゃねえだろ!」

「それはそうなんだが、いや、そうでなくてその……」


 ミリアドの気迫を前に俺は上手く言葉を紡ぐことができない。


「……言うなよ。これこそ俺が求めていた戦場なんだ。実力を示し、戦果を勝ち取り、武勲をたてる。帝国の準英雄として――アイアンファイブ流の剣士として、俺は行かなきゃならないんだ。そのために俺はここまで来た」


 決意を固めた表情でミリアドは告げた。

 その誇らしげな視線の先に何が視えているのか。勇者としての覚悟も実力も足りない俺にはそれを思い量ることすら許されないように感じてしまう。

 そんな卑屈極まる内心から、俺がこれ以上ミリアドをとどめておくのも求められていることではないと思ってしまった。


「……ミリアド、俺、こんなことになるんだったらお前と昔馴染みなんかじゃなければよかったのかもな」

「……。……」

「もし俺とお前が昨日今日知り合った関係だったら、こんなときもあくまで役目と割り切って、帝国の戦士らしく戦って死んで来い、くらいの言葉をかけてやれたかもしれないのにさ、なあ……。はははっ……」

「馬鹿言ってんじゃあねえよ、相棒」


 悄々として笑う俺をミリアドがぎちっと睨んだ。

 ミリアドの素の目つきの悪さもあって、その鋭利な瞳に俺はたじろぐ。

 冷たい汗が背中をつたっていった。


「あに笑ってんだよ、ああん?」

「えっと……」


 ミリアドのピリピリした声が俺の臆病な心に刺さるように響く。


「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言いやがれってんだ!」

「…………っ!!」

「——と、言ってやりたいところだが」

「へっ?」


 ミリアドの口調は一転して元のさばさばとしたものに取って返されていた。

 緊張した雰囲気に緩やかさが戻る。


「なあに、言いたいことをはっきり言えないのがショアらしさなのは俺がよく分かってるさ。お前が回りくどいのは昔からだしな。ひひっ」


 そう言ってミリアドはからかうように笑った。


「…………悪かったな、回りくどくて優柔不断で勇者らしくなくて」

「はははっ! ショアのそういう卑屈さ、俺はけっこう好きだったぜ!」

「なんなんだよ……」


 本当にミリアドにはペースを乱されっぱなしだ。

 やはり俺はコミュ力ではこいつには一生勝てそうにない。


「……なあ、ショア」

「ん?」

「あー、その。気がかりなことっつーか、思い残しっつーか……」

「今度はなんだよ」


 急に煮え切らない態度を取るミリアド。

 目が泳いでいる。

 らしくない。

 いやいやいや、もうその手には乗らないぞ。


「その、あれだ、ヨーリちゃんのこと、頼んだ」

「え」


 ミリアドは俺のほうを見て一瞬だけ目をつむり、それからもう一度目を合わせると、握った魔剣で大仰に空中を掻いた。それを合図として、漆黒の炎の束と化していた魔剣のオーラがぐんと勢いを増し、術者であるミリアドの体を包む。


「ショア、お前の本分は戦うことじゃねえだろう? じゃあ、敵を迎え撃つのは俺たちに委ねときゃあいんだよ」

「ミリアド……!!」


 ミリアドは魔剣と一体となっていた。

 その容相は黒く揺らめく鎧をまとっているように見えた。


「その代わり、世界の命運は託したぜ」


 そう言い残し、ミリアドは大きく跳躍した。

 魔剣から放たれる衝撃波を利用して玉座の間のパイプや瓦礫の上を軽々と飛び越えたミリアドは、そのまま城の外へと姿を消した。


 ミリアドは振り返らなかった。それは彼がもう二度とここへは帰ってこないことを暗示しているかのようでもあった。


 だけど、最終的に帰ってこれなくなるのは彼ではなく自分のほうになるのだということを俺は――少なくともその時点での俺は、まだよく分かっていなかったのだ。






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