第41話 虜囚の聖女、魔都を爆走す



「みな、大事ないであるか……!!」


 ラルリェンロールの急襲にハハルル博士がラボから駆けつけた。


「おいおい、今度はなんだってんだ!!」

「お兄ちゃんだいじょーぶ!?」


 博士の後ろからミリアド、グレイスが続いて駆け込んでくる。

 刹那、その様子を一瞥したラルリェンロールの視線と彼女を見上げるハハルル博士の視線とがぶつかり合った。


「ルルちゃん、生きておったであるか!」

「……なんじゃ、ハルちゃん。人間に味方しているのかえ」


 劇的な邂逅を果たした魔国軍幹部の二人。生還を安堵したハハルル博士に対してラルリェンロールの返した言葉は辛辣なものだった。


 それにしたって、ルルちゃん=ハルちゃんとは。

 彼女たちの日常的な関係が少し気になってくる呼び合い方だ。


「っつーか、魔国軍は魔王の魔力供給が途絶えて無力化してるんじゃなかったのかよ!? どーなってんだ!?」


 ヨーリのいる方へと走り寄りながらミリアドが疑問を口にする。


「ふふん。それはじゃな、限定的にじゃが解決策を得たのじゃよ!」


 ラルリェンロールは不遜な表情で答えた。


「解決策……?」

「然り。有力なパトロンを見つけたことで、な」


 そうつぶやいてラルリェンロールは城外に目を向けた。

 つられて見れば、魔都の街路をすごいスピードで走る車両があった。

 それは継ぎ接ぎだらけの戦艦のような外観をした巨大な装甲車で、上部に大きな丸いタンクを積んでいた。遠目にはビッグサイズの薬缶を乗せているようにも見え、しゅんしゅんと絶えず白い蒸気を噴出しているのも薬缶的だった。


 そんな常識外れのトンデモ兵器がエンジン全開で市街地を爆走してくる。


「え、えぇ!?」

「なんだあれは……」


 俺たちは誰となしに驚嘆……というよりも困惑の声を漏らした。

 それも当然、陸を走る薬缶搭載戦艦というだけでも充分奇天烈なのに、さらにアレなことにその車体の前面上部先端には少女がひとり縛られていたのである。


 少女。

 白い聖衣の少女。

 この距離では断定できないが、相当の美少女に見える。


 年齢はたぶん俺と同じくらい。色白の肌に軽く巻きの入った長い金髪。

 頭頂にきらりと光るのはティアラというやつだろうか。

 高貴そうな純白のドレスが向かい風を受けて激しくはためいている。


 だが、どれだけ強い風を受けても彼女の肌が露わになることはない。

 何故なら彼女は肩から両の足首まで黒いベルトでがんじがらめにされ、その上から縄や鉄鎖で何重にも縛りつけられていたからである。それもかなり強い力で縛られているようで、太く硬そうなベルトやら縄やら鎖やらが彼女の柔肌を跡が浮き出るほどに締めつけていた。


 見るからに〝囚われの姫〟といったその姿は、神話に登場する自ら怪物の生贄となって岩壁に張りつけにされる悲劇の王女を連想させた。


「ありゃあ、中央教会のフリフィシア聖女殿下じゃあねえか……!!」


 どこから取り出したのか簡易の望遠レンズ(おそらくはラボから勝手に持ってきたのだろう)を覗いてミリアドが言った。


「聖女様!? あれが!?」


 俺はただ驚きを繰り返すことしかできない。


「そうじゃ。あそこにいるのは中央教会から連れ去ってきた聖女……。そしてあれこそが我らの新たな魔力源——連邦式魔力召喚供給装置じゃ!」


 ラルリェンロールが揚々と胸を張る。


「連邦式!?」

「なのじゃ。個人では聖女だけが行使し得る秘術である異世界召喚術。その術をああして聖女を装置に縛りつけることで強制的に展開させ、通じた異世界から魔力を抽出し供給する。それが魔国の技術を元に連邦のホムンクルスどもに開発させた新システムじゃ! これで魔王様がおらずとも我らは魔力を得ることが可能となる! 見たか人間どもめ!! きゃらきゃらきゃら!!」

「強制的にって……。聖女様によくもそんな仕打ちを……!!」


 しかし俺の憤りも彼女には届かない。

 触手の姫はますます凶悪な笑みを浮かべる。


「我らを散々に虐げてきた教会の人間のことなど知らぬわ。絞り尽くせるだけ絞り尽くしてやるまでよ。能力の限界まで我ら魔国軍のために働いてもらう……!」

「そんなこと……」

「それに聖女の召喚術を直接コントロールするのはホムンクルスどもじゃ。聖女の力とホムンクルスの技術が合わさって我ら魔族に活力を与える……」


 あくまで自分が手を下すのではないとでも言わんばかりだ。

 ラルリェンロールの瞳は闇色に染まっていて、その深淵は読み取れない。


「ホムンクルスは魂を持たぬ。故に呪いによって行動を制限されることもないのじゃな。……ま、とは言うても所詮は人間のまがい物、我らに付き従うしか能のない傀儡の衆じゃてな。これまで通り、たっぷり利用させてもらうわい! きゃらきゃらきゃらきゃら!!」


 ルル・ルヰル・ラルリェンロールは非人道的な台詞をさも愉しそうに吐いた。さすが魔国軍でもっとも残忍と恐れられる存在、評判に違わぬ外道である。


 俺はなお爆走を続ける薬缶戦艦を呆然と見つめた。

 蒸気と砂ぼこりを舞いあげるその巨大物体はどこを取っても珍奇だったが、やはり視線は自然と聖女殿下へと向いてしまう。

 聖女殿下は車体の先で縛られ恍惚とした表情を浮かべていた。


 うん……?

 恍惚とした表情……?


「ああぁっ♡ もっと、もっと皆さんわたくしを見てくださいっ! 縛られて晒されるわたくしをご覧になって!! そう、うんっ、あんっ♡ あっ♡」


 聖女殿下が不自由な身をくねらせて艶っぽい声を発する。

 その声からは何とも言えない多幸感がにじみ出ていた。

 んんっ……?


「あの、あれってあくまで強制的に縛りつけてるんだよね……?」

「そうじゃ。このルル姫が指示の下、嫌がる聖女を無理矢理に拘束するのはなかなかに愉悦であったわ……!」

「うーん?」


 よく見ると、なんだか馴染みのある男女二人組が聖女殿下のすぐそばに同乗しているのに気づいた。それは言うまでもなく、連邦の武器商、ヤームナー商会の二人であった。

 以前会ったときと同じ灰色のスーツを着たジョージ・ロウ・ヤームナー社長と灰色のロングスカートにケープのリン・チュースィーさんが車両の両側面にそれぞれつかまっていた。


「ヒハハハハッ!! 進め進め!! 魔国の街などぶっ飛ばしてしまえ!! 魔王亡きいま、世界を制するのは我らホムンクルス!! 人間でも魔族でもない!! 連邦の魔科学技術こそ世界一ィィッッ!! ヒィハアア!!!!!!」


 ジョージさんが狂ったように叫ぶ。


「ジョージさんうるさいです。そのテンションは表ではやめていただけませんか」

「いいじゃないですかぁ、リンさん! いまこそ! ホムンクルスの時代が到来したのです!! 魔国の操り人形である必要はもうないのです!!」

「ジョージさんうるさいです。殿下、縛り具合はこのくらいでよろしいですか」


 リンさんはジョージさんの魂の叫びを冷ややかに受け流しながら聖女殿下を縛っている縄を引いた。


「あっ♡ リンさん、そこっ、そこをもっと強くしていただけますか……?」


 答える聖女殿下はもはや目の焦点があっていない。


「はい。こうですか殿下」

「……っ!! ああ♡ いいです! こんなに痛くて苦しいのは初めてです……。教会にいたときには味わせてもらえなかった快感……!! あん、そこはんっ、ダメですぅ♡ あ、そんなにくい込んで、はああぁっん♡」


 …………うん。

 なんていうか、うん。

 何がどうなってああいう状態になっているのかはよく分からないが、何か最低なものが魔王城に向かってきているのだけは把握した。


「ヒハハハハハァァッ!!!!! 生きとし生けるものすべてが呪われたこの世界、次なる君臨者は我々機械人形!! 魂亡き新世界に栄光あれ!!!!」


 あと、ジョージさんはいくらなんでもキャラ変わり過ぎだろ。


「——さて、これで分かったじゃろう。聖女がこちらの手の内にある限り、その召喚術によって我らはいくらでも魔力を受け続けることができる。戦力的な利は我らにあるのじゃ!!」


 ラルリェンロールは勝ち誇るように宣言した。

 その幼い身体から伸び渡る触手の一本一本に至るまで、彼女の一挙手一投足すべてに揺るぎない悪意と確信が溢れていた。


「勇者よ。神聖帝国最後の勇者よ。魔王様の仇も含めて、この戦争、決して負けるわけにはいかぬ。貴様はなぶっていたぶって痛めつけて、脳の芯まで苦痛を与えてじわりじわりと殺してくれる。このルル姫の拷問絶技、とくと受けるがよいわ……!!」


 言い終わらないうちに、それまで四方八方にのたうっていたラルリェンロールの全触手が一斉に俺の方に標準を合わせた。グロテスクな触手の群れが俺一点へと首をもたげる。 

 ぞわりと悪寒が走った。

 

「きゃらきゃらきゃららッ!! さあ、泣き叫べ!! 命乞いせよ!!!!」


 愉悦に満ちたラルリェンロールの声が耳をつんざく。

 無数の触手が俺に向かって動く気配があった。


 もうだめだ!!


 今度こそ死を覚悟したその瞬間――。


 白くまばゆい光が俺を包んだ。

 光はみるみる勢いを増し球体となって膨れ上がり、直近まで迫っていた触手をことごとく弾き飛ばした。


「なんじゃと……っ!?」


 予想外の闖入者に瞠目するラルリェンロール。

 未知の敵の出現を目の当たりにし、伸ばした触手をいったん後退させる。

 

 そして、俺とラルリェンロールの間にいたのは――。


「セーミャ……!!」


 セーミャは白い光とともに宙に浮いていた。

 右手に魔法の杖を携え、白いローブを翻す。かぶっていたフードを下ろすと青みがかった黒髪のショートヘアがふわりと揺れた。

 彼女の発する清らかな光が玉座の間をあまねく照らし出す。


「——はいっ! 不肖、セーミャ・エトセトラ、これより勇者様をお守り申し上げます!!」


 そう言ってセーミャは俺に無邪気に笑いかけた。



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